(二章エピローグ) そのころ鹿島は、②
「いまの私は着任したてのホヤホヤの頃とは違います!」
そう意気込む鹿島容子はホワイトブロンドのツイーンテールをゆらし、憧れだった可愛い制服に身を包み、今日も仕事が超楽しい。着任式からこれまで鹿島の日々は充実そのもの。
いまの鹿島には夢見る名補佐官への未来設計もあるちゃんとある。
が、まて、どうせ鹿島のことだから、情報ソースはWeb上の適当なまとめか、架空戦記モノ……かと思えば、
――違いますよ。ちゃんと調べましたから!
と鹿島は握りこぶしで断言。
『艦艇勤務の秘書官になるには?』
を説明を開始したのであった……。
まずいまの私が秘書官へ配置されるにはですね。艦艇に秘書官の欠員がでて――。
パターン①:人事部から秘書課へ艦艇への派遣要求があり、秘書課の課長が適宜の人材を指名し、艦へと配置される。
これは、私は難しいです。私は主簿室という秘書課のなかでも軍経理の中核を担う部署へ配置されてしまったので、課長からの指名で動かされることはまずありません。なのでダメですね。はい、次です。
パターン②:現場司令官からの指名。
私が狙うのはこれです!ちゃんと『戦史群像』って月刊誌を読んで調べました。昨年の11月号です。付録の艦隊見開き表がすごく良かった号なでんすよ。あ、話がそれましたすみません。えへへ。
つまりですね。主簿室の私が秘書官になるにはこうです。じゃーん。
『① 主簿室で頑張って⇒②そして実績残し⇒③艦隊司令の目に止まり⇒④指名される!(やったね!)』
はい。割りと単純。意外にかんたんですね?
だが、これを聞かされたカタリナ・天城といえば――。
あらいやだ。容子ちゃんってほんと可愛いんだから。と、従妹の浅慮を微笑んで見守っていた。
鹿島の情報ソースが民間の月刊誌なのが問題だったり、情報が間違っているわけではない。
さてここで私、カタリナからの問題です。容子ちゃんが主簿室のなかで頑張ればどうなるか?
はい、簡単ですね。
答え、主簿室で出世しちゃいます。
そうなると主簿室で重要なポストにつきます。
では、ここで問い②です。
「主簿室内で重要なポストにつけば?」
これも簡単ですね。
回答は――、
「外へ出される可能性が低くなる」
です。
自明の理というか、現実は残酷というか。つまり容子ちゃんは頑張れば頑張るほど、艦艇勤務は遠のいていくのです。従妹としては待遇のよろしくない艦艇勤務なんて、あまりお勧めできないので、かわいそうだけど、ここは黙っておきます。
カタリナは心を鬼にして愛らしい鹿島をニコニコ見守ったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
カタリナから生暖かい視線で見守られる、そんな鹿島のいまといえば――。
「カタリナ従姉さん、じゃなくてカタリナ室長。最高軍司令部の経理はどこが処理しているんですか?」
鹿島は横のデスクで仕事をする上司のカタリナへ疑問を口にしていた。
「どこって――」
と、応じるのはカタリナ・天城。主簿室の室長。鹿島の上司で憧れの女性。
カタリナは鹿島の質問に、下唇へペンを押し当てる仕草をして考えるふう。
――そんなちょっとした素振りも従姉さんはステキです。
そう思いつつ鹿島は、カタリナの返答を待つ。
ここはグランダの軍経理局の敷地にあるビルの一室。ここでは今日も両軍統合前の経理の追い込み作業。グランダ軍の主計部秘書課の面々は数字との格闘を続けていた。
なお鹿島が口にした、
『最高軍司令部』
とは、グランダ軍と星間連合軍という2国の軍高官からなる機関。戦争が終わり、グランダと星間連合は一つになるのだ。軍隊も当然として一つになる。その作業を進めるのが最高軍司令部だった。
両国軍の解体・再編成の作業を担い、きたる新国家軍の青写真を描くのがこの機関だ。
これを鹿島へ注釈してもらうと――。
2国軍の部隊を自由に廃止統合できるという絶大な権力をもつ機関ですけど、この最高軍司令部の構成メンバーはすごいんです!ここでの軍高官とは、つまり最近決着がついた星間戦争の名将たち、そう戦争の英雄たちが集まりです。軍内ではヒーロークラブなんて呼ばれたりしてるんですよ?そんな人たちから命令されたら、もう嫌でも従うしかない、という感じです。主計部秘書課が廃止なんていわれたら困っちゃいますけどね。
「ああ、最高軍司令部に内に経理部があるから、そこね。星間連合軍の経理部がやってるって。私も誘われたんだけど、軍の統合後は経理局としてはグランダ主計部が残るでしょ。だからこっちへ残ることになったのよ。ミアン(星間連合首都)への引っ越し担当組に入れられちゃったわ」
「へー、私たちが勝ったのに本拠地は向こうへ移転するんですか?」
「そうよ。あっちのほうが、利便性がいいもの。首都機能もミアンへ統合されるんじゃないかしら。国家合一の作業はミアンで行なわれているし、いまのグランダ政界の有力者やトップ官僚はミアンに行っちゃってるわよ。いまテンロン特区(グランダ首都)に残って暇してる偉い人は皇帝ぐらいよ」
鹿島がくすりと笑った。カタリナものいいは、あんまりだ。
笑う鹿島へカタリナが、そうそう、と口にし言葉を継ぐ。
「ランス・ノールの遊撃群も、もう解体らしいわよ。あれの経理、こっちが担当でしょ?早く解体してさっぱりしちゃって欲しいわよね」
「実質、条約も命令も無視の逃亡ですよねあれ?」
と、鹿島が声をひそめていった。
「そうねぇ……」
「なんで大将軍は逃げた2個艦隊を討伐されなかったんでしょか?」
「終戦でただでさえ混乱しそうなのに、いたずらに刺激すれば内乱になると危惧した。というところかしらねぇ」
ああ――。と鹿島は納得がいった。
何故なら戦争勝利者グランダ軍のトップの、
――大将軍天儀。
は、出身惑星であるアキツの内戦で戦っていた闘士だ。
「なるほど、内乱の愚を嫌というほど知っている。そんなところですか。偉くなると政治も考えなきゃいけないんですねぇ」
訳知り顔でいう鹿島。
カタリナが思わず吹いて小さく笑い、
――容子ちゃんも大きくなったわねぇ。
と感慨を思った。
カタリナにとって鹿島はオムツをしているころから知っている従妹。鹿島が自分の後ろをチョコチョコと必死についてくるイメージは、なかなか払拭できない。
鹿島はそんなカタリナには気づかず、
「従姉さんは大将軍とお会いしたことは?」
と、質問した。
「まさか、ないわよ。主計部秘書課は裏方だもの。華のある表街道を歩く大将軍になんて、お目見えできません」
さらにカタリナは鹿島へ、
「現役秘書官のトップである私だけれど、グランダ軍のトップとは顔を合わせたこともありませんし、戦術へ助言を呈したこともありません」
鹿島へ釘を刺すよういった。
鹿島の夢は名将の秘書官になって、名補佐官となることだ。そのために毎日の架空戦記物の読書は欠かしていない。が、カタリナとしては可愛い従妹には、早く現実を見て欲しい。けれどとうの鹿島は、
「うう、それでも艦艇勤務になれば……助言ぐらいはできる、はず、そのはず……」
可愛らしく渋って屈しそうにない。
カタリナがにんまりと笑った。やはりカタリナとって鹿島は〝可愛い=扱いやすい〟従妹だ。つまり、いじりがいもある。
「そうそう大将軍といえば、開戦前に秘書課に要求があったんだけれど――」
がぜん興味の鹿島へ、カタリナがすまし顔で継ぐ。
「優秀で重力砲の直撃でも平然と計算続けれるのを15人まわせって要求されたわ。総旗艦大和の主計に使うってね」
「えぇ……」
と、青くなる鹿島が思う。
――重力砲の直撃って、当たったらすなわち撃沈なのでは?
鹿島のよく読む戦記物ではそうだ。
えっと、そして撃沈されれば高い確率で2階級特進、すなわち戦死です。動じる動じないの問題ではなさそうなんですけど……。
カタリナは目に見えて怖気づく鹿島が面白い。
「容子ちゃん?こんなので驚いていたら艦艇勤務なんて無理よぉ」
「うぅ、でも平気です!次世代型の大和なら重力砲の直撃でも平気ですよ。そう。大和は艦隊決戦型じゃないですか。装甲も分厚い。カキーンって跳ね返せますから!」
鹿島が『戦史群像』というミリタリー雑誌で得た適当な知識で必死にあらがう。
「カキーンって……容子ちゃんあなたね」
「カキーンですよ!」
「でも同型の武蔵は星間戦争で艦橋が吹き飛んでブリッジ要員はもちろん司令部まで全滅だって」
「か、カキーンです……」
「そう、ならいいけれどね。じゃ続きやりましょうか」
カタリナは、ふふん、と笑って自身のデスクへ向き直り仕事を再開。
――うう、酷いです従姉さん。
鹿島も自身のデスクへ体を向け仕事を再開。
従妹のいじわるに、ため息混じりの鹿島がモニターで目にしたものは、
――大将軍の恩給の明細。
そのなかでも目に止まったのは、
――就任期間1年9ヶ月と2日。
という文字と、そのあとに続く、
――恩給の金額。
すごいです。たったこれだけの就任期間で、首都のテンロン特区の地価の一番高い場所に広い庭つきの豪邸が建つような額です。郊外でいいので私の家も建てちゃって欲しいです。
などと鹿島は思いつつ、こんな大金がもらえる大将軍の天儀とはいかなる人か。
――きっと背が高くてダンディでステキな方。
そんなこと思ったのだった。