10. おじさんは慌てた
坊っちゃん独りで6匹の戦果を上げて帰る。
河原は、まさに坊っちゃんの独壇場だった。
帰り道では足取りも軽く、獲物の入った木桶を誇らしげに持っている。
今や坊っちゃんは、森の聖獣も注目する程のスーパーキッズになったのだ。
信じられるか?
まだ1日目なんだぜ?
うちの坊っちゃん、天才じゃね?
「えっへへ〜大漁だね!」
「大漁ですね」
「オレ、コツを掴んだみたいだよ!」
「もうサワガニは、坊っちゃんにお任せですね?」
「うん!っ、ハクション!」
「あっ、大変だ。冷えてきましたね」
「うん…ちょっと濡れたかも…」
「急いで帰って、内風呂沸かしますねっ!」
「えっ?風呂があるの?」
「木桶持ちますね。急ぎましょう!」
「えぇ?うん」
大変だ!
坊っちゃんが風邪を引いてしまったら、ここは医者が来れないからな。
一大事だぞ?!
坊っちゃんの濡れた服を脱がせ、タオルと厚手の暖かホカホカ外套を巻き。
外の物置きスペースから、鉄砲風呂を引っ張り出す。
渾身の魔力を絞り洗浄をかけて、風呂底の詮と釜と煙突の確認をする。
問題無し!
水を汲み半分位まで入れてから、薪を引っ張り出して釜に火を入れる。
水をもう1度線の所まで入れて、風除けの衝立てでグルリと風呂を囲み、足場のすのこを出したら準備完了だ。
後は湯が沸けば完璧だ。
「坊っちゃん。大丈夫ですか?今、温かい物準備しますね?」
「えぇ?全然平気だよぉ?」
「いいえ。医者が来れない場所ですからね?何かあったら大変なんですからね?」
「もぅ~。わかったよぉ…」
棚にしまっていた真鍮のケトルを出し、すすいでから水を入れてコンロにかける。
荷物の中から小さな壺を出し、蓋を開けてスプーンを突っ込み、スプーン一杯分の蜂蜜を掬う。
カップへ素早く入れ、沸いたお湯を注ぎかき混ぜて坊っちゃんへと渡す。
「熱いので、冷ましながら飲んで下さい」
「これは?」
「蜂蜜湯です」
「蜂蜜湯?そのまんまだね!」
「本当は、他にも入れて温まる様にするんですが、準備していなくて…まぁ、飲めますから」
「ふぅふぅ、アチチ…うん。美味しい…」
「良かったです…熱は出そうですかねぇ?」
「だから、大丈夫だって!もぅ。大袈裟なんだから」
「大袈裟じゃありませんよ?心配なんですから」
「むぅ…ありがとう」
「どういたしまして」
むぅっとしながら、どこか照れ臭そうに木のスプーンで一生懸命に飲む坊っちゃんに、少しホッとしたよ。
少し冷めたのか、直接カップに口を付けながらもハッとする、坊っちゃん。
熱か?発熱なのか?
「内風呂って、家の中の風呂じゃ無いの?」
「ん?あ?え?はい。公衆浴場と家庭にある風呂とを分けた言い方ですね。家の風呂は、中にあっても外にあっても内風呂です」
「そうなんだぁ…」
「はい。商会の風呂とも違いますから、少し驚くかもしれませんね」
「そうなの?」
「はい。こちらの風呂は備え付けのものではなく、持ち運びできますから」
「えぇ?早く見たい!」
「飲みきって、着替えを用意してからです」
「わかった!」
グビグビと喉を鳴らして飲む一気飲みスタイル。
身体がポカポカになるはずだ。
飲み終わると、外套を引きずりながら、着替えを取りに向かう。
「坊っちゃん、裾を踏んづけないように気を付けて下さい」
「大丈夫!」
「まだ、湯が沸いてないですからね?」
「外に出るのは、沸いてからですよ」
「わかったよ!」
「慌てないで下さいね」
「うん!」
「…俺は、湯加減を確認してきますよ?」
「うん!」
なんとなく怪しいが、湯が沸いているか、見てこないとな。
蓋を開けてソっと温度を確認する。
まだまだ、ぬるいな。
かき混ぜ棒も物置きスペースから出し、洗浄をかける。
生活魔法の洗浄。物をザックリ綺麗にする魔法だな。
込める魔力によって仕上がりの綺麗さは変わるんだ。
俺が使おうと思うと、つい込め過ぎるから、普段は自力での清潔を心掛けている。
今回は御急ぎだからな。
魔力大判振る舞いの、大ご奉仕セールだ。
んで、かき混ぜ棒で湯船の中をかき混ぜる。
こうしないと、湯が沸くのが遅くなるんだよな。
このままいけば、あと1時間位で適温になりそうだ。
薪を追加して、風呂蓋を閉じる。
家に戻ると、坊っちゃんは着替えを握り締めてソワソワしているな。
ここに着いた時、着替え3日分がベットの横に置いてあったんだよな…
多分、あの日村長が運んで置いてくれたんだろう。
まったく、あの2人の連携は歳取っても変わらないな。
「ゼオ。準備したから、見ていい?」
「まだ湯がぬるかったので、もう少しここにいましょう」
「えぇっ?!見るだけっ!見るだけだからっ!お願い!」
「…見るだけですよ?」
「うん!」
多分、見るまで納得しない坊っちゃんに鉄砲風呂を見せに行く。
「えぇ?!凄い!大きな木桶だねぇ!煙突がついてるっ!」
「はい。横の釜で火を焚き、その熱が鉄の煙突を通ります。その熱で水を温める仕組みです」
「凄いねっ!周りの木が燃えちゃわないの?」
「釜はしっかり鉄で区切ってますからね。大丈夫です」
「お湯に使ったら、煙突にくっついちゃう?」
「安全柵が付いているので、大丈夫です。でも、気を付けて入りますよ?」
「この棒は?」
「かき混ぜ棒で、お湯の温度を均等にします。時々かき混ぜておくと、湯が早く沸きますね」
「へぇ~…そっか!煙突の周りだけ温まるからだ!」
「その通りです。さて、もう少しかかりそうなので、家の中で待ちましょう」
「えぇ…オレもかき混ぜてみたい…」
「…別の日に、坊っちゃんに全部やって貰いますから」
「全部?」
「はい。全部、お任せしちゃうと思います」
「うん!任せて!」
坊っちゃんがルンルンで家へ戻る。
任せて貰える事が嬉しいんだな。
「ゼオ!オレ、虫除けの香着けるね!」
「はい。お願いします」
「任せて!」
坊っちゃんが嬉しそうで、なによりだ。
俺は、台所で収獲物を洗い始める。
「オレもやるのにぃ〜…」
「坊っちゃんは、暖かく過ごして下さい」
「むぅ…」
「大丈夫だったら、またお願いしますから」
「むぅ…わかった…」
渋い顔で答える坊っちゃんに苦笑しながら、まずアザミを湯がく。
湯がいた後は、少し水にさらしておく。
1度鍋を洗い、灰汁を洗い流してから再度水を注いでコンロにかける。
サワガニにトドメを刺し、沸騰した鍋に投入する。
火が通った辺りで、スープの素を入れ、朝の残りのボリボリ少量と、アザミをザクザク切った物。埋め直そうか迷っていたノビルの球根っぽい部分を入れて煮込む。
ボウルに小麦粉と水少量を入れ、粉っけがなくなるまで練り混ぜ、スプーンに一杯ずつ千切り鍋に投入。
ぐつぐつと煮込み、塩で味を整え、完成。
まぁ、すいとん汁だな。
前世の醤油が懐かしいがな。
おっと。風呂の準備もしとかなきゃな。
小ぶりの鍋を出し、水を入れてから石鹸豆を入れてコンロにかけておく。
シャンプー兼ボディソープの準備だ。
「坊っちゃん、先に夕食にしましょう」
「お風呂、暗くなるよ?」
「熱が出なさそうなので、星見風呂でも大丈夫そうですからね」
「星見風呂!うん!そうする!」
スープ皿にすいとん汁を入れて、テーブルにセットする。
すいとんは、結構どの家でも出る定番料理だ。
パン主食の世界ではあるが、パスタやすいとんも食べられているんだよ。
前世でも海外でも普通にあるからな。
「「いただきます」」
はふはふほふほふ食べる坊っちゃんは、もう発熱の心配が無さそうな気がするな。
一応、一通りの薬は丸薬で荷物に入っているが、子供が風邪をひいたら、医者の処方で薬を出して貰った方が1番だからな。
それこそ、安心感が違うし。
「このダンプリング美味しい!」
「サワガニの出汁が効いていますねぇ。凄く旨味が出て美味しいですねぇ」
「うん!」
ダンプリングは、前世で英語圏のすいとんだな。
餃子もニョッキもダンプリング括りだった気がする。
今世では、色々な言葉がごちゃ混ぜで入って来ている感じなんだよなぁ…
鉄砲風呂だって前世の江戸時代位の物だし。
俺みたいな転生者が、地味に活動してたんだろうな。
「あっ、ゼオ早い!もう食べたの?」
「はい。ちょっと風呂の確認をしてきますね?」
「わかった!」
ほっぺをパンパンにして食べ始めた坊っちゃんに苦笑し、かき混ぜ棒で風呂を混ぜる。
少々熱いので少し水を足し、加減する。
木桶に水を入れ、待機させておくか。
木の腰掛けと手桶は家の方だったかな?
「ゼオ!食べたよ!」
「はい。お腹を落ち着けて下さい」
「まだ入れないの?」
「食べてすぐは、お腹が驚きますから、少し休ませましょう」
「えぇ~…わかったよぉ」
ふふっ。坊っちゃんのむくれ顔がこんなに頻繁に見られるとはな。
商会から離れて正解だったな。
家に入ってコンロを止めて、シンクに置いておく。
ベット脇に置いてあった、風呂用の椅子と手桶を持ち、外のすのこの場所に設置して、洗浄をかける。
…俺の魔力、半分切ったな。
坊っちゃんに使うから、つい力が籠もっちまった…
まぁ、いいか。
灯り石のランプと、念の為に予備の香炉で虫除けの香を焚き、置いておく。
「坊っちゃん、準備しましょう。外套の下は手ぬぐい以外全部脱いで、タオルを身体に巻いておいて下さいね」
「うん!」
「新しい着替えは、このカゴに入れて下さい。洗濯するのはこっちの深いカゴに」
「うん!」
石鹸豆はまだ熱いので、今回は少し水を足し、温度を下げる。
外で使っても冷たく感じない程度にしとかないとな。
「準備出来たよ!」
「はい。着替えのカゴを持って、外に出ますよ」
「うん!」
ドアの側にある椅子を持ち、外に出る。
すのこの近くに置き、カゴはそこの上に置いて。
「外套とタオルをカゴに置いて下さいね」
「うん。首のこれは?」
「外して腰巻きにして下さい」
「わかった」
「靴はすのこの手前で脱いで下さいね」
「うん。ちょっと寒いね」
「そうなんです。気を付けて」
手桶を坊っちゃんに手渡す。
「まず湯船の温度を確かめてから、手桶で掬い身体にかけていって下さい。多分、身体が冷えたので、熱く感じると思います」
「うん。あっ、温かいね…」
手桶で湯を掬い、ザバッとかける。
「熱いっ?!」
「家の風呂より熱く感じるでしょ?」
「うん、ビックリした!でも、慣れそうだよ!」
「良かったです。慣れたら、石鹸豆の液を手にすくって、身体全体に塗っていって下さい。素早く流して、湯船につかりましょう」
「頭は洗わないの?」
「身体を温めてからにしましょう」
「うん!」
素早く全身を洗い流し、手桶で手ぬぐいを洗ってから湯船へと飛び込む様に入り。
「熱いっ!やっぱり少し熱いっ!」
と、叫ぶ坊っちゃん。
「ゆっくり浸かっていって下さい」
「むぅ…うん。大丈夫そう…」
ゆっくりゆっくり、坊っちゃんの顔の位置が下がっていく。
肩まで浸かると、大きな溜息が響いた。
「肩まで入ったよぉ~…気持ちいいねぇ…」
「良かったですよ」
「ゼオも入らないの?」
「今一緒に入ると、どちらかが凍えますよね?」
「ぶふっ!あははは!そうだね!」
「しっかり暖まったら、頭、洗いましょう」
「うん!…うわぁ~…空を見ながらのお風呂って最高だねぇ〜…」
「ですねぇ」
それから3分程で茹で上がった坊っちゃんの頭洗いだ。
「うわぁ…気持ちいい!全然寒くならないよ?」
「ふふっ。すぐ冷えますよ?さっ、まず頭を濡らして下さいね?」
「うん……ぷはっ」
「石鹸豆の液を手で掬い、頭全体に伸ばして洗います。目に入るとしみるので、気を付けて下さいね?」
「うん!」
石鹸豆シャンプーを全体に伸ばし、シャコシャコ洗い、流して顔を洗う坊っちゃん。
もう一人前だなっ!
「スッキリした!」
「はい。最後にもう1度湯船で茹で上げたら終わりですよ?」
「あはは。うん。茹で上げるよ」
再度入った坊っちゃんは、熱くなかった様だ。
満足そうな溜息が、妙におっさん臭くて噴き出しそうになる。
「ねぇ、ゼオ。このお風呂、どうやって持って来たの?秘密の道は通れないんじゃないの?」
「あぁ。購入した後、バラバラにして持ち込んだんですよ。こちらで組み立てましたね」
「凄いねぇ…あれ?買ったの?」
「買いましたねぇ…」
「あれ?金目の物は置いて来たって?」
「村長が冒険者登録してましたし、私も商会証のバングル付けてましたから…素材を売って、お金を貯めて買いましたねぇ」
「えぇ?!村長、冒険者登録してたの?!」
「村の子達は大体してましたね。お小遣い稼ぎをしてましたよ?商会長が悔しがってましたねぇ…まっ、すぐ貯めて登録してましたけど」
「父様も10歳で登録したの?!」
ん?も?父様も?
コレは村長の事じゃぁないな?
「坊っちゃんも登録してるなら、持ち込みをやってみますか?」
「え?いいの?あっ…知ってたの?」
「いいえ。今、坊っちゃんが『父様も10歳で』と言われたので12歳なら話の流れで終わったんですがね?」
「あっ…そっか10歳なの、オレだけだ…バラしちゃった…ブクブク」
ブクブクと鼻まで沈んだ坊っちゃんが、なんとも可愛らしい。
「まぁ、俺は一昨日、冒険者登録して来たんで。みんなより大分遅めの始まりですがねぇ」
「えぇっ?!一昨日っ?!なんでぇ?!」
「新人に引き継ぎしてましたし、もしかしてそろそろクビになる事もあるかな?と思いましてねぇ…で、思わず冒険者登録してましたよ」
「クビ?!思わず?!えぇ?!」
「クビは勘違いでしたがね?小遣い稼ぎすれば良いかと思い直して、ちょこっと冒険者する事にしたんですよ」
「えぇ…ゼオは前から冒険者登録してると思ってたのに…」
「まぁ、若い頃は商会に集中してましたからねぇ。冒険者登録をしようと思えるゆとりが無かったのかもしれません。クビかと思って始めて登録の覚悟が出来たと言うかなんと言うか…」
「そうなんだ…」
「ちょうど良く、坊っちゃんと冒険する事になったので、俺の決断が正しかった事が証明されてなによりですが」
「確かに!すっごくちょうどいい!凄いね!」
「ですねぇ。きっとこれが神様からの御達しだったんでしょうねぇ」
「ぶふっ!大袈裟だよぉ!あはははは!」
大袈裟。坊っちゃんは笑うけど、きっとコレが理由なんだろうな。
おっさんにおっさんの記憶が戻った訳。
茹で上った坊っちゃんが、家に帰るまで見守りながら、そう思った。




