7話 襲撃
グレイが荒い息を吐いている。
コイツ、会議開始前に「大人しくします!」と言い放って三秒後にはもう椅子になっていた。
絶対に許さない。
グレイの腹を踵で蹴ると、ふるふると喜びに震え出した。
……ドMには何の罰が効くんだ?
もはや何しても喜ぶだろ。
無敵の人かよ。
「それで〜本題はログアウトじゃないでしょぉ〜?」
大きなライオンの毛並みを撫で付けながら、獣王国の猫耳幼女が言った。
え、ログアウトじゃないの?
「はい。みなさんは……資源管理をどうなさっていますか?」
主催者のシャルロッテは、憂を帯びた目で円卓を見回した。
資源管理……だと?
やばい。吸血問題に気を取られすぎて自国の資源状況すら把握していないんだが?
私がこの会議で話せることは何もない。
非協力的だって思われたらどうしよう!?
「そんなの、正直に言う人はいないと思いますよ」
諸事情でフルフェイスのヘルメットを被っている、アイドル王国のキリキリ・イキリト国王が、呆れたように言った。
そ、そうだそうだ!
正直に言うやつなんていない!!
「ですが……ユメノさん以外の国は初期配置が悪いですよね?」
そうシャルロッテが言うと、皆下を向いた。
初期配置?
みんなの国ってどこにあるんだろう。
というか、みんなもしかして資源ないの?
「実は……私の裏王国は、設備を豪華にしてしまっていて、課金頼りだったんです。一ヶ月前にここに飛ばされて……」
「お嬢。それ以上は」
黒服マフィア従者が止めている。
一ヶ月前……?
みんな飛ばされた時期が違うんだ。
あー、やたら招待状届くのが早いと思ったら、シャルロッテ女王は早々にこの世界の状況把握は終わらせてたのか。
もしかしたら知識面で協力できるかもしれない。
私は一応このゲームの古参だし。
「あのぉ……みなさん、裏ワザ使ってないんですか?」
全員の視線がこちらを向いた。
「そんなのはみんなやってますよ。それでも足りないって話ですよ」
キリキリがため息をついた。
……え?
足りないってどういうこと?
私の国は、足りてるってノアールが……。
ノアール、もしかして嘘ついてる??
あいつ……私をハメてバッドエンド狙ってないか!?
冷や汗が流れる。
クソ。あいつがドSだということを甘くみていた。
絶対内政をハードモードにしてやがる!
ああ、最悪だ。
お尻の暖かさが今は気持ち悪い。
汗でお尻が湿っている。
先ほどから喉が渇いて汗が止まらないのは、羞恥以前に吸血衝動を抑えているからなのだ。
飲みたい。酒みたいに浴びるように血が飲みたい。
知ってるか?
吸血鬼は酒を飲んでも酔えないんだ。
もうこの体にとってアルコールなんてただの水だ。
この一週間私はアルコールを切らして頭がおかしくなりそうなんだ。
毎日お酒を切らしたことのなかったこの私が。
「ユメノさん? 体調が優れないようですが……」
シャルロッテが優しく私に声をかけた。
「……だ、だいじょう……ぶ!?」
視界に黒い影が映る。
突然天井から黒い忍者みたいなやつが落ちてきた。
私は驚いて立ち上がった。
転生者達を守るように、それぞれの従者が魔法を、爪を見せた。
この会議場にある二つの扉から、また別の刺客が入ってきた。
襲撃だ。
私は扉から遠かったから、次々と入ってくる襲撃者達に襲われずに済んだ。
しかし、みんなの従者の動きが悪い。
防戦一方だ。
……そういえば、武器の携帯は禁止されていたんだった。
「姫様、こちらを」
グレイが立ち上がって、私に小瓶を渡してきた。
キリッとした顔で、グレイはさらに前に出る。
そして、両手を広げて宣言した。
「姫様、お下がりください。……わたくしめに武術の心得はありません!! どうぞお好きなだけ切り付けてください!!」
「グ、グレイ!?」
何言ってるんだ!?
襲撃者がなぜか一歩下がって狼狽えている。
異常者に対する正しい反応すぎる。
しかし、何もしないグレイに慣れた襲撃者は、しばらくすると恐る恐るグレイに切り掛かった。
「ちょ!?」
グレイは両手を広げたまま素直に切られている。
なんで抵抗しないんだよ!?
「ああ! やられてしまいました!!」
切られたのは胸のはずなのに、額に手を当ててわざとらしくそう告げたグレイが私は恐ろしかった。
襲撃者すらも、引いている。
渡された小瓶に目をやると、ラベルには何やら書かれていた。
"彼の暴走を止めるにはこちらをお飲み下さい"
……これ以上グレイの変態プレイを露出するわけにはいかない。
いや、でも飲みたくないんだけど……。
悩んでいるうちに、グレイの艶かしい嬌声が聞こえて来た。
恥ずかしい。悲鳴であってほしい。
言う通りにするのは癪だけど、もう飲むしか選択肢が残されていないに等しい。
クソッ。
後で覚えとけよ!
蓋を開けると、ブランデーの香りがした。
まさか。まさかまさか。
血は……お酒の味がするのか!?
小さな瓶には、一口分しか入っていない。
ごくりと唾を飲み込む。
だめだ、まだ笑うな。堪えるんだ……。
「ふひ」
無理。
顔がにやける。
頭の中に「酒が飲めるぞ〜♪」とファンファーレが流れ始める。
一気に小瓶を煽ると、口の中に甘く濃厚な味が広がった。
最高に美味しい。
「ふははは! おいっしぃ!!」
小瓶を床に投げ捨てる。
枯れていた体に力が漲る。
頭がクラクラして、禁酒明けのような酔いが回った。
「グレイ、もういい。下がれよ。私が全部やる」
「はい!!」
グレイから流れる血を操作して、グレイの体に戻して止血した。
わかる。血の扱い方が手に取るようにわかる。
グレイに戻り切らなかった血を、血の剣に変えて襲撃者達を貫き倒していく。
この会場に流れる血が増えていく。
操れる血が、増えていく。
「あははは! 全部飲みたいなぁ! あーでも禁酒明けって飲み過ぎたら吐くよなぁ?」
ただでさえ、あの小瓶の血は濃かった。
すぐに酔えてしかも美味しい。最高の血だ。
というか、あの小瓶って誰の血?
すんすんと鼻で息を吸う。
血の香りが人によって違う。
もしかして、味も人によって違う?
一気に敵を刺し貫く。
楽しい。
今の私に敵う敵などいないだろう。
でも酔いが覚めて来た。
……あんな量じゃ、全然酔えない。
アルコールの熱が消えていく。
心地よい酩酊感がなくなった。
ふむふむ、血はお酒と。
理性が戻ってきて、自分の状況を客観視できるようになってきた。
周囲を見渡すといつのまにか襲撃者が全滅していて、転生者達は私を見ていた。
――円卓の上に立っている私を。
「ユメノさん……」
「うっわぁ、やるねぇ」
「完成度高いですね!」
「カッコいいです!」
転生者達がそれぞれの反応をした。
視線が痛すぎる。
冷や汗が背中を駆け抜けた。
やばい。やっちまった!
目立ちすぎだよ、このやろう!
何か言わないと。
この場を穏便にやり過ごすために。
「あーあははッ……みんな、私と仲良くして……ね?」
少し酔いが混ざった笑いが出てしまった。
みんなの表情が、特にシャルロッテの顔が引き攣った。
なんか違う!
絶対違う!!
嫌われたくないよぉ!!




