29話 アフターダーク
聖王ルシウスと握手した後、私はパチンと指を鳴らしてブラン達を置いてきたところに転移した。
後で条約に関する書面をマグリッタに送ることにした。とにかく、ノアールの血が切れて魔法が使えなくなる前に早くヘキエ王国に帰らねば。
「あれ、誰もいない……」
辺りは暗いが赤い月に照らされている。
ぼんやりと人影が見えるぐらいの明かりしかない。
なんでみんな待ってないんだよ!
ジェイドとグレイ見つけたんじゃないのかよ!
仕方ない。一人で帰るか……。
パチンと指を鳴らす。
しかし、何も起こらなかった。
やばい。ノアールの血が切れた!?
「うおおおお!」
何度も指パッチンをする。
カスッカスッとシケたマッチ並みに鳴らない。
どうやって帰ればいいんだよ!?
必死に自分に何が出来そうか考えてみる。
血を操ることは出来そうだけど、血を操れたところでヘキエ王国には帰れない。
ジェイドの血を媒介とした居場所を特定する魔法も、今となっては使えない。
圧倒的に無能。
そこへ、何やら叫ぶ声が聞こえてきた。
「ひ、姫様ぁ! 下! 影の中を攻撃してくださぁい!!」
ブランがこちらに向かって必死に走ってきた。
影?
月明かりでわずかにできた影の下を何かが走っている。
影馬車だ!
あれは影を攻撃すれば浮上する。
すぐに親指を噛み切って、血を出した。
血を細い針に形を変えて、追いかけながら影に刺していく。
「おい! 避けるな! ま、待て!!」
必死に路地を走り影馬車を追いかける。
クソ、影馬車の中は真っ暗で外の様子がわからないんだった。
私の息が切れてきたところで、影馬車は浮上してきた。
その場に倒れ込むと、ブランも遅れてその場にしゃがみ込んだ。
「げほっ死ぬ……」
「ぜぇ、ぜぇ、置いていきやがって、ぶっ殺してやるのですぅ!」
影馬車の扉が空いて、ジェイドとグレイが顔を出した。
「姫様!!」
「えらい揺れると思たら……姫さん何しとんの。ノアールはんは?」
「お前ら……いいからさっさと乗せてくれ!」
***
――この馬車の定員は四名だ。
つまり一人溢れるわけだが、グレイが喜んで私の足掛けとして丸くなっている。ブランはそんなグレイを見てほくそ笑んでいた。
「狭いなぁ……」
むさ臭いんだよ。男四人と馬車詰めは見た目が終わってる。
まぁ、内容は疲れたおじさんと糸目商人だし、隣にいるブランを女の子と数えたらなんとか清涼感を保ててるか。
肝心の私とブランは汗だくだけど。
「それで、戦争はどうしはったん?」
「いや、戦争なんてしてないよ……」
なんで戦争の話になるんだよ。
私はため息をついて腕を組んで目を閉じた。
「え、あの状況から戦争回避したん? 姫さんすごいなぁ」
感心したような声をあげたジェイドは、「そうや!」と前置きした。
「ほら、見てみぃ。僕の戦利品や。……姫さんには迷惑かけたからなぁ。特別にタダで譲ったるわ」
目を開けると、ジェイドの手には魔石があった。
ジェイドはドヤ顔で座席の下を蹴ると、板が外れてさらに大量の魔石が溢れ出した。
「……盗んだ?」
「いやいや、人聞きの悪いこと言わんといてぇな! ちゃんと商売したで!」
さすが弟のキャラ。ノアールとは違うようだ。
というかジェイドが私に迷惑かけたっていつの話?
まぁ、がめつい商人からタダで貰えるなら嬉しいけど。
……本当にタダか?
受け取ったら何か要求されるのでは?
「うーん、山分けにしよう」
責任を分散すれば後で要求されないだろう。
我ながらナイスアイデアだ。
「それでええなら……まぁ姫さんの好きにしぃ」
「ありがとう、ジェイド。今回は……お疲れ様? 汗臭くてごめん」
疲れた。お酒飲んで寝たい。
「ジェイド君、魔石もらうよ」
黙って話を聞いていたスートが、ジェイドの持っていた魔石を手に取った。
「はい、ユメノちゃん。浄化魔法」
スートの手から光が漏れて、私とブランへと流れてきた。
すると、汗の気持ち悪さと匂いが綺麗さっぱりなくなった。
「おじさん神か? やっぱ魔石は大事だね」
「そぉやろ? もっと僕を褒め……」
ブランがスートから魔石をぶんどって、何やら魔法を使い始めた。
「姫様ぁ、僕は香水が作れるんですよぉ? こんな男だらけの空間嫌ですよねぇ?」
ブランがそう言うと、フローラルな香りが漂い始めた。
たしかに、清涼感が増えて嬉しい。
「えーっと……みんなすごいね……」
「姫様!! 申し訳ありません! わたくしめは姫様の言いつけ通りの動きができませんでした!!」
足の下でグレイが懺悔している。
一体何したんだ。
「え、何か私言ってたっけ?」
「聖マグリッタ王国にて恥ずかしい真似をしてしまいました!」
……これ以上問題を増やさないで欲しいんだけど。
「具体的には?」
「敬語を一時使いませんでした!!」
ほっと胸を撫で下ろす。
「それぐらいならいいよ。むしろ捕虜としての快感に目覚めなければそれで全然オッケー」
「? わたくしめはそのような事を喜びません」
???
こいつ、何を基準にドMなんだよ。
わけわかんねぇ。
「姫さん、このアホ犬はなかなか見どころありまっせぇ」
ジェイドがグレイを指差してニヤニヤしている。
この二人仲良くなったのかな?
「ふーん。私寝るから何かあったら起こして」
「あ、姫様ぁ、僕が膝枕しますぅ」
「却下」




