28話 聖王ルシウスの災難
聖王ルシウスは信じられなかった。
今まで認識していたものが音を立てて崩れていく。
「友好を築く……?」
「ふふ、そうです。素敵でしょう?」
吸血鬼は手を合わせて期待に満ちた笑顔を見せる。
「そういうことか……。全てはこの時のために……」
なんということだ。
我が国の密偵が見たものは全てヘキエ王国が用意した偽りの情報。
我々の善意を利用し、落ち度を作り、戦争のきっかけを用意し、それを回避したくば言うことを聞けと迫っている。
もはや目の前にいる吸血鬼は、宰相に利用された哀れな為政者ではなく、我が国を意のままに動かそうとする策略家だった。
――我々はいつからこの吸血鬼の術中にいた?
握りしめた拳がぷるぷると震える。
聖王ルシウスは自らの判断ミスから来る罪悪感と、人道主義すら利用する悪辣な吸血鬼に怒りを覚えていた。
「ジェイドは何も被害を受けていなかったと、そういうことでいいのだな?」
「あ、はい。ジェイドは私の従者の中でも一番好き勝手してます」
被害者はいなかった。それだけでも救いではあった。
少し威勢が弱まってきた吸血鬼は、仕事がもう終わったかのような気の抜けようだ。
この状況に持ち込まれた時点で我が国に勝ち目はない。
「貴国は我が国に何を求める?」
この吸血鬼一人で、我が国を滅ぼせるのだろう。
武力ではなく、あくまでも条約にこだわる事を見るに、他国に対してのアピールに余念がない。
平和的に事態を終わらせるには恭順を、示すしかないのであろう。
「食料と新酒。あと大魔境近くの魔石採掘場の使用を公式に認めていただきたいです。その代わり我が国からは……えーっと」
この後に及んで悩んでいる。
いや、振りをしているのか。
聖王ルシウスは、先んじて申し出た。
「不可侵条項を。こちらから望むのは、貴国が攻めてこない保証だ」
吸血鬼は目を見開いた。
「もちろんです! 逆にそちらもお願いします!」
……即答、だと?
もっと渋ると思っていたのだが。
それになぜこちらにも不可侵を求める?
相互不可侵という体裁を整え、対等な条約として諸外国に見せるつもりか。
ふん、誰がどう見ても不平等ではないか。
忌々しい。
「ああ。それで構わない」
吸血鬼はパァっと屈託のない笑顔を見せた。
なんという邪悪な笑顔だ。
「仲良くしましょうね!」
そう言って吸血鬼は手を出してきた。
こちらも勤めて表情を和らげて握手に応じる。
「もちろんだ。くれぐれも条約を守ってくれたまえ」
――我が国は、なんとか生き残った。




