30話 この従者達と共に
三日かけて影馬車でヘキエ王国へと戻った私は、広間で優雅にお茶をしていたノアールに詰め寄った。
「おや殿下。お帰りなさいませ」
「ちょっと! 色々言いたいけど、まずはなんでジェイドの血なんか渡したの!」
それによってマグリッタで変な誤解が生まれてしまった。あれがなかったらもっと穏便に話がまとまったはずだ。
「ああ、人探しの魔法をお使いになるかと思いましたが、まさか未公開の特産品と偽るとは思いもしませんでしたよ」
ノアールは上機嫌で足を組み替えた。
「いや、もっと言葉足そうよ!」
「? あの時、殿下が特産品だと偽る事で大体の思惑は理解しました。マグリッタ城内は防諜が効いており覗くことは出来ませんでしたが、上手くいったようで何よりです」
何の話をしてるんだ?
私の思惑なんて何もないんだが。
「何の……」
「あれだけのお手本を見せられては、私の負けだと認めざるを得ません」
え、なんか知らないうちに勝った。
嫌な予感がする。
「どういうこと?」
「おやおや、私に説明を要求するとはずいぶんと欲しがりますねぇ」
いや、だから何の話だよ!
「殿下こそ、もう少しお言葉を足すべきではありませんか? 戦争を行わず、軍事的優位を大陸全土へ誇示し、その動揺に乗じて直接交渉。人道主義を利用しジェイドを潜入させたと偽り、マグリッタ側に外交上の過失を作り出し、戦争と条約の二択を迫る。まさに合理的な解決方法です」
…………え……え?
ノアールは拍手してくれている。
褒めてほしいわけじゃないんだよ!?
「……私、マグリッタと仲良く出来たよね?」
「ええ、彼の国は事実上属国のようなものです」
待ってくれよ。
お願いだから嘘だと言ってくれ……。
へなへなと椅子に座り込んだ私は、呆然とノアールを見た。
「こちらは詳細な条約内容をまとめた草案となります。殿下もお気に召すかと」
まるで本当の宰相みたいに草案を渡してきた。
渡された紙を見ると、ノアールが考えたであろう不平等条約が書かれていた。
大魔境攻略支援という名の食料品の援助。緩衝地帯の魔石採掘場で採れた魔石に関税をかける、などなど。
やりたい放題だ。
人の心ないんか?
「これは……あからさますぎでは?」
「……そのようにするために、私の血を飲んだのでは?」
これを認めれば確実に周辺国家……転生者達から目をつけられる。
終わりだよ。
「えーっと。それこそ戦争に近づくでしょ?」
「外交上の先手を打たれますか? 各国に外交官を派遣いたしましょう」
「待て待て待て」
こめかみを押さえながら考える。
内政はともかく、ノアールに外交やらせたら詰むだろ。
敵対心しか稼がないタンクかよ。
うちの国家は紙装甲なんだから加減しろよ。
「この草案、関税の数字下げて。あと食料品は支援じゃなくて部分的に購入にしよう。このくらいならまだ許される範囲におさまるかも……」
嫌だよ、まだ死にたくないよ。
資源がなくなるのが先か、私が討伐されるのが先かみたいなチキンレースしたくないよ。
深く椅子に腰掛けて、目を閉じてため息をついた。
「……では、そのように」
ノアールが立ち上がる音がした。
「あ、待って。グレイとジェイドが帰ってきたから、みんなで慰労パーティしようと思ってたんだ」
「おや。……私も、ですか?」
目を開けると、意外そうな顔をしたノアールがいた。
「当たり前でしょ。あと、その首の包帯……後でおじさんに治してもらって」
当てつけのように首に包帯巻いて。目立つからほんとやめて欲しい。
「嫌です」
一言そう言ってノアールは去って行った。
思わず叫ぶ。
「お前、ちゃんと私の言うこと聞けよ!!」
なんだよ……全く。
まぁ、嫌じゃないならいいんだけどさ。
***
華やかに飾り付けられた広間で、私はパーティドレスを身に纏いみんなを待っていた。
今回、全館放送で偉そうに常識的に考えろって言っておきながら、自分がちゃんとできていなかったように思う。
色々と判断ミスが多すぎる。このままじゃいけない。
気を引き締めて、この国の王らしく振る舞おう。……設定は姫だけど。
準備をする使用人達を見ながら待っていると、最初に来たのはジューちゃんだった。
「ジューちゃんお疲れ様。いつも料理ありがとね」
「姫サマ! ジュー、りょうり、トッテモ楽シイ!」
赤髪を後ろで結んだ大男のジューは、可愛いもの好きのチャイニーズマフィア風拷問官だ。
うちの従者は料理人がいないので、包丁を使うのが得意なジューに頼んでいる。
次にやってきたのは女子用の私服姿に身を包んだブランだ。私たちを見ると恐る恐る近づいてきた。
「姫様ぁ、どうやってこの人と会話してるんですぅ? いっつもわかんないって言われますぅ」
「ジューちゃんは物騒な言葉はまずわからないから、可愛い言葉に変えるといいよ」
逆に可愛いものが好きすぎて、それしかわからない。という設定だったはず。
それを聞いたブランは、憐れみの目でジューを見た。
「拷問官失格ですぅ……」
「ブランチャン、カワイイネ!」
「当然ですぅ」
ジューちゃん、見た目は怖いんだけど中身は従者の中で一番安全だ。
むしろ側近にしたいくらいだけど、いかんせん言語の壁がデカい。
時間になって、広間に集まって来たみんながジューちゃんを避けている気がするんだけど、なんでだろ?
「ジューちゃん怖い?」
「そうですよぉ、普通この格好の人に近づきたいとは思いませんよぉ」
血のついたエプロンがダメなのか!?
キャラデザ時点で血まみれだからなぁ……。
というか、こんな時まで血のついたエプロン着ないでよ……。
「ジューちゃん、服可愛いのあげようか?」
「ワァ贈リ物!? ウレシイ!」
ジェイドからもらった魔石で作るか……。
「ぼ、僕も姫様からの贈り物欲しいですぅ!」
ブランの声に、いつのまにかみんながこちらを見ていた。
あーやばい。
全員に渡さないとダメなやつだ。
「わ、わかったから。考えとくから! よし、みんな集まったことだし乾杯しよう! そうしよう!」
料理を運ぶ使用人達に紛れて、なぜか仕事しているグレイからグラスをもらって高く掲げる。
「みんな、これからもよろしく! 報連相しっかりやろう! 今日は私の奢りだから、無礼講でいこうね!」
グラスに注がれているシャンパンを飲む。
ただの水だ。
なんとなく、今日はみんなと同じものが飲みたかった。
もう少しみんなのことを知るべきだと、そう思ったから。だから立食パーティ形式にしてある。
「グレイ、もう仕事しなくていいよ。お前が一番の主役みたいなもんなんだから、ちゃんと食べて」
「はい!! 姫様の一番の従者であるわたくしめが僭越ながら休暇をいただきます!」
その言葉に、色々な方向から殺気が漏れた。
「姫様ぁ、やっぱり毒殺は必要ですぅ」
「ダメ」
なんとなくジェイドが離れているのを感じたので、近寄って話しかけてみた。
「影馬車の中で色々話は聞かせてもらったけど、ジェイドも頑張ってたね。お疲れ様」
「……姫さんの弟君から頼まれててん。お姉ちゃんをよろしゅー頼みますて」
ジェイドは壁にもたれながら、少し笑った。
糸目の商人が裏切らないとか、裏切りにも程がある。弟め、粋な事をしやがって。
「これから市場を復活させるから、陣頭指揮よろしくね」
「姫さん、あんまり僕を信用しやんとき? いつ裏切るかわからへんよ」
ジェイドが袖を口元に持っていった。
ややこしいな。裏切るのか裏切らないのかはっきりしてくれ……。
「はいはい、裏切るときは言ってよね」
ジェイドにひらひらと手を振って、食事を取りに戻る。
ジューお手製の中華料理が並んでいる。
この城はヨーロッパ風なんだから西洋料理にしてくれよ。
エビチリを一口摘んで、グラスに赤ワインを注ぐ。
近く椅子に座って、ワインを飲みながら従者達を眺める。
ん?
これワインじゃなくて血のモスコミュールじゃねぇか!
グレイと一緒にいるブランを見ると、正解ですぅと言いたげなブランがこちらを満足げに見ていた。
薬は盛らなくなったけど、血は盛るのかよ。
はぁ、みんな自由だなぁ。
目を閉じて、この空間の雰囲気を味わう。
ああ、いいかもしれない。
私の作ったキャラ達が、動いて、魂を持って生きてる。その主人でいられることが。
多少の個性は目を瞑ろう。今は、こいつらと共に生きてみるのも悪くない。
息を吐いて、立ち上がる。
さて、気掛かりがもう一つあった。
ノアールとの約束だ。
多分この約束がノアールを呪っているのかもしれない。
酔った勢いで書かなければ良かった。
――そんなに退屈で死にたいなら、私が殺してあげる。
なんて。
これが最高のスペックを誇るノアールが私に仕える理由であり、退屈を終わらせたい彼の最後の楽しみなのだ。
広間からバルコニーに出る。
ノアールは一人、グラスを手に夜空を見ていた。
私も隣に立ち、同じものを見つめた。
彼を殺したくない。
もしかしたら、この従者達と一緒なら彼の退屈を終わらせることが出来るかもしれないから。
ノアールを見上げて聞いてみた。
「ねぇ、ノアール。私が君を殺さないと言えば、どうする?」
そう問われたノアールは一瞬だけ目を伏せてから私を見つめた。
そして、今までみた中でも一番凶悪な笑みを浮かべた。
「ーー下剋上を」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
現在改稿作業をしながら、いろいろ別の執筆もあり手間取っております。次回更新は数ヶ月先になる予定です。誠に申し訳ございません。お待ちください。




