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26話 平和的降伏勧告

 相手の指揮官が険しい表情でこちらに恐る恐る近づいてきた。

 この国は宗教国家で、人外種族は警戒されやすいとノアールから聞いている。

 なので私は怖がらせないように声をかけた。


「皆様におかれましては、大変ご迷惑をおかけしております。私はグレイを迎えにきただけですので、穏便にお話ができるのであれば、こちらも危害は加えません」


 言葉がペラペラと出てくる。

 私なのに私じゃない感覚だ。

 抗っているせいで、どこか言葉のチョイスがおかしい。


「嘘だ! 我らを吸血しないと、どうやって証明するおつもりか!?」

「……こちらに専用の小瓶があります。あなた方のような血を私が好んで飲むと思っているのですか?」


 違う違う!

 小瓶あるから飲まないよってただ一言言いたかっただけなのに! ノアールのバカ!

 ほら、相手方怒ってるじゃん!


「ッ! そちらがそのつもりなら、こちらも対等な会話を希望する! 魔力充填用の魔石を所持していないか身体検査を受け入れていただくことが条件だ」

「かまいませんよ」


 私は小瓶を手に持って、兵士からの身体検査を受け入れた。

 魔法を使う人間は、魔力不足対策として魔石を携行している。

 私もそうだろうと警戒されているのだろう。 


「その小瓶はこちらで預かっても?」

「……」


 いやだ。

 どうしよう……。

 陶器の小瓶をじっと見つめる私と兵士。


「飲みます」

「何を!?」


 蓋を開けて一気に飲み込む。

 機内検査と一緒だ。持ち込み禁止のものは飲んじゃえばいいんだ。

 期待した甘みとは違って、すっきりとした飲み口。

 これは――


「純米大吟醸!?」


 ノアールの血じゃねぇのかよ!

 というかいつもの私なら純米か大吟醸かすらわからないよ!?

 ――この程度の味覚の違いもわからないのですか?

 うるせぇよ!

 味覚汚染した挙句に心の中まで煽るな!

 逆に精米歩合までわかってたら怖いから!


「なぜ我が国の特産物を!?」

「え、貴国は神か?」


 マグリッタって名酒の産地だったの!?

 農業が主産業で、酒を製造……欲しい。是非とも仲良くなりたい!


「素晴らしいですねぇ! 今日からマグリッタ神を信仰します」

「……と、とにかく身体検査は終わりました。こちらへ」


 なんか少し誇らしそうな指揮官の案内を受けて城下町へと入った。

 歩いていると、端にいる住民達の目線がすごく痛い。

 睨まれている。


 やっぱり採掘場の横取りがダメだった?

 私、市民レベルで嫌われることした!?

 わからない。わからないが、交渉しないといけない。

 もし交渉が失敗しても、グレイだけは取り戻す。


 城内に入り、応接間に通された。

 白を基調とした宗教色溢れる室内だ。

 兵士が私の周りを取り囲んでいて、普通ならとても居心地が悪くなりそうなのに、笑みが出てくる。

 

 しばらく座っていると偉そうな人が入ってきた。

 私は立ち上がってお辞儀した。


「急に来てしまい申し訳ありませんねぇ」

「……お座りください」


 着席を促されたので、私は後ろ髪を手で靡かせてから座って足を組んだ。

 偉そうな人も座って、おずおずと話を切り出した。


「私は聖マグリッタ王国の聖王ルシウスです。本日は……どのようなご用件で参られたのだろうか」


 聖王ルシウスは緊張した面持ちで私を見つめている。

 

「もちろん、我が国の従者を拉致監禁している貴国と通商条約を結びに来ましたよ」


 真剣な顔がしたいのに、嫌でも笑顔になってしまう。

 聖王ルシウスは、ニコリともしていないのに。

 もう二度と直接吸血なんてしたくないよ……。


「いささか、我が国との認識に違いがあるようですが。それはそうと――なぜ貴国が我が国の近日発表予定の新酒を知っている」


 聖王ルシウスは目を細めてこちらを見ている。

 あ、終わった。

 偶然だよ。てかあの日本酒の血って誰のだよ。

 ――ジェイドだと思いますよ。

 あーね。そしたら全部ジェイドのせいにしちゃうか。


「……なるほど。あなたはジェイドという人物をご存知ですか? 彼は我が国の優秀な密偵です。新酒の件は彼が教えてくれました。そちらも密偵を我が国に送ってきたのでおあいこですよね」


 聖王ルシウスは立ち上がって、目を見開いて固まった。

 というか、ジェイドはどこにいるんだよ。

 ――ノアールの血が効いている間なら、血を媒介とした人探しの魔法が使えますよ。

 あ、だからノアールは効果が切れる前に飲めって言ったのね。でも今そんなどころじゃないよ……。


「彼らは貴国に虐げられていた虐待被害者だ。密偵などと……そのようなことは……決して」


 たじろぐ聖王ルシウスに、私は食い気味に答えた。


「虐待被害者? 有り得ませんね。我が国は従者の自主性を重んじております」


 机の上に出されていたお茶を飲み込む。

 自主性と言うよりは性癖なんだが。

 本当の事言ったら恥ずかしいからね。ここは全力で否定させてもらう!


「しかし、だとすれば奴隷に首輪を繋ぎ散歩をさせていたという話はどのようにご説明されるおつもりか!?」


 お茶を吹き出しそうになるのをなんとか堪えた。

 冷や汗が背中を駆け抜ける。

 なんで知ってるんだよ!?


「ッ。見間違いではありませんか? そのような事実はございません。物証はないですよね?」

「……」


 聖王ルシウスは、座って考え込んでいる。

 セーフか!? お願いだから流してくれ!


「さ、宰相は。貴国の宰相は、人権を蔑ろにしている……のでは?」

「彼は我が国の利益を追求しているだけです。少し演技が得意みたいで私も困っていますよ」


 聖王ルシウスは身を乗り出して、問いただしてきた。

 

「い、いや、貴国は戦争の準備をしているではないか!!」

「いつそのようなデマが? 先ほどから何の話をしているのやら。私は通商条約を結びに来たと言っています」


 聖王ルシウスの顔から生気が抜けた。

 私はここぞとばかりに訂正にかかる。


「いいですか? 全ては勘違いです。魔石採掘場での出来事も、全てはコミュニケーション不全が問題です」

「勘……違い……?」

 

 そうだ。

 全てを元通りにしよう。聖マグリッタとは何もなかった。いいね?

 これから仲の良い関係を築いていこうじゃないか。

 

 すると、突然部屋の外から側近らしき人が入ってきて、聖王ルシウスに耳打ちした。


「な、何!? ジェイドと被害者が行方不明!?」


 もはや声を抑えることもできていない聖王ルシウスは、こちらを見て驚愕の表情を浮かべている。

 あ、ブラン達上手くやったのかな?


「これで互いの問題は解決しましたよね? 改めて、今後の友好についてお話ししましょう」

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