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23話 私が上で、お前が下だよ

 ノアールは人を殺せそうな笑みで、私をダンスに誘うかのように戦争を提案してきた。

 こいつには倫理観とか常識とか色々なものがない。

 グレイを助けにいくのになぜ戦争なんだ。


 むかついたので、私も笑顔で応対することにした。


「面白いね。我が国のどこにそんな余裕があるのかな?」


 ノアールは誘う右手を人差し指だけ立てて、私を指差す。


「ご覧になられたでしょう。私の魔法を殿下がお使いになれば、ノーコストで国一つ落とせます」


 私はノアールに近付いて、ノアールの人差し指をギリギリと捻り上げた。

 見上げるとノアールはこちらを試すように薄く笑っている。

 本心など計り知れない。私がそう創ったから。


「穏便に行こうって言ったよね?」

「穏便に食糧庫を奪いましょう」


 こいつ、隣国のことただの食糧庫としか見てねぇよ!

 グレイをダシに使いやがって。

 あの文が内政干渉や挑発だったとしても、戦争だけはしちゃダメ。

 人外種族の吸血鬼が戦争始めたら、大陸全土を敵に回してやられるに決まってるだろ!


 喧嘩上等だよ。いつも斜め上な提案してきやがって。

 私だって怒る時は怒るよ?

 ノアールに挑発するように笑いかける。


「……へぇ、君の優秀な頭脳ですらそこまでなんだ」

 

 ノアールの表情がすっと冷えた。

 冷たい金色の瞳が私を映している。

 

「この国を誇れる国にするとおっしゃいましたよね」


 ……言った。


「大陸の覇者となるには、必要な行程かと」


 ……大陸の覇者、ね。それは言ってない。

 初めてノアールの隙が見えた私の口元がニヤリと上がる。

 お前、ちょっとイラついたな。論点ずらしやがって。

 私がどういう意味で誇れる国にするって言ったか、こいつの頭ならちゃんと理解しているはずだ。

 そんなにレスバしたいならしてやるよ。かかってこい。


「戦争でしか大陸の覇者になれないとでも言いたげだなあ、ノアールさんよぉ」


 お前の頭なら戦争以外の選択肢も出せるだろ。

 出せるもんなら出してみろよ。

 ノアールの口角も、わずかに上がった。


「おやおや、他の方法がよろしいので?」

「そうだよ。宰相であるお前が……」

「では、殿下であればどのようになさるおつもりか、先に伺いたいものですね。私は殿下のご命令に従い、最も効率的で確実な方法を提示したに過ぎません。それを否定なさる以上、当然、より優れたお考えがおありなのでしょう?」


 私は余裕な表情で笑うノアールから目を逸らした。

 ノアールの人差し指を握っていた手が、思わず緩む。

 その隙に、ノアールは私の手をぴっぴと払った。

 

 ここぞとばかりに反撃してきたぞ、こいつ。

 私に返すのはだめだよ。反則。

 一つ言ったら十返してくるのは卑怯。言葉の暴力だよ。

 こいつ、私がうまく返せないことを分かったうえで言ってるだろ。

 腹立つのに特に案が出てこない。

 ……でもここで負けるわけにはいかないよ!?


 私はキッとノアールを睨みつけた。


「あるよ! とんでもないやつがなぁ!」


 どうしよう!?

 ないよ!?

 期待しているノアールに、私は虚勢を張ることにした。

 偉そうに左手を腰に当て、右人差し指を床に向ける。


「――ほら、跪けよ。首が痛いんだよ」


 ノアールは目を見開いて驚いている。

 やめてくれ。お前、案ないのに啖呵切ったのか!?って目はやめてくれ。

 レスバで負けた私に慈悲をくれ。


「……」


 ノアールは愉悦に口元が歪みかけていたが、黙って跪いた。

 私は跪いたノアールの脚を片足で踏んづけて、顎を二本の指で持ち上げる。

 そして、ニヤニヤを隠しきれていないノアールに告げた。


「私が上で、お前が下だよ。か、勘違いするなよ!」


 噛んじゃった。顔が熱くなるのを感じる。

 そう。とんでもない案は出てこなかったので、私はとんでもない勢いでノアールの首筋に噛みついたのだ。

 私が主人なんだから、この国が進む先を決めるのは私だ。ノアールの力は全部私が使う。こいつの思惑通りに使われるんじゃない。


 犬歯がノアールの首に刺さる。

 男性の首筋とはずいぶん硬いらしい。

 当たり前だが噛みついたところから血が出てくる。

 ちゅうちゅうと血を吸っていて気づく。


 う、梅酒だと!?

 まだ浸かり方が浅いけど、本当に梅食べたら梅酒になった!

 しゅごい!!

 おいちい! おいちい!


「……ッ殿下、もう少し抑えてください」


 !?

 夢中で吸ってしまっていた。

 ノアールの苦しげな声に我に返った私は、口元を押さえてばっと離れる。

 上気した頬でこちらを色っぽく見つめてくるノアールに、恐ろしさを感じてさらに二、三歩後退りした。


 自分の手を見ると、何やらオーラみたいなものが見えた。

 体がおかしい。

 見えないものが見える。


 視線を感じて見上げると、監視魔法の覗き窓が見えた。

 誰が覗いているかもわかる。

 あ、あああああ!!


 転生者の全員が見てる!

 それにジェイドと知らない人達も見てる!!


 ノアールを睨みつけたら、髪を掻き上げて何事もなかったかのように立ち上がった。

 おい! 髪を掻き上げるな! エロがりを奏でるな!

 見られてるんだぞ!?


 ノアールは少し首を傾げて、なんの件でしょう?とでも言いたげに微笑む。

 確信犯かよ!!

 私は声にならない悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪えた。


「さて、只今より二時間。――殿下は"最強"です」


 ノアールはパチンと指を鳴らして、全ての覗き窓を閉じた。

 同時に自分の中の迸る魔力と、思考の回転が早まるのがわかった。

 ――あれ? 戦争も悪くないな。

 だって大陸の連中は一枚岩じゃない。ノアールの魔法は最強だし、大義名分もある。食糧庫を手に入れたらやりようで大陸の覇者なんか簡単に達成できる。


 なんで、なんで?

 そんな発想、私じゃないだろ。

 ふと過去にノアールが言っていたことを思い出す。


『吸血鬼の本領は、被吸血者の能力や"性質"を自分のものにできることにあります』


 ……性質とは何だ?

 もうわかっているでしょう。

 ――ノアールをその身に宿すことだ。

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