22話 飲めるかこんなもん!
自室のベッドの枕に顔を埋める。
私のせいだ。
グレイが捕まったのは、私が腹いせで護衛も付けずにローズ王国に向かわせたからだ。
グレイの元気な声が聞こえなくなって六日。寂しいかと聞かれたら寂しくはないけど、早く帰ってきてほしい。
私の従者の中でも、あれだけ裏表のない純真なやつはそういないから。
いや、でもだからといってこの要求を飲むのは……。
聖マグリッタ王国からの文の最後にはこう書かれていた。
"最愛の従者を返還されたいのであれば、下記二項について誠意あるご回答を求めます。
1. 人間の自由意思に反する吸血行為の禁止。人道的観点から都度本人に確認を取るべきです。
2. 洗脳及び非人道的統治の責任者と認められるヘキエ王国宰相ノアール・グランツェルトの身柄引き渡しを要求します。"
「うがー!!」
ぐりぐりと枕に顔を押し付ける。
ノアールを渡したら国が終わる!
というか、一番目の項目はなんなんだ?
毎回、血をちょうだいってお願いしなきゃダメなの? せっかくローテーションという義務に落とし込めたのに。
人道的観点としては満点だけど、私の尊厳は破壊される。
なんでこんなピンポイントで私の嫌なとこ突いてくるんだよ。
天才的な外交官がマグリッタにいるに違いない。
しかもブランなんて、この文を見せたら「同意確認用の帳簿を作りませんかぁ?」って茶化してきた。
ノアールに至っては鼻で笑ってきたんだよ!?
もうやだよ。
この二人と残されるのは嫌!
もうグレイが癒しまである。
返事の期限まであと二日。
何とかしないと。
ベッドから這い出て、答えを求めて部屋から出てみる。
廊下を歩いていると、怒鳴り声が聞こえてきた。
「おらぁてめぇ! ノアール! ほどけ!」
廊下の隅で、ブランが目隠しされたまま紐で縛られて放置されていた。
もうお布団戻ろうかな?
ブランの服も綺麗なまま縛られている丁寧な仕事ぶりを見ると、これはノアールの仕業だろう。
なんでこいつらは通常運転なんだよ。
私の悩みとかどうでもいいのか?
「ねぇ」
「あ! 姫様ぁ? 助けてくださぁい」
というか何があったんだ?
下手人が見当たらない。
「ノアール! ちょっと来て!」
大きな声で呼ぶ。
しばらく待っていたら、ノアールが歩いてきた。
主人が呼んでるんだから走ってきてくれ!
「なんでブランを縛ってるの?」
「ブランの血液に、微量の鎮静成分が確認されました」
「調整だっつってんだろ! 味整えてんだよ!」
……うーん。
だからって縛らなくてもいいと思うんだ。
次はどんな味だろって期待してた自分がいるのも確かだけど。
いやいや、健康に悪いのは良くないよ。
ノアールは腕を組んで訝しげにブランを見ている。
「薬剤成分は食品に必要ありません」
ノアールの言い分は一応正しい。
血を食品に例えるのはどうかと思うけど。
……ノアールって品質管理得意そうだな。
「お前ッ! こそっと梅食べてただろ!?」
「梅は食品です」
なんの言い合いだよ。
味変……いや、嬉しいけどさ。
「ノアール、なんで梅食べたの?」
「……」
ブランが突然笑い出した。
「ざまぁみろ! 姫様は酔って覚えてねぇんだよ!」
え、ごめん。本当に覚えてない。
なんか言ってたっけ?
たしかに、ちゃんぽんした日以来ノアールの血は飲んでないな。ノアールがシフト組んでるはずだから、意図的に出してなかったりする?
ノアールを見ると、冷たい目でブランを見下していた。
「と、とにかく縛るのはやめようよ。この亀甲縛り的なプロの技は、禁止にしよう」
プレイみたいじゃん。
だめだよ、こんな縛り方は。
常用してると思われたら本格的に終わる。
「縛り方の種類をご指定いただけますか?」
そんなにたくさんあるの!?
わからないのでブランを指差す。
「これ。名前とか知らないよ。とにかくこれ」
「かしこまりました。では、私は仕事がありますので失礼します」
ノアールは不機嫌なまま去っていった。
「あ! ノアール、これ解いていってよ!」
どうやって解くの!?
「姫様ぁ……」
情けなく声を絞り出した哀れなブラン。私ではどうにもできない。ハサミないし。
「ちょっと待ってて」
私はノアールが去っていった方向を追いかけた。
なんで面倒事を増やすかなぁ。
あのマグリッタからの文を見て、ノアールは焦りとか怒りとか悩みとか、ないんだろうか。
グレイが人質に取られて、言いがかりも甚だしいと思うんだけど。
玉座の間にたどり着くと、ノアールはこちらに背を向けて何やら魔法を展開していた。
思わず立ち止まって、その光景を眺める。
両手を広げたノアールを中心に、幾重にも重なった魔法陣が淡く光を放っている。
初めてこんなに綺麗で幻想的な魔法陣を見た。
ゲームの時よりエフェクトが段違いで細かい。
うわぁ、ファンタジーの世界だぁ。
……見惚れてる場合じゃない。
首を振って玉座の間の中心に歩いていく。
「……魔力消費、大丈夫なの?」
ノアールはそのままの姿勢で答えた。
「こちらは定期的に掛け直している防御結界です」
結界の敷設が終わったのか、ノアールはパチンと指を鳴らして魔法陣を消し去った。
そして、振り返って私に問うた。
「殿下。何を悩まれているのですか。聖マグリッタ王国の主産業は農業です。私の言いたいことはわかりますよね?」
いや、わからんのだが。
君の高スペック頭脳についていけるわけがないだろ。
「えっと、グレイは助けに行くよ。……どうやってやるかはまだ考え中だけどね」
やれやれと首を傾げながらそう言ったら、ノアールは優雅な仕草でこちらに右手を伸ばして優しく微笑んだ。
それは誰もが惚れてしまいそうな笑みで、悪質に宣った。
「殿下――戦争、ですよ」




