20話 俺の姫様
グレイと共に同じ馬車に乗ったジェイドは、外の田畑が広がる景色を見ながら思う。
聖マグリッタ王国。
ここは人道主義の宗教国家や。
街には宗教施設が多いけど、主産業は農業。各地の修道院が広い農地と穀倉を管理しとって、貧しい者にも食事が行き渡る仕組みになっとる。
全体的に慎ましい暮らしを好む、穏やかな国民性やな。
せやけど、困っとる人間を見つけると、本人が嫌がっても助けようとする。
お人よししかおらん国いうんも、それはそれで面倒なもんやで。
まぁ忍び込むにはもってこいやけどな。
僕の潜入は、マグリッタの放った密偵が帰ってきてから驚くほど滑らかになった。
宿を取れば、何も言わんでも温かい食事が出てくる。教会では、困っとることはないかと日に三度も声をかけられる。僕は、ノアールはんに虐げられた哀れな商人として、すっかり歓迎されとるわ。
その代わり、ノアールはんのマグリッタでの評判は悪魔や鬼畜や言われて最低やけどな。
ほぼ、姫さんよりノアールはんの方が黒幕やと思われとるわ。やから僕も便乗してノアールはんの評判下げといた。ほんまええ気味やで。
さて、問題はこの後や。
僕のせいもあるけど、さらにアホ犬が来てしもたせいで、マグリッタの過激な人道主義に火が着きかけとることや。一応このアホ犬は、救助対象として重要視されとったからな。
もうこの国の人道主義は僕の制御できる範囲を超えてもうとる。勘弁してほしいわ。
工作が成功するのはええけど、成功しすぎて困るなんて誰が予想できるねん。
ちょっと内情仕入れたら帰るつもりが、人権救済活動の象徴になりそうやなんて。
もう僕、詰んどるね。
目の前におる嬉しそうなグレイはんを見てるとため息出るわ。
この嘘を守るために、少なくとも表向きはヘキエ王国と敵対するしかない。
なんで僕は裏切らざるを得ない状況に追い込まれてんのや……。
姫さんに迷惑かけるのは嫌なんやけど、この状況で一番得しとんのは一体誰になる?
***
聖マグリッタ王国、王城地下。
帰って早々、グレイは薄暗い部屋の中で椅子に縛られていた。
僕は壁にもたれて様子見や。
部屋の中にいるのは外交官のミゲル、密偵のルシルと、洗脳解除の魔法使い。そして金の刺繍の入った司祭服を着た男――聖王ルシウス。この国で一番の偉いさんやな。
しっかしなんでこんな湿気った雰囲気ある部屋で洗脳解除すんねん。
このアホ犬からしたら、悪の巣窟やで。
「すみません、洗脳を解除する際に暴れる方が多いため、拘束させていただいております」
魔法使いが申し訳なさそうに伝えた。
「ジェイド、これはどういうことですか?」
グレイは困惑した表情で、ジェイドに話しかけた。
「すまんなぁ。ちょっと我慢しぃや」
「わかりました……」
素直なんはええことなんやけどな。
「それでは、洗脳解除を施していきます」
魔法使いがグレイに手をかざすと、白い光が手元から漏れた。
すると、グレイは何故か苦しみ出した。
「や、やめてください!」
なんで洗脳されてないのに反応すんねん。
おかしいやろ。
「くっ……! こんなもので、わたくしめの忠誠心は消えません!!」
ガタガタと縛られた椅子が揺れる。
やめぇや。本当に洗脳されとるみたいに見えてきたわ。
魔法使いも苦しげに、グレイに声をかける。
「ッ抵抗なさらないでください! あの邪悪な吸血鬼から解き放たれるのです!」
その言葉を聞いた途端、グレイの動きはピタっと止まった。
思わず心配して、一歩前に出る。
大丈夫か?
俯いとってアホ犬の表情はわからへん。
魔法使いは聖王ルシウスを見て、頷いた。
聖王ルシウスも顎に手を当てて頷いている。
何を通じおうてるんかさっぱりやわ……。
「あの吸血鬼は、あなたを騙し、服従を誓わせ、使役する悪魔です。早く……」
魔法使いが言い終わる前に、グレイは魔法使いを睨んで叫んだ。
「今すぐ訂正しろ! 俺の姫様を侮辱するな!」
その鋭い眼光は今までアホ犬やと思ってた僕ですら気圧されるもんやった。
この場にいる全員が、ここにいるのは哀れな被害者ではないことを感じ取っていた。
こんな縄、いつでも解けるけど付き合ってあげてるんやって言いたげやな。
……なんや、アホ犬のくせにそんな顔できたんや。
俺の、か。
「あなたの主人は、あなたのことを家畜としか思っていません! どうか目を覚ましてください!」
魔法使いの手から出る白い光が強まった。
「口を慎め。俺は姫様からの命令しか受け入れない」
怒り、そして拒絶。
迫力のある表情は、僕にはないもんや。
本物の主従みたいな……。
――僕はコイツのことを羨ましい思てんのか?
「……見とられへんわ」
部屋から出て、廊下を歩く。
石造りの床に響く足音が、冷たく響いている。
あいつはええよな。
何の迷いもなく、姫さんを自分の主人やと言える。
それに比べて僕はなんや。
受け入れて欲しかったんか?
……僕だけが姫さんに創られてへんから。
石壁に拳を打ちつけた。
――ほんま、ええ加減にしぃや。




