16話 処遇
朝、ブランに連れられるがまま玉座の間に行くと、芋虫のように縄で縛られた人がいた。
うねうねと動いているのをみんなが観賞している。
「何、コレ?」
異端審問官のごとく、私はノアールに詰め寄る。
芋虫を指差して、もう一度問う。
「ナニ、コレ?」
元ネタなんて知らないノアールは、臆することなく答えた。
「聖マグリッタ王国の密偵です」
うわー、よりによってそこかよ……。
なんで当然みたいに堂々と報告してくるんだよ。
昨日の会議では、なるべく穏便にやろうって話だったじゃん!
「ねぇ」
私が密偵に話しかけると、猿ぐつわをされている密偵はビクッ!っと震え出した。顔面蒼白だ。
ちょうどグレイが血の入ったグラスを持ってきて、私の前で跪いた。
「姫様! わたくしめの血でございます!!」
今日はグレイの日なんだ。
「朝からビールかぁ……もうちょっと時間なんとかしてよ」
しかもなんか量多いな。
私が一気に飲み干すと、密偵はさらに震え出した。
「……」
グレイにグラスを返すと、嬉しそうに走り去っていった。
これ外交問題にならない?
密偵を捕まえた時の対処とか知らないんだけど。
「姫様ぁ。この人、僕の薬の実験台にくれませんかぁ?」
ブランが両手を合わせて可愛くおねだりしてきた。
なんでだよ。
「却下」
「殿下。恐怖に染まった今が、一番美味しい血がいただけるかと」
ノアールが悪ノリしている。
恐怖で血が美味くなるとかワザップにもほどがあるだろ。
というかこの人、なんで恐怖に染まってるの?
「何もしてないよね? 怪我とかさせてない?」
「ええ。無傷です」
良かったぁ、ノアールの悪質な冗談か。
……頼むからそうだと言ってくれ。
こんなの大怪我させてたら、慰謝料とかで資源を取られる可能性の方が高そうだ。
「よし、返そう! さっさと送り返して!」
指示を出して、玉座に座り足を組んだ。
「承知しました。ブラン」
「はぁい」
ノアールに指示されたブランが、密偵の縄を持って引きずって運び出した。
「良かったですねぇ、姫様はぁ、あなたに興味ありませんってぇ」
密偵がこくこくと小刻みに頭を縦に振って、ブランの言葉を噛み締めている。
いや、興味とかいう問題じゃないよ……。
こんな交易しようとしてる大事な時に、他国の人を傷つけたら終わりだよ。
ブランが密偵と共に部屋を出た。
「あ!」
やばい、あの社会主義の極みみたいな街を見られたらおしまいじゃん!
「記憶消した?」
「いえ、魔力がございませんので」
ノアールは微笑を保ったまま、密偵が出て行った扉を見つめている。
お前さぁ、空間から物を出す時に使う魔力はあるのに、なんで記憶を消す魔法は魔力がなくて使えないんだよ。
「なんか他に方法ないの?」
「……直接吸血をされた殿下が魔法を行使する場合、魔力の消費はございません」
え、チートじゃん。
チラッとノアールの首筋を見る。
「いや、やらないよ!?」
「賢明な判断かと」
なんでだよ!
吸われたくないならそう言えよ!
今の流れ、完全に飲んで欲しい時のやつなんですけど!?
吸血して欲しいのかな?って少しでも考えた自分が恥ずかしい。
というか密偵の後処理どうすればいいんだよ。
「聖マグリッタ王国には、こっちから話をするべき?」
「いえ、こちらから何かをする必要はありません。そのうちあちらから反応がありますので」
本当か?
頭が良いノアールが言うならそうなのかもしれないけど……。実績が良いのか悪いのか絶妙なラインを攻めてきてるから、ノアールを信じていいのかわからないんだよなぁ。
「まぁ、今はそっちより転生者の人たちが優先か」
「なぜですか?」
ノアールは、意外そうに私を見た。
ゲームのことを知らないノアールは、現地国家と転生者国家が同じに見えるだろう。
「色々あるんだよ……」
このゲームの頭がおかしいところは、資源戦争にある。
運営は、恋愛ゲーム部分を課金なしで遊べるようにした代わりに、国家運営部分で集金していた。
「推しと過ごしたいだけなのに、なぜ私は麦の収穫量と敵国の兵站を計算しているんだ?」って言葉がSNSで話題になってたぐらいだよ。
だからこそ、穏便に仲良くすることがこのゲームでの最重要事項になる。
まぁ無課金プレイヤーのほとんどは資源争奪ガチ勢だったけどね。あいつらは戦争が上手い。
転生者のメンバーの中にPVPプレイヤーが混ざってる可能性もなきにしもあらず。
条約も紙切れ一枚の価値しかないし、強い従者がいる国が暴れ出したら、それこそ目も当てられない状況になる。
「この国には何の資源もないからなぁ……。安牌のローズ王国とは交易を結んでおきたいのに……」
穏健派のシャルロッテと仲良くしといて損はない。プレイヤーと交流する人はほぼみんな課金勢だったから、思考が安全なのだ。
でもこっちが差し出せる物が無さすぎて困る。
人材派遣という名のキャラトレードも、こんな従者達じゃ出来ないし。
キャラトレードは人気要素の一つだったのに。
「ローズ王国は現地国家に挟まれています。資源の消費量を考えれば我が国に隣接している大魔境を狙っているのは明白でしょう」
ノアールが情報を教えてくれた。
さすがに課金勢ほど、今の状況だと資源に困るよね。
「……となると、魔境攻略の足掛かりになる宿場町としてこの街を機能させるのが良さそうか」
……その宿場町にするための初期投資すら出来ないのが、終わってる要素その一なんだけど。
「ひとまず、シャルロッテには手紙を出そう」
「準備いたします」
なんだかんだ理由を付けて、できるだけ時間を稼ごう。
いつもなら指でも鳴らして物を出すノアールが、便箋を取りに行って戻ってきた。
「現在、魔力不足により文書のやりとりは物理的手段しかございません」
……つまり、誰か郵便屋さんになれと?
「姫様! ただいま戻りました!」
ちょうど戻ってきたグレイを見る。
適任者が現れた。
「グレイ、罰ゲーム。ローズ王国まで手紙届けて」
会議で顔が知られてるし、椅子になられた恨みをここで晴らしておこう。
「はい!! 必ずや成し遂げます!!」
嬉しそうなグレイには何の罰にもならないけど、まぁ他にやりたがる人もいないだろうからいっか。
ノアールと一緒に文面を考えて、私が書いた手紙をグレイに預ける。
ただの手紙なのに、恭しくグレイは受け取っていた。
……心配だなぁ。
「……期待してるよ、グレイ。別に失敗しても怒らないけど、恥ずかしい真似はやめてね」
「かしこまりました!」
私は手を振って、元気に走り去るグレイを見送った。
「はぁ。もうどうとでもなれ、だよ」
椅子に深く腰掛けて、目を閉じる。
一つ一つ着実にやるしかない。
ふとノアールの動く気配で目を開けた。
一歩踏み出して何もない天井を見上げている。
なんだ?
私も見上げてみるも、何も見えない。
いや、ちょっと待て。
あれは。あの旗はまずい。
壁に掛かった旗にある、舌を出してスマホを舐めている某ハムスターの絵が目に入った。
こんなの見られたら、キリキリに偉そうなこと言えないよ!
早くデザイン変えないと!!
「殿下、申し訳ございません。玉座の間の遠隔監視を遮断する魔法の効果が切れました」
???
私の思考が旗のデザインに割かれている間に、全く申し訳なさそうじゃない口調でノアールは告げた。
「は?」
防諜機能、死んだ?




