11話 ちゃんぽん
玉座の間に沈黙が流れた。
なんで誰も私の血ですって言い出さないの?
ブランとグレイがノアールを見る。
私もノアールを見ると、目を逸らされた。
「え、ノアールの血なの?」
意外すぎる。
味はその通りすぎるけど、まさかノアールが自分の血まで差し出すとは思っていなかった。
「僕が出しますって言ったのにぃ、ノアール様は拒否したんですよぉ?」
「……魔力量が多い血である方が吸収効率は上がりますから」
つまりアルコール濃度は魔力依存なのかな?
それとも高級酒ほど魔力が高いってこと?
「……ずるいですぅ! 僕だって姫様の初めてが欲しかったのにぃ!」
「語弊のある言い方はおやめください。あくまで効率面での話をしています」
私が血を飲まなきゃいけないのは、死んでしまうからだけではない。今回の会議で血を飲んでわかったことは、酔いすぎると暴走するということ。
やっぱり酒は常飲していないといざと言うときに醜態を晒してしまう。
そう、慣れないといけないんだ。
……別に私が酒、じゃなくて血を積極的に飲みたいわけではない。決してない!!
「グレイ、みんなの血を試飲するからグラスに入れて持ってきてくれない?」
「かしこまりました! 今すぐ!」
グレイはどこかへ走り去って行った。
グラスだと、この吸血に対する抵抗感も多少は薄れるだろう。
「えっ直接飲んでくれないんですかぁ!?」
ブランが手を口に当てて驚いている。
なんでだよ!!
普通に嫌だよ!
「試飲するだけ! 味を知らないと選べ……じゃなくてぶっつけ本番は危険だから!!」
記入し終えた紙を空間の歪みに収納したノアールは、今思いついたように指を上げた。
「殿下。直接吸血は鮮度が違うそうですよ。能力開花の鍵は鮮度にあります」
……なんかこの二人と残されるのやだな。
陰湿な感じが似てるんだよ。湿度高いんだよな。
「そういやノアールさぁ、襲撃のことわかってたでしょ。グレイに血を持たせたのも、私の能力知ってたからなんでしょ? そういう重要なことは先に教えてよ!」
なんで吸血鬼本人の私が知らなくてノアールが知ってるんだよ。
たしかに、ノアールの設定は長いレシート並みに書いたけどさぁ。
この城のことは何でも知っているとか、知識において他の追随を許さないとか、書いたけどさぁ!
「教えてくださいと言われた覚えはありませんが」
「教えて! 今すぐ教えて!」
またぶっつけ本番で何かやらされたら、死んでも死にきれない。
「仕方ないですねぇ……」
やれやれと言いたげな仕草でノアールは話し出した。
「吸血鬼の本領は、被吸血者の能力や性質を自分のものにできることにあります。私なら魔法を、グレイなら耐久性の向上といったところでしょうか」
え、何それ強すぎない?
じゃあ全員の飲んだら最強じゃん。
「いや、ちょっと待って。つまり直接吸血しないとその能力は使えないってこと?」
「ええ。能力を完全に取り込むには、直接吸血が前提となります」
終わってる。
直接なんて恥ずかしくて飲めるわけがない。
それに自分で吸った時かなり痛かったし、お願いするのは嫌だ。
「まぁ、そんな能力が必要になることはないでしょ」
血を操るだけでもお釣りがくるのに、さらに能力が必要になるなんて、ありえない。
……フラグか?
「姫様! お待たせいたしました!」
グレイがトレイに乗せて来たのは、小さなリキュールグラスに入った四人分の血だった。
近くの台に置いてグレイは下がった。
色の違いは見られないが、グラスだとやっぱり血としか思えない。
けれど匂いは酒だ。
「当ててみるから誰のか言わないでね」
ウキウキ! ……ごほん。
顔がにやける。
グラスを取って、少し揺らした。
さて、最初の酒は……。
一口、口に含む。
甘いミルクコーヒーみたいな……。
これはカルーアミルクだ!!
……なんで血がカクテルなんだよ。おかしいだろ。
「これはブランだね」
「姫様ぁ! やっぱり僕のってわかりますよねぇ!」
ブランがノアールに勝ち誇ったように笑いかけている。
もうね、カクテルの時点で可愛いよね。
なんとなく想像ついてたけど、可愛いね。
全て飲み干して、次のグラスを手に取り口に含む。
「!?」
それは飲んだ瞬間、口の中に軽い苦味と香ばしさが広がった。
炭酸なんてないはずなのに、たしかに感じる!
「ビールだ!!」
一気飲みした後、おかわりしかけて止まる。
いや、これ血じゃん。
気軽におかわりできないやつ……。
「ビール……?」
グレイが反応した。
やっぱりこれはグレイか。
「これはね、毎日飲めるね。まさかこの世界に存在していたとは……」
「姫様!! わたくしめの血は大量にご用意しております! それはもう毎日グハァ!!」
「量で勝負するんじゃねぇよ!」
ブランがグレイをグーで殴っている。
執事とメイドで縄張り争いでもあるのだろうか……。
さて、次第に期待が高まる三人目。
カルーアにビール……まぁ一杯だけなら悪酔いしないでしょ。
すんすんごくり。
美味しい!
やっぱり王道、待ってました!
「あーこれこれ。あの禁酒明けの一撃が印象強すぎて味わえてなかったんだよね」
度数の高いブランデーだけど甘くてかなり飲みやすい。高級なやつだ。
甘いお酒好きなんだよね。
というか、ノアールに梅を食わせたら梅酒に出来ないかな?
昔から梅酒作るの好きなんだよねぇ。
「ノアール、今日から毎日梅食べて」
「……私を何だと思っているのですか?」
「高級ブランデー製造機」
私がそう言うと、ブランが吹き出した。
「ププー! 姫様最高ですぅ!」
「ブラン嬢、笑ってはノアール様が可哀想です!」
ノアールは目を見開いて呆然と私を見つめたが、何も言い返してこなかった。
私は空のグラスを回しながらうんうんと頷いて、余韻を楽しむために目を閉じる。
よし、ノアールには贅沢をさせよう。そうしたらさらにいい味になるに違いない。
ストレスが良くないのかもしれないな。
存分にドSを発揮する法律を作ろう。
「姫様酔ってますぅ?」
「全然酔ってない! このくらいで酔うわけない。私はかつて生中四杯は余裕でいけた人間だ!」
ふははは!
よし次!
「ブラン嬢、もしや姫様の状態がおわかりになるのですか?」
「僕はぁ、だいたいの状態異常の見分けがつきますぅ」
最後のグラスを手に取って、酒を一気に飲み込む。
「ウイスキー!? 誰だこれ!」
苦いしスモーキーなウイスキーだ。
これはジェイドじゃない。
あ、やばい。
胃が喧嘩を始めた。ちゃんぽん戦争だ。
「吐く吐く吐く」
口元を手で押さえる。
「姫様、わたくしめに!!」
スライディングで浴びに来たグレイを蹴飛ばして、ブランに支えられながら玉座の間を出た。
「姫様ぁ、医務室に行きましょうねぇ」
「ばびびぶべ?(トイレじゃないの?)」
「僕がぁ、責任を持ってお世話しまぁす」
ブランが医務室の扉を開けると、煙草の匂いが充満していた。
臭い。煙臭い。
なんだここ、喫煙所か?
医務室の中には、ちゃんと医療器具と診察机があった。
「はい、どうぞぉ」
ブランからバケツを渡された私は、部屋の端で吐こうと移動した。
膝をついて、バケツを構える。
ふと横を向く。
――目が合った。
煤色の髪の白衣のイケオジが、だるそうに医務室のベッドで寝転がりながらこちらを見ていた。
「おえぇ!!」
バケツに吐き出した瞬間、イケオジの顔が曇った。
正確に言えば眉間に皺が寄っている。
「……おじさんの顔、見ながら吐かれたのは初めてだなぁ……」




