10話 歩く性癖、見る性癖
夢を見た。
吸血鬼のイケメン達と恋に落ちて、私という一人の人間を求められる乙女ゲームの夢だ。
イケメン達が次々に、『君が必要だ』『君なしではいられない』『君の血は特別だ』と甘い言葉を囁いてくる。
もう一度その夢を見ようと目を閉じるも、なかなか寝付けなかった。
……嫌だ。現実に戻りたくない。
私の夢のハーレムはどこへ?
ねぇ、お願いだから永眠させてよ。
地獄のハーレムなんてやだよ!
普通の恋愛ゲームなら女主人公が人間なの!!
なんで私から『君が欲しい』なんて求めないといけないんだよ!!
ふざけるな!!
呆然と天井を見つめる。
空が白み始めても、しばらくベッドから起き上がる気がしなかった。
仕方ない。
起きなければ。
立ち上がり、カーテンを開ける。
外には綺麗なバラの庭園が広がっていた。
…………。
カーテンをそっと閉める。
見てはいけないものを見てしまった。
なんだろう、ドSが四つん這いのドMをリードで繋いで散歩している光景を、朝から見せつけるのやめてもらっていいですか?
しかもドS側は、優雅に本を読みながら歩いている。まさに片手間だ。
私の精神状態をこれ以上悪化させないでほしい。
え、まじでこいつらの血をこれから飲まないといけないの?
転生者会議が終わって帰ってこれたのは夜。
小瓶の主を尋ねることもできずそのまま寝たはいいけど、あの美味い血がこの従者達の誰かだということが、すでに辛い。
待てよ。
別に他人の血じゃなくてもいいのでは?
吸血鬼に必要なのは血。
つまり自分の血でも理論上はいけるはず。
私は天才か!?
早速自分の腕に噛み付く。
「ッ!」
痛い。
けど我慢だ。
ちゅうちゅう吸ってみたが、すぐに私は洗面所に駆け込んだ。
「うげぇ! まっず! セメントかよ!」
口の中を水でゆすいだ。
最悪だ。
自己完結防止システムが働いている。
やる気がなくなった。
いや、ダメだ。このままじゃ、他の転生者達に笑われる。
特にキリキリにはもうバレてしまって、すでに鼻で笑われた後だ。
もうこれ以上、他の誰かに性癖王国だとバレるわけにはいかない。
鏡で自分の顔を見る。
ひどい顔色をしていた。
私はこの国を正常な国にしないといけない。
資源も、従者も、そして吸血鬼としての問題も。
全部ひっくるめて、私がどうにかする。
……少なくとも、人様に見せられるように。
やれなければ、私の尊厳が死ぬだけだ。
やってやるよ!
頬を叩いて、部屋の外に出た。
ブランが何食わぬ顔で待機していた。
少し怖気付いた。
がんばれ私!
「姫様ぁ、昨夜はぐっすり眠れましたかぁ?」
「……うん。ブラン、みんなを玉座の間に集めて。今後の方針を話すから」
ブランは驚いたように私を見た。
「わかりましたぁ! 姫様がやる気になりましたよぉ!」
***
豪華絢爛な玉座の間の奥には、王様が座るための椅子があった。
覚悟を決めた私は、この椅子に座る。
今日はどれだけ集まるだろうか。
「姫様ぁ、僕の力ではみなさん集まらないですぅ」
「ブランのせいではないと思うよ……」
ブランは悲しそうに顔を下げた。
なんでみんな集まってくれないんだよ。玉座の間に三人の従者しか集まらないの、恥ずかしいんだけど。
グレイとブランは片膝をついて私を見上げている。
そして、一人欠けていることに気づく。
「ジェイドは?」
「彼は商売に出かけましたよ」
隣に立つノアールがいつもの調子で答えた。
なんで主人に許可なく城を出るんだよ!
でも弟には悪いけど、裏切りそうだから帰ってこなくていいよ……。
「まぁいいや。で、朝のアレはなんだったの?」
あの変態散歩を辞めさせないことには、性癖王国バレは秒読みだ。
「ああ、グレイが朝から廊下に伏せておりましたので、邪魔にならぬよう外へ出しただけです」
「え、犬の散歩感覚?」
というか、朝から廊下に伏せる状況がまずわからん。
「グレイは廊下で何してたの?」
私が聞くと、グレイは誇らしげに答えてくれた。
「深夜、ブラン嬢が姫様の部屋の前で何やら香を炊いておりましたので、後でわたくしめが吸い込みましたところ、前後不覚に陥りました!」
……何やってんの?
ねぇ、私の部屋の前で何やってんの?
ブランは人差し指同士を合わせて、もじもじと恥ずかしそうにしていた。
「僕はぁ、姫様に安眠してもらおうと、ぐっすり眠れるお香を炊きましたぁ。おいグレイ! 勝手に吸い込むんじゃねぇよ!」
グレイがブランに蹴られている。
「やめてください、ブラン穣!」
もはや様式美かもしれない。
まぁそのおかげであの夢を見れたと思えば……。
いや、現実とのギャップに苦しんでる時点で悪夢だ。
そもそも、こいつらの連携プレイで最悪の結果が導き出されていることが問題だ。
わらしべ長者ですらもっと良い結果になるのに、なんなんだよ。
「もういい。今日はここにいない従者含めて言いたいことがある。ノアール、全館放送みたいなのできる?」
「ええ。こちらの魔道具をお使いください」
ノアールが歪んだ空間に手を突っ込むと、マイクのような道具が出てきた。
……ノアエモンか?
「これ、作ったのまさか……クソガキのあいつ?」
「ええ。殿下の外出中に全従者とコンタクトを取りましたが……なかなか個性的な人物が揃っておりますね」
ノアールが微笑のまま遠い目をした。
苦笑いはやめてくれ。
なんか手心を加えた表現が逆に心を抉るんだが?
変人とか、変態とか、もうストレートに言ってくれよ……。
「ごほん。その個性を抑えるように今から話すから、君らもちゃんと聞くように」
マイクのスイッチを入れて私は決意を話す。
『あーテステス。諸君おはよう。我が国は本日より、他国に誇れる国となるため、様々な改革に取り組んでいく。いいか? 問題を起こすんじゃないぞ。常識的に考えて行動してくれ。常識がわからない時は私に聞きに来るんだ。絶対だぞ!』
ちょっと満足した私は、機嫌良くマイクを切ってノアールに返した。
「殿下、常識とは何でしょうか?」
ノアールが真面目な顔して聞いてきた。
一瞬で私の機嫌が急降下する。
おい、スピーチして一秒も経ってないぞ。
なんでハイスペックなお前が常識を知らないんだ!!
え、こいつが知らないってことは、全員知らないのでは?
「……人間を散歩しないとか、人権を守るとか、ほらあるじゃん色々……」
「具体的に申していただかないことには、承諾しかねます」
「おまッ! 人間を散歩しないは具体的だろ!?」
いちいち言わないとわからないのか!?
「我々の人権は、殿下がお創りになられた思想と同期しております。我々が我々たる根拠ですよ」
そんなこともわからないのかと、ノアールは目を細めて私を見てきた。
……つまりこいつは、私の考えたキャラ設定の通りに動くことこそが従者達の人権って言いたいのか!?
え、そんなに人間を散歩させたいの!?
グレイとブランを見ても、互いに顔を見合わせて困惑している。
ああ、そうか……。私が否定したらこいつらの存在を否定することになる。
私が創ったのに。
そんなのは、無責任と変わらないだろう。
「あーわかった。いいか? 個人で楽しむ分にはいいとして、今後他人の目に触れることが増えるんだから、常識的に振る舞う練習はしてほしい。特に人前で椅子にならない」
グレイを指差して指摘する。
指を差された本人は、きょとんとしていてあんまりわかってなさそうだ。
「では、他国の者の前でしてはならない禁止事項一覧を作りましょう。――まず、従者は椅子になってはならない」
ノアールがぱちんと指を鳴らして出現した紙とペンで、すらすらと記入している。
まさか、一つ一つ確認する!?
「……時間かからない?」
「明文化せずに守られる規則などありませんよ」
正論すぎて腹立ってきた。
それを考えるのが宰相だろ!?
ノアールを睨みつけても、澄ました顔で響いていない。
仕方ない。私が考えるしかない。
「……むやみに薬を盛らない、人間を散歩させない。あとは……」
なんだ?
パッと出てこない。
そもそも変態的な発想なんて出てくるわけないだろ。
「あとはその都度言うから、もう……前途多難すぎる」
泣きそう。
ブランが、ハッと立ち上がった。
「薬を盛らないと暗殺できないですぅ!」
「誰を暗殺する気!?」
「……国防の観点から申し上げますと、薬以外の暗殺方法では効率が落ちます」
ノアールが追い打ちをしてきた。
いや、まず暗殺をやめようよ!?
「ちょっとブラン、危険人物の定義聞いていい?」
「姫様に近づく人間はぁ、全員死ぬべきですぅ」
……会議に連れて行かなくて良かったぁ!!
可愛い顔して思想が危険すぎる!
「まず人殺しは私に許可取ってからにして!?」
「殺人は許可制ですね。殿下や従者の命が脅かされる場合に限り適応範囲外ですが、よろしいですか?」
しれっとノアールが、紙に書き加えていく。
普通殺人は罪なんだよ!
なんで法律のスタートラインがそこからなんだよ!
グレイは難しい話が苦手なのか、私のことをキラキラした目で見るだけでもう話についてきていない。
私もグレイになりたくなってきた。
「もうそれでいいよ……」
疲れた。酒飲みたい。
泥酔したい。
「……規則はそれぐらいにして、現実的な問題として吸血問題から解決していこうか。それで、あの小瓶の血って誰の?」
全員が沈黙した。
お読みいただきありがとうございます。
ただ今タイトルの変更に伴い主人公の動機を鎖国したいに寄せていく修正作業をしております。
物語の本筋は変わりませんが、主人公の喚きと他国からの勘違いの強度は変わるかと思います。さらに面白い内容にするため善処致します。誠に申し訳ありません。終了次第また最新話に記載します。




