第92話 はじめてのお茶会
その日の午後。
ミレア湖の別邸から出された二通の封書が、それぞれの相手のもとへ届けられた。
一通を受け取ったクラリッサは、封筒の表を見たところで手を止めた。
『クラリッサさまへ』
少し大きかったり、小さかったり。
まだきれいに揃ってはいないけれど、一文字ずつ丁寧に書こうとしたことだけは、見ればすぐに分かる文字だった。
「まあ」
差出人を確かめるまでもない。
封を開くと、中には別邸から正式に用意された招待状と、その上に小さな紙が一枚重ねられていた。
クラリッサは先に、そちらを開いた。
『あした おちゃかいをします
きてください
アリア』
たったそれだけの短い手紙だった。
それでも最後まで、アリアが自分で書いたのだろう。
クラリッサは手紙を読み終えると、もう一度、封筒に書かれた『クラリッサさまへ』へ目を戻した。
会えばいつも「クラリッサおばちゃん」と呼んで、嬉しそうに駆け寄ってくる少女である。
そのアリアから、わざわざ「さま」を付けたお茶会の招待状が届いた。
「なるほど」
クラリッサの口元がゆっくり緩んだ。
「何か始まりましたね」
「何か、でございますか?」
そばに控えていた侍女が不思議そうに尋ねる。
「お義母様とエレノア様が揃っていて、そのうえアリアからお茶会の招待状が届いたのですもの」
クラリッサは手紙を大切そうに招待状へ重ねた。
「何もない方がおかしいでしょう?」
その顔は、困っているというより、どこか楽しそうだった。
◇
もう一通は、アデリーヌのもとへ届いていた。
「わたしに?」
侍女から封筒を受け取ったアデリーヌは、そこに書かれた文字を見て目を丸くした。
『アデリーヌさまへ』
「アリアちゃんですね」
こちらもすぐに分かった。
封を開けると、正式な招待状と一緒に、小さな紙が一枚入っている。
『あした おちゃかいをします
きてください』
そこまで読んで、アデリーヌはその下にもう一行あることへ気づいた。
『あかちゃんも いっしょにきてね』
「まあ」
思わず笑いながら、大きく膨らんだお腹へ手を添える。
「あなたも招待されていますよ」
返事をするように動くかとしばらく待ってみたものの、今日は静かなままだった。
「寝ているのかしら」
アデリーヌはもう一度手紙へ目を戻す。
最後には、少し大きな文字で『アリア』と書かれていた。
自分の名前を書けるようになったばかりだと聞いたのは、それほど前ではなかったはずだ。
それが今では、自分で文章を書いて誰かをお茶会へ招いている。
「明日なのですね?」
「はい。午後のお茶の時間に、とございます」
侍女の返事を聞き、アデリーヌはもう一度お腹へ手を置いた。
「それなら、一緒に行きましょうか」
どうやら明日は、自分だけではなく二人分の招待らしい。
◇
翌日。
朝の飛行練習を終えたアリアは、昼食を済ませる頃には、もう何度も廊下の先を気にしていた。
昨日一度だけ袖を通したお茶会用のワンピースを、今日は本当にお客様を迎えるために着る。
侍女に手伝ってもらいながら着替えを終えると、鏡の中には昨日より少しだけ特別に見える自分がいた。
白と淡い水色を重ねた柔らかなワンピースは、小さな身体に合わせて膝のあたりまでふんわりと広がり、腰の後ろには大きな青いリボンが一つ付いている。その縁を囲む細い金色の線が、窓から差し込む光を受けて時折きらりと光った。
低い位置で二つに結んだ水色の髪には、いつもの青いリボン。
背中には、小さな白い羽もちゃんとのぞいている。
「できた?」
「できましたよ」
侍女が鏡越しに笑った。
アリアは右を向き、少し身体をひねって後ろのリボンまで確認すると、満足そうに頷いた。
「行ってくる!」
その勢いのまま扉へ向かい、一歩踏み出したところで、ぴたりと止まった。
「……走らない」
昨日、何度も言われたことを思い出したらしい。
アリアは肩の力を抜き、背中だけをほんの少し伸ばして歩き始めた。
廊下へ出たところでは、ルカが待っていた。
「どう?」
「昨日も見たよ」
「今日は本当のお茶会だよ?」
「服は同じでしょ」
「でも今日は本番なの」
「じゃあ、昨日より似合ってる」
「ほんと?」
「たぶん」
「たぶん!」
すぐにいつもの声へ戻った。
そこへノルンもやって来る。
「アリア」
「なあに?」
「今日、お客様を何とお呼びするか覚えていますか?」
「覚えてるよ」
アリアは胸を張りかけて、途中で少しだけ力を抜いた。
「クラリッサ様と、アデリーヌ様!」
「はい」
「昨日覚えたもん」
いつもの「クラリッサおばちゃん」ではなく、「クラリッサ様」。
「アデリーヌお姉ちゃん」ではなく、「アデリーヌ様」。
呼んでいる相手が変わるわけではない。
今日はいつもと少し違う、きちんとしたお茶会だから、呼び方も少しだけ変える。
「でも」
アリアはノルンを見た。
「お茶会終わったら、おばちゃんとお姉ちゃんに戻っていい?」
「それは、ご本人に聞いてください」
「そっか。じゃあ聞く」
「終わってからですよ」
「分かってるよ」
返事をしたあと、少しだけ考える。
「……たぶん」
「アリア」
「分かってる!」
隣でルカが笑った。
◇
今日のお茶会は、湖に面したテラスで開かれることになっていた。
白い卓布を掛けた丸い卓には淡い色の花が飾られ、その周りには紅茶の器や冷たい果実水、小さな焼き菓子に薄く切った果物が並んでいる。
もちろん、昨日アリアが何度も気にしていた菓子もちゃんとあった。
「…………」
テラスへ出た途端、アリアの視線が卓の上へ吸い寄せられた。
ルカが隣から顔を覗き込む。
「今、お菓子見たでしょ」
「見ただけだよ」
「長かったよ」
「今日は先に食べないもん」
「成長したね」
「レディーだから!」
胸を張ったところで、少し離れたところからエレノアの声がした。
「アリア」
「あ」
すぐに力を抜く。
「頑張りすぎない、だった」
「よく覚えていましたね」
エレノアはそれ以上、アリアの姿勢を直そうとはしなかった。
昨日は一つずつ教えてもらった。
今日は、自分で思い出しながらやってみる日なのだ。
セレフィナもすでに席についており、ノルンはアリアから少し離れたところへ座っている。
昨日「見ている」と約束したルカもその近くにいて、マルルは足元で長い耳を垂らしていた。
「マルルはお茶会しないの?」
「お菓子があるならするなの」
「レディーじゃなくても?」
「マルルはマルルなの」
「そっか」
「納得するんだ」
ルカが小さく呟いた。
その時、玄関の方から馬車が到着したことを知らせる声が聞こえた。
「来た!」
アリアの身体が先に反応した。
そのまま駆け出そうとして右足が一歩出たところで、自分から止まる。
エレノアを見る。
「どうぞ」
「いいの?」
「お迎えに行くのでしょう?」
「うん!」
「走らずに行ければ、もっとよいですね」
「分かった!」
今度は歩き始める。
ただし、普段より明らかに速い。
後ろから見ていたルカが笑った。
「ぎりぎり歩いてるね」
◇
アリアが玄関へ着いた頃、ちょうど最初の馬車の扉が開いた。
セレフィナとエレノアも少し遅れてやって来る。
アリアは昨日練習したことを思い出し、ほんの少し背中を伸ばして待った。
馬車から降りてきたのはクラリッサだった。
「あ」
顔を見た途端、いつもの呼び方が口から出かかった。
「クラリッサおば……」
途中で止まる。
クラリッサの目元が、ほんの少し楽しそうに細くなった。
アリアは一度口を閉じ、言い直した。
「クラリッサ様。こんにちは」
手は振らない。
その代わり、昨日何度も練習したように小さく頭を下げた。
頭を上げると、すぐにクラリッサを見る。
「……できた?」
クラリッサが一瞬だけ瞬いた。
その後ろでエレノアが小さく笑う。
「わたしに確認するのではありませんよ」
「あ」
アリアは慌ててクラリッサへ向き直った。
クラリッサも、とうとう口元へ手を添える。
「とても上手でしたよ、アリア」
「ほんと?」
「ええ」
顔がぱっと明るくなる。
嬉しくなって両手が上がりかけたものの、それも途中で止まった。
「今もできた」
「そのようですね」
クラリッサの声もすっかり楽しそうだった。
ほどなくして、もう一台の馬車がやって来た。
侍女が先に降り、そのあとからアデリーヌがゆっくり姿を見せる。
「アデリーヌお姉……」
また止まった。
一度目を閉じる。
そして今度は、最初からやり直すように。
「アデリーヌ様。こんにちは!」
少し勢いはついたけれど、ちゃんと言えた。
「こんにちは、アリアちゃん」
アデリーヌが笑う。
「赤ちゃんも?」
「一緒ですよ」
「ほんと?」
アリアの目はすぐに大きなお腹へ向かった。
いつものように近寄りかけて、また自分で止まる。
「あとで触っていい?」
「もちろん」
「やった!」
今度は両手が上がった。
けれどエレノアは何も言わなかった。
その様子を見ていたクラリッサが、小さな声で尋ねる。
「そこはよろしいの?」
「全部止めてしまったら、お茶会が終わる頃には別人になってしまいますから」
「なるほど」
その答えに、セレフィナも静かに笑った。
◇
テラスへ戻ると、いよいよ本当のお茶会が始まった。
昨日なら、椅子を見つければそのまま勢いよく座っていた。
今日は違う。
アリアは椅子の前で身体の向きを整えると、思い出した通りにゆっくり膝を曲げた。
途中で足が少しだけ震えたものの、最後に身体を支えながら腰を下ろす。
ぽす。
昨日より、ずっと小さな音だった。
すぐにルカを見ると、ルカは何も言わず、親指だけを少し立てた。
それだけでアリアの口元が緩んだ。
向かい側では、クラリッサがほとんど音も立てず自然に椅子へ座り、アデリーヌも大きなお腹を気遣いながら、ゆっくり腰を下ろしていた。
アリアは二人の動きをじっと見ていた。
「どうしました?」
クラリッサが気づく。
「クラリッサ様、座るの上手」
「まあ」
「音しなかった」
「長くやっていますから」
「何年?」
「アリアよりは、ずっと長く」
「じゃあ上手になるね」
それなら自分も何度もやれば上手になるのだろう。
そう納得して、今度はアデリーヌを見る。
「アデリーヌ様も上手」
「ありがとうございます」
「赤ちゃんいるのに」
「いるから、いつもよりゆっくりなのですよ」
「そっか」
昨日はエレノアの動きを見て真似をした。
今日はクラリッサやアデリーヌの動きを、自分から見ている。
同じ座り方でも人によって少しずつ違うことが、アリアには面白かった。
やがて侍女が一人ずつ紅茶を注ぎ、アリアの前にも、ふわりと香りの立つカップが置かれた。
「いただきます!」
すぐに手を伸ばしかける。
けれど途中で、周りがまだ誰もカップへ触れていないことに気づいた。
「…………」
伸ばした手を、そっと膝へ戻す。
クラリッサも。
アデリーヌも。
エレノアも。
まだ待っている。
やがてセレフィナがカップを取り、皆がそれに続いたところで、ようやくアリアも手を伸ばした。
「今日は待てましたね」
「みんなまだだったから」
「よく見ていました」
褒められた途端、嬉しくなってカップを持つ指に少し力が入った。
「力を抜いて」
「あ」
昨日と同じだ。
少しだけ指の力を緩め、ゆっくり口元へ運ぶ。
ひと口飲むと、紅茶の香りが口いっぱいに広がった。
「おいしい」
言ったあとで、アリアははっとして口元を押さえた。
「今、言ってよかった?」
「きちんと飲み込んだあとですから、大丈夫ですよ」
「よかった」
昨日までなら気にもしなかったことが、今日は一つずつ気になる。
けれど、間違えないようにじっとしているよりも、自分で気づいたり、知らなければ聞いたりして、一つずつ分かるようになる方がアリアには楽しかった。
◇
しばらくすると、アリアが待ち続けていた菓子の皿が近くまで回ってきた。
一番近いところには、小さな焼き菓子。
その向こうに、赤い果実の乗った菓子がある。
アリアの目が止まった。
「…………」
少し遠い。
でも、あれが食べたい。
身体を少し前へ動かし、腕を伸ばす。
「アリア」
エレノアに名前を呼ばれ、伸びた手がぴたりと止まった。
「届かないものを取りたい時は、どうしますか?」
アリアは、自分の手と菓子との間に残った距離を見た。
隣にはクラリッサがいる。
「クラリッサ様に取ってもらう?」
「今日は、お茶やお料理を運んでくださる方がいますね」
アリアは少し考えてから、そばへ控えている侍女を見た。
「この人?」
「ええ。こういう席では、給仕をしてくださる方へお願いすればよいのですよ」
「きゅうじ?」
「今のように、お茶を注いだり、お料理やお菓子を運んだりしてくださる方です」
「ああ」
先ほど紅茶を入れてくれたことを思い出したらしい。
アリアは改めて侍女へ身体を向けた。
「あの」
「はい、アリア様」
「赤いお菓子、取ってください」
侍女は微笑むと、赤い果実の乗った菓子が載っている皿をアリアの取りやすいところまで静かに寄せた。
「どうぞ」
「ありがとう!」
アリアは嬉しそうに一つだけ取り、自分の皿へ置いた。
今度は身体を卓の上まで伸ばしていない。
「できた」
「ええ」
エレノアが頷く。
「何でも自分でする必要はありません。こういう席では、お願いした方がよいこともあるのですよ」
「じゃあ、遠いの全部?」
「全部とは限りませんけれど、今日のようなお茶会なら、困った時に給仕の方へお願いすればよいと覚えておけば大丈夫です」
「分かった!」
アリアは早速、赤い菓子をひと口食べた。
「……おいしい」
教えてもらったことを一つできたのも嬉しい。
けれど今だけは、赤い果実の甘さの方が少し嬉しかった。
クラリッサはそんなアリアを見ながら、セレフィナと目を合わせた。
昨日始めたばかりなのに、アリアは失敗しないように固まってはいない。
途中で違うと気づけば止まり、分からなければ聞いて、もう一度やってみる。
それで十分だと分かっているから、エレノアも先回りして手を出さずに見ていた。
◇
お茶会が半ばを過ぎる頃には、最初の緊張もすっかり薄れていた。
「クラリッサ様は、お茶会いっぱいするの?」
「そうですね。お客様をお迎えすることもありますし、こちらが招かれることもありますよ」
「毎回こうする?」
「こう、とは?」
「背中とか、座るのとか」
「ええ。今では、もうあまり考えなくてもできますけれどね」
「考えないの?」
「何度も続けていると、自然にできるようになるのですよ」
アリアは自分の背中を、ほんの少しだけ伸ばした。
「わたしも?」
「続ければ」
「じゃあ明日もする」
「毎日お茶会をするつもり?」
離れたところからルカが笑う。
「お菓子あるなら」
「やっぱりそこなんだ」
卓の周りに笑い声が広がった。
アリアも笑いながら、今度はアデリーヌへ顔を向ける。
「アデリーヌ様は……」
そこまで言った時だった。
アデリーヌの手が、ふとお腹へ触れた。
「あら」
アリアの目が大きくなる。
「動いた?」
「ええ。少し」
次の瞬間。
「アデリーヌお姉ちゃん!」
アリアは椅子から立ち上がった。
「触っていい!?」
一瞬だけ、卓の周りが静かになった。
立ち上がったアリア自身も気づいたらしい。
「…………」
エレノアを見る。
クラリッサを見る。
もう一度アデリーヌを見る。
「お姉ちゃんって言っちゃった」
「言いましたね」
「やりなおす?」
少し困った顔で尋ねると、アデリーヌが笑いながら手を差し出した。
「今は、お姉ちゃんでいいですよ」
「ほんと?」
「ええ。赤ちゃんに会う時は、いつものアリアちゃんで来てください」
「やった!」
アリアはすぐにアデリーヌのそばへ向かった。
それでも、お腹へ手を伸ばす前にはちゃんと止まる。
「触っていい?」
「どうぞ」
許してもらってから、そっと手のひらを当てた。
しばらく待つ。
すると。
ぽこん。
「あっ!」
アリアの顔が一気に明るくなった。
「動いた!」
「動きましたね」
「マルル!」
呼ばれたマルルも、すぐに足元から近づいてくる。
「赤ちゃんなの?」
「今動いたよ!」
もう一度動かないかと、アリアは嬉しそうにお腹を見つめている。
そこにはもう、座り方や呼び方を気にしていた時の緊張は残っていなかった。
エレノアも、その姿を止めようとはしない。
隣で見ていたクラリッサが、小さく笑った。
「レディー化計画は、いったんお休みですか?」
「ええ。これはこれでよいのです」
セレフィナも、アデリーヌのお腹を覗き込んでいるアリアを見ながら笑う。
「覚えたことを、必要な時に使えるようになればよいのでしょう?」
「その通りです」
エレノアも頷いた。
その声を聞いているのかいないのか、アリアはまだお腹へ手を当てたまま、次に赤ちゃんが動くのを待っていた。
◇
お茶会が終わる頃には、アリアもすっかりいつもの調子へ戻っていた。
それでも自分の席へ戻る時には走らず、昨日覚えた通り、椅子の前で一度身体の向きを整えてから腰を下ろしている。
誰にも言われていない。
それでも、もう身体が少しだけ覚えている。
最後に残った果実水を飲み終えると、アリアはクラリッサへ顔を向けた。
「クラリッサ様」
「はい」
「今日は来てくれてありがとう」
「こちらこそ。ご招待ありがとうございました」
今度はアデリーヌを見る。
「アデリーヌ様も、ありがとう」
「とても楽しかったですよ」
「赤ちゃんも?」
アデリーヌがお腹へ手を添える。
「きっと」
「よかった」
アリアは嬉しそうに笑ったあと、少し考えた。
「もう終わり?」
「今日のお茶会は、これでおしまいですね」
エレノアが答える。
「じゃあ」
アリアはクラリッサへ向き直った。
「クラリッサおばちゃんに戻っていい?」
クラリッサがとうとう声を上げて笑った。
「もちろんですよ」
「アデリーヌお姉ちゃんも?」
「わたしも戻ってください」
「やった!」
アリアは嬉しそうに椅子から降りた。
そこでも昨日のように勢いよく飛び降りることはなく、身体を少し前へ動かし、足元を確かめてから立ち上がった。
そこまでは、とてもきれいだった。
けれど。
「クラリッサおばちゃん!」
呼び方が戻った途端、残りの数歩は駆けていった。
「アリア」
「もう終わったもん!」
すぐに元気な返事が返ってくる。
エレノアは止めることなく、その背中を見送った。
隣ではセレフィナも笑っている。
「どうでした?」
「上出来でしょう」
「わたしもそう思います」
今日のアリアは、昨日教わったことを何度も自分で思い出していた。
走り出しかければ止まり、呼び方を間違えそうになれば言い直し、遠い菓子へ手を伸ばしかけた時には、新しいやり方を教えてもらって試した。
全部が上手にできたわけではない。
赤ちゃんが動けば「アデリーヌお姉ちゃん」に戻ったし、お茶会が終わればクラリッサのところまで駆けていった。
けれど、それでよかった。
「明日は何を教えます?」
セレフィナが尋ねると、エレノアは少し先でクラリッサと楽しそうに話しているアリアへ目を向けた。
「そうですね。まだ、いくらでもありますよ」
「やはり」
「あと三週間近く滞在するのでしょう?」
セレフィナの口元が上がる。
「それなら、時間はありますね」
少し離れたところで、その会話を聞いていたルカの猫耳がぴくりと動いた。
「……まだ続くんだ」
「聞こえた!」
アリアが振り返る。
「明日もするよ!」
「僕は何も言ってないよ」
「ルカも見る?」
「見るだけなら」
「じゃあ一緒!」
「それ、一緒って言うのかな」
アリアの笑い声が、湖から渡ってくる風の中へ広がった。
初めての本当のお茶会は、知らないことばかりだった。
昨日までなら気にも留めなかった座り方や呼び方にも別のやり方があって、届かないものは誰かへお願いしてもいいことも知った。
そして今日覚えたことのいくつかは、もう誰かに言われなくても自分で思い出せるようになっている。
完璧なレディーには、まだまだ遠い。
けれど、昨日まで知らなかったことを知り、自分で一つ使えるようになった。
今日のアリアには、それで十分だった。
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お茶会のアリアの動画はこちらから
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