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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第75話 道の先にあるもの


 朝。


 馬車は昨日までより少し細くなった街道を、ゆっくりと南へ進んでいた。


 窓の外には緩やかな丘が続き、その間を縫うように細い水路が流れている。畑と畑をつなぐ小さな石橋を渡るたびに車輪の音が少しだけ硬くなり、再び土の道へ戻ると、いつもの柔らかな揺れが馬車の中へ戻ってきた。


 昨日の町で買った杏の籠は、座席の端に置かれている。


 馬車が揺れるたび、熟した実の甘い香りがふわりと漂った。


 アリアは窓の外を見ていたはずなのに、いつの間にか杏の籠へ目を向けていた。


 一度見て、また窓へ戻る。


 けれど、少しするともう一度。


「食べますか?」


 セレフィナの声に、アリアはぱっと顔を上げた。


「まだ見てただけだよ?」


「そうですか」


「うん」


 ちゃんと見ていただけだった。


 少なくとも、最初は。


 けれど昨日市場で食べた杏は甘くておいしかったし、今も籠からは同じ匂いがしている。


 アリアはしばらく杏とセレフィナを見比べてから、小さく付け足した。


「……一個だけなら食べる」


「やっぱり食べるんじゃん」


 隣でルカが笑った。


「だって、見てたら食べたくなったの」


「それを食べたいって言うんだよ」


「そうなの?」


「そうだよ」


 どうやら、見ているだけだと思っていたのはアリアだけだったらしい。


 セレフィナは楽しそうに笑いながら杏を一つ取り出し、小皿へ置いた。果物用の小さなナイフを入れると、熟した橙色の実が二つに分かれ、さっきまでより濃い甘い香りが広がる。


「わあ……」


 アリアが思わず身を乗り出した、その時。


「マルルもいるなの!」


 座席の端で丸くなっていた白い身体が、むくりと起き上がった。


「さっきまで寝てたよね?」


「起きたなの」


「杏って言ってないよ?」


「においで分かったなの」


 マルルは当然のことのように言い切った。


「すごい」


「食べ物だけはね」


 ルカがぼそっと付け足した途端、マルルの長い耳がわずかに外へ揺れた。


「だけじゃないなの」


「ほかは?」


「ほかもいっぱいすごいなの」


「例えば?」


「…………」


 しばらく待っても続きが出てこない。


「いっぱいなの」


「今、考えてなかったでしょ」


「考えてたなの!」


 アリアは笑いながら、切り分けてもらった杏を口へ運んだ。


 柔らかな果肉を噛むと、甘酸っぱい汁が口いっぱいに広がる。


「あまい!」


「昨日と同じ杏ですからね」


「今日もおいしい!」


 マルルも小さな一切れを両前足で押さえ、夢中になって食べている。


「今日も甘いなの」


 昨日と同じ杏なのに、今日は馬車の中で揺られながら食べている。


 昨日まであの町の店先に並んでいたものが、自分たちと一緒に街道を進んでいるのだと思うと、何となくおかしかった。


 アリアはもう一口食べながら窓の外へ目を向けた。


 果物屋のおじさん。


 市場に並んだたくさんのお店。


 そして、昨日覚えた「お金はぐるぐる」という言葉。


 町はもうずいぶん後ろへ離れてしまったのに、昨日知ったことはちゃんと自分の中についてきていた。


     ◇


 馬車はその後も、いくつもの小さな水路を越えていった。


 橋へ乗るたび、ごとん、と車輪の響きが変わり、渡り終えるとまた土の道を転がる柔らかな音へ戻っていく。


 ルカは窓の外を見ながら、そのたびに猫耳を小さく動かしていた。


「水、多くなってきたね」


 アリアも窓へ顔を寄せた。


「昨日よりいっぱいある」


「湖が近づいてるからかな」


「もう見える?」


「まだだと思うよ」


「ほんのちょっとも?」


「見えたら、アリアが一番に見つけるんじゃない?」


 その言葉に、アリアの目が明るくなった。


「じゃあ探す!」


「ずっと見てるつもり?」


「うん!」


「湖までまだ遠いと思うけど」


「でも、急に見えるかもしれないもん」


 昨日セレフィナから、丘を越えた途端に湖面が現れる場所もあると聞いたばかりだ。


 だからアリアには、次の丘の向こうに湖が隠れていても少しも不思議ではなかった。


 その様子を見ていたセレフィナが、膝の上に置いていた地図を広げた。


「今いるのは、このあたりですよ」


「見る!」


 湖探しは一度中断された。


 アリアはすぐに座席の端へ寄り、ルカも横から地図を覗き込む。


 細い線が何本も走る中に、川や水路らしいものが描かれていた。


「いっぱい線あるね」


「この辺りは水が多いのですよ」


「どれがさっきの?」


「小さな水路まで全部描かれているわけではありませんから、今渡ったものがどれかは難しいですね」


「そっか」


 アリアはあっさり諦めたけれど、ルカは地図の少し先へ目を移していた。


「この太いのは?」


「この先で渡る川です」


「大きい?」


 アリアがすぐに聞く。


「今朝から渡ってきた水路より、ずっと大きいですよ」


「お水いっぱい?」


「いっぱいです」


「お魚も?」


 今度は足元から声がした。


 マルルはまだ杏を食べている。


「食べながら聞いてたの?」


「ちゃんと聞いてるなの」


「お魚のところだけでしょ」


「大事なところなの」


 マルルにとっては、たぶん本当に大事なのだろう。


 アリアは笑いながら地図へ顔を戻した。


「この川を渡ったら、湖?」


「まだですよ」


「まだ?」


「まだです」


 思っていたより、ずっと先らしい。


 アリアは地図の上を指で辿ろうとして、伸ばしかけた手を途中で止めた。


 指先が、杏の汁で少し光っている。


「あ」


 危ない。


 自分で気づいて、慌てて手を引っ込めた。


「地図、甘くなるところだった」


 ルカが吹き出した。


「気づいてよかったね」


「マルルが食べるなの」


「紙は食べちゃ駄目!」


「甘いならちょっとだけなの」


「駄目!」


 今度はセレフィナまで笑った。


     ◇


 しばらく地図を眺めていたルカが、ふと思い出したように顔を上げた。


「セレフィナ様」


「何です?」


「昨日聞いた北の橋、直ったら荷車はまた増えるんですよね?」


 アリアも顔を上げる。


 昨日の町へ入った時、セレフィナは荷車が少ないことに気づいた。


 そのあと教会で、北の道にある橋の具合が悪く、大きな荷車が回り道をして来ていると聞いたのだった。


「そうなる可能性は高いでしょうね」


 セレフィナの答えに、ルカが少しだけ首を傾げた。


「可能性?」


「ええ」


「橋が直ったら、元通りになるんじゃないんですか?」


「橋だけが理由なら、そうなるでしょう」


 ルカの猫耳が、わずかに前へ向いた。


「……ほかにも理由があるかもしれない?」


「あるかもしれませんし、ないかもしれません」


「分からないんだ」


「まだ見ていませんからね」


 セレフィナはそれだけ言って、地図へ目を戻した。


 答えを教えてくれるのかと思っていたルカは、少しだけ考え込んだ。


 昨日見た町。


 少なかった荷車。


 橋を避けて回り道をしているという話。


 それだけなら、橋が直れば元へ戻るような気がする。


 でも、セレフィナは「絶対」とは言わなかった。


「じゃあ」


 ルカがゆっくり口を開く。


「橋が直ったあとも荷車が増えなかったら、その時は別の理由を探す?」


 セレフィナの口元が、ほんの少しだけ上がった。


「そうですね」


「何を見ればいいんだろう」


「それを考えるのも大切ですよ」


 ルカはもう一度、窓の外へ目を向けた。


 一台の荷車が反対方向へ通り過ぎていく。


 どこから来て、どこへ行くのか。


 昨日までは気にも留めなかったことが、今日は少しだけ気になった。


挿絵(By みてみん)


「一つ分かっただけじゃ、全部分かったことにはならないんだ」


 誰に言うでもなくルカが呟くと、セレフィナが静かに頷いた。


「そういうこともあります」


 その隣で、アリアは二人の話を一生懸命追いかけていた。


「アリアは分かった?」


 ルカに聞かれ、少し考える。


「……ちょっと」


「どのくらい?」


 アリアは昨日の市場を思い出した。


「橋が直っても、お金がぐるぐるしなかったら、ほかのところも見る!」


 セレフィナが一瞬だけ目を丸くする。


 けれど、すぐに柔らかく笑った。


「ええ。それで十分ですよ」


「できた!」


 途端にアリアの背筋がぴんと伸びる。


「ものすごく簡単になったね」


 ルカが笑った。


「分かったからいいの!」


「まあ、そうだね」


 アリアには、ルカのようにいくつもの可能性を考えるのはまだ難しい。


 それでも、昨日覚えた「ぐるぐる」がうまくいかなければ、ほかにも何かあるのかもしれない。


 今は、それくらい分かれば十分だった。


     ◇


 昼前になると、窓の外に長い石橋が見えてきた。


「あっ!」


 さっき地図の上で見た太い線が、本物の川になって目の前へ現れた。


 そのことが嬉しくて、アリアはすぐに窓へ寄った。


「さっきの川!」


「そうですよ」


 今朝から見てきた細い水路とは比べものにならないほど川幅が広く、青緑色の水がゆったりと流れている。


 川岸には背の高い草が広がり、その間を白い鳥が長い脚で歩いていた。


「おっきい……」


 窓いっぱいに広がる水を見ていると、自然と声まで小さくなった。


 橋の手前では荷車が二台止まり、向こう側から渡ってくる馬車を待っている。


「荷車いるね」


「いますね」


 昨日までなら、荷車を見つけても、それだけだった。


 今日は少し違う。


 あれには何が積んであるのだろう。


 どこから来たのだろう。


 橋を渡ったあと、どこへ行くのだろう。


 アリアは、遠くて中身までは見えない荷台へ目を凝らした。


「この橋、なくなったら大変だね」


 自分でも考えるより先に、言葉が出た。


 セレフィナがアリアを見る。


「どうしてそう思ったの?」


「だって……」


 アリアは目の前を流れる川を見る。


 向こう岸は見えている。


 けれど、歩いて渡れるような幅ではない。


「荷車、渡れないもん」


「そうですね」


「ほかの道ある?」


「ありますよ。ただ、ずいぶん遠回りになります」


「あ」


 昨日と一緒だ。


 アリアの中で、聞いただけだった北の橋の話が、目の前の大きな川と重なった。


 橋が使えなければ、荷車は別の道をぐるりと回らなければならない。


 自分たちは今、当たり前のように渡ろうとしているけれど、この石橋があるから向こう側へ進めるのだ。


「橋って、道なんだね」


 ぽつりと呟く。


 ルカがアリアを見た。


「橋なんだから道でしょ」


「そうじゃなくて」


 アリアはうまく説明できず、少し眉を寄せた。


「ここと、あっちをつないでる道」


 ルカは一度だけ瞬いて、それから橋の向こうへ目を向けた。


「……うん。そうだね」


 馬車が石橋へ入った。


 ごとん、と車輪の音が硬く変わり、水面から吹き上げる風が窓から入り込んでくる。


「わあ!」


 水色の髪と大きな青いリボンが風に揺れ、アリアは思わず窓へ身体を寄せた。


 橋の真ん中まで来ると、左右にはたくさんの水が広がっていた。


「海みたい!」


「また言ってる」


 ルカが笑う。


「だって、お水いっぱいだもん!」


「海、見たことないでしょ」


「でも海もいっぱいなんでしょ?」


「それはそうだけど」


「じゃあ海みたい!」


 やっぱり、アリアの中ではこれで間違いなかった。


 足元からマルルが身体を伸ばす。


「お魚見えるなの?」


「落ちるよ」


 ルカがすぐにマルルの身体を後ろから支えた。


「ちょっとだけなの」


「ちょっとだけね」


 マルルは真剣な顔で水面を見つめる。


 風に吹かれた長い耳が、後ろへふわりと揺れた。


「…………」


「いた?」


「見えないなの」


「深そうだからね」


「でもいるなの」


「そこは絶対なんだ」


「いるなの」


 その確信だけは、誰にも揺るがせそうになかった。


 橋を渡り終えたあと、アリアは振り返った。


 遠ざかっていく石橋の上を、待っていた荷車がゆっくり渡り始めている。


 朝なら、ただ「大きな橋」と思ったかもしれない。


 今は、その向こうにも道が続いているように見えた。


 橋の向こうには、また町がある。


 その先には、きっと誰かが待っている。


 見えている石の橋だけではなく、その向こうまで全部つながっているような気がした。


     ◇


 昼食を終え、馬車が再び走り始めた頃。


 アリアの前には、一枚の紙が置かれていた。


 隣にはノルンが座り、向かいではルカが午前中に見ていた地図をまだ眺めている。


 アリアは鉛筆を握り、今日見たものを思い出しながら、一文字ずつゆっくり書いていった。


 はし。


 少し間を空けて。


 かわ。


 そして。


 あんず。


「できた」


「見せてください」


 ノルンが紙を受け取る。


 アリアはその顔を見つめながら、少しだけ背筋を伸ばした。


 自分では読める。


 でも、ノルンにもちゃんと読めるだろうか。


「ここ」


 ノルンの指が、一文字へ触れた。


「少しだけ形が違いますね」


「どこ?」


「こちらです」


 アリアはすぐに紙へ顔を近づけた。


 見比べてみると、確かに線の長さが少し違っている。


「あ……ほんとだ」


「でも、きちんと読めますよ」


「ほんと?」


「ええ。前よりずっときれいです」


 その言葉を聞いた途端、アリアの背筋がさらに伸びた。


「もう一枚書く!」


「休んでもいいですよ」


「書く!」


 新しい紙へすぐに手を伸ばす。


 その様子を見ていたセレフィナが笑った。


「アリアは、字を書くのが好きなのですか?」


「うーん……」


 アリアの鉛筆が止まった。


 書くことそのものが好きなのかと聞かれると、少し違う気がする。


 前は、自分の名前だってうまく書けなかった。


 今は、今日見た橋まで文字にできる。


 そのことの方が嬉しかった。


「書けるようになるのが好き!」


「なるほど」


「前は書けなかったの。でも今は『はし』も書けるよ」


 さっきの紙をセレフィナへ差し出す。


「ほら!」


 セレフィナは受け取ると、一文字ずつゆっくり目を通した。


「本当ですね。とても上手ですよ」


「ほんと!?」


「ええ。この字など、とてもきれいです」


 アリアは褒められた文字を見た。


 次にセレフィナを見る。


 もう一度、文字を見る。


 そして新しい紙を自分の前へ引き寄せた。


「もう一回書く!」


 ルカが地図から顔を上げる。


「分かりやすいね」


「なにが?」


「褒められたら、すぐもう一回やるところ」


「だって上手って言ったよ?」


「うん」


「じゃあ、もっと上手になる!」


 それ以外に何があるのかという顔で言われ、ルカは少し笑った。


「そうだね」


 アリアはもう次の文字を書き始めていた。


     ◇


 しばらくして、ルカが地図へ指を置いた。


「セレフィナ様」


「何です?」


「次の町って、ここですか?」


「ええ。よく分かりましたね」


「さっきの川を渡って、道がこっちに曲がったから」


 ルカの指が、地図の上をゆっくり辿る。


「あとどのくらいです?」


「このまま進めば三時間ほどでしょうか。ただ、途中で一度馬を休ませますから、もう少しかかりますね」


「じゃあ……」


 ルカが窓の外を見た。


 空の高さや日の傾きを確かめ、それからもう一度地図へ目を落とす。


「着くのは夕方になる前くらい?」


 セレフィナが顔を上げた。


「そのくらいでしょうね」


 ルカの猫耳が、ほんの少し前へ向く。


「合ってた」


「自分で考えたのですか?」


「はい。三時間と、休憩する時間を足したら、それくらいかなって」


「よくできましたね」


 ルカは少しだけ嬉しそうに地図へ目を戻した。


 そのやり取りを聞いていたアリアが、鉛筆を止める。


「ルカも勉強してるの?」


「勉強っていうか、着く時間を考えてただけだよ」


「でも当たった!」


「うん」


「じゃあ、ルカもできた!」


「……まあ、そうだね」


 アリアは自分のことのように嬉しそうに笑うと、また紙へ向き直った。


 セレフィナもそれ以上問題を出すことはなく、ルカと一緒に地図を眺めている。


 しばらくして、道の先が二つに分かれているのを見つけたのは、今度はルカの方だった。


「ここ、分かれますね」


「ええ」


「僕たちは、こっちかな」


「どうしてそう思います?」


 聞かれたルカは、少しだけセレフィナを見る。


「……また問題?」


「ルカが先に言ったのでしょう?」


「あ、そっか」


 今度は自分で笑った。


 地図へ顔を戻し、川の位置と街道を見比べる。


「こっちです。南へ続いてるから」


「正解です」


「やった」


 小さな声だったけれど、アリアは聞き逃さなかった。


「ルカも嬉しいんじゃん!」


「アリアほどじゃないよ」


「でも嬉しい?」


「……ちょっとね」


「一緒!」


「そこも一緒にするの?」


 馬車の中に笑い声が広がった。


     ◇


 午後。


 馬車は南へ続く街道を進んでいた。


 午前中まで広がっていた畑は少しずつ減り、代わりに木々が増えている。道のそばには小さな川や水路が何度も現れ、その上を飛ぶ鳥の姿も、昨日より多くなっていた。


 アリアは窓の外を眺めながら、今日書いた紙を膝の上へ置いている。


 はし。


 かわ。


 あんず。


 文字の大きさは、まだ全部同じではない。


 少し曲がっているものもある。


 それでも、自分で読める。


「ルカ」


「なに?」


「これ読んで」


 紙を差し出した。


 ルカは受け取ると、上から順に目で追った。


「はし。かわ。あんず」


 アリアの顔がぱっと明るくなる。


「全部あってる!」


「アリアが書いたんだから、アリアは知ってるでしょ」


「でも、ルカも読めた!」


「そりゃ読むよ」


 それでも嬉しかった。


 自分の頭の中だけにあったものが、自分の手で文字になって、それをルカが読んだ。


 アリアは紙を受け取ると、大事そうに胸元へ抱えた。


 朝に食べた杏。


 地図で見た川。


 実際に渡った大きな橋。


 今日見たものが、今は自分の文字になって紙の上へ残っている。


「なんか、いっぱい増えたね」


「何が?」


「知ってること!」


 ルカが少しだけ笑った。


「そうだね」


 アリアはもう一度紙を開き、一つずつ指先で文字を追った。


 旅に出てから、知らないものにたくさん出会った。


 知らない道を歩き、知らない町へ入り、知らない人と話した。


 最初は分からなかったものも、名前を覚えたり、話を聞いたり、自分でやってみたりすると、少しずつ分かるものへ変わっていく。


 それが文字になれば、あとからもう一度思い出すこともできる。


 アリアは紙の上の「はし」を見ながら、午前中に渡った大きな石橋を思い出した。


 橋の向こうにも道が続いていた。


 その道の先にも、きっと何かがある。


 窓の外へ目を向ける。


 まだミレア湖は見えない。


 けれど朝よりも水の流れが増え、空を飛ぶ鳥の姿も少しずつ多くなっていた。


 昨日までなら、ただ窓の外を流れていっただけの景色にも、今日は気になるものがいくつもある。


 この川はどこへ行くのだろう。


 この道の先には何があるのだろう。


 明日は、何を見つけるのだろう。


 アリアは膝の上の紙へ、もう一度目を落とした。


 今日知ったものが、そこに三つ並んでいる。


 そして顔を上げると、街道は木々の間を抜け、その先へまだ長く続いていた。


 見えないところにも、道は続いている。


 その先に待つミレア湖へ向かって、二台の馬車は今日もゆっくりと南へ進んでいった。


★お読みいただき、ありがとうございます★


馬車の中の動画はこちらから

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https://www.instagram.com/reel/DcqVobcJcDd/?igsi=MWF6amc2eng4Y2hibA==

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