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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第74話 お金はぐるぐる


 馬車は朝の街道を、ゆっくりと南へ進んでいた。


 エルヴァレイン伯爵家を出てからしばらく経ち、窓の外に続いていた大きな屋敷や長い石垣も、いつの間にか見えなくなっている。代わりに広がっているのは畑と小さな林で、遠くの丘では羊たちが白いかたまりになって草を食べていた。


 アリアは流れていく景色を眺めながら、昨日エレノアとセレフィナが選んだ淡い緑色のワンピースの裾に並ぶ、小さな青いリボンへちらりと目を落とした。


 やっぱり可愛い。


 指先で一つだけそっと触れてから、今度は窓の外へ顔を向ける。


「今日は、どこ通るの?」


「途中で一つ町へ寄りますよ」


 向かいに座っていたセレフィナが答えた。


「町?」


「ええ。お昼になる前には着くでしょうね」


「お店ある?」


「ありますよ」


「教会も?」


「あると思います」


 それだけ聞くと、アリアはもう窓から離れられなくなった。


 まだ畑しか見えていないのに、道の先に町が隠れていると思うと、早く屋根の一つでも見つけたくなる。


「アリア、そんなに見てても急には出てこないよ」


 隣のルカが言った。


「分かんないよ? 次の木の向こうかも」


「さっきも言ってたよ、それ」


「今度はほんとかもしれないもん」


「じゃあ次の木ね」


「うん!」


 二人で窓の外を見た。


 一本の大きな木が近づいてくる。


 幹が窓の前を通り過ぎ、その向こうに見えたのは。


 畑だった。


「……まだだった」


「そうだね」


「次!」


「まだやるの?」


 ルカは呆れたように言いながらも笑っていた。


 その二人の間では、マルルが座席の端へ丸くなり、長い耳を身体の横へ投げ出している。


「マルルも探す?」


「町に着いたら起こしてなの」


「探さないの?」


「マルルは着いてから頑張るなの」


「何を?」


「いろいろなの」


 何を頑張るつもりなのかは分からなかったけれど、マルルはもう目を閉じていた。


     ◇


 それからしばらくして。


 今度こそ、街道の先に小さな屋根が見えた。


「あっ!」


 アリアの声に、ルカも窓へ目を向ける。


「町!」


 今度は一つではなかった。


 道を進むほど屋根の数が増え、その向こうには石造りの建物も見えてくる。高い城壁に囲まれたような大きな町ではないけれど、街道に沿って家や店が並び、たくさんの人が暮らしていることは遠くからでも分かった。


 アリアは目を凝らした。


 屋根。


 煙突。


 木。


 その中から、少し高いところに立つ白いものを見つける。


「教会!」


 細い鐘楼が、町の屋根の向こうからのぞいていた。


「ほんとだ」


 ルカも見つけた。


「セレフィナおばあちゃん、教会あるよ!」


「ありましたね」


「寄れる?」


「行きたいの?」


「うん!」


 迷う理由など一つもないという顔で頷くアリアに、セレフィナが笑った。


「では、先に教会へ寄りましょうか」


「やった!」


「マルルも行くなの!」


 座席の端から、いきなり声がした。


 アリアが振り返ると、さっきまで眠っていたマルルがもう起きている。


「町に着いたら起こしてって言ったのに」


「町って聞こえたなの」


「寝てたんじゃないの?」


「半分だけなの」


「半分寝るってできるの?」


「マルルはできるなの」


 どうやらできるらしい。


 アリアは少し羨ましくなった。


     ◇


 町へ入ると、馬車は人通りに合わせて速度を落とした。


 さっきまで遠くに見えていた家々が窓のすぐそばまで近づき、景色が急に賑やかになる。


 店先に籠いっぱいの野菜を並べている人がいる。その向こうでは、積み上げた木箱を二人がかりで運んでいた。布屋の軒先には色とりどりの布が揺れ、道具屋の前には鍬や小さな鍋がきれいに並んでいる。


 アリアの目は忙しかった。


「あっ、パン屋さん!」


 窓の向こうに、丸いパンがずらりと並んでいる。


「おいしそう」


「朝ごはん食べたばっかりでしょ」


「もう朝じゃないよ」


「そういう問題?」


 次の店が見えれば、もうそちらへ目が移る。


「あれ何のお店?」


「たぶん香草かな」


「こっちは?」


「果物じゃない?」


「いっぱいあるね」


 アリアには、ただ楽しい町だった。


 人が歩き、店が開き、荷物が運ばれている。


 けれどセレフィナは、同じ窓の外を見ながら、ふと小さく首を傾げた。


「去年より、荷車が少ないですね」


「荷車?」


 ルカが聞き返した。


「ええ。この町は街道を通る荷がよく集まる場所なのですが、去年はもう少し賑やかでした」


 アリアも窓の外を見た。


 道の端に一台。


 少し先に、もう一台。


 ちゃんとある。


「荷車、いるよ?」


「ええ。いないわけではありませんよ」


「じゃあ少ないの?」


「去年と比べれば、ね」


 アリアはもう一度外を見た。


 さっきと町の景色は何も変わっていない。


 それでもセレフィナには、自分にはまだ分からない違いが見えているらしい。


 アリアは少しだけ不思議に思いながら、通り過ぎる荷車を目で追った。


     ◇


 教会は、町の中心から少し離れた静かな場所に建っていた。


 白い石壁の前で馬車を降り、開け放たれた扉をくぐると、外の賑わいが一歩ごとに遠くなる。


「こんにちは!」


 アリアの声が礼拝堂へ柔らかく響いた。


 奥で花を整えていた神父が振り返り、穏やかに笑う。


「こんにちは。旅の方ですか?」


「うん!」


 返事をしたアリアは、そのまま高い天井へ目を向けた。


 窓から差し込んだ光が床へ長く落ち、磨かれた石の上で静かに光っている。


 旅を始めてから、いくつもの教会を見てきた。


 大きさも、窓の形も、置かれている椅子も少しずつ違う。


 それなのに、中へ入った時に感じる静けさは、どこか似ていた。


 アリアはその感じが好きだった。


「お祈りしてくる」


「うん」


 ルカが答える。


 アリアは祭壇の前まで歩くと、いつものように胸の前で両手を合わせた。


 教会へ来ると、少しだけ女神さまの近くへ戻ってきたような気がする。


「女神さま。アリアだよ」


 小さな声で挨拶してから、アリアは今日までのことを頭の中で順番に並べた。


「グラナ、ちゃんと出たよ。欠片も二つになったの」


 それから少し考えて、もう一つ付け足す。


「ルカも、マルルも、ノルンも元気だよ。エリオお兄ちゃんも一緒」


 ここまで言うと、何だか本当に旅の報告をしているような気分になってきた。


「今はね、ミレア湖に行く途中なの。昨日、湖の古い歌も聞いたよ」


 そこで、アリアの背中の小さな羽がわずかに動いた。


「『空の子』って出てくるの。何のことかまだ分かんないけど……湖に行ったら、見てくるね」


 言い終えてから、アリアは少しだけ待った。


 けれど、いつかのように女神さまの声が聞こえてくることはなかった。


 礼拝堂には、窓から差し込む光と、遠くで誰かが歩く小さな足音があるだけだった。


 それでも、アリアは寂しくはなかった。


「じゃあ、またね」


 最後にそう言って目を開く。


 返事はなかったけれど、ちゃんと伝えられたような気がした。


     ◇


 教会を出る前、セレフィナは神父と少しだけ話をしていた。


「最近、町はいかがです?」


「そうですね。北から来る荷が、少し減っているようです」


「やはり」


 セレフィナの返事を聞いて、アリアはさっきの馬車の中を思い出した。


 荷車が少ない。


 セレフィナは見ただけで、それに気づいていた。


「北の道にある橋の具合がよくないそうで、大きな荷車は回り道をして来ているようですよ」


「そうでしたか」


 それ以上、セレフィナは細かく尋ねなかった。


 ただ一度だけ頷き、帰り際には従者から小さな袋を受け取って神父へ渡した。


「少しですが、必要なところへお使いください」


「ありがとうございます」


 神父が深く頭を下げる。


 アリアは、その袋が気になった。


「何入ってるの?」


「寄付ですよ」


「きふ?」


「困っている人のために使ってもらうお金です」


「お金あげるの?」


「ええ」


 アリアはセレフィナを見上げた。


 少し考える。


「セレフィナおばあちゃん、いい人?」


「ぶっ」


 横でルカがむせた。


 神父も顔を横へ向けている。


 なぜか二人とも笑いをこらえているように見えた。


「どうして笑うの?」


「いや……別に」


 ルカは口元を押さえた。


 セレフィナだけは平然としている。


「どうでしょうね」


「いい人だよ?」


「では、アリアがそう思ってくれているうちは、そういうことにしておきましょうか」


「うん!」


 アリアはにっこり笑った。


 それなら決まりだった。


     ◇


 教会を出ても、セレフィナはすぐには馬車へ戻らなかった。


「せっかくですから、少し市場へ寄っていきましょう」


「お買い物?」


「ええ」


「行く!」


 返事をした時には、アリアの足はもう市場の方を向いていた。


 町の通りを歩き始めると、馬車の窓から見ていた時より、いろいろなものが近い。


 果物の色。


 籠の中の野菜。


 店の人たちの声。


 焼きたてのパンの香りが通りへ流れてきた時には、アリアは思わず足を止めた。


「いいにおい……」


「さっき窓から見てたパン屋だね」


 ルカが言う。


「ほんとにおいしそうだった」


「今度は匂いもしてるね」


「うん!」


 アリアは満足そうに頷いた。


 最初にセレフィナが立ち寄ったのは、果物屋だった。


 籠には黄色い杏がたくさん並んでいる。


「今年の杏はどうです?」


「よくできてますよ。今年は甘いです」


「あまい?」


 アリアがすぐに反応した。


 店主が笑う。


「食べてみるかい?」


「いいの?」


 小さく切った杏を一切れ受け取り、口へ入れる。


 柔らかな果肉を噛んだ途端、甘酸っぱい汁が口いっぱいに広がった。


「ん!」


 アリアの目が丸くなる。


「あまい!」


「だろう?」


 足元から、マルルの声がした。


「マルルもなの」


「やっぱり来た」


「マルルも確かめるなの」


「何を?」


「甘いかどうかなの」


 店主は声を上げて笑い、マルルにも小さな一切れを渡した。


 ぱくり。


 長い耳が、ぴこっと動く。


「甘いなの!」


「同じだったね」


「ちゃんと確かめたなの」


 セレフィナはそんな二人を眺めながら、杏を一籠買った。


 そのあとパン屋へ寄り、焼きたての丸パンをいくつか買う。


 さらに香草を少し。


 別の店では、旅の途中で食べられそうな焼き菓子も包んでもらった。


 アリアは店が変わるたびに覗き込み、品物が包まれるたびに何が増えたのか確かめていたけれど、だんだん別のことが気になってきた。


「セレフィナおばあちゃん」


「はい?」


「いっぱい買うね」


「そうですね」


「全部いるの?」


「なくても困らないものもありますよ」


 アリアの足が少しゆっくりになった。


「じゃあ、なんで買うの?」


 セレフィナはアリアを見て、それから周りの店へ視線を向けた。


「せっかくこの町へ来たのですもの。少し使っていきましょう」


「お金を?」


「ええ」


「なんで?」


「私たちがお金を使えば、そのお金はこの町の人のところへ行くでしょう?」


「うん」


「その人も、きっと何かを買います」


 アリアは首を傾げた。


「何か?」


「食べ物かもしれませんし、服かもしれません。仕事に使う道具かもしれませんね」


「そしたら?」


「今度は、そのお店の人のところへお金が行きます」


「……それから?」


「その人も、また何かに使うでしょうね」


 アリアは少し黙った。


 セレフィナの手から果物屋へ。


 果物屋から、また別の誰かへ。


 そこから、さらに別の人へ。


 頭の中で、小さな硬貨が一人の手から次の手へ、ころころ転がっていく。


「お金、ぐるぐるするの?」


挿絵(By みてみん)


 ぽつりと出た言葉に、セレフィナが笑った。


「そうね。ぐるぐるする、と考えると分かりやすいかもしれません」


「へえ……」


 アリアは市場を見回した。


 さっきまで品物しか見ていなかったのに、今度は人の手元が少し気になる。


 誰かがお金を渡す。


 店の人が受け取る。


 別のところでも、また硬貨が渡される。


 本当に、ぐるぐるしているのかもしれない。


「じゃあ」


 アリアがセレフィナを見上げた。


「わたしがお菓子買っても、ぐるぐるする?」


 ルカがすぐに振り返った。


「絶対それ聞くと思った」


「だって、するんでしょ?」


「しますよ」


 セレフィナが答える。


 アリアの顔がぱっと明るくなる。


「じゃあ買う!」


「町のため?」


「うん!」


 勢いよく頷いたあと、少し考えて付け足す。


「……わたしのためもちょっと」


「ちょっと?」


「半分くらい」


「増えたね」


「じゃあ、町とわたしで半分こ!」


 それなら公平だと思ったらしい。


 セレフィナがとうとう声を上げて笑い、ルカも隣で肩を揺らしていた。


     ◇


 市場を離れる前、セレフィナは従者を一人呼んだ。


「北の橋について、ヴォルターへ伝えておいてください」


「承知しました」


「修繕の話がどこまで進んでいるか、確認だけお願いします」


「はい」


 従者は短く書き留めると、一礼して離れていった。


 アリアはそのやり取りも聞いていたけれど、今は別のことの方が気になっていた。


「セレフィナおばあちゃん」


「なあに?」


「さっきのお金、今どこ?」


「さあ」


「分かんないの?」


「もう誰かのところへ行ったかもしれませんね」


 アリアは振り返った。


 市場にはまだたくさんの人がいる。


「追いかけたら分かる?」


「一つずつ追いかけていたら、今日中に町を出られなくなりますよ」


「そっか……」


 本気で少し残念そうだったので、ルカが笑った。


「お金について行ってどうするの」


「どこまで行くか見るの」


「絶対途中でお菓子屋に捕まるよ」


「……かもしれない」


「認めるんだ」


 アリア自身も想像してみて、ちょっとだけ笑った。


     ◇


 町を出てしばらく進み、昼食も終えた頃。


 二台の馬車は、馬を休ませるため街道脇の広い草地へ止まった。


 アリアは馬車から降りると、両腕を頭の上まで伸ばした。


「んーっ!」


 ずっと座っていた身体を伸ばすと、それだけで気持ちがいい。


 そのまま目の前の草地を見た。


 人はいない。


 木も離れている。


 風も強くない。


 背中の小さな羽が、ぱたぱたと動いた。


「ノルン」


「はい?」


「ちょっと飛んでいい?」


 ノルンも周りを見渡した。


「ええ。この辺りなら大丈夫でしょう」


「やった!」


「では、せっかくですから、小さく回る練習もしてみましょうか」


「小さく?」


「いつものように大きく曲がるのではなく、狭いところでも向きを変えられるように」


「やる!」


 アリアはすぐに草地へ駆けていった。


 その後ろからルカもついてきて、大きな猫の姿になる。


「ルカも走る?」


「せっかくだからね」


「じゃあ一緒!」


 アリアは嬉しそうに羽を広げると、軽く地面を蹴った。


 身体がふわりと浮く。


 そのまま草地の上をすっと進んだ。


 頬へ風が当たり、水色の髪が後ろへ流れる。


 久しぶりに飛ぶ空は気持ちよかった。


「ルカー!」


「見えてるよ」


 下では大きなラグドールが草を蹴って走っている。


 アリアはその横を一度通り過ぎ、ゆるく円を描いて戻ってきた。


「ちゃんと飛べた!」


「そりゃ飛べるでしょ」


「久しぶりだったもん」


 アリアは笑うと、今度は少し速度を落とした。


「小さく回る!」


 一度、前を見る。


 それから行きたい方向へ身体を傾け、いつもより早めに向きを変える。


 くるり。


 思っていたより、ちゃんと曲がれた。


「あっ!」


 嬉しくなって、もう一度。


 くるり。


 今度はさっきより少し小さい。


「ノルン!」


「いいですよ。今度は同じくらいの大きさでもう一度」


「うん!」


 アリアは目の前の草地を見ながら、少しだけ速度を整えた。


 くるり。


 今度はきれいな円になった。


「できた!」


 嬉しくなると、もう一度やりたくなる。


 くるり。


 もう一度。


 くるり。


 下からルカが見上げている。


「アリア、僕の周り回ってみたら?」


「できるかな?」


「さっきのできてたから、大丈夫じゃない?」


「やる!」


 ルカが草地へ立ち止まる。


 アリアは少し離れたところから近づき、その大きな身体の周りを回った。


 くるり。


「できた!」


「うん」


「もう一回!」


 くるり。


「もう一回!」


「楽しくなってるでしょ」


「うん!」


 今度は隠す気もなかった。


 その様子を少し離れた場所から見ていたマルルが、長い耳を揺らした。


「アリア、ぐるぐるなの!」


「ぐるぐる!」


 返事をしたところで、アリアの動きが一瞬だけ止まった。


「あっ」


「どうしたの?」


 ルカが見上げる。


 アリアは空中に浮いたまま、ぱっと笑った。


「お金と一緒!」


「何が?」


「ぐるぐる!」


 ルカは少し黙った。


「……そこだけじゃん」


「でも一緒だよ!」


「お金は空飛ばないでしょ」


「でもぐるぐるするもん!」


「マルルもぐるぐるなの?」


 マルルが聞く。


「マルルもやる?」


「目が回るからやらないなの」


「そこはちゃんとしてるんだ」


 ルカの言葉にアリアが笑い、そのままもう一度だけルカの周りをくるりと回った。


挿絵(By みてみん)


 今度は、さっきまでで一番小さく、きれいに曲がれた。


「できたー!」


 そのまま草の上へ降りると、アリアは大きなルカの首へ抱きついた。


「見た?」


「見てたよ」


「小さかった?」


「うん。今のが一番小さかった」


「やった!」


 ふわふわの毛へ頬を押しつけながら笑うアリアを見て、ノルンも少し離れたところで微笑んでいた。


     ◇


 休憩が終わり、みんなが馬車へ戻る。


 御者が声を掛けると、馬たちがゆっくり歩き始めた。


 窓の下で、大きな車輪が回り出す。


 ごろん。


 ごろん。


 それを見つけたマルルの耳が動いた。


「これもぐるぐるなの」


「どれ?」


 アリアが窓へ寄る。


 回っている車輪を見ると、すぐに顔が明るくなった。


「ほんとだ!」


「ほら、また始まった」


 ルカが笑う。


「お金もぐるぐる」


「うん」


「アリアもぐるぐる」


「うん」


「車輪もぐるぐる!」


「今日はぐるぐるの日なの」


 マルルが言った。


 アリアは少し考えてから、大きく頷いた。


「ほんとだね!」


 何か特別なことをしに町へ寄ったわけではなかった。


 教会へ行って、買い物をして、午後には少しだけ空を飛んだ。


 それだけなのに、朝には知らなかったことを一つ知り、昨日まではできなかった小さな回り方も一つ覚えた。


 アリアは窓の外を流れる草地を見ながら、さっき市場で聞いた話をもう一度思い出した。


 お金は、誰かから誰かへ。


 自分も、くるりと回ってまた元の場所へ。


 全部が同じなのかは、よく分からない。


 けれど。


「ぐるぐるって、なんか楽しいね」


 ぽつりと言うと、ルカが隣で笑った。


「アリアが回ってる時はね」


「お金もだよ?」


「それはどうかな」


「楽しいもん」


「じゃあ、そういうことにしとこうか」


「うん!」


 アリアは満足そうに頷き、もう一度窓の下を見た。


 車輪は今日も、ぐるぐると回っている。


 その先に待つミレア湖へ向かって、二台の馬車はゆっくりと南の街道を進んでいった。


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