第67話 お洋服問題
昼が近づく頃、馬車は街道から少し奥まった場所にある、小さな休憩所へ入っていった。
低い屋根の建物の横には馬を休ませるための柵が並び、馬車がゆっくり速度を落とすにつれて、窓の外を流れ続けていた景色も止まっていく。御者の声が聞こえ、馬たちがほっとしたように鼻を鳴らした。
「ここでお昼?」
窓へ寄っていたアリアが振り返ると、セレフィナが頷いた。
「ええ。私たちだけでなく、馬たちも休ませなくてはいけませんからね」
「お馬さんもお昼ごはん?」
「そうですよ。干し草や穀物を食べます」
「へえ……」
アリアはもう一度外を覗いた。
ちょうど馬車から外された馬の前へ、従者が大きな桶を運んでいるところだった。昨日から自分たちの馬車を引いてくれている馬が何を食べるのか気になって、すぐそちらへ行きたくなる。
「見てきていい?」
「食事が終わってからになさい」
「はーい」
返事をすると、アリアは素直に座席へ戻った。
もちろん気にはなる。けれど、食事が終わってからと言われたのなら、そのあとに見ればいい。
旅へ出たばかりの頃なら、気になるものを見つければすぐそちらへ行きたくなっていたけれど、待てばあとでできることも、少しずつ分かるようになっていた。
◇
馬車を降りると、従者たちはすぐにそれぞれの仕事へ散っていった。
馬を休ませる者がいれば、御者と何かを確認する者もいる。荷物の様子を見ている者もいて、誰かが大きな声で一つずつ指示しているわけでもないのに、全員が自分のすることを知っているように動いていた。
アリアはその様子が面白くて、馬を見たかと思えば荷物へ目を向け、また馬の方を振り返る。
そうしているうちに休憩所の建物へ入ってみると、今度は別のものに驚かされた。
「……あれ?」
さっきまで何もなかったはずなのに、卓にはすでに食器が並び、パンの入った籠まで置かれている。
「ルカ」
「なに?」
「もうごはんある」
隣へ来たルカも中を覗いた。
「ほんとだ」
「まだ何も言ってないのに」
「たぶん、言わなくても用意するんだよ」
「すごいね」
「すごいねえ」
二人で並んで感心していると、先に席へ向かっていたセレフィナが振り返った。
「お二人とも、そこで何をしているの?」
「ごはん見てた!」
「見ていないで、いらっしゃい」
「はーい!」
アリアは元気よく返事をして、今度は卓の方へ駆けていった。
席へ着けば、ほどなく湯気の立つスープまで運ばれてくる。
アリアは器の中を覗き込みながら、なんだか不思議な気持ちになった。
昨日までなら、昼になれば街道沿いの店で食べられるものを探したり、持っているものを広げたりしていた。それがアリアにとっての普通の旅だった。
知らない町で自分のお金を出して買った串焼きも、教会で分けてもらった食事も、エッダたちの商隊と一緒に囲んだ鍋も、どれも楽しかったし、ちゃんと覚えている。
けれど今は、馬車が止まれば馬を休ませる場所があり、自分たちが席へ着けば食事が出てくる。
「旅なのに、ちゃんとごはん出てくるね」
「旅でも食事はしますよ?」
セレフィナが不思議そうに返したので、アリアは匙を持ったまま首を傾げた。
「そうじゃなくて……」
自分でも、どう説明したらいいのか分からない。
馬車も最初から決まっている。
休む場所も決まっている。
今日泊まるところだって、たぶんセレフィナはもう知っている。
自分たちがしてきた旅とは、ずいぶん違う。
「なんか、ずっとちゃんとしてる」
「ちゃんと?」
「うん。馬車も、ごはんも」
それを聞いて、セレフィナが楽しそうに笑った。
「アリアは、今までどんな旅をしていたの?」
「普通だよ?」
アリアには本当にそう思えているらしい。
横で聞いていたエリオが、苦笑しながら口を挟んだ。
「たぶん、その普通が違うんですよ。路線馬車を乗り継いで、宿は着いた町で自分たちで探す。昼は、その時に食べられるものを探して食べる。そういう旅です」
「そう!」
やっと自分の言いたかったことを代わりに説明してもらえて、アリアは嬉しそうに頷いた。
「串焼きとか!」
「美味しかった?」
「おいしかった!」
「なら、それもよい旅ですね」
「うん!」
すぐに納得して、アリアはスープをひと口飲んだ。
温かな味が口いっぱいに広がる。
「これもおいしい!」
「結局、食べ物なんだね」
ルカに言われ、アリアは真面目な顔で頷いた。
「大事だよ?」
「それはそうだけど」
向かいでは、セレフィナがそんな二人を眺めながら笑っている。
同じ道を進む旅でも、やり方はいろいろあるらしい。
自分たちで一つずつ探していく旅もあれば、こうして先にいろいろなものが用意されている旅もある。
アリアにとっては、それもまた初めて知ることだった。
◇
昼食が終わると、アリアは約束していた通り、真っ先に馬を見に行った。
柵の向こうでは、馬たちが干し草へ顔を埋めるようにして食べている。アリアは邪魔をしないよう少し離れたところへしゃがみ込み、しばらくその様子を眺めていた。
「いっぱい食べてね」
馬は顔を上げなかったけれど、片方の耳だけがぴくりと動いた。
「アリア、それじゃ聞こえないと思うよ」
後ろからルカの声がする。
「聞こえてるよ」
「なんで分かるの?」
「耳あるもん」
「そういう意味じゃなくて」
ルカが笑っても、アリアは気にせず馬へ話しかけ続けた。
昨日から馬車が変わって、座るところはふかふかになった。
揺れも少なくなった。
でも、その馬車をずっと引いているのは、この馬たちだ。
そう思うと、ただ馬車についている馬ではなく、自分たちと一緒にミレア湖まで旅をしている仲間のように感じられた。
少し離れたところでは、そんな二人をセレフィナが眺めていた。
「すっかり気に入られましたね」
隣へ来たエリオが言うと、セレフィナは少し不思議そうに彼を見る。
「誰が?」
「アリアですよ」
「そう見えます?」
「見えますよ」
セレフィナは答える代わりに、もう一度アリアたちへ目を向けた。
馬へ何やら話しかけ続けているアリアと、そのすぐ後ろで呆れながらも離れずにいるルカ。
「素直な子ですもの。それに二人とも、見ていて飽きませんね」
「…………」
その言い方を聞いた瞬間、エリオの胸に何となく嫌な予感が生まれた。
今のところ、セレフィナはただ二人を眺めているだけだ。
まだ何も起きてはいない。
「ほどほどにしてくださいよ」
「何を?」
「……いえ」
まだ何も起きていない。
たぶん。
◇
午後も馬車は順調に街道を進み続けた。
昼食を終えたあとの暖かな時間に、窓から入る風と規則正しい車輪の音が重なると、朝から景色を眺め続けていたアリアの瞼も少しずつ重くなっていった。
いつの間にか眠ってしまったアリアのそばでは、マルルがそれより早く座席の上で丸くなっている。
ルカも何度か目を閉じかけた。
ところが。
こつん、と肩へ何かが当たった。
「…………」
そちらを見ると、眠ったアリアの頭が自分の肩へ乗っている。
ルカは一度だけ瞬いた。
このままだと首が痛くなるんじゃないかと思ったものの、ぐっすり眠っている顔を見ると起こす気にもなれない。
少し迷ったあと、結局そのままにした。
自分の眠気だけは、すっかり消えてしまったけれど。
◇
夕方が近づいた頃、街道の先に今日泊まる町が見えてきた。
目を覚ましたアリアは、すぐに窓へ寄った。
「大きい!」
昨日泊まった宿場町より、明らかに家の数が多い。
街道を行き交う人や荷車も増え、町へ入れば二階建てや三階建ての建物まで見える。通りの向こうにもまだ家並みが続いていて、アリアは右を見たり左を見たりと忙しい。
「今日はここ?」
「ええ」
「お泊まり?」
「そうですよ」
「どこの宿?」
「もう決まっています」
「もう?」
その言葉に、アリアは思わずルカを見た。
「探さなくていいんだって」
「聞こえてたよ」
「すごいね」
「僕もそう思う」
昨日までなら、町へ着いてから泊まれる場所を探していた。
教会へ向かったこともあるし、空いている宿を聞いて歩いたこともある。
ところが今日は、御者へ道を教える必要すらない。
馬車は迷うことなく町の中を進み、やがて大通りに面した、ひときわ大きな建物の前で止まった。
「…………」
アリアは窓から見上げたまま動かなくなった。
石造りの大きな建物の前には、きれいに石が敷かれている。入口の両側には揃いの服を着た人まで立っていて、馬車を降りてからも、アリアはずっと首を上へ向けたままだった。
「おっきいね」
「そうだね」
「宿?」
「たぶん」
「お城じゃない?」
「お城ではないと思う」
「ほんと?」
「僕に聞かないでよ」
そこへセレフィナも馬車から降りてきた。
「どうしました?」
「ここ、お城?」
「宿ですよ」
「ほんとに?」
「ええ」
「すごい!」
どうやら宿であることが分かれば、それでよかったらしい。
アリアがすぐ入口へ向かおうとすると、後ろからセレフィナに呼び止められた。
「アリア」
「なに?」
「まずお部屋へ行きましょう。そのあと、少しお話があります」
「お話?」
「ええ」
アリアは素直に頷いた。
けれどその横で、ルカの猫耳だけがぴくりと動いていた。
理由は分からない。
それなのに、なぜか少し嫌な予感がした。
◇
案内された部屋へ入ったアリアは、最初のうちは話のことなどすっかり忘れていた。
大きな窓から外を眺め、柔らかそうな寝台を一度押してみて、部屋の中を一通り歩いて確かめる。
けれど、やがてセレフィナの前へ呼ばれて聞かされたのは、アリアには少し意外な話だった。
「……お洋服?」
「ええ」
「持ってるよ?」
「そうでしょうね」
「じゃあ大丈夫!」
「大丈夫ではありません」
「?」
何が大丈夫ではないのか分からず、アリアは自分の服を見下ろした。
汚れていない。
破れてもいない。
旅をするために着てきた、大切な服だ。
「なんで?」
「今夜はこちらで夕食をいただきます」
「うん」
「ですから、その前に着替えましょう」
「うん?」
アリアは分からないまま返事をし、今度はセレフィナも少し首を傾げた。
二人の間に、しばらく不思議な沈黙が流れる。
「……アリア?」
「着替えるよ?」
「ええ」
「お洋服あるよ?」
「ええ」
「じゃあ大丈夫だよ?」
どうやら最初から、二人が考えている「着替える」が違っているらしい。
横で聞いていたルカが、ようやく助け舟を出した。
「たぶん、おばあさんが言ってるのは、いつもの服じゃないんだよ」
「いつものじゃない?」
「もっとちゃんとした服」
「これ、ちゃんとしてるよ?」
アリアはもう一度、自分の袖と裾を確認した。
どこにも変なところはない。
「ちゃんとしてるよ?」
念のため、もう一度言う。
「ええ。ちゃんとしていますよ」
セレフィナも、そこを否定するつもりはないらしい。
「ただ、今夜のお食事には、もう少しふさわしい装いがあります」
「ごはんに?」
「ええ」
「服の決まりがあるの?」
「決まりというほどではありませんが」
「ごはん食べるだけなのに?」
「…………」
少し離れたところで、エリオが顔を背けた。
肩が揺れている。
「エリオお兄ちゃん」
「なんだ」
「笑ってる?」
「笑ってない」
「今日それ二回目だよ?」
「今回は泣いてないからいいだろ」
「?」
何がどう違うのか分からないアリアを前に、セレフィナは小さく息をついた。
「とにかく、私に任せてくださらない?」
「お洋服を?」
「ええ」
「どうするの?」
「着ていただくだけですよ」
「誰が?」
「あなたたちが」
「たち?」
その言葉に、アリアが振り返った。
ルカと目が合う。
二人とも一瞬だけ黙った。
「ルカも?」
「もちろん」
「僕も!?」
さっきまで説明役だったルカが、今度は自分のことになって声を上げた。
「僕はこのままでいいです!」
「いけません」
「なんで!?」
「アリアだけというのも不公平でしょう?」
「僕は不公平でいいです!」
「駄目です」
「なんでだよ!」
ルカの抗議を聞きながら、セレフィナの視線はさらに横へ移った。
「ノルンも」
「承知しました」
「早い!」
ルカが勢いよく振り返る。
「なんでそんな簡単に受け入れるの!?」
「必要なのでしょう?」
「たぶん必要じゃないよ!」
「必要です」
すぐにセレフィナから返された。
ノルンがルカを見る。
「必要だそうですよ」
「もういい!」
ルカが半分諦めたところで、アリアはもっと大事なことに気づいた。
「マルルは?」
「なの?」
「マルルもお洋服着るの?」
「マルルもなの!?」
自分まで巻き込まれたと知って、マルルがぴょんと飛び上がる。
セレフィナは足元の白いロップイヤーをしばらく眺め、それから静かに答えた。
「あなたは、そのままでよいでしょう」
「助かったなの!」
「なんでマルルだけ!」
「ルカは人の姿でしょう?」
「ラグドールになれます!」
「夕食の間ずっと?」
「…………」
「人の姿で食べるのでしょう?」
「……はい」
「では着替えましょう」
「…………はい」
とうとうルカまで折れた。
◇
それからしばらくすると、宿の者たちが何着もの服を部屋へ運んできた。
次々と掛けられていく服を見て、アリアの目は少しずつ大きくなっていった。
色も違う。
形も違う。
近くへ行けば、布の手触りまでいつもの旅服とはまるで違って見える。
「いつ頼んだの?」
「少し前に」
「馬車に乗ってたよ?」
「昼の休憩の時に、先に使いを出しておきました」
「…………」
今度はルカが、ゆっくりとセレフィナを見た。
「最初から着替えさせるつもりだったんですか?」
「もちろん」
「僕たちに聞いてないですよね?」
「聞けば断ったでしょう?」
「断りましたよ!」
「ですから聞きませんでした」
「そんなのあり!?」
「ありなの!」
なぜかマルルが元気よく答えた。
「マルルは黙ってて!」
「なの!」
けれどアリアは、もう二人のやり取りを半分くらいしか聞いていなかった。
目の前には、見たことのない服がいくつも並んでいる。
端から順番に見ていくうちに、着替える意味が分からなかったことも少しずつ頭から消えていた。
「いっぱいある」
「どれがいい?」
「わたしが選ぶの?」
「選んでもいいですよ」
そう言われた途端、アリアの目が一着の服で止まった。
「じゃあ、これ!」
迷った時間はほとんどなかった。
「早いね」
「だって、これかわいい!」
アリアが選んだのは、柔らかな色合いのワンピースだった。
飾りは多すぎないけれど、近づいて見れば縫い目まで驚くほど丁寧に整っている。
そして、その背中を見た瞬間、アリアの顔がさらに明るくなった。
「羽のところ、穴ある!」
「あなたには必要でしょう?」
「うん!」
さっきまで、ご飯を食べるために服を替えるなんて分からないと言っていたのに、今はもうそんなことを忘れている。
「着てくる!」
服を抱え、侍女と一緒に奥の部屋へ向かっていった。
「さっきまで、ごはんに服はいらないって言ってたのに」
ルカが呆れたように見送る。
「でも、かわいいもん!」
扉の向こうから、すぐに声が返ってきた。
「……まあ、アリアだしね」
ルカが諦めたように呟いたところで、今度は背後から声が飛んできた。
「次はルカね」
「え」
肩がぴたりと止まる。
「こちらがよいかしら」
「僕、自分で選びます」
「あら」
「絶対、自分で選びます」
「では、どうぞ」
ようやく選択権を得たルカは、服の前へ立った。
派手ではなく。
できるだけ普通で。
余計な飾りもなく。
そんなことを真剣に考えて選んだのは、白いシャツに落ち着いた色のベスト、それに合わせた半ズボンだった。
「これ」
「まあ」
「何ですか」
「いいえ。とてもよいと思いますよ」
セレフィナは満足そうに微笑んだ。
自分で選んだはずなのに、なぜか安心できない。
ルカの猫耳が、少しだけ後ろへ倒れた。
◇
最初に着替えを終えて戻ってきたのは、アリアだった。
「できた!」
扉が開き、元気な声と一緒に姿を見せた瞬間、部屋の中が妙に静かになった。
「?」
アリアはその反応が分からず、その場で立ち止まった。
淡い水色の髪は、いつもより丁寧に整えられている。
柔らかなクリーム色のワンピースは六歳の小さな身体によく馴染み、裾には細かな金の刺繍が入っていた。背中にはきちんと羽を出すための作りがあり、いつもの小さな白い羽が服に押されることなく自然に伸びている。
アリア自身は、周りが黙っている理由など少しも分かっていなかった。
「どう?」
その場で、くるりと一回まわる。
ワンピースの裾がふわりと広がり、少し遅れて背中の羽まで揺れた。
それでも誰もすぐに答えないので、アリアはだんだん心配になって自分の服を見下ろした。
「……変?」
「アリア」
ようやくエリオが口を開いた。
「なに?」
「それは反則だろ」
「?」
「アリア、かわいいなの!」
マルルが足元へ飛びつく。
「ほんと?」
「天使なの!」
「天使だよ?」
「そういう意味じゃないなの!」
「?」
ますます分からない。
そんなアリアへ、ノルンが微笑んだ。
「とてもよく似合っていますよ」
「ほんと?」
「はい」
「やった!」
ぱっと顔いっぱいに笑みが広がる。
その姿を見ていたセレフィナだけは、まだ何も言わなかった。
「セレフィナおばあちゃん?」
「…………」
「どうしたの?」
「いえ」
そこでようやく声が出た。
「少し、想像以上だっただけです」
「なにが?」
「こちらの話です」
セレフィナは口元へ手を添えた。
この色が似合うのなら、もう少し淡い色も似合うだろう。
髪飾りを変えたらどうなるだろう。
青だけでなく、別の色も見てみたい。
そんな、今考える必要などまったくないことが、次々と頭へ浮かんでくる。
「……いけませんね」
「なにが?」
「何でもありません」
まだ、この時は。
なんとか理性が残っていた。
◇
「僕も着替えたよ」
少ししてルカも戻ってきた。
声を聞いたアリアが振り返る。
そして今度は、アリアの方が止まった。
「…………」
「なに?」
ルカが怪訝そうな顔をする。
柔らかな栗色の髪はいつもより少し整えられ、白いシャツには淡い色のクラバット。その上へ身体に合った濃紺のベストを重ね、同じ色の半ズボンと短靴を合わせている。
派手な服ではない。
むしろルカが自分で選んだだけあって、飾りはできるだけ少ない。
いつものルカを、ほんの少しだけ整えただけだった。
それなのに、アリアにはまるで違って見えた。
「ルカ」
「なに?」
「王子さまみたい!」
「違うよ!」
返事は一瞬だった。
「でも王子さまみたいだよ?」
「王子じゃないって!」
「ルカ、かわいいなの!」
「マルルまで!」
エリオも改めてルカを見た。
「……なるほど」
「何が?」
「いや。お前、ちゃんとするとすごいな」
「ちゃんとって何だよ!」
「褒めてるんだよ」
「褒められてる気がしない!」
ルカの猫耳が、むっとした気持ちをそのまま表すように横へ開いた。
けれど、そんな顔まで妙に服と馴染んでいる。
そして。
セレフィナは、また黙っていた。
「おばあさん?」
「ルカ」
「なに?」
「こちらを向いてくださる?」
「なんで?」
「いいから」
仕方なくルカが正面を向く。
セレフィナはしばらくじっと見た。
「…………」
「何ですか?」
「いえ」
「絶対何かあるでしょ」
「あなたも、想像以上でした」
「何が!?」
「こちらの話です」
その視線が、ゆっくりアリアへ移った。
そしてもう一度、ルカへ戻る。
アリアだけなら、もう一着くらい見てみたいと思うだけで済んだかもしれない。
けれど、こうして二人が揃ってしまうと話が違った。
色を合わせたらどうなるだろう。
季節が変われば、別の装いもできる。
もう少し軽い服なら。
二人で並べるなら。
考え始めた途端、いくらでも思いつく。
「二人とも」
「なに?」
「なんですか?」
「少し並んでみてくださる?」
ルカの猫耳が、ぴくりと動いた。
「なんで?」
「いいから」
アリアは何の疑いも持たず、すぐルカの隣へ行った。
「こう?」
「ええ」
柔らかなクリーム色のワンピースを着て、小さな白い羽を背負った水色髪の少女。
その隣には、栗色の髪と猫耳を持つ、アリアよりひと回り背の高い少年。
ルカは明らかに嫌そうな顔をしている。
けれど逃げはしなかった。
セレフィナはしばらく二人を見つめたあと、静かに目を閉じた。
「セレフィナおばあちゃん?」
「少々お待ちなさい」
「なんで?」
「今、耐えています」
「何に!?」
エリオがとうとう吹き出した。
「やっぱり始まったか」
「何が!?」
どうやらこの部屋の中で、ルカだけが何か危険なものを察知しているらしい。
「アリア」
「なに?」
「明日から、服は自分たちで選ぼう」
「なんで? これかわいいよ?」
「そういう問題じゃない!」
「?」
セレフィナが目を開き、にっこりと微笑んだ。
「安心なさい、ルカ」
「何をですか」
「今日は、これで終わりにします」
「今日は!?」
ルカの猫耳が一気に立った。
「今、今日はって言った!」
「言いましたね」
「明日もやる気でしょ!」
「さて」
「絶対そうだ!」
けれどアリアは、ルカが何をそんなに警戒しているのか分かっていなかった。
もう一度、自分のワンピースへ目を落とす。
柔らかなクリーム色。
裾には細かな金の刺繍。
身体を動かせば、ふわりと揺れる。
「明日も違うの着るの?」
「アリア!」
「楽しそう!」
「ほらぁ!」
とうとう部屋いっぱいに笑い声が広がった。
◇
昨日まで、セレフィナにとってアリアとルカは、旅の途中で偶然出会った少し不思議な子どもたちだった。
小さな白い羽を持った少女と、いつもその少女を気にかけている猫耳の少年。
けれど一緒に馬車へ乗り、同じ卓で食事をし、二人がここまで旅をしてきた理由まで聞いた。
アリアが笑えば、その隣でルカが呆れた顔をする。
アリアが危なっかしいことをすればルカが止め、それでも最後には二人で笑っている。
見ているうちに、昨日までより少しだけ距離が近くなった。
どうにも目が離せない。
放っておけない。
そして今日、そこへさらに、少々困った理由まで増えてしまったらしい。
セレフィナは並んでいる二人を眺めながら、ふとミレア湖の別邸のことを思い出した。
あちらなら、いつも頼んでいる仕立て屋を呼ぶこともできる。
「…………」
「おばあさん?」
「何でもありませんよ」
「今、絶対何か考えてた!」
「気のせいです」
「気のせいじゃない!」
ルカの声が部屋へ響いた。
けれど、その隣にいるアリアは自分の裾をもう一度つまみ、嬉しそうに眺めている。
「次はどんなのかな」
「アリア!」
どうやらアリアだけは。
すでに明日のことが、少し楽しみになってしまったらしい。




