第5話 手作りのワンピース
朝。
窓から差し込む柔らかな朝日と、小鳥たちの楽しげなさえずりに包まれながら、アリアはゆっくりと目を開けた。
「……ん」
最初に目へ入ったのは、白い天井だった。
ほのかに香る木の匂いと、身体をふんわりと包んでいる温かな布団。
昨日までは知らなかったはずの景色なのに、目を覚ました時に感じたのは戸惑いではなく、不思議なくらい穏やかな気持ちだった。
アリアはしばらくぼんやり天井を見つめていたが、やがて何かを思い出したように身体を起こした。
「……おへや」
昨日、自分の部屋になった場所で、そこには自分のためにレオが作ってくれたベッドがある。
思い出した途端に少し嬉しくなり、アリアは枕元へ手を伸ばした。そこには昨日何度も触った羽の彫刻があり、指先でそっとなぞると、つるりとなめらかな木の感触が返ってくる。
本当にある。
眠っている間に消えたり、昨日の出来事が夢になったりしてはいなかった。
「……えへへ」
思わず笑みがこぼれた。
嬉しくなったアリアは、もう一度だけ布団へ身体を倒した。
ぽすん、と柔らかな布団が小さな身体を受け止めてくれる。
しばらくその感触を楽しんでから、今度こそ満足したように起き上がった。
◇
部屋を出ると、焼きたてのパンと温かなスープの匂いが、朝の空気と一緒にアリアの鼻をくすぐった。
「おはよう」
台所から振り向いたミルが、いつものように柔らかく笑う。
「おはよ!」
食卓にいたルカも元気いっぱいに手を振り、パンを切り分けていたレオはアリアを見ると小さく笑った。
「よく眠れたか」
「うん!」
アリアは何度も頷いた。
昨日作ってもらった自分の部屋で眠って、朝になったら扉を開け、皆のいるところへ出てくる。
ただそれだけのことなのに、何だかとても嬉しかった。
森で初めてこの家を見た時には、自分がここで朝を迎えることなど考えてもいなかった。それが今では、自分の部屋から出てくればルカがいて、ミルがいて、レオがいる。
アリアは弾むような足取りで食卓へ向かった。
◇
朝ご飯を食べ終えると、ミルは食器を片づけ、今度は食卓の上まできれいに空け始めた。
「今日はね」
布巾を置いてから、アリアを見る。
「昨日約束したことをしましょう」
「……やくそく?」
「ええ」
ミルが棚から大切そうに何枚かの布を取り出し、広くなった卓の上へ置いていく。
「アリアのお洋服を作りましょう」
「……わたし?」
「もちろん」
ミルは笑いながら、今アリアが着ている服の袖をそっとつまんだ。
何度も折り返した袖に、少しぶかぶかの上着。丈を合わせても、やはりアリアには少し大きい。
どれもこの家へ来た日に着るものがなかったアリアへ、ルカが貸してくれた大切なお下がりだった。
「今のお洋服も、とても似合ってるわ」
「うん」
褒められると、それだけでアリアは嬉しそうに頷いた。
「でもね、アリアにもちゃんと、アリアに似合うお洋服を作ってあげたいの」
「……かわいい?」
「ええ」
ミルはゆっくり頷く。
「アリアだけのお洋服よ」
その言葉を聞いた途端、胸の奥が少しくすぐったくなった。
昨日は、自分だけのベッドを作ってもらった。
今日は、自分だけの服を作ってもらえる。
この家へ来た時には、自分のものなど何一つなかった。それなのに、ここで使うものが一つずつ自分のために用意されていく。
その意味を四歳のアリアが言葉にすることはできなかったけれど、嬉しいという気持ちだけはよく分かった。
「えへへ」
照れくさそうに笑うと、ミルも同じように微笑んだ。
◇
やがて卓の上いっぱいに布が広げられた。
柔らかな生成り色の布と、その隣には澄んだ空を思わせる淡い水色。
アリアは吸い寄せられるように近づいた。
「……きれい」
「この水色ね」
ミルはアリアの髪へそっと指を通し、卓の布へ視線を落とした。
「アリアの髪とよく似た色でしょう?」
アリアは自分の髪を一房つまみ、水色の布と何度も見比べたあと、今度は二つをできるだけ近づけてみた。
「……おんなじ」
「でしょう?」
「うん!」
今度は水色の布へ手を伸ばし、指先でそっと撫でてみた。
指先へ伝わってきた柔らかな感触に、アリアは雲の上で手を伸ばした時のことをほんの少し思い出した。
「ふわふわ」
「気に入った?」
「うん!」
今度の返事には、少しの迷いもなかった。
◇
「じゃあ、少し立ってくれる?」
「うん」
アリアはミルの前へちょこんと立った。
ミルは細い紐を使い、肩から腕、腰へと順番に長さを確かめていく。背中へ回る時には小さな白い羽へ紐が引っ掛からないよう注意しながら、一つずつ丁寧に測っていった。
ところが肩先へ指が触れた途端、アリアの身体がぴくっと跳ねた。
「あっ」
ミルが笑う。
「動いちゃった」
「えへへ」
「くすぐったい?」
「うん」
「じゃあ、もう一回だけ頑張ってね」
「うん!」
今度は唇をきゅっと結び、何があっても動かないつもりらしい。
それでも少しだけ身体は揺れていた。
その様子を横から見ていたルカが、自分とアリアを見比べるように身を乗り出した。
「ぼくよりちっちゃい!」
「二つ違うんだからな」
レオが苦笑する。
「そっか!」
ルカは納得したものの、それでも面白いらしく、アリアの頭の高さと自分の肩の辺りを何度も見比べている。
「ほんとだ。ほんとにちっちゃい」
「ちっちゃくないよ?」
「ぼくよりはちっちゃいよ」
「……そうなの?」
アリアは自分の頭へ手を置き、そのまま隣に立つルカを見上げた。
確かに少し高い。
「ほんとだ」
結局、本人まで納得してしまった。
二人が同じような顔をしているのがおかしくて、今度はミルが声を立てて笑った。
◇
身体の大きさが分かると、いよいよ服作りが始まった。
型紙を置き、生成り色の布へはさみを入れる。
しゃっ、と小気味よい音がするたび、大きな一枚の布が少しずついくつもの形へ分かれていく。
やがて裁ち終えた布を並べ、ミルが針を持つと、今度は静かな部屋へ小さな音が続き始めた。
ちく、ちく、と針が布を通り、そのあとを糸が追いかける。
アリアは今日も夢中になって、その手元を見つめていた。
一本の糸が重なるたび、さっきまでは別々だった布が少しずつつながり、何かの形になっていく。
昨日、レオが何枚もの木をベッドへ変えていった時と同じだった。
何もなかったところへ、少しずつ形ができていく。
「……わたしも」
思わず声がこぼれた。
アリアは両手を前へ差し出す。
昨日ベッドを手伝おうとした時と同じように、手のひらの間へ淡い光が集まり始めた。
ミルの針が止まり、ルカも何が始まるのかと目を輝かせる。
光は少しずつ形を変え、やがてアリアの小さな手の上へ、一枚の生成り色の布が現れた。
「できた!」
「すごい!」
ルカが勢いよく拍手する。
その反応にすっかり気をよくしたアリアは、今度はミルの手元を真似するように、人差し指を小さく動かし始めた。
「ちく」
指先を一度動かす。
「ちく」
もう一度。
「ちく」
すると魔法で作った布が、本当に誰かに縫われているように小さく動き始めた。
「わぁ!」
ルカの目がさらに輝く。
「アリアもお裁縫してる!」
「うん!」
褒められたアリアは、ますます一生懸命になった。
「ちく、ちく、ちく……」
けれど、次の瞬間。
ぽしゅん。
「……あ」
布も糸も、さっきまで確かにあったものが、小さな光の粒へ戻って消えてしまった。
アリアは空っぽになった両手を見つめた。
昨日と同じだった。
今度こそできると思ったのに。
けれど、その横でルカが先に吹き出した。
「また消えちゃった!」
アリアはきょとんとして、消えた場所を見る。
次にルカを見る。
もう一度、自分の手を見る。
「……きえた」
あまりにも真剣に確認するものだから、とうとうミルまで笑い始めた。
「ふふっ」
少し離れたところにいたレオも肩を揺らしている。
アリアはしばらく三人を見ていた。
昨日なら、できなかったと思った途端に悲しくなり、まず「ごめんなさい」と言っていた。
けれど今日は、誰も困った顔をしていない。
怒ってもいない。
ルカなんて、まだ笑っている。
「……えへへ」
つられるように、アリアも笑った。
ミルは笑いながら小さな頭を撫でる。
「本物のお洋服は、私がちゃんと作ってあげるからね」
「うん!」
今度は素直に大きく頷いた。
◇
ミルは再び針を持ち、途中だった布へ向き直った。
アリアも今度は魔法を使おうとせず、その隣へちょこんと座った。
膝の上へ両手を置き、動かさない。
その代わり、青い瞳だけが忙しそうに針の行方を追っている。
針が布へ入り、向こう側から出てくる。
糸が引かれ、一針ぶんだけ二枚の布がつながる。
また針を通せば、もう一針。
ほんの少しずつしか進まない。
けれど確かに、さっきより形ができている。
「……すごい」
思わずこぼれた声に、ミルは手を止めずに微笑んだ。
「魔法みたい?」
「うん」
「お裁縫もね、一度に全部はできないの」
ミルは一針縫い終えると、そのすぐ隣へまた針を通した。
「でも、こうして一針ずつ重ねていけば、ちゃんと形になるのよ」
アリアは何も答えず、その手元を見つめた。
さっき自分が魔法で作った布は、一瞬で現れて、一瞬で消えてしまった。
けれど、ミルが縫っている布は違う。
一針増えるたびに、そこへ何かが残っていく。
ほんの少しずつ、ゆっくりとしか進まない。それでも、一針重ねるたびに形は確かに前へ進んでいた。
四歳のアリアには、その違いをうまく説明できる言葉などなかった。
ただ、自分のために作られている服が、ミルの指先から一針ずつ生まれていく様子を、いつまでも飽きずに見つめていた。
◇
昼ご飯を食べ終えたあとも、ミルの針は変わらず動き続けていた。
窓から入る風が卓の端に置かれた布を揺らし、その向こうではレオも木を削っている。
かんなを木肌へ滑らせれば、薄い木くずがくるりと丸まりながら床へ落ち、家の中へ柔らかな木の香りが広がっていく。
その少し離れたところでは、ミルの針が布を縫う。
ちく、ちく。
レオのかんなが木を削る。
しゃっ、さらり。
違うものを作っているはずなのに、二つの音は不思議なくらい心地よく重なっていた。
アリアはその音を聞きながら、ミルとレオを交互に見た。
「……みんな」
隣にいたルカが顔を上げる。
「ん?」
アリアはレオを指差した。
「ルカのパパ、木」
今度はミルを見る。
「ルカのママ、おようふく」
「うん!」
ルカは嬉しそうに頷いた。
「パパは木のものを作って、ママはお洋服とか作れるんだよ」
「そっか……」
アリアは二人をもう一度見た。
それから、自分の胸へ小さな指を当てる。
「……わたし」
皆の視線が集まった。
アリアは少しだけ照れくさそうに笑いながら、自分で言った。
「……ポシュン」
一瞬、部屋が静かになった。
次の瞬間。
「あははは!」
ルカがお腹を抱えて笑い始めた。
「自分で言った! またポシュン!」
ミルもとうとう吹き出し、レオまで肩を揺らしている。
「まだ修行が必要だな」
「……もう!」
アリアは一度だけ頬を膨らませたものの、すぐに自分までおかしくなった。
「えへへ」
失敗したことは、昨日と変わっていない。
それでもアリアにとって、失敗はもう謝らなければいけないだけのものではなくなっていた。
失敗しても、もう一度やってみればいい。それでもうまくいかなかった時には、こうして皆と一緒に笑うことだってできる。
アリアはそんなことをまだ知らなかったけれど、昨日より少しだけ肩の力を抜いて笑えるようになっていた。
◇
午後になると、窓から差し込む光は少しずつ金色へ変わり、長い時間動き続けていたミルの針も、ようやく最後の一針へたどり着いた。
糸を整え、小さなはさみを入れる。
ちょきん。
その音を最後に、ミルはふう、と息を吐いた。
「できたわ」
両手で持ち上げたのは、一枚の生成り色のワンピースだった。
柔らかな布が午後の日差しを受けて揺れ、裾には淡い水色の小さな花がいくつも咲いている。胸元には小さな水色のリボンがあり、背中にはそれよりずっと大きな蝶結びがついていた。
白いレースまで光を受けて、花びらのように柔らかく揺れている。
アリアは立ち上がった。
すぐに飛びつくのではなく、一歩ずつミルのところへ近づいていく。
朝からずっと見ていた布だった。
それが今、自分の目の前で、一枚の服になっている。
そっと指先を伸ばし、柔らかな布へ触れた。
「……わたしの?」
何度も言われていたはずなのに、出来上がったものを目の前にすると、もう一度聞きたくなった。
ミルは静かに頷いた。
「ええ。アリアだけのワンピースよ」
その答えを聞いた途端、アリアはワンピースを両腕で大切そうに胸へ抱き寄せた。
ぎゅっ。
朝、自分が魔法で作った布とは違い、胸へ抱いていても消えない。
ミルが一針ずつ縫い、自分の身体に合わせて作ってくれたものだから、今もちゃんと腕の中にある。
「着てみましょうか」
「うん」
名残惜しそうにワンピースを離すと、今度はこれまで着ていた大きな服へ手を掛けた。
それは、この家へ来たばかりで着るものもなかった自分へ、ルカが何も言わず貸してくれた服だった。
脱ぎ終えたアリアは、それをすぐミルへ渡さなかった。
一度だけ胸へ抱きしめる。
その様子を見ていたルカが、少し不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの?」
アリアは照れくさそうに笑った。
「……ありがとう」
一瞬きょとんとしたルカの顔が、すぐにぱっと明るくなる。
「どういたしまして!」
ミルもそのやり取りを見ながら目を細めた。
「大事に着てくれてありがとうね」
アリアは腕の中の服を見てから、小さく頷いた。
「うん」
◇
ミルがワンピースを広げる。
「はい」
アリアは促されるまま袖へ腕を通した。
するりと柔らかな布が腕を通り、肩へ落ちる。
自分の身体に合わせて作られた服は、ルカのお下がりとは着た時の感触から違っていた。
ミルはしゃがみ込んで裾を整えながら、身体のどこかが窮屈ではないか、一つずつ確かめていく。
「苦しくない?」
アリアは腕を上げ、肩を回し、今度は身体を少しひねってみた。
「うん。どこもいたくない」
「よかった」
背中へ回ったミルが、大きな水色のリボンを結ぶ。
小さな羽を潰さないよう位置を確かめながら形を整えると、蝶が羽を広げたようなリボンがふんわりと揺れた。
最後に少し離れ、袖の長さや裾の高さ、それから背中の羽が動かしにくくなっていないことまで確かめる。
「できた」
けれどアリアには、まだ自分がどんな姿になっているのか分からない。
胸元の小さなリボンへ触れ、ふんわり広がったスカートを指先でつまんでみる。
「……ふわふわ」
その一言だけで、どれほど気に入っているのかミルには十分伝わったらしい。
居間の隅に置かれていた姿見をアリアの前へ持ってくる。
「さあ、見てごらん」
◇
アリアは鏡の前へ立った。
そして、自分の姿が映った瞬間、その場でぴたりと足を止めた。
鏡の中には、淡い水色の髪と背中の小さな白い羽を持つ、いつもの自分がいる。けれど身体を包んでいるのは、朝からずっとミルの手元で少しずつ形になっていくのを見ていた、生成り色のワンピースだった。
胸元には小さな水色のリボンがあり、裾には同じ色の花が咲いている。少し身体を動かしてみると、背中の大きな蝶結びも、それに合わせてふんわりと揺れた。
アリアはしばらく動くことも忘れたように鏡を見つめていたが、やがて確かめるように一歩だけ近づいた。
鏡の中の女の子も、一歩近づいてくる。
もう一歩進んで、自分の胸へそっと手を当ててみれば、向こうの女の子もまったく同じように胸へ手を重ねた。
「……わたし?」
信じられないような、小さな声だった。
ほんの少し前まで、アリアは知らない森の中で、草や土のついた服を着て一人きりで先生を探していた。この家へ来てからは、ルカが小さい頃に着ていた大きな服を借りて過ごしていた。
けれど今、鏡の中にいる自分は、それまでとはずいぶん違って見える。
水色の髪も、白い羽も、顔だって何一つ変わっていないのに、自分の身体に合わせて作ってもらった服を着ているだけで、少しだけ知らない自分を見ているようだった。
アリアは胸元のリボンへ触れ、裾に並ぶ小さな花へ目を落とし、それからもう一度、鏡の中の自分を見た。
やっぱり、自分だった。
そう思うと、今度は急に誰かに確かめてもらいたくなった。
アリアはゆっくり振り返り、ミル、レオ、ルカの顔を順番に見た。三人とも、何も言わずにこちらを見ている。
少しだけ照れくさくなったアリアは、胸元へ手を添えたまま、小さく息を吸った。
「……かわいい?」
その一言に、三人の表情が一度にほころんだ。
「ええ。とってもかわいいわ」
ミルが嬉しそうに頷くと、レオもアリアの姿をもう一度見てから、穏やかに笑った。
「よく似合ってる」
「かわいい!」
ルカは二人よりずっと勢いよく駆け寄ってきた。
「すっごくかわいい! おひめさまみたい!」
「……ほんと?」
「ほんと!」
三人の返事を聞いた途端、アリアの頬が少しずつ緩んでいった。
もう一度鏡へ顔を向けると、そこにいる女の子も同じように照れくさそうに笑っている。
胸の中が嬉しいものでいっぱいになり、じっと立っていられなくなったアリアは、スカートの端を少しだけつまんで、その場でくるりと身体を回してみた。
ふわっ、と生成り色のスカートが花びらのように広がった。
「わぁ……!」
今まで自分からは見えなかった裾が大きく広がるのが面白くて、アリアは目を輝かせた。
もう一度回ってみる。
今度は背中の水色のリボンまで一緒に揺れ、小さな白い羽も嬉しそうにふるりと動いた。
「みて!」
勢いよく振り返ると、ルカも負けないくらい楽しそうな顔をしている。
「もう一回!」
「うん!」
アリアは嬉しそうに笑い、今度は少しだけ大きく回った。
スカートがふわりと広がり、元へ戻る。その動きが楽しくて、もう一度だけゆっくり回ってみると、今度は裾の花まで光の中を流れるように見えた。
いつの間にか、アリアの笑い声が部屋いっぱいに広がっていた。
ミルはそんな姿を眺めながら、満足そうに目を細める。
「やっぱり、この色にしてよかったわ」
「ああ。アリアによく似合ってる」
レオも頷いた。
ようやく回るのをやめたアリアは、少し息を弾ませながら胸元の小さな水色のリボンを両手でそっと包んだ。
「ありがとう」
昨日、ベッドを作ってもらった時にも言った。
さっきは、ルカから借りていた服にも言えた。
そして今度は、朝から一針ずつ、自分のためにワンピースを作ってくれたミルへ。
嬉しいと思った気持ちを「ありがとう」にして相手へ渡すことを、アリアはこの家へ来てから少しずつ覚えていた。
もう一度鏡を見る。
そこには生成り色のワンピースを着た自分がいる。
けれど、今度アリアが見ていたのは自分だけではなかった。
その後ろには、ルカとミルとレオも映っている。
昨日はレオが自分のためにベッドを作ってくれた。
今日はミルが、自分の身体に合わせた服を作ってくれた。
この家へ来た時には何も持っていなかったのに、ここで過ごす時間が増えるたび、自分のために作られたものが一つずつ増えている。
けれど、それだけではなかった。
ベッドができるまで一緒に庭で過ごした時間も、消えてしまった魔法をみんなで笑ったことも、朝からワンピースが出来上がっていくのを見ていた時間も、全部ここで過ごしたものだった。
鏡の中で笑っている三人を見ていると、それらまで一緒に映っているような気がした。
アリアは胸元のリボンをそっと撫で、それから鏡の中の三人へ向かって小さく笑った。
嬉しくなって、最後にもう一度だけ身体を回す。
ふわりと広がったスカートの向こうに、三人の笑顔が見えた。
アリアも、その真ん中で楽しそうに笑っていた。




