第37話 炉の中の小さな友だち
昼を過ぎた頃、荷馬車の揺れに混じって、かすかな異音が続いた。
がたん、ことん。
その合間に、ひとつだけ違う音が交じる。
かちん。
マルルの耳が、ぴくりと動いた。
「さっきから、音が一つ多いなの」
アリアが寝床へ手をつき、床へ耳を寄せる。
「がたん、ことん……かちん」
「ほんとだ」
ルカも身をかがめた。
二人が床へ耳をつけて並ぶと、もう一度、小さな音が響いた。
かちん。
「右の後ろだ」
ルカの猫耳が、音のする方へ向く。
エッダも耳を澄ませると、御者台へ声を掛けた。
「馬を止めておくれ」
御者が手綱を引き、馬たちの歩みを緩める。後ろを進んでいた商品用の荷馬車も、もう一人の御者が少し離れたところで止めた。
ヴァンがすぐに右後ろの車輪へ向かった。
軸へ手を伸ばし、留め金を確かめる。
「緩んでるな。すぐに外れはしないが、このまま走るのは危ない」
「村までは行けそうかい?」
「応急に締め直せば、ゆっくりなら」
ヴァンは道具を取り出し、留め金を元の位置へ押し戻した。
エッダが進む先へ目をやる。
「なら大丈夫。この先に、腕のいい鍛冶師がいる」
再び荷馬車が動き始めてからしばらくすると、山の向こうから澄んだ金属音が届いてきた。
カン。
カァン。
少し間を置いて、また音が響く。
カン、カン。
「鐘がいっぱいあるのかな」
アリアが窓から顔を出した。
音は風に乗り、近づくほど一つ一つがはっきりしてくる。
ルカの猫耳が、音の方へ向いた。
「鐘じゃないよ」
「じゃあ、何の音?」
「鉄を叩いてる」
道の先に、石造りの家が並ぶ村が見えてきた。
煙突から細い煙が上がり、近づくほど槌の音と焦げたような匂いが濃くなる。軒先には鍬や鎌、鍋や扉の金具が並び、その隣には、まだ何に使うのか分からない鉄片も置かれていた。
アリアは平たい鉄を指差した。
「あれ、スプーン?」
「まだ途中だよ」
ルカも、軒先の平たい鉄片へ目を向ける。
「途中って、何になるか決まってないの?」
「作る人は決めてると思う」
アリアは、もう一度その鉄を見た。
まだスプーンには見えない。
けれど、先の方が少しくぼんでいて、もう少しで何かになりそうだった。
二台の荷馬車は、村の奥にある大きな鍛冶場の前で止まった。
開け放たれた扉の向こうで、炉の火が赤く揺れている。
「ダグナ、いるかい!」
エッダの声に、鍛冶場の奥から返事があった。
「聞こえてるよ」
現れたのは、赤茶色の髪を太い三つ編みにした、小柄な女だった。
革の前掛けにはいくつもの焦げ跡があり、袖をまくった腕は太い。頬にも鼻の先にも黒い煤がついていた。
アリアは思わず口を開けた。
ダグナが、その顔を見て笑う。
「初めてドワーフを見る顔だね」
「分かるの?」
「口がまん丸だよ」
アリアは慌てて口を閉じた。
隣ではルカもダグナを見ていたが、その目はすぐに車輪へ戻った。
ダグナは荷馬車の右後ろへしゃがみ、軸と留め金を順に確かめる。金具を指先で揺らすと、低い音がした。
「右後ろだね。よくここまで持ったもんだ」
「音で分かるの?」
アリアが尋ねる。
「村へ入ってきたときから、余分な音がしてたからね」
「マルルも分かったなの」
マルルがノルンの腕の中で胸を張る。
「音が一つ多かったなの」
「いい耳だ」
その一言で、マルルの長い耳が誇らしげに揺れた。
「さあ、こっちだよ。馬車を鍛冶場の横につけとくれ」
アリアたちの荷馬車を操っていた御者が手綱を取り直し、鍛冶場の横へゆっくり移動させる。もう一人の御者は、商品用の荷馬車を少し離れた場所へ回した。
ダグナはヴァンとフィンに指示を出し、右の車軸の下へ太い木を組ませた。車体がしっかり支えられたのを確かめると、車輪から留め金を外す。
修理が始まると、アリアとルカはすぐに鍛冶場の中へ入ろうとした。
だが、ダグナの太い指が二人の前へ出る。
「そこまでだよ」
二人の靴先には、床へ引かれた白い線があった。
「この線の中には入るな。火の粉が飛んでも追いかけるな。置いてある鉄には触らない。守れるかい?」
「うん!」
「守る」
「なら、そこで見てな」
アリアとルカは、白い線の手前へ並んだ。
ノルンもマルルを抱いたまま、その後ろに立つ。
ダグナが炉のそばにあるふいごを動かすと、送り込まれた風を受けて炎が大きく膨らんだ。
熱い空気が押し寄せ、アリアの前髪と、ルカの猫耳の毛がふわりと揺れる。
アリアは炉の奥をじっと見つめた。
赤い炎の間で、何かが動いている。
小さな手が炭を押し、別の一人が炎の中から顔を出す。
「あっ」
「どうしたの?」
ルカが尋ねる。
アリアは炉の中を指差した。
「一人、転んじゃった」
「誰が?」
「火の中にいる子。今、立ったよ」
ルカが炉へ目を凝らす。
「火しか見えないけど」
「そこだよ。赤い子が三人……あっ、後ろにもいる。四人だ」
ノルンもアリアの指の先へ目を凝らした。
「……赤い影が動いているわ」
アリアが振り返る。
「ノルンにも見えるの?」
「ええ。でも、わたしに見えるのは影だけよ。アリアが言うような姿までは見えないわ」
ノルンは炎の奥を見つめたまま、静かに続けた。
「火の精霊ね」
「火の精霊?」
アリアとルカが同時に声を上げる。
ダグナが炉の火を確かめながら笑った。
「よく知ってるね。古い炉には、火の精霊が住みつくことがあるって、あたしもばあさまから聞いてるよ」
「ダグナにも見えるの?」
「いいや。あたしには見えない」
「見えないのに、分かるの?」
「この炉は、あたしのばあさまの、そのまたばあさまの頃から使ってるんだ。いても不思議じゃないさ」
「でも、今まで誰も見つけなかったの?」
「精霊は、姿を見せたい相手を自分で決めるそうだよ」
アリアはもう一度、炉をのぞき込んだ。
こちらを見ていた火の精霊が、にっと笑って両手を振っている。
アリアも小さく振り返した。
「何か言った?」
ルカが尋ねる。
「まだ。でも、手を振ってくれたよ」
「もう友達になったの?」
「今からなるの」
ダグナは外した留め金を火ばさみでつかみ、炉の中へ差し入れた。
小さな精霊たちが、いっせいに鉄の周りへ集まっていく。一人が炭を押し、もう一人が炎の中へ潜ると、黒かった鉄が少しずつ赤く変わっていった。
「夕焼けになった」
アリアがつぶやく。
ダグナは赤くなった鉄を取り出し、金床へ置いた。
大きな槌が振り上げられる。
カァン――!
鍛冶場いっぱいに音が響き、火の粉がぱっと飛び散った。
「わっ!」
アリアはルカの後ろへ隠れた。
けれど、すぐにその肩から顔を出す。
飛び散った火の粉の一つに、小さな精霊がしがみついていた。
白い線の近くまで来ると、くるりと身を返し、火の粉が消える前に炉の中へ飛び戻っていく。
「今の子、飛んだよ」
「また見えたの?」
「うん。火の粉に乗ってる」
もう一度、槌が下りた。
カン。
カン。
カァン――。
鉄を打つたび、小さな火の星がダグナの周りへ飛んでは消えていく。
ルカは火の粉ではなく、壁に並んだ槌を見つめていた。
「どうして、あんなにたくさんあるの?」
ダグナは鉄から目を離さずに答える。
「叩く場所と、作りたい形で使い分けるんだよ。平らにする槌、丸みをつける槌、細いところを打つ槌。みんな得意な仕事が違う」
ルカの猫耳が、ぴんと前を向いた。
「木を削る道具と同じだ」
「木工をするのかい?」
「少しだけ。作るのが好きだから」
「わたしもお手伝いするよ。お父さんが木工をするの」
アリアが白い線の手前へしゃがみ込む。
「木は叩いたらへこむけど、鉄は叩いたら形が変わるんだね」
「鉄だって、冷たいまま無理に叩けば嫌がるよ。よく熱して、色を見て、音を聞くんだ」
「鉄も嫌って言うの?」
「言うとも。聞かずに続ければ、最後は折れて教えてくれる」
アリアは赤い鉄をじっと見つめた。
「折れる前に言ってくれたらいいのに」
「ちゃんと言ってるさ。ただ、聞く方が覚えないと分からないんだよ」
ダグナの槌が、少し軽いものへ替わった。
打つ音も、先ほどより高くなる。
ルカが白い線の前で身をかがめた。
「音が変わった」
ダグナの手が、ほんの一瞬止まる。
「よく気づいたね」
「槌が小さくなったから?」
「それもある。鉄の形が整ってきたからでもあるよ」
アリアもルカと同じように身をかがめた。
二人の靴先は、白い線のぎりぎり手前にそろっている。けれど、アリアの髪とルカの猫耳は、今にも線を越えそうだった。
ダグナが横目で二人を見る。
「足は越えてないけどね」
「うん」
「髪と耳が越えてるよ」
アリアは青い髪を押さえ、ルカも猫耳を後ろへ引いた。
二人そろって半歩下がる。
けれど、次の槌が鳴ると、また少しずつ体が前へ傾いていった。
やがてダグナは形を整えた留め金を火ばさみで持ち上げ、水の入った桶へ沈めた。
ジュウッ!
白い湯気が一気に立ち上る。
「今度は鉄のお風呂!」
「お風呂にしては、入り方が乱暴ね」
ノルンが静かに言う。
「それに、すぐ出ちゃったなの」
マルルも腕の中から湯気の向こうをのぞき込む。
ダグナは冷ました留め金を布で拭き、明かりへかざした。
「よし。今夜のうちに細かいところを整えて、明日の朝、車輪へ戻そう」
「もう終わり?」
アリアとルカの声が重なった。
ダグナは二人を見比べる。
「修理を急いでほしいのか、もっと見たいのか、どっちだい?」
「もっと見たい!」
アリアがすぐに答える。
ルカも壁の槌から目を離さない。
「ほかのも作るの?」
「ああ。鍋の取っ手と、馬の蹄鉄が残ってる」
「お馬さんの靴?」
「そうだよ」
「一頭にいくつ?」
「足が四本あるだろう」
「じゃあ、四頭だから……」
アリアは外につながれた馬たちを指差しながら、指を折り始めた。
「よん、はち、じゅう……」
「十二」
ルカが横から言う。
「今、わたしが数えてるの」
「止まってたから」
「止まってないよ。考えてたの」
どこまで数えたのか分からなくなり、アリアは途中で指差しをやめて、いったん両手を開いた。
「いっぱい必要!」
「合ってるようで、一つも数えられてないね」
ダグナが笑った。
「でも、今から作るのは一つだけだよ。北の牧場から頼まれた分さ」
次に炉へ入れたのは、短くて太い鉄の棒だった。
火の精霊たちが、その周りへ集まっていく。一人が送り込まれた風へ飛び乗り、鉄の上へ着地した。
ダグナは赤くなった鉄を取り出し、金床の先端へ当てる。槌を打つたび、まっすぐだった鉄が少しずつ丸く曲がっていった。
「ほんとに靴になってきた」
アリアが目を丸くする。
「でも、どうやって履くの? ひもを結ぶところがないよ」
「釘で留めるんだ」
「お馬さんの足に?」
アリアは自分の靴を見下ろした。
「痛いよ」
「蹄は、お前さんの爪に近いんだ。痛くないところを見極めて打つ」
「間違えたら?」
「だから、誰にでもできる仕事じゃないのさ」
アリアは靴の中で、そっと足の指を丸めた。
「わたしは、馬の靴を履かせる人にはならない」
「今、決めなくてもいいと思うよ」
ルカは蹄鉄から目を離さなかった。
「馬ごとに大きさも違うの?」
「ああ。前足と後ろ足でも形が違うし、古い蹄鉄を見れば、どこがよく減っているかも分かる」
「歩き方まで分かるんだ」
「道具は、使ったやつのことをよく覚えてるからね」
ルカは外した留め金と、壁に並んだ槌を順に見た。
蹄鉄の形を整えたダグナは、鍛冶場の端から伸びている長い木の柄を指差した。
「二人とも、見てるだけじゃ手がむずむずしてきた顔をしてるね」
「してる!」
「アリアだけだよ」
そう言いながら、ルカも木の柄を見ている。
「ふいごを動かしてみるかい?」
二人はそろって白い線の内側を見た。
「入らない約束だよ」
「その柄は線の外にあるだろう。二人で同じ速さで上げ下げするんだ。急に速くしたり、止めたりするんじゃないよ」
二人は並んで柄を握った。
「いくよ」
「うん」
最初の一度は、アリアが先に押し下げた。
ルカの腕が遅れて引っ張られ、柄が途中で止まる。
「アリア、速い」
「ルカが遅いよ」
ふいごから急に送り込まれた風に、火の精霊たちが炉の中をころころと転がった。
「あっ、みんな転んじゃった!」
「精霊が?」
「うん。一人、炭に頭から入った」
ルカには見えていない。それでも柄を握り直し、アリアの顔を見た。
「じゃあ、今度は合わせよう」
「うん。この子たちが転ばないようにね」
「いち、に、でいくよ」
二人は互いの腕を見ながら、ゆっくり柄を動かした。
「いち、に。いち、に」
上げて、下ろす。
もう一度、上げて、下ろす。
ふいごから送り込まれた風を受け、炉の奥で炎が膨らんだ。
今度は火の精霊たちも転ばない。一人ずつ風へ飛び乗り、両手を広げて炎の奥まで滑っていく。
「上手に乗れたよ」
「この速さでいい?」
「うん。もう一回」
二人の腕が、同じところで上がり、同じところで止まる。
ごう、ごう、と炎が決まった間隔で大きくなった。
ダグナは火の色を確かめながら、新しい鉄を差し入れる。
「なかなか悪くないよ」
アリアの腕が、急に速くなった。
炎がごうっと大きく立ち上がり、火の精霊たちがまとめて炭の上へ転がる。
「あっ」
「褒められると速くなるのは、魔法だけじゃないのね」
ノルンが静かに言う。
「炉まで吹き飛ばす気かい」
「しないよ!」
「なら、元の速さに戻しな」
ルカが隣からアリアをのぞき込む。
「いち、に、だよ」
「分かってるもん」
二人の腕が、またゆっくりと動き始めた。
火の精霊たちは起き上がると、そろって頬を膨らませてアリアを見た。
「ごめんね」
「怒ってるの?」
「ちょっとだけ。でも、もう風に乗ってる」
「なら、大丈夫だね」
「うん。たぶん」
そのあとも、ダグナが鍋の取っ手を作り終えるまで、アリアとルカはふいごを動かした。
やがて鍛冶場の入口から、トアが顔をのぞかせた。
「ご飯ができたよ!」
アリアとルカの手が、同時に止まった。
炎が少し小さくなる。
二人は炉を見て、それから外を見た。
「もう夜?」
石造りの家々の向こうへ日は沈み、空には淡い紫色が残るだけになっていた。
「ずっと見てたから、おなかがすいたなの」
マルルがノルンの腕の中から言う。
「マルルは見てただけだよ」
「見るのもおなかがすくなの」
外へ出ると、二人の御者は馬具を外し終えたところだった。ヴァンとフィンは馬たちへ水と飼葉を与え、ロザが一頭ずつ蹄を確かめている。
右の車軸の下には太い木が組まれ、荷馬車は傾かないよう、しっかり支えられていた。
開いた布屋根の下では、大きな鉄鍋から白い湯気が上がっている。
「ダグナも一緒に食べるだろう?」
エッダが椅子を引いた。
「その鍋を前に直したのはあたしだからね。ちゃんと働いてるか、見届けないといけない」
「食べたいだけじゃないのか?」
モーリが鍋をかき混ぜながら言う。
「ははっ。それも見届けるうちに入るのさ」
鍋の中には、豆と根菜と肉を煮込んだスープがたっぷり入っていた。
アリアが木の匙ですくうと、とろりとしたスープの中から大きな芋が出てくる。
「この鍋も、最初はただの鉄だったの?」
「そうさ」
「ダグナがいっぱい叩いたから、おいしくなったのかな」
「それじゃあ、俺の料理の腕はどこへ行ったんだ?」
モーリが鍋の向こうから顔を出した。
「モーリもおいしくしたよ」
「も、なのか?」
「鍋と一緒に」
ダグナが声を上げて笑い、モーリは大きな匙を持ったまま肩を落とした。
「火の精霊も手伝ってたよ」
アリアの言葉に、トアが身を乗り出す。
「火の精霊? どこにいたの?」
「炉の中。小さい子が四人いたの」
「わたしにも、炎の中を動く赤い影は見えたわ」
ノルンが言う。
「でも、姿までは見えなかった。アリアには、ずっとはっきり見えていたみたい」
「僕には火しか見えなかったよ」
「マルルにも見えなかったなの」
ルカとマルルが続ける。
エッダがダグナへ目を向けた。
「本当に火の精霊なのかい?」
「あたしにも姿は見えないよ。だが、アリアが話した様子は、昔から伝わってる火の精霊と同じだ。悪さをするようなものじゃない」
「どうして、アリアにはあんなにはっきり見えたんだろう」
トアが不思議そうに首をかしげる。
「精霊が見せたかったんだろうね。それ以上は、あたしにも分からないよ」
アリアはスープを飲みながら、鍛冶場の方をちらりと見た。
開いた扉の奥で、一人の火の精霊が炉の縁から顔を出している。
アリアが手を振ると、小さな手がすぐに振り返された。
「今もいる?」
ルカが尋ねる。
「うん。こっち見てるよ」
夕食を終える頃には、村中に響いていた槌の音も、一つ、また一つと止んでいった。
アリアたちは荷馬車へ戻り、寝支度をする。
アリアは寝床のそばの窓へ顔を寄せた。鍛冶場からは、まだ小さな槌の音が続いている。
カン。
カン。
「留め金を仕上げてるのかな」
先に毛布へ入っていたルカが、猫耳を音の方へ向けた。
「明日の朝、車輪に取り付けるって言ってたから、たぶんそうだよ」
アリアも窓を離れ、自分の毛布へ潜り込んだ。
隣にはノルンが横になり、その間でマルルが毛布へ潜ろうとしている。長い耳だけが外に残り、ノルンがそっと中へ入れてやった。
やがて、最後の槌の音が鳴った。
カン。
しばらく待っても、もう次の音は聞こえてこない。
アリアは毛布から顔を出し、もう一度窓の外を見た。
鍛冶場の炉では、小さな火の精霊たちが炭の上へ並んで座っていた。昼間より少し小さくなった炎の中で、こちらへ向かって手を振っている。
アリアも毛布の中から手を振り返した。
「おやすみ」
「精霊に言ったの?」
「うん。みんなで並んでるよ」
ルカも窓の方を見たが、暗い鍛冶場の奥に赤い火が見えるだけだった。
「おやすみって言ってる?」
「声は聞こえないけど、手を振ってる」
「なら、もう寝なよ」
ルカの尻尾が毛布の上を動き、アリアの肩へふわりとかかった。
アリアはその先を両手で抱え、毛布へ顎をうずめる。
そのとき、鍛冶場の方から小さな音がした。
ちん。
アリアは毛布から目だけを出した。
「返事したよ」
「冷えた鉄が鳴っただけだよ」
「でも、おやすみって言ったあとだよ」
ルカは少しだけ目を開けた。
「じゃあ、返事をしてくれたのかもしれないね」
そして、もう一度目を閉じる。
「おやすみ。また明日ね」
今度は返事を待たず、アリアも目を閉じた。




