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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第33話 今日の家


 荷馬車は広場の端でゆっくりと止まった。


「よし、ここにしよう」


 エッダが辺りを見回してうなずく。


 御者が手綱をゆるめると、四頭の馬はほっとしたように大きく息を吐いた。


 ロザたちがすぐに馬のそばへ向かう。


「まずは、お前たちからだな」


 ヴァンが馬の首をぽんと軽くたたく。


 フィンは補助のハーネスを外し始めた。


 ぴんと張っていた革ひもがゆっくりと緩むと、ロザは荷馬車につながれた金具を一つずつ外していく。


 重たい音を立てながら金具が外れると、補助の馬たちはようやく肩の力を抜いたように首を振った。


「おつかれさま」


 アリアが小さくつぶやく。


 大きな輓馬も、ふぅ、と鼻から長く息を吐いた。


「よく頑張ったね」


 アリアは思わず笑顔になる。


 ルカも馬を見つめた。


「さっきまで、すごく力を入れてたもんね」


「うん」


 エッダがうなずく。


「だから着いたら一番最初に休ませてあげるんだ」


 ロザは大きな輓馬の首をゆっくりとなでた。


「よく頑張ったな」


 馬は鼻を鳴らした。


 やがて四頭の馬は順番に水を飲み始める。


「いっぱい飲むんだね」


 アリアが目を丸くした。


「坂を登ったからね」


 トアが笑う。


「人と同じだよ。たくさん動いたあとは、いっぱい休んで、いっぱい飲むんだ」


 マルルは耳をぴんと立てた。


「気持ちよさそうなの」


 アリアは水を飲む馬たちをじっと見つめる。


 誰も荷物には手を付けない。


「お馬さんが、一番なんだね」


 エッダはやさしくうなずいた。


「旅では、一番大切な仲間だからね」


 そのとき、エッダが立ち上がった。


「さて」


「今日はここが、わたしたちの家だよ」


 アリアは目をぱちくりさせた。


「家?」


「うん」


 エッダはにっこり笑う。


「旅では、泊まる場所が毎日変わるからね」


「着いた場所が、その日の家なんだ」


 アリアはあらためて、窓の外の広場を見回した。


 さっきまでただの広場だと思っていた場所が、少し違って見える。


 あちこちで焚き火の煙が立ち上り、旅人たちはそれぞれの馬車の周りで忙しく動いていた。


 笑い声が聞こえる。


 鍋をかき混ぜる音もする。


 みんな、自分たちの「家」を作っているようだった。


 アリアは思わずつぶやく。


「……ほんとだ」


「町じゃないのに、おうちがいっぱい」


 トアがくすりと笑った。


「それが野営地なんだよ」


 エッダが荷馬車の扉を開けた。


「じゃあ、降りようか」


 トアは荷台の出入り口から、ひょいと地面へ飛び降りた。


 アリアも同じように降りようとして、足を伸ばす。


「……とどかない」


「ほら、手」


 トアが差し出した手を握り、アリアは木の踏み台へ足を下ろした。


 とん、と両足が地面に着く。


 続いてルカとノルンが降りると、最後にマルルがぴょんと飛び降りた。


「着いたの!」


 マルルは長い耳を揺らしながら、広場を見回した。


「トア」


 エッダが荷馬車のそばから声を掛ける。


「家を作る前に、水場とお手洗いを教えてあげて」


「はーい」


 トアはアリアたちを手招きした。


「暗くなると分かりにくいから、今のうちに覚えておくんだよ」


 広場の中央近くには、石で囲まれた大きな井戸があった。


 旅人たちが順番に水をくみ、水筒や桶へ移している。


「あそこが水場。飲み水は、あの井戸からくむんだよ」


 トアはそこから反対側を指さした。


 広場の端には、簡素な木造の小屋が二つ並んでいる。


「あっちがお手洗い」


「ちゃんとあるんだね」


 ルカが少し驚いたように言った。


「旅人がたくさん集まるところだからね」


 トアは歩きながら振り返る。


「人が少ない場所では自分たちで穴を掘ることもあるけど、ここでみんなが好きなところに掘ったら、大変なことになっちゃうでしょ」


 アリアは広い野営地を見回し、こくこくとうなずいた。


 小屋は水場から離れた、少し低くなった場所に建てられていた。


「使ったあとは、中に置いてある灰をかけるの。管理人さんが毎日見回ってくれるから、みんなで決まりを守って使うんだよ」


「灰をかける……」


 アリアは忘れないように、小さな声で繰り返した。


「それから、暗くなったら一人で来ちゃだめ」


「どうして?」


「広場の端は暗いし、似たような馬車がいっぱい並んでるから、帰る場所が分からなくなることがあるんだ」


 トアが指を一本立てる。


「夜は、必ず誰かと一緒」


「マルルも一緒に行くの!」


 マルルが胸を張った。


「マルルじゃ、明かりを持てないだろ」


 ルカが言うと、マルルは自分の短い前足を見つめた。


「……持てないの」


 トアが吹き出す。


「じゃあ、マルルのほかに、明かりを持てる人も一緒ね」


「分かったの!」


 水場とお手洗いの場所を確かめると、アリアたちは荷馬車のところへ戻った。


「覚えた?」


 エッダが尋ねる。


「うん!」


 アリアは広場の二方向を順番に指さした。


「お水はあっち。お手洗いはあっち。暗くなったら、一人で行かないの」


「よくできました」


 エッダは満足そうに笑うと、腕まくりをした。


「それじゃあ、今度こそ始めようか」


「今日のおうち作り!」


 トアも袖をまくり、荷馬車の扉を大きく開いた。


「まずは、中を空けるよ」


 トアは荷台へ上がると、椅子の上に置かれていた籠を持ち上げた。


「これ、お願い」


「うん!」


 アリアが両手で受け取り、ルカへ渡す。ルカからノルンへ渡り、籠は荷馬車の脇へ置かれた。


 座面の下の引き出しから、毛布の包みを人数分取り出す。


 空の桶は荷馬車の脇へ運び、小さな木箱は空いた引き出しへしまった。


 みんなで順番に運ぶうちに、荷台の中はベンチ部分とテーブル、それと片側に置かれた寝具だけになった。


「これでよし」


「ルカ、こっちを一緒に支えてくれる?」


「うん。僕が持つよ」


「アリアとノルンは、少し離れていてね。手を挟んだら大変だから」


 二人は中央のテーブルを支えながら、脚の金具を外した。


 ゆっくりと脚を縮めると、天板が下がっていく。収納箱の上面より、板一枚分ほど低いところで、かちりと止まった。


「次は、こっちだよ」


 トアはベンチの背もたれを固定していた金具を外した。


 それから、座面と背もたれのつなぎ目へ手を掛ける。


「持ち上げるよ」


 ルカと一緒に持ち上げると、座面がゆっくりと起き上がった。


 座面を蝶番を支点に中央へ倒すと、くるりと裏返った。


 さっきまで座っていた面が下になり、裏側が上を向く。


「座るところが、ひっくり返った!」


 アリアが目を丸くした。


 座面の後ろ側には、もう一つの蝶番で背もたれがつながっていた。


 トアがその背もたれを座面の先へ開くと、下げておいたテーブルの上へ、ぱたんと収まった。


 収納箱の上面。


 裏返った座面。


 その先へ開いた背もたれ。


 三つの面が、段差なく一直線につながっている。


「反対側も広げるよ」


 もう一つのベンチも、同じように座面を裏返し、その先の背もたれを中央へ開いていく。


 最後の一枚が収まると、さっきまで二つのベンチの間にあった通路が、すっかり見えなくなった。


 荷台の端から端まで、広く平らな寝床ができていた。


「なくなっちゃった……」


 アリアは恐る恐る中へ入り、手のひらで板を触った。


「お椅子、どこに行ったの?」


「ここだよ」


 トアが足元を指さす。


「昼は椅子で、夜は寝るところになるんだ」


「同じものなの?」


「そう。同じもの」


 アリアは板の上と、先ほどまで椅子があった場所を何度も見比べた。


「馬車、変身したね」


「ほんとだね」


 トアが笑いながら、丸めてあった敷物を広げる。


 アリアたちも端を持ち、しわにならないように引っ張った。その上へ厚い敷布と毛布を並べると、固そうだった板の間が、少しずつ柔らかな寝床へ変わっていく。


「僕たち、ここで寝るの?」


 ルカが尋ねた。


「そうだよ」


 エッダは毛布の端を整えた。


「今夜はあなたたちも、ここでおやすみ」


 アリアは靴を脱ぐと、さっそく寝床へ上がった。


 端から端まで、四つんばいになって進んでみる。


「広い!」


「お昼より広くなったなの!」


 マルルも敷物の上へ跳び乗り、長い耳を揺らした。


「寝るときは走らないでよ」


「まだ寝ないから大丈夫なの!」


「そういうことじゃないと思うよ」


 ルカが言うと、トアが吹き出した。


 荷馬車の外でも、家作りが進んでいた。


 ロザたちは荷馬車の側面から布屋根を広げ、柱を立てて綱を張っている。その下へ折り畳み式の机と椅子が運ばれ、水の入った桶や食器の籠が順番に並べられていった。


 少し離れた火床では、ヴァンが薪を組み、フィンが鍋を運んでいる。


 何もなかった荷馬車の周りに、屋根ができた。


 食事をする場所ができた。


 眠る場所もできた。


 エッダが荷馬車の柱へランタンを掛けると、広場の一角に小さな明かりがともった。


 アリアは荷台の端へ座り、自分の白いポシェットを寝床の隅へ置いた。


 その隣へ、ルカの荷物が置かれる。


 ノルンも静かに腰を下ろし、マルルは三人の間へ丸くなった。


「できた……」


挿絵(By みてみん)


 アリアは屋根の下に並んだ机と、明かりのともったランタンを見回した。


「ほんとに、おうちになったね」


「まだだよ」


 トアが腰へ手を当てる。


「え?」


「おうち作りの仕上げが残ってる」


 アリアが首をかしげると、トアのおなかが、くぅ、と小さく鳴った。


「晩ごはん!」


 アリアの顔がぱっと明るくなる。


「お手伝いする!」


「マルルもするなの!」


「まずは寝床から下りておいで」


 エッダの声に、荷台の中から笑い声が広がった。

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