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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第32話 新しい景色


 荷馬車は、街道を軽快に走っていた。


 アリアは後ろを振り返り、昼休みに立ち寄った木陰を見送っていたが、やがてエッダの声に振り返った。


「みんな、ちょっといいかい」


 エッダが、座席の間にあるテーブルへ地図を広げていた。


 トアが地図の端を押さえ、揺れに合わせて浮きそうになる紙を手でなでる。


 アリアたちも席を立ち、テーブルのそばへ集まった。


「今いるのは、この辺りだよ」


 エッダが街道の上を指で軽くたたく。


 それから、一本の道をゆっくりとなぞっていった。


「このまま街道を進んで、日が暮れる前にここまで行く予定だ」


「ここまで?」


 アリアは目を丸くした。


「けっこう遠いね」


「馬車なら、夕方までには着けるよ」


 エッダの指が、道の途中で止まった。


「ただ、この辺りに長い坂があるんだ」


「坂?」


「荷物をたくさん積んだ馬車には、少し大変な道だね。馬たちの様子を見ながら、ゆっくり上るよ」


 アリアは窓の向こうへ目を向けた。


 大きな馬の背中が、歩くたびにゆったりと上下している。


「お馬さんたち、だいじょうぶ?」


「うちの馬はみんな力持ちだよ」


 トアが地図の横から顔を上げる。


「それでも、坂を上るときは護衛の馬にも手伝ってもらうことがあるんだ」


「ロザたちの馬も?」


「そう。荷馬車の前につないで、一緒に引いてもらうの」


 アリアはもう一度、馬たちを見た。


 あの大きな馬が、もっと増える。


 荷馬車の前へずらりと並ぶ姿を思い浮かべた。


 坂道を力いっぱい引っ張る姿を思うと、胸がわくわくした。


「見てみたい……」


「ははっ、これから見られるよ」


 エッダは笑って、指を地図の上へ戻した。


「坂を越えたら、あとはなだらかな道だ。今日はこの辺りで野営するよ」


 アリアは、地図に示された場所をじっと見つめた。


 道は、その先にもまだ長く続いている。


「グラナは、もっと先?」


「まだ何日もかかるね」


 トアが答え、馬車の扉を留めている金具へ手を伸ばした。


「でも、この馬車にはもうグラナのものがたくさんあるんだよ。」


「え?」


トアが扉の蝶番を指さした。


「この金具。」


「荷台を留めてる金具も、車輪に使ってる鉄も、みんなグラナで作ってもらったんだ。」


アリアは目を丸くした。


「町で作ってるの?」


「うん。」


「グラナは鉱山がある町だから、鉄製品がとっても有名なんだ。」


「……すごい。」


 アリアは馬車の中をぐるりと見回した。


「あれも、これも?みんなグラナで作ったの?」


「そういうこと。」


 まだ見たことのない町が、ほんの少しだけ近くなったような気がした。


 アリアが蝶番へそっと触れたとき、馬車が小さく跳ねた。


「わっ」


 慌ててテーブルへ手をつく。


 地図の端がふわりと浮き、トアが素早く押さえた。


「この続きは、着いてからだね」


 エッダは地図をたたむと、窓の外へ目を向けた。


 午後の街道が、まっすぐ前へ伸びていた。


     ◇


 しばらくの間、荷馬車は街道を軽快に走り続けた。


 風が草原を渡り、小さな白い花がゆらゆらと揺れる。


 時折、小鳥が馬車の前を横切り、遠くでは羊の群れが草を食んでいた。


 アリアは景色を眺めながら、小さく息をつく。


「羊さんたちも、気持ちよさそう。」


「今日は天気もいいからね。」


 トアが窓の外へ目を向ける。


 遠くに、長く続く上り坂が見えてくる。


「坂って、あれがそうなのかな。」


 アリアが指差す。


 エッダはうなずいた。


「そう。あれがさっき話した坂だよ。」


 御者が手綱を少し引く。


 馬たちの歩く速さがゆっくりになる。


 坂の手前で、馬車が静かに止まった。


「あれ? 止まった。」


 アリアは後ろへ駆け寄った。


 後ろの幌が少しだけ巻き上げられている。


 そこから、そっと外をのぞき込む。


「ぼくも見る。」


 ルカとマルルも隣へやって来た。


 二人は並んで後ろをのぞき込んだ。


「見える?」


 アリアが聞く。


「うん!」


 ルカがうなずいた。


 ロザたちは慣れた手つきで革のハーネスを馬へ取り付けていく。


 フィンとヴァンが太い補助綱を運び、金具へ掛ける。


 革がきしりと音を立てた。


 アリアはさらに幌の開いたところへ顔を近づけた。


「お馬さんたちも手伝うの?」


「そうだよ。」


 エッダが後ろを振り返る。


「荷物を積んだ馬車は重いからね。」


「坂では護衛の馬にも力を貸してもらうんだ。」


 準備が終わる。


 前には二頭。


 その左右へ護衛の馬が並ぶ。


「行くぞ!」


 御者の声が響き、馬たちが一斉に体を低くする。


 革の綱がぴんと張った。


 四頭の馬が、力強く地面を蹴る。


 ぎしり、と重たい音を立てながら、荷馬車はゆっくり坂を登り始めた。


「すごい……。」


挿絵(By みてみん)


 アリアは思わず息をのんだ。


 馬達は、息を合わせるようにゆっくりと歩を進める。


 ごとん、ごとん。


 車輪が石を踏み越え、そのたびに荷馬車が小さく揺れた。


 坂は思っていたよりも長い。


 馬たちは首を低くし、前へ前へと力を込めて進んでいく。


「すごいね……。」


 ルカも思わずつぶやいた。


 アリアは黙ったまま見つめていた。


 一歩。


 また一歩。


 少しずつ坂を登るたび、馬たちの肩が大きく上下する。


 やがて、白い息が短く漏れ始めた。


 首筋にはうっすらと汗がにじみ、たてがみがしっとりと濡れていく。


 それでも四頭は歩みを止めない。


 力を合わせ、一歩ずつ坂を登っていく。


 アリアはぎゅっと両手を握った。


「……がんばれ。」


 小さな声だった。


 けれど、その声は風に乗って馬たちへ届いていくようだった。


 隣でルカも小さくうなずく。


「あと少し。」


 まるで馬たちに話しかけるようにつぶやく。


 マルルも耳をぴんと立て、馬たちをじっと見つめていた。


 やがて勾配は少しずつ緩やかになり、御者が振り返って大きく笑う。


「もうひと踏ん張りだ!」


 四頭の馬が最後の力を合わせるように地面を蹴る。


 荷馬車はゆっくりと坂の頂上へたどり着いた。


 四頭の馬は歩調をゆるめ、そのまま平らな道を歩き続ける。


「よし。」


 御者が小さく息をついた。


 四頭の馬は歩調をゆるめ、そのままゆっくりと歩き続ける。


 荒かった息も少しずつ落ち着き、首筋ににじんだ汗が午後の陽射しにきらりと光った。


「がんばったね。」


 アリアはほっとしたように笑った。


 ロザたちは補助の馬をつないだまま、しばらく歩かせている。


 急いで外すより、馬たちの息が整うまでこのまま進むのだろう。


 アリアが何気なく前を向いた、そのときだった。


「……あっ。」


 思わず声が漏れる。


 さっきまで目の前をふさいでいた坂の向こうに、新しい景色が広がっていた。


 遠くまで続く山、山、また山。


 緑に包まれた山々が幾重にも重なり、その間を縫うように街道が続いている。


 近くには大きな岩肌が顔をのぞかせ、さらに遠くには白くかすんだ高い山並みまで見えた。


「……お山が、いっぱい。」


 アリアは目を丸くした。


「向こうにも……また、お山。」


 見渡しても、どこまでも山が続いている。


 こんな景色は初めてだった。


「ここから先は山の多い土地なんだ。」


 エッダがアリアの隣へ来て微笑む。


「グラナも、この山々のどこかにあるよ。」


「このお山の中に?」


「そう。」


 トアもうなずく。


「鉱山がたくさんある町だからね。これからは、こういう景色が増えていくよ。」


 アリアはもう一度、山々を見つめた。


「お山って、こんなにたくさんあるんだ……。」


 見渡すかぎり、山が連なっている。


 一つ越えても、その向こうにまた一つ。


 さらにその向こうにも、青くかすんだ山並みが続いていた。


「どこまで行っても、お山だね。」


「うん。」


 エッダはうなずいた。


「グラナまで行く道は、こういう山道が続くんだ。」


「まだまだ坂もあるよ。」


 トアが笑う。


「今日のは、その最初の一つ。」


「えぇっ。」


 アリアは思わず目を丸くした。


「まだあるの?」


「もちろん。」


 トアは楽しそうに笑う。


「でも安心して。街道はちゃんと整備されてるし、わたしたちは何度も通ってるから。」


 アリアはもう一度、山々へ目を向けた。


 こんな景色の中を、何日も旅する。


 考えただけで胸がどきどきする。


「早く行ってみたい。」


 ルカがくすりと笑った。


「さっきまで『お山がいっぱい』って驚いてたのに。」


「だって。」


 アリアは山を指さした。


「まだ見たことのないものが、いっぱいありそうなんだもん。」


 エッダは、そんなアリアを見て目を細めた。


「グラナへ着くころには、もっとびっくりする景色が待ってるよ。」


「ほんと?」


「うん。」


 アリアは期待に胸をふくらませながら、もう一度窓の外を眺めた。


 荷馬車は山道をゆっくりと進んでいく。


 道の脇には大きな岩が顔をのぞかせ、切り立った斜面には背の高い木々が並んでいた。


 鳥の鳴き声が谷へ響き、吹き抜ける風は平原より少しだけひんやりとしている。


「風が気持ちいいね。」


「山の風だからね。」


 トアがにっこり笑う。


「もう少し進めば、今日の野営地だよ。」


「もう着くの?」


「うん。山道は平らなところが少ないから、泊まれる場所も決まってるんだ。」


 アリアは窓の外を見回した。


 どこを見ても木と岩ばかりで、人が泊まれそうな場所は見当たらない。


「どこで泊まるんだろう……。」


 そんなことを考えていると、荷馬車は大きく右へカーブした。


 街道をもうしばらく進むと、前を走る御者が声を上げた。


「見えてきたぞ!」


 山道が大きく右へ曲がる。


 その先で、木々がふっと途切れた。


「わぁ……。」


 アリアは目を丸くする。


 そこには山あいを切り開いた広場が広がっていた。


 街道の脇を澄んだ小川が流れ、その周りには何台もの荷馬車が止まっている。


 荷台の横では馬が草を食み、あちこちで小さな焚き火から白い煙が立ち上っていた。


 旅人たちの笑い声。


 鍋をかき混ぜる音。


 木を割る音。


 初めて聞く、旅人たちの夕暮れだった。


「こんなにたくさん。」


 アリアは思わずつぶやく。


「みんな旅をしてるの?」


「そうだよ。」


 エッダがうなずく。


「グラナへ向かう商隊もいれば、山を越えて反対側へ行く旅人もいる。」


「今日はここで一晩休んで、明日の朝また出発するんだ。」


 荷馬車は広場の奥へゆっくりと進んでいく。


 すると、近くで荷物を降ろしていた商人がエッダに気づき、大きく手を振った。


「おう、エッダ!」


「久しぶりじゃないか!」


「あら、本当に久しぶりだね。」


 エッダも笑顔で手を振り返す。


「そっちはもう帰りかい?」


「ああ。グラナで荷を降ろして戻るところだ。」


 そんなやり取りを聞きながら、アリアはきょろきょろと辺りを見回した。


 自分たち以外にも、こんなにたくさんの人が旅をしている。


 山の中なのに、そこだけは小さな町のようににぎわっていた。


 旅人たちの笑い声が、夕暮れの空へゆっくりと溶けていく。


 アリアは胸を弾ませながら、その景色を見つめた。

お読み頂きありがとうございます♪

今日もまたやらかしていました。やらかしたところは修正済みです。

読み返すと、あれ?って言うところが結構あって。

その度にちょこちょこ直してます。

呆れずにお付き合い頂けると幸いです。

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