第31話 旅のきまり
カッポ、カッポ。カッポ、カッポ。
馬たちが歩くたびに、馬車がリズムよく揺れる。
昨日はあんなに頑張って歩いたのに。
今日は座っているだけで、景色がどんどん後ろへ流れていく。
前に乗せてもらった荷馬車より、もっと速い。
「すごい……。」
アリアは思わず窓へ身を乗り出した。
「大きいお馬さんって、こんなに速いんだ。」
窓から吹き込む春風が、前髪をふわりと揺らす。
「あっち、お花がいっぱい!」
白や黄色の花が道ばたを流れていく。
少し遠くでは、小鳥が馬車を追いかけるように飛んでいた。
「ほんとだ。」
トアも外をのぞいて笑う。
「春は旅をするのに気持ちがいい季節なんだよ。」
「お花もいっぱいだしね!」
アリアはうれしそうに笑った。
今度は反対側の窓から顔を出してみる。
さっきまでいた場所が、もうずいぶん遠くなっていた。
「わぁ……。」
なんだか空まで近くなった気がする。
朝の風は少し冷たいけれど、とても気持ちいい。
アリアは胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「草のにおいがする!」
春の風は、草原の香りをたっぷり運んできた。
ルカも思わず大きく息を吸う。
「気持ちいいな。」
ノルンも窓の外へ目を向けた。
マルルは窓へ前足を掛けたまま、耳を風になびかせている。
「きもちいいなの。」
アリアは頬に当たる風を受けながら、もう一度流れていく景色を眺めた。
歩く旅も楽しかった。
でも、馬車に揺られて進む旅も、なんだかわくわくする。
しばらく景色を眺めていると、道ばたの花も、草原も、遠くの森も、少しずつ見慣れてきた。
「……。」
アリアは小さくあくびをした。
ぽかぽかした春の日差し。
ゆらり、ゆらりと揺れる馬車。
規則正しく響く馬の足音が、子守歌みたいに聞こえてくる。
ふと隣を見ると、ルカは腕を組んだまま目を閉じていた。
「ルカ、ねちゃった。」
くすっと笑う。
ノルンもマルルを抱いたまま、こくり、こくりと舟をこいでいた。
マルルまで目を細めて、うとうとしている。
「みんな、ねむいんだね。」
アリアは窓の外へもう一度目を向けた。
流れていく景色も、やわらかな春風も、なんだか少しずつ遠くなっていく。
まぶたが、ゆっくりと閉じた。
◇
「アリア。」
やさしい声に、アリアはゆっくり目を開けた。
「……ん。」
馬車はいつの間にか止まっていた。
窓の外では、大きな木が枝を広げ、その下で大人たちが降りる準備をしている。
「お昼休憩だよ。」
トアがにっこり笑った。
アリアは体を起こすと、ぐーっと両手を伸ばした。
「ふわぁ……。」
その隣では、ルカも眠そうに目をこすっている。
アリアは立ち上がろうとした。
「ちょっと待って。」
トアがやさしく声を掛ける。
「馬車が止まっても、すぐには降りないよ。」
「そうなの?」
「うん。大人が周りを確認して、『降りていいよ』って言ってから。」
「わかった!」
アリアはもう一度、席へ座り直した。
しばらくすると、外からロザの声が聞こえた。
「大丈夫です。」
エッダが荷台をのぞき込む。
「みんな、降りていいよ。」
「はーい!」
アリアはぴょんと馬車を降りた。
足元の草が、ふんわりと揺れる。
「わあ。」
大きな木の下には、ひんやりとした木陰が広がっていた。
近くでは馬たちが大きな水桶へ顔を寄せ、夢中で水を飲んでいる。
「いっぱい飲んでる。」
アリアは思わず近づこうとした。
「アリア。」
トアが手招きする。
「馬の後ろは通らないでね。」
「うん!」
アリアは大きくうなずくと、馬の前の方へ回った。
「こんにちは。」
馬は耳をぴくりと動かし、また静かに水を飲み始めた。
その様子を見ていると、アリアも喉が少し渇いてきた。
「……あ。」
教会でシスターが言っていた言葉を思い出す。
『喉が渇く前に、お水を飲みましょうね。』
アリアは肩から水筒を外し、こくりと一口飲んだ。
「おいしい。」
春の風が木陰を吹き抜ける。
その時。
「そろそろお昼にしよう!」
モーリの明るい声が響いた。
「何か手伝うことある?」
アリアが聞くと、モーリがにっこり笑った。
「もちろん!」
そう言って、木箱の中から木のお皿を三枚取り出した。
「これを並べてもらえるかな。」
「うん!」
アリアは両手でお皿を抱える。
「ノルン、一緒にやろ!」
「ええ」
二人は木陰へ駆けていく。
「ここ?」
「うん、その辺で大丈夫。」
アリアはお皿を一枚。
ノルンも隣へ一枚。
少し間を空けて、もう一枚。
「できた!」
「ありがとう。」
モーリは鍋のふたを開けた。
ふわりと湯気が立ち上る。
「わあ……。」
大きな鍋の中では、じゃがいもやにんじん、玉ねぎが、ごろごろと顔をのぞかせている。
その間を、一口大のお肉がゆっくりと泳ぐように煮えていた。
「おいしそう!」
「今日は野菜たっぷりのスープだよ。」
モーリはにっこり笑う。
「朝早く作っておいたんだ。」
「え?」
アリアは目を丸くした。
「馬車、ずっと走ってたのに、お料理できるの?」
「走りながらは難しいよ。」
モーリは笑いながら首を振る。
「朝、みんなより少し早く起きて作っておくんだ。」
「そうなんだ!」
「お昼は温め直すだけだからね。」
「なるほど!」
モーリは木のおたまでスープをよそう。
湯気と一緒に、お肉のいい香りが広がった。
フィンが焼きたての丸パンを入れたかごを運んでくる。
「パンもどうぞ。」
「わぁ!」
こんがり焼けた丸パンが、かごいっぱいに並んでいる。
さらにヴァンが、小さな木皿を並べた。
中には赤い木いちごと、黄色く熟した小さな果物が盛られている。
「今日は果物もあるよ。」
「やったぁ!」
アリアの顔がぱっと明るくなる。
「みんな、できたよ。」
エッダが声を掛ける。
商隊のみんなが木陰へ集まり、それぞれスープを受け取った。
アリアたちも並んで座る。
みんなが席に着くと、モーリも最後に鍋を置いて腰を下ろした。
「それじゃあ。」
エッダがみんなを見回す。
「いただきます。」
「いただきます!」
木陰に元気な声が重なる。
アリアはスプーンでスープをすくった。
ふう、ふう。
息を吹きかけて、一口。
「おいしい!」
野菜はやわらかく煮えていて、お肉のうまみがスープに溶け込んでいる。
朝から馬車に揺られていたせいか、あたたかいスープが体の中へすっと染み込んだ。
「パンもどうぞ。」
フィンがパンかごを差し出す。
「ありがとう!」
アリアは丸パンを一つ受け取ると、半分に割った。
湯気がふわりと立ちのぼる。
「いいにおい。」
少しだけスープに浸して口へ運ぶ。
「これもおいしい!」
「気に入ってもらえてよかった。」
モーリがうれしそうに笑った。
ルカもパンをちぎってスープへ浸す。
「この食べ方、好きなんだ。」
「ぼくも。」
マルルは小さなお皿から果物を抱えるように持ち上げる。
「あまいなの!」
その声に、みんなが思わず笑った。
ノルンも小さく笑みを浮かべながら、スープを口に運ぶ。
「温かいわ。」
「旅のご飯って、おいしいね。」
アリアが言うと、エッダが目を細めた。
「外で食べるからかな。」
「それとも、みんなで食べるからかも。」
トアがそう言うと、アリアは辺りを見回した。
木漏れ日の下で、みんなが笑いながらパンをちぎり、スープを飲んでいる。
風が葉を揺らし、馬たちは少し離れた場所でのんびりと草を食べていた。
アリアはにこっと笑う。
「どっちも!」
しばらくの間、木陰には食器の触れ合う音だけが響いていた。
パンをちぎる音。
スープをすする音。
馬たちが草を食む音も、風に乗って聞こえてくる。
「そういえば。」
モーリがパンを口へ運びながら笑った。
「みんなは好き嫌いってあるの?」
アリアは首をかしげる。
「きらいなもの?」
「うん。」
「ないよ!」
元気よく答える。
「何でも食べるの?」
トアが驚いた。
「うん!」
アリアは胸を張る。
「お母さんのお料理、みーんなおいしいもん!」
モーリが思わず吹き出した。
「それはお母さん、うれしいだろうなあ。」
アリアはにこにことスープを飲む。
「ルカは?」
フィンが尋ねる。
ルカは少し考えてから答えた。
「ぼくも、あんまりないかな。」
「ノルンは?」
ノルンはスプーンを置いて、小さく笑う。
「わたしも、特には。」
「優秀だ。」
ヴァンが感心したようにうなずく。
「旅をしてると、好きなものばかり食べられるわけじゃないからね。」
「そうなの?」
アリアが聞く。
「町によって手に入る食べ物が違うんだ。」
エッダがパンをちぎりながら言った。
「パンがおいしい町もあれば、魚がおいしい町もある。」
「果物が有名な町もあるよ。」
トアが続ける。
「へぇ……。」
アリアの目がきらりと輝く。
「じゃあ、これからいろんなおいしいものが食べられるんだ!」
一瞬、みんなが顔を見合わせる。
そして。
「あははは!」
笑い声が木陰いっぱいに広がった。
エッダは笑いながらうなずく。
「そうだね。」
「それも旅の楽しみの一つだよ。」
アリアはうれしそうに丸パンをもう一口ほおばった。
食事を終えると、モーリは空になったお皿を重ね始めた。
「あっ。」
アリアは立ち上がる。
「わたしも手伝う!」
「お願いしてもいいかな。」
「うん!」
アリアは木のお皿を両手で抱えた。
ノルンも静かに立ち上がる。
「わたしも。」
二人でお皿を運び始めると、ルカはパンかごを持ち上げた。
「これはこっち?」
「ありがとう。」
モーリは笑顔で受け取った。
食器を片付け終えるころには、大人たちはもう馬車の周りで動き始めていた。
馬たちの体をやさしくなでる人。
荷物を積み直す人。
水桶を片付ける人。
誰も急いでいる様子はないのに、少しずつ出発の準備が整っていく。
「すごい……。」
アリアは思わずつぶやいた。
「みんな何も言ってないのに。」
トアはうれしそうに笑う。
「毎日やってるからね。」
その時だった。
「トア。」
エッダが手を挙げる。
「荷縄、お願い。」
「はーい!」
トアは元気よく返事をすると、馬車の後ろへ駆けていった。
アリアはその様子を目で追う。
荷物が揺れないように、一つ一つ確かめながら縄を締めていく。
「トアも、お仕事してるんだ。」
「見習いだからね。」
トアは照れくさそうに笑った。
「まだ覚えること、いっぱいあるんだ。」
アリアは大きくうなずく。
「わたしも!」
「え?」
「いっぱい覚えたい!」
その言葉に、エッダもモーリも思わず顔を見合わせる。
「その気持ちがあれば大丈夫。」
エッダはやさしく笑った。
「旅は、毎日が勉強だからね。」
荷物を積み終えると、ロザが馬車の前へ歩いていった。
「準備できました。」
エッダがうなずく。
「それじゃあ、出発しよう。」
子どもたちの方を振り返る。
「その前に。」
「お手洗いは大丈夫?」
「次の休憩までは少しかかるよ。」
三人は顔を見合わせた。
「だいじょうぶ!」
アリアが元気よく答える。
ルカもうなずく。
「ぼくも。」
ノルンも小さく答えた。
「ええ。」
「よし。」
エッダは笑顔でうなずいた。
「じゃあ、出発!」
御者たちが手綱を握る。
馬たちがゆっくりと歩き始めた。
アリアたちはもう一度馬車へ乗り込む。
木陰が少しずつ遠ざかっていく。
馬車は春風の中を、次の町へ向かって走り出した。
お読み頂きありがとうございます。
パソコンでメモ帳から貼り付ける時に同じ内容が重複してしまいましたので訂正しました。
先日、完結までのプロットや設定をまとめてたら、Wordで300ページ近くになってました。( ̄▽ ̄)
多分これから3倍ぐらいに増えると思う。
名前を覚えるのが苦手なので、作った資料と見比べながら作業しているのですが、間違ってたらごめんなさい。
気がついた方は、教えていただけると嬉しいです。1日1話を目処に投稿していくので、これからもよろしくお願いします。また、★をつけていただくとモチベーションが爆上がりします。(((o(*゜▽゜*)o)))♡




