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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第31話 旅のきまり


 カッポ、カッポ。


 一定の速さで響く馬の蹄の音に合わせるように、馬車の床がごとん、ことんと小さく揺れていた。


 アリアは窓のそばに座り、さっきから何度も外を見ている。


 これまでは、自分の足で一歩ずつ進んでいた。


 暑くなれば休み、疲れれば歩く速さを落とし、それでも目的地までは自分たちで進まなければならなかった。


 けれど今日は違う。


 ベンチへ座っているだけなのに、道端の草も、木も、遠くに見える丘も、次々に後ろへ流れていく。


「すごい……」


 思わず声が漏れた。


「昨日より、ずっと速い」


「そりゃ馬車だからね」


 向かいに座っていたトアが笑う。


「それに、この馬たちは大きいからね。荷物を積んでいても、平らな道なら結構進むよ」


「ずっと走れるの?」


「ずっとは無理だよ」


「お馬さんも疲れる?」


「もちろん」


 アリアは窓から少し身を乗り出し、前方へ目を凝らした。


 馬車を引く馬の背中はここからではほとんど見えない。


 けれど、規則正しく続く蹄の音を聞いていると、さっき触った大きな栗色の馬が、自分たちを引いて歩いてくれているのだと分かる。


「そっか」


 アリアはもう一度ベンチへ座り直した。


「お馬さんが歩いてくれてるんだね」


「そうだよ」


 今までは、自分たちが疲れたら休んでいた。


 今度は、自分たちが座っている間にも、馬たちはずっと歩いている。


 そう思うと、さっきまでただ楽しいだけだった蹄の音が、少し違って聞こえた。


 窓から入ってくる朝の風が、水色の髪を揺らしていく。


 まだ日が高くないせいか、風には涼しさが残っていた。


「あっ!」


 アリアが急に窓の外を指した。


「お花!」


 街道の脇に、小さな白や黄色の花がいくつも咲いている。


 馬車が進むたび、その花の群れがあっという間に後ろへ消えていった。


「いっぱいある!」


「この辺りは、街道のそばにもよく咲くんだよ」


 トアも窓の外を見る。


「もう少し暑くなると、昼間は窓を開けてるのも大変になるけどね」


「暑いの?」


「暑いよ。馬車の中も」


「じゃあ、今がいいね」


「朝のうちはね」


 アリアは頬に当たる風を楽しむように目を細めた。


 草の匂い。


 少し湿った土の匂い。


 馬車の中に残る木と布の匂い。


 教会を出た時には、知らない場所へ向かうことばかり考えていたけれど、こうして進んでみると、旅の仕方が変わるだけで感じるものまで随分違う。


「気持ちいいね」


 ルカも窓の外へ顔を向けている。


「うん!」


 アリアは大きく頷いた。


 ノルンも静かに景色を眺め、その膝の上ではマルルが窓から入る風に長い耳を揺らしていた。


「風がいっぱいなの」


「飛んでいかないでね」


「飛ばないなの」


「耳だけ飛んでいきそう」


「飛ばないなの!」


 マルルが慌てて両耳を前足で押さえる。


 アリアが笑った。


 そんなやり取りをしているうちにも、馬車は止まることなく街道を進んでいく。


 最初は、流れていく草原も、馬のひづめの音も、車輪が石を踏むたびに少し大きくなる揺れも、何もかもが珍しかった。


 けれど、一刻ほど経つ頃には、その全部が少しずつ身体へ馴染んできた。


 ごとん。


 ことん。


 ごとん。


 ことん。


 揺れに合わせて身体が小さく左右へ動く。


 窓から差し込む日差しも、朝より少し暖かくなっていた。


「…………」


 アリアの口が小さく開いた。


「ふぁ……」


 あくびが一つ。


 すぐ隣から声がした。


「眠い?」


「眠くないよ」


 ルカだった。


 そう言った本人も、ベンチへ背中を預けたまま目が半分ほど閉じている。


「ルカも眠そう」


「僕は眠くない」


「同じ顔してるよ?」


「してない」


 そう答えたあと。


 しばらくすると、ルカの目は完全に閉じた。


「寝た」


 アリアが小さく笑う。


 反対側を見ると、ノルンも壁へ背を預けながら静かに目を閉じていた。


 その膝の上では、マルルまで丸くなっている。


「みんな寝ちゃった」


 アリアはもう一度窓の外を見た。


 まだ見ていたい。


 せっかく馬車へ乗ったのだから、流れていく景色をずっと見ていたかった。


 けれど。


 ごとん。


 ことん。


 同じ速さで続く揺れが、いつの間にかとても心地よくなっている。


 まぶたが重くなった。


 アリアは一度だけ目を大きく開けようとした。


 それでも、次に瞬きをした時には。


 そのまま、ゆっくり目を閉じていた。


     ◇


「アリア」


 誰かに呼ばれた。


「……ん」


「アリア、着いたよ」


「グラナ?」


「早すぎるよ」


 くすくす笑う声に、アリアはようやく目を開けた。


 目の前に、トアの顔がある。


「……トア?」


「おはよう」


「朝?」


「まだお昼」


「…………」


 寝ぼけたまま周りを見る。


 馬車は止まっていた。


 窓の外には、さっきまで流れていた草原の代わりに、大きな木の幹が見えている。


 枝が広く張り、その下へ濃い影を落としていた。


「お昼休憩だよ」


「お昼?」


 そんなに寝ていたのだろうか。


 アリアは身体を起こし、両腕を上へ伸ばした。


「ふわぁ……」


 隣ではルカも目をこすっている。


「ルカも寝てた」


「アリアもね」


「わたしはちょっとだけ」


「僕も」


「いっぱい寝てたよ」


「アリアに言われたくない」


 言い返そうとして、アリアは馬車の外で人が動いているのに気づいた。


「降りる!」


 立ち上がろうとしたところで。


「ちょっと待って」


 トアに止められた。


「まだだよ」


「もう止まってるよ?」


「止まったからって、すぐ降りちゃだめ」


「どうして?」


 トアは窓の外を指した。


 ロザが周囲を見回し、その少し先ではフィンが街道の脇や木立の方を確認している。


「まず護衛の人たちが、休める場所かどうか確かめるの」


「危ないものがいないか?」


 ルカが聞いた。


「そう。人も、獣も。それに道の状態とかもね」


 アリアも窓の外を見た。


 ただ大きな木があるから、ここで休むのだと思っていた。


 けれど、馬車を止めるだけでも、先に確かめなければならないことがあるらしい。


「毎回するの?」


「毎回」


「大変だね」


「慣れてるから大丈夫」


 少しすると、外からロザの声がした。


「問題ありません」


 それを聞いて、エッダが馬車の入口から顔を出した。


「みんな、降りていいよ」


「はーい!」


 今度こそ、アリアは階段を下りた。


 地面へ足がついた瞬間。


「わ……」


 思っていたより、足がふわふわした。


 ずっと揺れる馬車に乗っていたせいだ。


 立っている地面は動いていないのに、身体の方だけがまだ小さく揺れているような気がする。


「変なの」


「最初はそうなるよ」


 トアが笑った。


「そのうち慣れるから」


「トアもなった?」


「昔はね」


「じゃあ、わたしも慣れる!」


「そこも競争するの?」


「する!」


 アリアは何歩か歩いてみた。


 最初のふわふわはすぐに消え、代わりに草を踏む感触が足の裏へ戻ってくる。


 大きな木の下には、馬車二台が入ってもまだ余るほど広い木陰ができていた。


 朝より高くなった日差しはもう強く、木陰へ入った途端、空気まで少し涼しく感じられる。


 少し離れたところでは、馬車を引いてきた馬たちが大きな水桶へ顔を寄せていた。


「いっぱい飲んでる」


 アリアがそちらへ歩きかける。


 けれど。


 一歩進んだところで、自分から足を止めた。


 今朝、ヴァンに教えてもらったことを思い出したのだ。


 馬の後ろへ行かない。


 顔が見える方から近づく。


 アリアは少し遠回りして、馬の前側へ回った。


 それを見ていたヴァンが、何も言わずにわずかに頷いた。


 アリアはそれには気づかなかった。


「いっぱい飲むね」


「馬も朝からずっと歩いてるからな」


 ヴァンが水桶へ目を向ける。


「水を飲ませて、少し休ませる。馬が休めないと、馬車も進めない」


「そっか」


 朝、トアにも聞いた。


 馬も疲れる。


 今、その馬たちが水を飲んでいる。


 アリアはじっと見ていたが、ふと自分の喉が乾いていることに気づいた。


「あ」


 肩から水筒を外す。


 旅に出る前、シスターから何度も言われたことがある。


 喉が渇ききる前に、水を飲むこと。


 蓋を開け、こくりと飲んだ。


 冷たい水が喉を通っていく。


「おいしい」


「アリア、ちゃんと覚えてたね」


 ルカが言う。


「うん!」


 今までは、自分たちのために覚えていたことだった。


 けれど馬たちが水を飲む姿を見ると、自分も同じように休んで、水を飲まなければならないのだと、少し分かった気がした。


     ◇


「そろそろお昼にするよ!」


 モーリの声が木陰へ響いた。


 その声を聞いた途端、アリアのお腹まで思い出したように小さく鳴った。


「お昼!」


「さっきパン食べたばっかりじゃない?」


「朝だもん」


「結構食べてたよ」


「もうお昼だよ?」


「それはそうだけど」


 アリアはモーリのところへ駆けていった。


「何か手伝うことある?」


「あるよ」


 モーリは待っていたように笑うと、荷馬車から木皿を何枚か取り出した。


「これを木陰へ運んでもらえる?」


「うん!」


 アリアは両手で皿を受け取った。


 昨日、エッダへ「お手伝いもする」と言った。


 馬車へ乗せてもらったからには、本当に手伝いたかった。


「ノルン、一緒にやろ!」


「ええ」


 ノルンも何枚か受け取る。


 二人で木陰へ運び、モーリに教えてもらった場所へ一枚ずつ並べていく。


「このくらい?」


「もう少し近くても大丈夫」


「こう?」


「うん。ありがとう」


 一度置いた皿を少し動かす。


 ほんの小さなことだった。


 けれど、ただ「ごはんができるのを待っている」のではなく、自分もその準備の中へ入っている。


 それがアリアには嬉しかった。


「できた!」


 最後の皿を置いて振り返る。


 ちょうどモーリが、大きな鍋の蓋を開けるところだった。


 ふわり。


 白い湯気が一気に立ち上った。


「わぁ……」


挿絵(By みてみん)


 鍋の中では、じゃがいもやにんじん、玉ねぎがごろごろと煮えている。


 その間には一口大の肉も見え、湯気と一緒に香ばしい匂いが木陰まで広がった。


「おいしそう!」


「今日は野菜とお肉のスープだよ」


「今作ったの?」


「朝のうちに作っておいたんだ」


「馬車で?」


「走りながら料理はできないからね」


 モーリが笑った。


「出発する前に作って、鍋ごと運んできたんだよ。ここで温め直せば、すぐ食べられる」


「朝からお昼のごはん作るの?」


「そういう日も多いよ」


 アリアは少し驚いて鍋を見た。


 自分たちが教会で起きて、荷物を確かめていた頃。


 商隊では、もう昼の食事まで準備していたのだ。


「旅って、先にするんだね」


「先に?」


「あとでいるものを、先にするの」


 モーリは少し考えてから、にっこり笑った。


「そうだね。途中でできないことは、できる時にやっておくんだ」


「なるほど」


 アリアはその言葉を覚えるように小さく頷いた。


 少しして、フィンがパンの入った籠を運んできた。


「パンもあるよ」


「わぁ!」


 さらに果物の入った小さな籠も並ぶ。


 朝のパンを食べてからそれほど経っていないと思っていたのに、匂いを嗅いだ途端、もう十分食べられそうだった。


「みんな、できたよ」


 モーリの声に、あちこちで作業していた人たちが集まってくる。


 アリアたちも木陰へ並んで座った。


 最後にモーリも腰を下ろす。


 エッダが皆を見回した。


「それじゃあ、いただこうか」


「いただきます!」


 声が重なった。


 アリアは木のスプーンでスープをすくった。


 湯気がまだ熱い。


 ふう。


 もう一度。


 ふう。


 そっと口へ入れる。


「おいしい!」


 じゃがいもはほろりと崩れ、にんじんには肉の味が染みていた。


 朝から馬車へ乗っていただけなのに、温かいものが身体へ入ると、不思議なくらいほっとする。


「なんでだろ」


「何が?」


 ルカが聞いた。


「歩いてないのに、お腹すいた」


「アリアはいつでもお腹すくでしょ」


「そんなことないよ!」


「あるなの」


「マルルまで!」


 周りから笑い声が上がる。


 フィンからパン籠を渡され、アリアは丸いパンを一つ取った。


 半分に割り、少しだけスープへ浸す。


「これもおいしい!」


「それ、僕も好き」


 ルカも同じようにパンを浸した。


 マルルは小さく切ってもらった果物を前足で抱えている。


「あまいなの!」


「まだスープ残ってるよ?」


「果物は別なの」


「何が別なの?」


「お腹なの」


「二個あるの?」


「あるなの」


「ないよ」


 ルカが即座に否定し、また笑い声が広がった。


 アリアは笑いながら、ふと周りを見た。


 昨日までは知らなかった人たちが、同じ木陰で同じ鍋のスープを食べている。


 エッダも。


 トアも。


 モーリも。


 ロザも、フィンも、ヴァンも。


 自分たちも、その輪の中へ座っていた。


「旅のごはんって、おいしいね」


 アリアが言うと、エッダが笑った。


「外で食べるからかもしれないね」


「みんなで食べるからじゃない?」


 トアが言う。


 アリアは少し考えてから。


「どっちも!」


 すぐに答えた。


     ◇


 食事をしながら、モーリがふと思い出したように尋ねた。


「そういえば、みんなは食べられないものってある?」


「食べられない?」


「嫌いなものとか」


「ないよ!」


 アリアは迷わず答えた。


「何でも?」


 トアが驚いたように見る。


「うん!」


「野菜も?」


「食べる!」


「苦いのも?」


「……苦いの?」


「そこはちょっと怪しいね」


「でも食べるもん!」


 アリアは胸を張った。


「お母さんのお料理、みんなおいしいもん」


 言ってから。


 ほんの一瞬だけ、スプーンを持つ手が止まった。


 お母さんの料理。


 毎日、当たり前のように食べていた。


 今日食べているスープとは違う味。


 パンも違う。


 食器も違う。


 けれど。


 いつかまた会えた時には、今日食べたものの話もできるだろうか。


 グラナへ行く途中で食べたスープ。


 木の下でみんなと食べたパン。


「アリア?」


 ルカに呼ばれ、顔を上げる。


「なあに?」


「止まってたから」


「大丈夫」


 アリアはもう一口スープを飲んだ。


「お母さんにも教えてあげる」


「このスープ?」


「うん。旅で食べたって」


 モーリが少し驚いたようにアリアを見る。


 けれど、何も尋ねずに笑った。


「じゃあ、おいしかったって言ってもらえるようにしないとね」


「もうおいしいよ!」


「それならよかった」


 その一言で、アリアも笑った。


 話題はそのまま、旅先の食べ物へ移っていった。


「町によって、手に入るものも違うからね」


 エッダがパンをちぎりながら言う。


「魚がよく取れるところもあれば、果物が多いところもある」


「パンがおいしい町もあるよ」


 トアが続けた。


「果物が有名なところも」


「へぇ……」


 アリアの目が少しずつ輝き始める。


「じゃあ」


 身を乗り出す。


「これから、いろんなおいしいもの食べられる?」


 一瞬。


 皆が顔を見合わせた。


 そして笑った。


「やっぱりそこなんだ」


 ルカが呆れたように言う。


「大事だよ?」


「何が?」


「おいしいもの!」


「欠片は?」


「それも大事!」


「順番がおかしいよ」


「おかしくないもん!」


 エッダも笑いながら頷いた。


「まあ、それも旅の楽しみの一つさ」


「やった!」


 アリアは嬉しそうに残っていたパンを口へ運んだ。


     ◇


 食事が終わると、モーリが空いた皿を重ね始めた。


「あっ」


 アリアもすぐに立ち上がった。


「わたしもする!」


「じゃあ、こっちへ持ってきてもらえる?」


「うん!」


 一枚ずつ重ねた木皿を、落とさないよう両手で抱える。


 ノルンも隣で立ち上がった。


「わたしも手伝います」


「ありがとう」


 ルカは残ったパン籠を持ち上げる。


「これは?」


「荷馬車へお願い」


「分かった」


 食べる前には何もなかった木陰が。


 食べ終わる頃には皿や籠や鍋でいっぱいになって。


 それを片づけていくと、少しずつ元の木陰へ戻っていく。


 アリアは何度か荷馬車との間を往復した。


 最後の皿を渡した頃。


 ふと周りを見ると、商隊のみんなはもう別の仕事へ移っていた。


 ヴァンは休ませていた馬の様子を確かめている。


 フィンは水桶を片づけ。


 ロザは二人の動きを見ながら、街道の先にも目を向けていた。


 モーリは鍋や食器を荷台へ戻している。


 誰かが「次はこれ」と大声で指示しているわけではない。


 それなのに。


 一つ終われば、次。


 また一つ終われば、その次。


 みんなが自然に動いていた。


「すごい……」


 アリアは思わず呟いた。


「何が?」


 そばにいたトアが聞く。


「みんな、何するか分かってる」


「そりゃ毎日やってるからね」


「毎日?」


「旅してる時はね」


 その時。


「トア」


 エッダが呼んだ。


「荷縄、もう一度見ておいて」


「はーい!」


 トアはすぐに返事をして、荷馬車の後ろへ向かった。


 アリアも何となく後を追う。


 トアは積み荷へ掛けられた縄を一つずつ順番に触り、次から次へと緩みがないか確かめていく。


「トアもお仕事してるんだ」


「してるよ!」


 トアが振り返った。


「わたし、商隊の見習いだもん」


「見習い?」


「まだ全部一人じゃできないから、エッダたちに教えてもらってるの」


「何を?」


「いっぱい」


「いっぱい?」


「荷物の積み方とか、道とか、馬のこととか、お金のこととか」


「そんなに?」


「まだもっとあるよ」


 トアは少し困ったように笑った。


「覚えること、いっぱい」


 その言葉に。


 アリアは、朝からのことを思い出した。


 馬車が止まっても、すぐ降りない。


 馬の後ろへ回らない。


 水を飲む。


 食事は、できる時に先に準備しておく。


 食べたあとは、自分たちで片づける。


 今日一日だけでも、知らなかったことがいくつもあった。


「わたしも」


 アリアが言った。


「ん?」


「いっぱい覚えたい」


 トアが少し驚いた顔をする。


「旅のこと?」


「うん!」


 まだ、自分でできることは少ない。


 皿を運ぶこと。


 水筒を確かめること。


 言われたことを守ること。


 それくらいだ。


 けれど、旅を始めたばかりの頃より、できることはもう増えている。


 なら。


 十日後には、もっと増えているかもしれない。


「わたしも手伝えるようになりたい」


 今度はさっきより少し静かに言った。


 近くで聞いていたエッダが、アリアを見る。


「その気持ちがあるなら、少しずつ覚えればいいさ」


「うん!」


「全部一度に覚えようとしなくていいよ」


「一個ずつ?」


「一個ずつ」


 アリアは大きく頷いた。


 それなら、自分にもできそうだった。


     ◇


 やがてロザが馬車の前から戻ってきた。


「準備できました」


「ありがとう」


 エッダが二台の馬車を見回す。


 馬たちは十分に水を飲み、荷物も積み直されている。


「それじゃあ、そろそろ出ようか」


「はーい!」


 アリアが馬車へ向かおうとすると。


「その前に」


 エッダに呼び止められた。


「なあに?」


「お手洗いは大丈夫?」


「…………」


 アリアが止まった。


「次の休憩まで、少し掛かるよ」


「…………行く」


 ルカが吹き出した。


「さっき大丈夫そうな顔してたのに」


「今思い出したの!」


「それも旅では大事だよ」


 トアが笑う。


「行ける時に行っとくの」


「それも先にする?」


「そう!」


 アリアは昼ごはんの時にモーリから聞いた言葉を思い出した。


 途中でできないことは、できる時にしておく。


「分かった!」


 また一つ覚えた。


     ◇


 しばらくして。


 全員が馬車へ戻った。


 アリアは朝と同じ窓際のベンチへ座る。


 けれど。


 朝に座った時とは、少しだけ違って見えた。


 あの時は、この馬車へ乗っていればグラナまで連れていってもらえるのだと思っていた。


今は、馬が歩き、護衛が安全を確かめ、誰かが食事を準備し、荷物や水を整え、みんながそれぞれの仕事をしているからこそ、この馬車は先へ進めるのだと少し分かっている。


「出ますよ」


 御者の声が聞こえた。


 馬車がゆっくり動き始める。


 ごとん。


 ことん。


 さっきまで休んでいた大きな木が、窓の向こうで少しずつ遠ざかっていく。


「また動いた」


 アリアは笑った。


「今度は寝る?」


 ルカが聞く。


「寝ないよ!」


「朝もそう言ってなかった?」


「言ってないもん!」


「言ってたような気がするけど」


「今度は起きてる!」


 アリアは窓の外へ顔を向けた。


 次の休憩までには。


 どんなものを見るだろう。


 次は何を覚えるだろう。


 朝には、ただ「速い」と思っていた馬車の旅が。


 今は少しだけ、違うものに見えている。


 自分たちを乗せた馬車だけが旅をしているのではない。


 馬も。


 商隊のみんなも。


 そして自分たちも。


 それぞれにできることをしながら、一緒に先へ進んでいく。


 アリアは窓から吹き込む風を頬に受けながら、遠くへ続く街道を見つめた。


 グラナまでは、まだ九日以上ある。


 だったらきっと。


 覚えられることも、まだたくさんある。


 馬車は再び一定の揺れを刻みながら、次の町へ向かって走り始めた。


★お読み頂きありがとうございます★

美味しいスープの動画はこちらから。アリアが可愛いです(*´ω`*)

↓↓↓

https://www.instagram.com/reel/DbarCR4JeTa/?utm_source=ig_web_copy_link&igsh=MzRlODBiNWFlZA==&igsi=MzRlODBiNWFlZA==


パソコンでメモ帳から貼り付ける時に同じ内容が重複してしまいましたので訂正しました。

先日、完結までのプロットや設定をまとめてたら、Wordで300ページ近くになってました。( ̄▽ ̄)

多分これから3倍ぐらいに増えると思う。

名前を覚えるのが苦手なので、作った資料と見比べながら作業しているのですが、間違ってたらごめんなさい。

気がついた方は、教えていただけると嬉しいです。1日1話を目処に投稿していくので、これからもよろしくお願いします。また、★をつけていただくとモチベーションが爆上がりします。(((o(*゜▽゜*)o)))♡

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