第29話 新しい仲間たち
「楽しみだね!」
町の通りへ戻ったところで、アリアが振り返った。
「うん」
ルカも笑ってうなずく。
「やっとグラナへ向かえるね」
「二つ目の欠片も探せるなの!」
マルルがぴょんと跳ねた。
ノルンも静かに笑う。
「長い旅になりそうですけどね」
「十日!」
アリアが両手の指をいっぱいに広げた。
「十日って、いっぱい?」
「まあまあいっぱい」
「でも歩かなくていいよ?」
「ずっと座ってるわけでもないと思うよ」
「お手伝いするもんね!」
「そうだった」
明日の朝には、あの赤い布のついた荷馬車へ乗る。
さっきまで行けるかどうかも分からなかったグラナが、急に少しだけ近くなった気がした。
そんな話をしながら歩いているうちに、通りの向こうへ教会の尖塔が見えてくる。
「あっ、教会!」
アリアの足が少し速くなった。
「早くシスターに言おう!」
「走らなくても教会は逃げないよ」
「でも早く言いたい!」
とことこと先へ行くアリアを追うように、ルカたちも歩く速さを上げた。
◇
教会の扉を開けると、ちょうどシスターたちが夕食の支度を始めていた。
「あら、お帰りなさい」
「ただいま!」
アリアはそのまま一人のシスターのところへ駆け寄った。
「馬車、見つかったよ!」
「まあ、本当ですか?」
「うん!」
ルカも後ろからやってくる。
「明日の朝、エッダ商会の荷馬車でグラナへ向かいます」
シスターたちが顔を見合わせた。
「それはよかったですね」
その表情が、ふっとやわらぐ。
「これで安心して送り出せます」
アリアはシスターを見上げた。
自分たちがグラナへ行けることを、自分たちと同じように喜んでくれている。
「お手紙、ありがとう!」
「役に立ったのならよかったです」
「うん!」
アリアは大きくうなずいた。
「それじゃあ」
ルカがみんなを見る。
「先に荷物をまとめよう」
「うん!」
「準備なの!」
四人はそろって部屋へ向かった。
◇
部屋へ戻るなり、アリアは白いポシェットをベッドの上へ置いた。
「水筒」
取り出して確かめる。
「ある」
次に。
「お着替え」
「ある」
「ハンカチ」
「ある!」
確認したものを、また一つずつポシェットへ戻していく。
トアに言われた言葉が、しっかり頭に残っているらしい。
「水筒。お着替え。ハンカチ……」
「さっき全部あったでしょ」
隣で荷物をまとめていたルカが笑う。
「だって、忘れ物したら大変って言ってたもん」
「増えたり減ったりはしないと思うけど」
「もう一回見る」
「はいはい」
本当にもう一度確かめる。
水筒。
着替え。
ハンカチ。
ちゃんとある。
「よし!」
今度こそポシェットの口を閉じた。
「できた!」
ルカも自分の荷物をまとめ終えている。
ノルンは木箱をそばへ置き、必要なものを確認していた。
その足元では、マルルが胸元のコンパクトを前足で開く。
「マルルも確認するなの」
「何を?」
「欠片なの」
中には、一つ目の欠片が静かに収まっている。
「ちゃんといるなの」
「欠片は逃げないよ」
「でも確認なの」
「アリアと同じだね」
「同じなの!」
「わたしも逃げないもん!」
「そういう話じゃないよ」
ルカが笑う。
アリアもつられて笑った。
マルルがコンパクトを閉じる。
ちりん。
小さな音が部屋へ響いた。
アリアは、その胸元をじっと見る。
「一つ目、見つけられたね」
「うん」
ルカも手を止めた。
ほんの少し前まで。
村が消えて。
どこへ行けばいいのかも分からなかった。
教会へ泊まり。
女神様に会い。
町を歩き。
蚤の市で木箱を見つけ。
ノルンと出会って。
そして、一つ目の欠片を見つけた。
まだ、一つ。
でも。
次に向かう場所は、もう分かっている。
「明日からグラナだね」
「うん!」
アリアは白いポシェットを肩へ掛けてみた。
いつもの場所へ、ちゃんと収まる。
「準備できた!」
「なの!」
ノルンも木箱を抱え直した。
「わたしも大丈夫です」
「じゃあ」
ルカが扉へ目を向ける。
「シスターたちに、もう一度お礼を言いに行こうか」
「うん!」
四人は顔を見合わせた。
明日の朝。
この教会を出たら。
今度は、グラナへ向かう旅が始まる。
アリアは白いポシェットを軽く押さえると、三人と一緒に部屋をあとにした。
◇
その頃。
東門近くの荷馬車置き場では、エリオが積み荷の陰から通りを眺めていた。
もう、アリアたちの姿は見えない。
「……決まったか」
小さく息を吐く。
四人は、自分たちでグラナへ行く方法を見つけた。
教会で尋ね。
紹介の手紙をもらい。
商隊へ自分たちで頼んだ。
エリオが手を出す場面は、最後までなかった。
けれど。
リーネからグラナまでは十日ほど掛かる。
人家の少ない街道もある。
山道もある。
馬車に乗れたからといって、それだけで何も心配がなくなるわけではない。
「さっきから、そこで何してるんだい?」
「うわっ!」
背後から突然声を掛けられ、エリオの肩が跳ねた。
振り返る。
腕を組んだ女性が立っていた。
片側で三つ編みにまとめた赤茶色の髪。
腰には幅の広い剣。
「ロザ」
「何だい、その顔は」
「いや、別に」
「荷物の陰から子どもをのぞいてる男が、ずいぶん堂々と言うね」
「違う。俺は怪しい者じゃない」
「怪しい者は、だいたいそう言うよ」
「だから違うって」
ロザの視線が、エリオの胸元へ落ちる。
上着の隙間から見える、西方騎士団の印。
「騎士団が、うちの商隊に何か用かい?」
エリオは辺りを確かめた。
アリアたちは、もう十分離れている。
声を少し落とした。
「今の子たちについて、少し頼みがある」
「やっぱり、あの子たちを見てたのか」
「任務だよ」
「樫の木の陰へ隠れる任務かい?」
「何でそれを知ってるんだ」
「春の街道見回りで一緒だった時も、あんたは隠れるたびに外套を枝へ引っ掛けてただろ」
「あれは一回だけだ」
「二回だよ」
「…………」
エリオは口を開きかけた。
やめる。
たぶん、言い返しても勝てない。
「それで?」
ロザが荷馬車へ目を向けた。
「あの子たちがどうしたんだい?」
「詳しいことは話せない。ただ、大事な用があってグラナへ向かってる」
「大事な用?」
「ああ」
エリオも、四人が消えた通りへ目を向ける。
「本人たちが話さないことは、無理に聞かないでやってくれ」
ロザの眉が、わずかに上がった。
「ずいぶん曖昧な頼みだね」
「悪い」
「騎士団から預かるってことかい?」
「いや」
エリオはすぐに首を振った。
「あの四人は、自分たちでエッダさんに頼んだんだ。騎士団が預けたわけじゃない」
「分かってるよ」
ロザは腕をほどく。
「あたしたちが守るのは、商隊へ加わった者全員だ。あの子たちだけ置いて逃げたりはしない」
「それで十分だ」
エリオは、わずかに肩の力を抜いた。
「ただ」
「まだあるのかい?」
「あの子たちは、見た目よりいろいろできる」
「いろいろ?」
「何か変わったものを見ても、騒がないでほしい」
ロザが怪訝そうに眉を寄せた。
「変わったものって?」
「白い子がしゃべるのは、もう見ただろ」
「ああ」
「ほかにもだ」
「そこは話せない?」
「話せない」
「…………」
ロザはしばらくエリオを見た。
それから肩をすくめる。
「まあ、旅をしていれば、しゃべる動物より変わったものに会うこともあるさ」
「そんなにいるのか?」
「いないよ」
「いないのかよ」
ロザの口元が緩んだ。
「フィン! ヴァン!」
少し離れた幌の向こうから、二人が顔を出した。
一人は弓を背負った細身の青年。
もう一人は長い槍を持った大柄な男。
「明日から客が四人増える。まだ小さいから、休憩の時は目を離さないようにしな」
「さっきの子どもたちか?」
フィンが尋ねた。
「そうだよ」
ヴァンが、四人の去った方を見る。
「四人?」
「女の子が二人。男の子が一人。それから白いのが一人」
「一匹じゃないのか」
「本人の前で言ってみな。たぶん訂正されるよ」
エリオは思わず笑った。
「それから」
腰の袋から小さな札を取り出す。
「グラナへ着いたら、リーネ支部へ知らせを送ってほしい。無事に着いたと分かれば、それでいい」
「道中で何かあれば?」
「近くの騎士団詰所へ知らせてくれ。この印を見せれば話が通る」
ロザは騎士団の印が刻まれた札を受け取り、表と裏を確かめてから腰の袋へしまった。
「事情は聞かない。商隊にいる間は守る。グラナへ着いたら、ここへ知らせを送る」
「ああ」
「それでいいんだね?」
「頼む」
エリオが頭を下げる。
ロザの手が、その肩を軽く叩いた。
「任せな。子どもを十日も歩かせるほど、エッダ商会の馬車は狭くないよ」
「ありがとう」
「礼は、無事に着いてからだ」
「エッダさんと同じこと言うな」
「長く一緒に旅してるからね」
ロザは笑いながら、赤い布の結ばれた馬車へ戻っていった。
フィンとヴァンも、それぞれ作業へ戻る。
その場に残ったエリオは、通りをもう一度眺めた。
これまでのように。
木の陰へ隠れ。
林の中を走り。
見失わないよう追いかける必要は、もうない。
明日からは。
あの二台の馬車と。
エッダたちが。
四人をグラナまで運んでくれる。
「……よし」
エリオは踵を返した。
今度は。
自分の任務を終わらせるために。
リーネ支部へ向かった。
◇
支部へ戻ると、エリオはそのまま支部長室へ向かった。
扉を叩く。
「入れ」
「失礼します」
机の向こうでは、ガレスが書類を読んでいた。
エリオを見ると、手にしていた紙を置く。
「子どもたちは?」
「グラナへ向かうエッダ商会の馬車に、乗せてもらえることになりました。出発は明日の朝です」
「自分たちで頼んだのか?」
「はい。教会のシスターに行き方を聞いて、紹介の手紙を書いてもらってました」
ガレスの髭が、わずかに動いた。
「そうか」
「商隊の護衛にロザがいました。必要な事情だけ話して、商隊にいる間の護衛を頼みました。グラナへ着いたら、こちらへ知らせを送ってもらいます」
「ロザなら、春の見回りにも加わっていたな」
「はい。フィンとヴァンも一緒です」
ガレスは机の上の地図を開いた。
リーネ。
そこからグラナへ続く街道。
指先で道をたどる。
「三人が付くなら、道中は任せてよさそうだ」
「俺も、途中まで付いていった方がいいでしょうか」
ガレスが顔を上げた。
「気になるか?」
「それは……まあ」
「樫の木の陰から見守っていたくらいだからな」
「何で支部長まで知ってるんですか」
「お前が自分で報告した」
「あ」
エリオは少し黙った。
「そうでした」
ガレスの口元が、わずかに動く。
「お前の任務は、三人が安全にリーネへ着くまで見守ることだった」
「はい」
「ここから先は、商隊と共にグラナへ向かう。護衛もいる」
「はい」
「それに」
ガレスは書類へ手を伸ばした。
「お前まで同じ馬車へ乗れば、さすがに気づかれるぞ」
エリオは視線をそらす。
ベルナ村で教会の場所を尋ねられた時。
一度だけ、アリアとは顔を合わせている。
もう一度、偶然を装って現れるには。
グラナ行きの馬車は、あまりにも近い。
「……気づきますかね」
「気づかなかったとしても、ロザがばらす」
「ああ」
それは。
かなりありそうだった。
「エリオ」
ガレスの声が少しだけ低くなる。
エリオが顔を上げた。
「よくやった」
「…………」
「三人を見失わず、必要以上に手を出さず、ここまで見届けた。あとは知らせを待て」
「…………」
エリオは何も言わなかった。
少しだけ。
何かを数えるように視線を上げる。
それから。
「四人です」
「何?」
「今は、ノルンという女の子が増えてます」
ガレスの手が止まった。
「…………増えた?」
「はい」
「いつだ」
「蚤の市で木箱を買った翌朝です」
「…………」
「前日の夜までは、いませんでした」
部屋が静かになった。
ガレスがゆっくりと椅子へ座り直す。
「最初から報告しろ」
「今、報告してます」
「詳しく話せ」
「俺も詳しくは分かりません」
「では、分かっていることを全部だ」
エリオは姿勢を正した。
「はい」
ガレスが新しい報告書を一枚、机の中央へ置く。
真っ白な紙。
エリオは一度だけ息を吸った。
「まず、木箱を買ったところから話します」
ガレスがペンを取る。
そして。
新しい報告が、書き始められた。




