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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第28話 グラナへ行く方法


 翌朝。


 目を覚ましたアリアが最初に思い出したのは、昨日見つけた鍵の欠片だった。


 一つ目の欠片は、もうマルルのコンパクトの中に収まっている。


 そして、その光が次に示した場所。


 グラナ。


 けれど昨日、地図の上で見たその町は、今いるリーネからずっと遠かった。


 アリアが毛布から顔を出すと、隣のベッドでは、もう目を覚ましていたルカが地図を広げていた。


「まだ見てたの?」


「うん。近くを通る道がないかなと思って」


 アリアもベッドの端まで這っていき、地図を覗き込んだ。


 細い線。


 太い線。


 町と町をつなぐ道は、いくつも描かれている。


 けれど、リーネからグラナまでは、どの道を通っても指を長く動かさなければならなかった。


「見つかった?」


「道はあるよ」


 ルカの指が、リーネから伸びる街道をゆっくりたどる。


「でも、やっぱり歩いていくのは難しいと思う」


 その声を聞きながら、ノルンが木箱の蓋を静かに閉じた。


「途中には、大きな川も山もあります」


「…………」


 アリアは地図を見つめた。


 旅に出たばかりの頃なら、道があると分かれば、それだけで行けると思っていた。


 けれど今は、少しだけ違う。


 地図の上なら、指一本ですぐ隣の町まで行ける。


 けれど、自分の足なら何時間も歩く。


 もっと遠ければ、一日では着かない。


 雨が降る日もある。


 道が悪いところもある。


 夜になれば、眠る場所だって必要になる。


「わたしたち、グラナに行けないの?」


 ぽつりと漏れた声に、ルカがすぐ顔を上げた。


「行けないとは言ってないよ」


 地図をたたみながら、アリアを見る。


「僕たちだけで考えてても分からないから、教会の人に聞いてみよう。ここに住んでる人なら、グラナへ行く方法を知ってるかもしれないし」


「そっか」


 アリアはベッドから降りた。


 行き方が分からないだけ。


 まだ、行けないと決まったわけではない。


 そう思いながらも、着替えを手に取る指は、いつもより少しだけゆっくり動いていた。


     ◇


 朝食を終えると、アリアたちは食堂にいたシスターのところへ向かった。


「シスター」


「はい?」


「グラナへ行くには、どうしたらいいの?」


「グラナですか?」


 食器を片づけていたシスターの手が止まる。


「ずいぶん遠いところですね」


「…………」


 アリアの指が、白いポシェットのひもをぎゅっと握った。


 やっぱり。


 地図で見ただけではなく、本当に遠いのだ。


「僕たち、どうしてもグラナへ行きたいんです」


 ルカが一歩前へ出た。


「歩いていくのは難しいと思うので、何か方法がないか教えてもらえませんか?」


「そうですね……」


 シスターは少し考える。


「歩いて向かうなら、大人でも途中の町で何度か宿を取らなければなりません」


「猫になって走っても、ずっとは無理なの」


 マルルがルカを見上げた。


「そうだね。僕もグラナまでずっと走るのは無理だよ」


 ルカが苦笑する。


 シスターは四人を見ながら、しばらく考えていたが。


「あ」


 ふいに顔を上げた。


「そういえば、エッダ商会の馬車が、近いうちにグラナへ戻るはずです」


「馬車?」


 アリアの指が、ポシェットのひもから離れた。


「グラナまで行くの?」


「ええ」


「乗せてもらえる?」


 声が少し弾む。


 けれどシスターは、申し訳なさそうに首を傾けた。


「それは、お願いしてみなければ分かりません。荷物の量もありますし、道中の予定もありますから」


「あ……」


 アリアの肩が少し下がる。


 行けるかもしれない。


 でも、まだ行けるわけではない。


「エッダさんは、どこにいるの?」


「東門の近くにある荷馬車置き場です」


 シスターは記憶をたどるように視線を上げた。


「幌の後ろに、金色の縁取りがある赤い布を結んだ馬車を探してください」


「金色のついた、赤い布」


 アリアは忘れないように、ゆっくり繰り返す。


「金色のついた、赤い布だね」


「ええ」


 シスターは頷くと、食堂の奥にある机へ向かった。


「私からも手紙を書きましょう」


「ほんと?」


「ええ。事情を書いておけば、話もしやすいでしょうから」


 紙を一枚取り出し、ペンを走らせる。


 さらさらと黒い文字が増えていく。


 アリアは、その手元をじっと見つめていた。


 この手紙を渡せば。


 乗せてもらえるだろうか。


 もし、だめだったら。


 その時は、また別の方法を探さなければならない。


「アリア」


 隣から呼ばれて顔を上げる。


「大丈夫」


 ルカが言った。


「まずはお願いしてみよう」


「……うん」


 やがてシスターが手紙を書き終え、封筒へ入れた。


「これを、エッダさんへ」


「はい」


 受け取ったのはルカだった。


 両手で大切そうに持ち、折れないように気をつけながら上着の内側へしまう。


 アリアはその様子を見てから、ルカのすぐ隣へ並んだ。


「行こう」


「うん」


     ◇


 教会を出ると、四人は東門へ向かった。


「赤い布、まだないね」


「荷馬車置き場は、もう少し先だよ」


「そっか」


 アリアは歩きながら、何度も通りの先を覗き込む。


 金色の縁取りがある赤い布。


 忘れないよう、頭の中でも繰り返す。


 朝の通りには荷車が行き交い、店の前では荷物を積んだり降ろしたりする人たちの声が飛び交っていた。


 町の中心から離れるにつれ、大きな荷馬車の姿が少しずつ増えていく。


「あれ?」


 アリアが一台を指した。


「青い布だよ」


「あっ、ほんとだ」


「こっちは何もついてないなの」


 マルルも長い耳を揺らしながら、きょろきょろと辺りを見る。


 やがて通りの先に、東門が見えてきた。


 その手前には、何台もの荷馬車が並んでいる。


 アリアは歩く速さを少し落とした。


 一台ずつ、幌の後ろを確かめる。


 違う。


 あれも違う。


 その奥。


 風に揺れる幌の向こうで、赤いものがひらりと動いた。


「あっ!」


 細い金色の縁取り。


「あった!」


 アリアは駆け出しかけて。


 すぐに足を止めた。


 見つけた。


 けれど、まだ乗せてもらえると決まったわけではない。


 金色に縁取られた赤い布を結んだ二台の幌馬車。


 そのそばには、一冊の帳面を持った女性が立っていた。


「あの人が、エッダさんかな」


「聞いてみよう」


 ルカが隣へ並ぶ。


 四人でそばまで行くと、ルカが声を掛けた。


「すみません」


「ん?」


 女性が帳面から顔を上げた。


「何か用かい?」


「エッダさんですか?」


「ああ。あたしがエッダだよ」


 ルカは上着の内側から封筒を取り出した。


「教会のシスターから、お手紙を預かってきました」


「教会から?」


 エッダは封筒の印を確かめてから、中の手紙を取り出した。


 紙が開かれる。


 アリアは、エッダの顔をじっと見ていた。


 少しして、眉がわずかに動く。


 アリアの指が、ポシェットの端をつまんだ。


 だめなのかな。


 紙をめくる音がする。


 ちらりと隣を見る。


 ルカの手も、いつの間にかぎゅっと握られていた。


 ノルンも黙ったまま待っている。


 マルルまで、いつもより耳を動かさない。


 やがて。


 エッダが手紙を閉じた。


「グラナまで乗せてほしい、か」


「はい」


 ルカがまっすぐ答えた。


「僕たち、どうしてもグラナへ行きたいんです」


「お水を運ぶのも、お皿を洗うのもするよ!」


 アリアもすぐに続く。


「わたし、自分のことは自分でする。お手伝いもするよ」


「私もお手伝いします」


 ノルンも一歩だけ前へ出た。


「ぼくもするなの!」


 マルルまで前足を上げる。


 エッダの視線が、その白い姿で止まった。


「…………」


「…………」


「しゃべるのかい、その子は」


「しゃべれるなの」


「そうかい」


 それだけ言うと、エッダは何事もなかったように四人を見渡した。


 そして二台の馬車へ目を向け、帳面を開く。


 指先で何行かをたどり、積み荷の方も確認する。


 アリアは黙って待った。


 聞きたい。


 早く答えを聞きたい。


 でも、首を横に振られるところは見たくなかった。


「グラナまでは十日ほどかかるよ」


 ようやくエッダが帳面を閉じた。


「十日……」


「途中で雨が降ることもある。道が悪ければ、もっと掛かる。毎日、楽なところばかりを通るわけでもない」


 エッダがアリアたちを見る。


「それでも行くかい?」


「行く」


 アリアの返事は、考えるより先に出ていた。


 ルカも頷く。


「行きます」


 ノルンも静かに頷いた。


「ぼくも行くなの」


「それは一緒に決まってるでしょ」


「念のためなの」


 エッダの口元が、ほんの少し緩んだ。


「乗せるなら、約束が三つある」


 アリアの目が大きくなる。


 追い返す言葉ではなかった。


「勝手に馬車から離れないこと」


「はい!」


「出発の時間を守ること」


「守る!」


「それから、護衛や商隊の者が危ないと言った時には、必ず言うことを聞くこと」


「はい!」


 ルカとノルンも頷く。


 マルルまで何度も頭を上下させていた。


「では」


 ノルンが確かめるように尋ねる。


「乗せていただけるのですか?」


 エッダは、そこでようやく笑った。


「ああ。荷物を少し積み替えれば、一台目に場所を作れる」


「ほんと!?」


 アリアがぱっとルカを見る。


挿絵(By みてみん)


 ルカもアリアを見て。


 ようやく、握っていた手を開いた。


「よかったね、アリア」


「うん!」


 アリアは赤い布のついた馬車を見上げた。


 グラナまでは遠い。


 十日も掛かる。


 でも。


 もう地図の上を指でなぞるだけの場所ではない。


 明日の朝。


 この馬車に乗れば。


 本当に、グラナへ向かうことができる。


「エッダさん、ありがとう!」


 アリアが頭を下げる。


 ルカとノルンも続いた。


「礼は、無事にグラナへ着いてからにしな」


 エッダはそう言うと、赤い布のついた馬車を指した。


「出発は、明日の日の出から半刻後だ。遅れたら待たないよ」


「遅れない!」


「その返事なら大丈夫そうだね」


 アリアは、金色に縁取られた赤い布をもう一度見上げた。


 さっきまでは。


 見つけられるだろうか。


 乗せてもらえるだろうか。


 そんなことばかり考えながら探していた目印。


 今はもう。


 明日、ここへ戻ってくるための目印になっていた。


     ◇


「それじゃあ」


 エッダは帳面を閉じると、アリアたちを見回した。


「せっかくだから、明日から一緒に旅をするみんなも紹介しておこうか」


「みんな?」


「ああ」


 エッダが荷馬車の方へ振り返り、大きな声で呼ぶ。


「トア!」


「はーい!」


 明るい返事と一緒に、一人の少女が荷馬車の陰から駆けてきた。


 明るい茶色の髪をハーフアップにまとめ、肩まで伸びた髪を揺らしながら、アリアたちの前でぴたりと止まる。


 アリアたちより、少し年上だろうか。


 にこにことした笑顔が印象的な女の子だった。


「この子たち、明日からグラナまで一緒に旅をする子たちだよ」


「ほんと?」


 トアの目がぱっと輝いた。


「よろしくね!」


「よろしく!」


 アリアも笑顔で頭を下げる。


 ルカとノルンも続き、マルルは長い耳をふわりと揺らした。


「わたし、トア!」


 胸へ手を当てる姿は、どこか誇らしげだ。


 エッダがくすりと笑った。


「トア」


「うん?」


「小さい子がいたら、旅のことを教えてあげなさいって、いつも言ってるだろ」


 その言葉を待っていたかのように、トアは胸を張った。


「もちろん! 任せて!」


「じゃあ、先生役をお願いしようかね」


「うん!」


 トアは勢いよく頷くと、さっそくアリアたちへ向き直った。


「まずね!」


 人差し指を一本立てる。


「旅で一番大事なのは、準備!」


「うん!」


 アリアもつられるように背筋を伸ばした。


「忘れ物をすると大変だから、今日のうちに全部そろえておくんだよ。朝はすっごく早いから、起きてから荷物をまとめちゃだめ!」


「なるほど」


 ルカが感心したように頷く。


「水筒は持った?」


「持った!」


「着替えは?」


「ある!」


「歩きやすい靴?」


 アリアは自分の足元を見て、その場でぴょんと跳ねた。


「だいじょうぶ!」


「よし!」


 トアは満足そうに笑う。


「これなら合格!」


「やった!」


 まだ馬車へ乗ってもいないのに、もう一つ教えてもらった。


 アリアは自分の靴を見下ろし、もう一度小さく足踏みする。


「次はロザ」


 エッダが呼んだ。


「はい」


 荷馬車のそばから、一人の女性が歩いてきた。


 アリアたちへ軽く会釈する。


「護衛をしているロザだよ」


「よろしくお願いします!」


「よろしく」


 ロザが笑う。


 アリアたちもそろって頭を下げた。


「それから、ヴァン」


「……ああ」


 大きな車輪のそばで点検をしていた青年が立ち上がる。


 こちらへ歩いてきたところで、その目がルカに止まった。


「猫獣人か」


「うん」


 ルカも頷いた。


「ラグドール族だよ」


「そうか。俺は山猫族だ」


 今度はルカが、ヴァンの耳を見る。


「同じ猫でも、ずいぶん違うんだね」


「まあな」


 それだけの短いやり取りだった。


 けれど、ルカの尻尾の先が、ほんの少しだけ揺れた。


 旅へ出てから、自分と同じ猫獣人と話すのは、これが初めてだった。


「フィン!」


「はーい」


 今度は荷馬車の反対側から返事が聞こえた。


 長い耳を揺らしながら、一人のウサギ獣人の青年が歩いてくる。


 穏やかに笑いながらアリアたちへ会釈したあと。


 その視線がマルルで止まった。


「あれ?」


「なの?」


 マルルも首を傾げる。


「君もウサギなんだね」


「そうなの!」


 マルルの長い耳がぴこんと揺れた。


 フィンは自分の耳へ触れる。


「ぼくは立ち耳だけど」


 今度はマルルを見る。


「君は垂れ耳なんだ」


「なの?」


 マルルは自分の耳を確かめようと、くるりと首を回した。


 右。


 もう少し右。


 それでも見えない。


「……見えないなの」


 フィンが吹き出した。


「あはは!」


「マルル、自分の耳だよ」


「知ってるなの!」


「じゃあ、何で探したの?」


「見えるかと思ったなの!」


 今度はアリアまで笑い出す。


 荷馬車のそばへ、明るい笑い声が広がった。


「そういえば」


 ひとしきり笑ったあと、エッダが辺りを見回す。


「モーリはまだ戻ってないみたいだね」


「夕飯の食材を買いに、市場へ行っています」


 ロザが答えた。


「そうだったね」


 エッダはアリアたちへ向き直る。


「モーリは料理担当なんだ。旅の間の食事は、だいたいあの子が作るよ」


「ほんと?」


 アリアの目が、さっきまでよりさらに輝いた。


「毎日?」


「毎日だよ」


「やったぁ!」


 思わず両手を上げる。


 トアがくすくす笑った。


「モーリのご飯、おいしいんだよ」


「ぼく、おかわりしちゃうもん」


 フィンが照れくさそうに言う。


「わたしだってするよ」


 トアも負けじと胸を張った。


 するとロザが横から口を挟む。


「この前は、二人ともおかわりしてたね」


「三人でしたよ」


「え?」


 トアが目を丸くする。


「トアもおかわりしていました」


「あ……」


 思い出したらしい。


 頬が少し赤くなり、またみんなが笑った。


 アリアも一緒になって笑いながら、目の前の人たちを順番に見ていく。


 エッダ。


 トア。


 ロザ。


 ヴァン。


 フィン。


 それから、今は市場へ行っているモーリ。


 さっき会ったばかりなのに。


 誰がおかわりしたとか。


 誰が今どこへ行っているとか。


 みんな、そんな小さなことまで知っている。


「なんだか、みんな仲よしだね」


「ずっと一緒に旅してるからね!」


 トアがにっこり笑った。


「そっか」


 アリアは二台の荷馬車を見上げた。


 明日からは、自分たちもここへ乗る。


 この人たちと、一緒にグラナまで行く。


 それを思うと、さっきまで胸の中に残っていた不安が、少しずつ別のものへ変わっていった。


「さて」


 エッダがぱん、と手を合わせる。


「紹介も終わったし、今日はこのくらいにしようか」


「もう帰るの?」


「明日は日の出の少しあとには出発するからね。今日は教会へ戻って、しっかり休んでおいで」


 トアも大きく頷いた。


「荷物も、もう一回確認しておくんだよ!」


「うん!」


「忘れ物したら、明日の朝に取りへ戻る時間はないからね」


「しないもん!」


 アリアは胸を張る。


「ちゃんと準備する!」


「よし!」


 トアも同じように胸を張った。


 二人を見比べて、ルカが小さく笑う。


「何で笑うの?」


「別に」


「笑ったよ?」


「ちょっとだけ」


「ルカ!」


「ほら、帰るよ」


「もう!」


 口では言いながらも、アリアも笑っていた。


「じゃあ、明日ね!」


 トアが手を振る。


「うん!」


 アリアたちは商隊のみんなへ頭を下げた。


「よろしくお願いします!」


「こちらこそ」


 エッダたちが手を振る。


 四人も手を振り返しながら、教会へ向かって歩き始めた。


 何歩か進んで。


 アリアが振り返る。


 二台の荷馬車。


 その後ろでは、金色の縁取りがある赤い布が、風に揺れていた。


 朝、探していた時には。


 見つけられるだろうか。


 乗せてもらえるだろうか。


 そんなことばかり考えていた。


 でも今は。


 あの赤い布を見れば分かる。


 明日の朝。


 自分たちが戻ってくる場所だ。


 そして。


 グラナへ向かう、新しい旅が始まる場所だった。


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