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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第25話 空に溶けた欠片


 どれだけ目を凝らしても、青い空には白い雲が浮かんでいるだけだった。


「ないね」


 アリアは伸ばしていた両腕を下ろした。


 ルカも額から手を離す。


「もう少し場所を変えてみよう」


「こっちなの」


 マルルはチョーカーから下がったコンパクトを前足で支えながら、教会の裏手へ向かった。


 三人も、そのあとに続く。


 畑のそば。


 井戸の前。


 教会を囲む低い石塀の向こう。


 立つ場所を変えるたびに、マルルはコンパクトを開いた。


 けれど、針はどこへ行っても盤面から浮かび、まっすぐ空を指している。


「やっぱり、上なの」


 マルルが首をいっぱいに反らす。


「でも、何も見えないね」


 アリアは空を見上げたまま、二、三歩後ろへ下がった。


 背中に小さな光が集まる。


 光は左右へ伸び、透き通った大きな羽になった。


「わたし、上から見てみる!」


 地面を蹴ると、アリアの体がふわりと浮かび上がった。


 教会の屋根と同じ高さまで上がり、その場でゆっくりと一回りする。


「アリア、何か見えるか?」


 下からルカの声が飛んでくる。


「見えなーい!」


 もう少しだけ羽ばたき、屋根より高く上がってみる。


 青い空が、さっきより近くなった。


 けれど、見えるものは何も変わらない。


「針は?」


「まだ上なの!」


 マルルが前足でコンパクトを持ち上げている。


 アリアはさらに上を目指そうとした。


 羽を大きく動かす。


 一度。


 二度。


 けれど、上へ進むほど体がふらつき始めた。


「アリア、戻ってこい!」


 ルカに呼ばれ、アリアは羽を傾けた。


 ゆっくりと高度を下げ、最後のところで少し前へつんのめりながら、両足で地面へ降りる。


「もっと上まで行けたら、見えるかもしれないのに」


「見えないものを探しながら飛ぶのは危ないよ」


 ルカがアリアの服についた草を払った。


 ノルンは空とコンパクトを交互に見た。


「これほど高い場所を指しているのなら、地上から探すだけでは難しいかもしれませんね」


「じゃあ、どうするなの?」


「もう少し高いところから見てみましょう」


 ノルンが教会を振り仰ぐ。


 その視線の先には、高い鐘楼がそびえていた。


     ◇


 教会のシスターに事情を話すと、四人は鐘楼へ上がることを許された。


 狭い階段を一段ずつ上っていく。


 先頭はノルン。


 そのあとをアリアとマルルが続き、いちばん後ろからルカが上がってくる。


「まだあるの?」


 アリアが上をのぞく。


「もう少しです」


「さっきも聞いたよ」


「そうでしたか?」


 ノルンが足を止めた。


 けれど、頭の上にはまだ階段が続いている。


 マルルの長い耳が、ぺたりと垂れた。


「もう少しが長いなの……」


「ほら、止まると余計に疲れるぞ」


 ルカに背中を押され、アリアはもう一度階段を上り始めた。


 ようやく鐘楼へ着くと、開いた窓から町の景色が広がっていた。


 朝の通りを歩く人々。


 小さく並んだ家々の屋根。


 遠くまで続く街道。


「わあ……!」


 アリアは窓辺へ駆け寄った。


「おうちが、こんなに小さい!」


「落ちるなよ」


 ルカがすぐにアリアの服をつかむ。


 マルルも窓の下へ座ると、胸元のコンパクトを開いた。


 針は小さく震えたあと、やはり真上を指した。


「ここでも上なの」


 四人は鐘楼の窓から身を乗り出さないように気をつけながら、空を探した。


 右から左へ。


 教会の屋根の上から、町の向こうまで。


 けれど、淡い青の中に欠片らしいものは見つからない。


 やがて、朝の礼拝を知らせる鐘が鳴り始めた。


 すぐそばで響いた大きな音に、マルルが飛び上がる。


「びっくりしたなの!」


 アリアも両手で耳を押さえた。


「おっきい!」


「鐘楼だからな」


「先に教えてほしかったなの!」


「ぼくだって、今鳴るとは知らなかったよ」


 四人は鐘の音に追い立てられるように、階段を下りることになった。


     ◇


 昼になっても、欠片は見つからなかった。


 昼食のあとにも、四人は教会の外へ出た。


 マルルがコンパクトを開き、アリアとルカが空を探す。ノルンは石塀の外まで歩き、少し離れた場所から空を見渡した。


 それでも、針の指す先にあるのは、どこまでも続く青だけだった。


「雲の中に隠れているのかな」


 アリアが流れていく白い雲を目で追う。


「でも、雲が動いても何も出てこないぞ」


 ルカが答える。


「透明なのかもしれないなの」


「透明だったら、どうやって見つけるの?」


「分からないなの」


 マルルはコンパクトを閉じた。


 午後からは、教会の手伝いをしながら何度も外へ出た。


 洗った布を干すとき。


 井戸から水をくむとき。


 空になった籠を物置へ運ぶとき。


 アリアはそのたびに足を止め、空へ目を凝らした。


「前、前」


 ルカに言われ、慌てて顔を戻す。


 危うく扉の横へぶつかりそうになった籠を、ノルンがそっと押さえた。


「空を探すときは、立ち止まってからにしましょうね」


「うん……」


 アリアは籠を抱え直した。


 それから、もう一度だけ空を見る。


 けれど、やはり何も見えなかった。


     ◇


 夕暮れ前。


 教会の中庭には、長い影が伸び始めていた。


 四人は乾いた布を取り込み、籠へ重ねていた。


 朝から何度探しても、欠片は見つからない。


 マルルのコンパクトは、今も閉じられたまま胸元で揺れている。


「今日は、もう見つからないのかな」


 アリアは最後の一枚を籠へ入れた。


 西へ傾いた日の光が、町の屋根を淡い金色に染めている。


 空も少しずつ青を薄め、端の方からやわらかな橙色へ変わり始めていた。


 アリアが籠を持ち上げようとした、そのときだった。


 ちりん。


 どこかで、小さな鈴が鳴った。


「……あれ?」


 ルカの猫耳がぴくりと動く。


 マルルも長い耳を立てた。


「今、何か聞こえたなの」


 アリアは籠から手を離した。


 もう一度、同じ音が降ってくる。


 ちりん。


「上……?」


 アリアが空を仰ぐ。


 夕暮れ前の空。


 色を変え始めた青の中に、一か所だけ、周りとは違うところがあった。


「空が……変」


「どこだ?」


「あそこ」


挿絵(By みてみん)


 アリアは指を伸ばした。


「少しだけ、色が違う」


 ルカとノルンも、その指の先へ目を凝らす。


 最初は何も見えなかった。


 けれど、日の光がゆっくりと傾くにつれ、空の中に小さな輪郭が浮かび上がってきた。


 夕暮れに染まり始めた空の中で、そこだけが朝の青を残している。


 そして、その中心に。


 淡く光る、小さな何かが浮かんでいた。


「あれは……?」


 アリアが一歩前へ出る。


「もしかして、あれがそうなの?」


 マルルは急いで胸元のコンパクトを開いた。


 盤面の奥に、青白い光が灯る。


 針が震えながら持ち上がり、アリアの指した場所へ向いた。


「欠片なの!」


 小さな光が、返事をするように瞬いた。


 ちりん。


「あった……」


 アリアの顔がぱっと明るくなる。


「見つけた!」


 けれど、駆け出しかけた足は、すぐに止まった。


 欠片は、あまりにも高い場所に浮かんでいる。


 鐘楼の屋根よりも。


 空を横切る鳥よりも。


 アリアが今日飛んだ場所より、ずっと上だった。


 背中に光が集まり、羽の形になりかける。


 アリアは欠片を見上げたまま、両手を握った。


「……あんなところまで、どうやって行くの?」


 誰も、すぐには答えられなかった。


 淡い青の欠片は動かない。


 ただ、夕暮れの空の中で小さく光っている。


「今日はやめよう」


 ルカがアリアの隣へ立った。


「飛ぶなら、ちゃんと行く方法を考えてからだ」


「でも……」


 アリアは胸元の白い羽のネックレスを握った。


「集めないと」


 もう一度、空を見上げる。


「お父さんと、お母さんを見つけるんだから」


 ノルンはアリアのそばへ膝をついた。


「では、みんなで考えましょう」


「ぼくも考える」


「マルルもなの!」


 アリアは三人の顔を順番に見ると、ネックレスを握っていた手をゆっくりと開いた。


「うん」


 その頭上で、鈴の音がもう一度響く。


 ちりん。


 空に溶けていた最初の欠片は、夕暮れの中で、今度は確かに淡く光っていた。

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