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森で拾ったのは、半人前の天使でした ― ラグドール一家と小さな天使 ―  作者: くいたん


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第20話 はじめての雨


朝のやわらかな鐘の音が、小さな村へ静かに響いていた。


 教会の木の扉がゆっくりと開く。


「お世話になりました!」


 アリアは元気いっぱいに頭を下げた。


 ルカも一歩前へ出て、ていねいに頭を下げる。


「ありがとうございました」


 マルルも前足をそろえて、ぺこりとお辞儀をした。


「ありがとうございましたなの」


 神父は穏やかな笑みを浮かべる。


「皆さん、お気を付けて」


 隣ではシスターが三人の水筒へ新しい水を注いでいた。


「今日は少し暑くなりそうです」


「喉が渇く前に、こまめに飲むんですよ」


「うん!」


 アリアは元気よくうなずく。


 シスターは封筒へ紹介状をしまうと、大切そうにアリアへ差し出した。


「こちらを」


「次の教会へ着いたら、神父さまへお渡しくださいね」


「はい!」


 アリアは両手で受け取ると、白いポシェットへそっとしまった。


「じゃあ、行こう」


 ルカが歩き出す。


「うん!」


 三人は何度も手を振りながら教会をあとにした。


「いってらっしゃい!」


「また遊びに来てくださいね!」


「はーい!」


 笑顔の声に見送られながら、三人はリーネへ続く街道を歩き始める。


 空は今日も高く澄み渡り、朝の風が草原をやさしく揺らしていた。


     ◇


 三人が街道を歩き始めてしばらくすると、後ろから馬のひづめの音が聞こえてきた。


 カッポ、カッポ。


 それに混じって、荷車の車輪が街道を転がる音が近づいてくる。


 ルカが振り返った。


「荷馬車だ」


 一頭の茶色い馬が、大きな荷車を引いてこちらへやって来る。


 荷台には木箱や麻袋が高く積まれ、その隙間から縄や樽ものぞいていた。


 御者台に座る中年の男が、三人へ気付いて大きく手を振る。


「よう! おはよう!」


「おはようございます!」


 アリアも元気いっぱいに手を振り返した。


 荷馬車は三人の横でゆっくり止まる。


「旅かい?」


「うん!」


 アリアは大きくうなずいた。


「リーネへ行くの!」


「リーネか」


 男はにっと笑う。


「俺も途中まで同じ道だ」


 そう言って荷台を親指で指した。


「荷物ばっかりで狭いが、途中までなら乗ってくか?」


 アリアはぱっとルカを見上げる。


「乗ってもいいの?」


 ルカは御者へ向き直った。


「……ご迷惑でなければ」


 男は豪快に笑う。


「子ども三人増えたくらいで、馬は文句言わねぇさ」


「ほら、遠慮しないで乗んな」


「ありがとうございます!」


 三人は荷物の間へ腰を下ろした。


 御者のおじさんは手綱を軽く振る。


「よし、行くぞ」


 馬がゆっくり歩き始めた。


 カッポ、カッポ。


 車輪が心地よい音を立てながら街道を転がっていく。


「わあ……!」


 アリアは思わず目を輝かせた。


「高い!」


 歩いていた時とは景色がまるで違う。


 遠くまで続く街道。


 風に揺れる草原。


 吹き抜ける風も、少しだけ涼しく感じる。


 マルルは荷台の縁へ駆け寄り、耳をぱたぱた揺らしながら流れていく景色を夢中で眺めていた。


「なのー!」


 その姿を見て、ルカは思わず笑う。


「初めてだもんね」


「うん!」


 アリアは何度もうなずいた。


「馬車ってこんなに高いんだ!」


 御者のおじさんが振り返って笑う。


「旅は歩くだけじゃないからな」


「荷馬車に乗ったり、船に乗ったり」


「もっと大きな町へ行けば、いろんな乗り物もあるぞ」


「ほんと!?」


 アリアの目がさらに輝く。


「リーネって、どんな町なの?」


 おじさんは少し考えてから答えた。


「この辺じゃ一番大きな町だ」


「市場は毎日にぎやかで、人もたくさん集まる」


「教会も、この村よりずっと立派だぞ」


「すごい!」


 アリアは身を乗り出した。


 ルカも興味深そうに耳を傾ける。


「他には?」


「パン屋に八百屋、鍛冶屋、服屋」


「旅人向けの店もあるし、町の真ん中には大きな噴水もある」


「噴水!」


 アリアは思わずルカを振り返る。


「楽しみ!」


 ルカも笑顔でうなずいた。


「僕も行くのは初めてだから」


 荷馬車は朝の街道をのんびりと進み続ける。


 風は心地よく、車輪の音はどこか子守歌のようだった。


 アリアは流れていく景色を眺めながら、期待で胸をいっぱいに膨らませていた。


荷馬車は心地よく揺れながら、街道をのんびり進んでいく。


 しばらく景色を眺めていたアリアは、ふと思い出したように御者のおじさんを見上げた。


「ねぇ」


「ここからリーネまで、あとどのくらい?」


 おじさんは手綱を握ったまま、前を向いて答える。


「この荷馬車なら、今日の夕方には着けるな」


「でも、お前さんたちは途中で降りるだろ」


「そこから歩けば、あと一日ってところだ」


「あと一日!」


 アリアはうれしそうに笑った。


「もうすぐなんだね!」


「ああ」


 ルカもうなずく。


「最初の大きな町だ」


 アリアは目を閉じ、大きな町を思い浮かべる。


 にぎやかな市場。


 たくさんのお店。


 大きな教会。


 まだ見たことのない景色ばかりだ。


「早く行ってみたいなぁ」


 ぽつりとつぶやくと、おじさんがくすっと笑った。


「きっと驚くぞ」


「村とはずいぶん違うからな」


 その言葉に、アリアの胸はますます弾んだ。


 荷馬車は草原の中をゆっくり進み、やがて街道が二つに分かれる場所へ差しかかる。


 馬は歩みを緩め、荷車もゆっくりと止まった。


「俺はここを左だ」


 おじさんが分かれ道を指さす。


「リーネへ行くなら、このまままっすぐ進めばいい」


「ありがとうございます!」


 三人は荷台から降りた。


 アリアは深く頭を下げる。


「乗せてくれて、本当にありがとう!」


「おう」


 おじさんはにっと笑う。


「気を付けてな、小さな旅人さん」


「リーネまでもう少しだ」


「うん!」


 三人は何度も手を振る。


 荷馬車もゆっくり左の道へ曲がり、車輪の音を響かせながら少しずつ遠ざかっていった。


「ばいばーい!」


 アリアは姿が見えなくなるまで大きく手を振り続ける。


 やがて荷馬車は木立の向こうへ消え、街道には再び静けさが戻った。


「行こう」


 ルカが前を向く。


「うん!」


 三人はリーネへ続くまっすぐな道を、もう一度歩き始めた。


     ◇


 少し離れた林の中から、その様子をエリオが見送っていた。


「無事に送り届けてもらえたか」


 三人が元気よく手を振る姿に、思わず頬がゆるむ。


「楽しそうで何よりだ」


 荷馬車が見えなくなると、エリオは木にもたれながら小さく息をついた。


「昨日みたいに、ずっと林の中を走るのは勘弁だからな」


 頭に浮かぶのは昨日の出来事だった。


 突然、大きな猫になったルカが全力で駆け出し、その背中にはアリア、頭の上にはマルル。


 三人はあっという間に街道の先へ消えていった。


「……速かった」


 思い出しただけで苦笑いがこぼれる。


「今日は昨日の反省を生かそう」


 エリオは林から街道へ目を向けた。


「見えなくなったら街道」


「見えたら林」


「これなら見失わない」


 一人で納得すると、肩を回して軽く体をほぐす。


「よし」


「分かれ道までひとっ走り」


 そうつぶやくと、エリオは風を切るように街道を走り出した。


 木々の間を軽やかに抜けながら、その姿はあっという間に森の奥へ消えていった。


街道には、夏の陽射しが降り注いでいた。


 さっきまで荷馬車に乗っていたせいか、歩く速さはゆっくりでも足取りは軽い。


 アリアは両手を後ろで組み、鼻歌を歌いながら歩いていた。


「ねぇ、ルカ」


「リーネって、本当に大きな町なのかな」


「そうみたいだね」


 ルカは空を見上げながら答える。


「パン屋さんも、鍛冶屋さんも、旅人のお店もあるって言ってた」


「噴水も!」


 アリアは思い出したように笑う。


「早く見てみたいなぁ」


「ぼくもなの!」


 マルルも元気よく跳ねた。


「おいしいもの、あるなの?」


 その一言に、アリアは思わず笑い出す。


「マルルはそればっかり」


「大事なの!」


 胸を張るマルルを見て、ルカも小さく吹き出した。


「確かに」


「旅は、ご飯も楽しみだからね」


 三人の笑い声が、静かな街道へ溶けていく。


 その時だった。


 ひやり、とした風が頬をなでた。


 ルカはふと空を見上げる。


「……あれ?」


 さっきまで青く澄んでいた空へ、いつの間にか灰色の雲がゆっくりと広がり始めていた。


 風も少しずつ冷たくなっていく。


「雨かな」


 ルカがつぶやいた、その瞬間。


 ぽつ。


 一粒の雨が、アリアの鼻先へ落ちた。


「わっ」


 アリアが目をぱちくりさせる。


 ぽつ。


 ぽつ、ぽつ。


 雨粒はあっという間に数を増やし、


 ザーッ!


 激しい雨が街道をたたき始めた。


「わぁっ!」


 アリアは思わず肩をすくめる。


 大粒の雨が、地面を白く煙らせるほど勢いよく降り続く。


「アリア!」


 ルカが声を掛けた。


「マント!」


「うん!」


 アリアは急いでポシェットへ手を入れ、白いマントを取り出して羽織る。


 ルカも自分のマントを肩へ掛け、マルルを胸へ抱き寄せた。


「あそこ!」


 街道脇に立つ大きな木を指さす。


 三人は雨を避けるように駆け寄った。


 ところが。


「……あれ?」


 アリアは不思議そうに自分の腕を見つめる。


 マントへ落ちた雨粒が、ころころと丸い玉になって転がり落ちていく。


 袖も服も、まったく濡れていない。


「ルカ!」


 ルカも自分の袖へ目を落とした。


「……本当だ」


 泥が跳ねても、マントへ付いた瞬間にするりと滑り落ちてしまう。


 マルルは前足でマントをぺたぺた触る。


「なの?」


 アリアはうれしそうに笑顔を咲かせた。


「女神さまのマントだ!」


 ルカも思わず笑みをこぼす。


「雨も泥も弾いてる」


「すごいね」


 三人は顔を見合わせた。


「女神さま、ありがとう!」


 元気な声は、激しい雨音にも負けず空へ響いた。


「行こう」


 ルカが小さくうなずく。


「うん!」


 三人は再び街道を歩き始めた。


 雨は相変わらず勢いよく降り続いている。


 それでも、不思議なことに服も髪もまったく濡れない。


 歩くたび、白いマントの表面を雨粒がころころと転がり落ちていく。


「すごいね」


 アリアは手を広げ、楽しそうにくるりと一回転した。


「雨なのに、全然へっちゃら!」


「女神さまの贈り物だからね」


 ルカも笑いながら歩く。


「これなら雨の日も安心だ」


 その時だった。


 ぬかるんだ地面へ足を踏み出したルカの足が、つるりと滑る。


「っと」


 すぐに体勢を立て直す。


「大丈夫?」


 アリアが振り返る。


「うん」


 ルカは苦笑いを浮かべた。


「濡れなくても、道は滑るみたい」


「じゃあ、ゆっくり行こう!」


「そうだね」


 三人は歩幅を少しだけ小さくし、一歩ずつ足元を確かめながら歩いていく。


 雨は変わらず降り続いていた。


 けれど、不思議と気持ちは明るい。


 女神さまが、そっと見守ってくれているような気がした。


 しばらく歩き続けた、その時だった。


「あっ!」


 アリアが前を指さす。


挿絵(By みてみん)


「ルカ、見て!」


 灰色の雨雲の向こうに、小さな村がぼんやりと姿を現していた。


 いくつもの家が寄り添うように並び、その中央には、小さな教会の屋根が見える。


「今日は、あそこだね」


 ルカはほっと息をついた。


「うん!」


 三人は少しだけ足を速める。


 村へ近づくにつれ、畑を囲む柵や、小さな花壇が見えてきた。


 雨に濡れた草花は色鮮やかに輝き、水たまりには次々と丸い波紋が広がっている。


 やがて村の入口へたどり着くと、小さな木の看板が静かに立っていた。


 ルカは雨粒をぬぐいながら文字を読む。


「ベルナ村」


 アリアも看板を見上げ、小さくその名前を口にする。


「ベルナ村……」


 初めて訪れる村。


 どんな人たちが暮らしているのだろう。


 どんな教会が待っているのだろう。


 少しだけ胸を弾ませながら、三人は村の中へ歩き出した。


 雨の向こうに見える小さな教会は、静かに三人を迎えようとしていた。

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