あと3日 〜白石編〜
## 第91話 その一言だけで
文化祭が始まると、一年一組の教室はすぐに来場者で賑わい始めた。
「いらっしゃいませ!」
「こちらへどうぞ!」
カフェ担当の生徒たちが笑顔でお客さんを迎える。
白石は教室の入口からその様子を見つめ、小さく笑みを浮かべた。
(よかった。)
ここ数週間、みんなで放課後に残って準備をしてきた。
机を運び、飾りを作り、何度も配置をやり直した。
その教室に、今はたくさんの人が座っている。
楽しそうに話し、笑い、写真を撮っている。
その光景を見るだけで、胸が温かくなった。
◇
「白石!」
ダンス担当の生徒が手を振る。
「そろそろ体育館行くよ!」
「うん!」
白石は教室をあとにした。
体育館へ向かう廊下も、多くの来場者で賑わっている。
保護者、小さな子ども、卒業生。
普段とはまったく違う学校の景色だった。
◇
体育館の控室では、最後の確認が始まっていた。
「位置、大丈夫?」
「うん。」
「笑顔忘れないでね!」
みんな緊張している。
白石も同じだった。
何度も練習してきたとはいえ、本番は一度きり。
失敗したくない。
そんな気持ちが胸の奥にあった。
◇
着替えを終え、教室へ忘れ物を取りに戻る。
すると。
「あ……。」
神崎の姿が見えた。
エプロン姿で注文票を手に、お客さんの案内をしている。
忙しそうに動いているのに、不思議と落ち着いて見えた。
(神崎くんも頑張ってる。)
その姿を見るだけで、自分も頑張ろうと思えた。
「神崎くん。」
声を掛ける。
神崎が振り向いた。
「お客さん、いっぱいだね。」
「ああ。」
「思ったより忙しい。」
「よかったね。」
白石は教室を見回す。
みんなが笑顔だった。
準備してきた時間が報われたような気がした。
「じゃあ、また体育館行ってくる。」
「頑張れ。」
たった三文字。
それだけだった。
それなのに。
(……嬉しい。)
胸の奥が、ふわっと温かくなる。
「神崎くんも。」
そう返して教室を出る。
歩きながら、自然と頬が緩んでいた。
◇
(頑張れ、か。)
たった一言。
特別な意味なんてない。
きっと誰にでも言う言葉だ。
それでも。
神崎が自分に向けて言ってくれた。
それだけで十分だった。
そんな自分が、少しだけ可笑しい。
◇
体育館へ戻る途中、生田が隣に並んだ。
「なんか機嫌いい?」
「えっ?」
「顔に出てるよ。」
「そんなことないよ。」
慌てて否定すると、生田は楽しそうに笑う。
「神崎くんと話した?」
「……うん。」
「やっぱり。」
白石は照れ隠しに前を向いた。
言葉はほんの少し。
時間にすれば、一分もなかった。
でも、その一分が今日一日を頑張る力になっていた。
◇
体育館の扉が開く。
客席にはたくさんの人が集まっていた。
深呼吸を一つ。
文化祭は、まだ始まったばかり。
この二日間が、どんな思い出になるのか。
白石はまだ知らなかった。




