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君を好きになるのは、一週間だけのはずだった。  作者: 松茸の香料
第一章 青に染まるまで

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9/14

お弁当の時間

体育祭の時の弁当の時間って楽しかったですよね。

このときだけ学校内ならどこでも食べていいという決まりがあったので、屋上で食べてました。


この話、地味に大切かも知れないです。

 午前の競技がひと段落すると、校内放送が流れた。


『これより昼食・休憩時間に入ります。午後の競技は十三時より開始します』


 その瞬間。


「やったぁぁぁ!」


「お腹すいたー!」


「テント行こ!」


 張りつめていた空気が、一気にほどけた。


   ◇


「見て見て! 今日のお弁当!」


「すごっ! 唐揚げじゃん!」


「交換しよう!」


「卵焼きいる?」


「いる!」


 一年一組のテントの下は、さっきまでの競技の真剣さが嘘みたいに賑やかだった。


 レジャーシートを広げる女子たち。


 男子は男子で輪になって座り込む。


 いつもは教室の席で食べる昼食も、今日は特別だ。


「白石さん、こっち空いてる!」


「あ、ありがとう。」


 白石美月は女子たちの輪に加わった。


「いただきます。」


「いただきまーす!」


 蓋を開ける。


 卵焼き。


 ブロッコリー。


 ミニトマト。


 ハンバーグ。


 いつものお弁当なのに、外で食べるだけで少し違って見えた。


「ダンス、本当に上手だったよね。」


「私、隣で見惚れてたもん。」


「そんなことないよ。」


「あるって!」


 白石は困ったように笑った。


「ありがとう。」


「白石さんって何でもできそう。」


「そんなことないって。」


「勉強もできるし、ダンスもできるし。」


「まだ勉強はそこまでじゃないよ。」


「でもすごいよね。」


「……頑張ってるだけ。」


「それがすごいんだよ。」


 白石は少しだけ目を伏せた。


「ありがとう。」


   ◇


「おい、神崎。」


「何。」


「唐揚げ一個やる。」


「いらない。」


「遠慮すんな。」


「だからいらない。」


「じゃあ俺が食う。」


「最初からそうしろ。」


「お前、本当にノリ悪いな。」


「知ってる。」


 男子の輪から笑い声が上がる。


「でもさ。」


「ん?」


「全員リレー、結構いけそうじゃね?」


「桐生いる三組強そうだけど。」


「うちも負けてないだろ。」


「神崎いるし。」


「期待するな。」


「謙遜か?」


「事実だ。」


「いや、お前地味に足速いって。」


「そういえば。」


 その時。


「神崎ー!」


 聞き慣れない声が飛んだ。


「ん?」


 テントの外。


 一年三組の桐生蓮が片手を上げていた。


「一緒に食わない?」


「何で。」


「一人増えても変わんないだろ。」


「変わる。」


「細かいなぁ。」


「桐生、お前ほんと誰とでも話すな。」


「そう?」


「そう。」


 結局。


「ほら、座れって。」


「……少しだけな。」


「よし。」


 桐生はにかっと笑った。


   ◇


「神崎ってさ。」


「何。」


「模試一位のくせに普通だよな。」


「それ、褒めてる?」


「たぶん。」


「たぶんか。」


「もっと近寄りがたいと思ってた。」


「俺も。」


「女子とか全然話しかけられないタイプかと。」


「別に普通に話す。」


「ほら。」


 桐生が笑った。


「今もさっき女子と喋ってたじゃん。」


「クラスメイトだし。」


「神崎って案外ちゃんとしてるよな。」


「案外って何だ。」


「白石さんとも普通に話してるし。」


「……。」


「ん?」


「同じクラスだから。」


「へぇ。」


「何だよ。」


「いや、別に。」


 桐生はそれ以上言わなかった。


   ◇


「……。」


「白石さん?」


「え?」


「どうしたの?」


「ううん。」


 女子の輪の中。


 白石の視線は、無意識に別の場所へ向いていた。


 少し離れた男子の集団。


 神崎がいた。


 男子たちと笑っている。


 桐生と話している。


 そして。


「神崎くん、さっきのダンス面白かったよね!」


「そうか?」


「真顔だったじゃん!」


「余裕なかった。」


「ちょっと意外だった!」


「そういうの苦手なんだ。」


「へぇー!」


 クラスの女子とも普通に話していた。


「……。」


「白石さん?」


「うん?」


「さっきからどこ見てるの?」


「え。」


「もしかして。」


 にやり。


「神崎くん?」


「ち、違う!」


「え、本当に?」


「違うよ。」


「でも今――」


「違うから!」


 思ったより大きな声が出た。


 一瞬。


 周りが静かになる。


「ご、ごめん。」


「いや、こっちこそ。」


 女子たちは顔を見合わせた。


 そして。


「……白石さん。」


「何?」


「神崎くんのこと、好きなの?」


「……え?」


 時間が止まった気がした。


 遠くで聞こえる歓声。


 吹奏楽部の演奏。


 笑い声。


 放送のノイズ。


 全部が少し遠くなる。


「え……?」


「いや、違うならいいんだけど。」


「最近、結構見てるなって。」


「それに、今の反応。」


「……。」


 白石は言葉が出なかった。


 好き。


 神崎くんが。


 私が。


 好き?


(違う。)


 そう思った。


(だって。)


 神崎はただのクラスメイトだ。


 少し話すようになっただけ。


 歓迎遠足で見かけて。


 ダンスで関わって。


 リレーの練習をして。


 少しだけ会話をして。


(でも。)


 他の女子と話していると気になる。


 笑っていると目で追ってしまう。


 話しかけられると嬉しい。


 「お前も」と言われただけで安心した。


(あれ……。)


 胸の奥が熱くなる。


 鼓動が速い。


 顔が少し熱い。


(……そっか。)


 白石は俯いた。


 小さく。


 本当に小さく。


 誰にも聞こえないくらいの声で。


「……好き、なんだ。」


「え?」


「ううん。」


 白石は顔を上げた。


「何でもない。」


 そう言って笑った。


 いつものように。


 困ったように。


 少し照れくさそうに。


 でも。


 その笑顔は、ほんの少しだけ昨日までとは違っていた。


   ◇


『午後の競技開始十分前です。選手の皆さんは集合してください』


 放送が流れる。


「行こっか。」


「うん。」


 立ち上がる。


 テントの外では、神崎が桐生に何かを言われていた。


「だから違う。」


「はいはい。」


「聞け。」


 そんな何気ない光景に。


 白石は小さく笑った。


 そして思う。


 高校一年生の体育祭。


 この昼休みを、きっと私は忘れない。


 ――好きな人の名前を、初めて自分の心の中で認めた日だから。


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