熱狂のリズム
開会式が終わったグラウンドは、朝とはまた違う熱気に包まれていた。
「次、何だっけ?」
「一年のダンス!」
「えぇ、もう!?」
「緊張する!」
「まだ心の準備できてない!」
あちこちから悲鳴にも似た声が上がる。
体育祭は始まったばかりなのに、既に汗ばんだ額をタオルで拭う生徒もいる。
応援席からは他学年の歓声。
放送席から流れる軽快なBGM。
グラウンドの土の匂いと、少し強くなった日差し。
特別な一日は、容赦なく進んでいく。
◇
「一年生、ダンスの準備お願いしまーす!」
三年生の実行委員の声が響いた。
「うわ……。」
「来た。」
「本当にやるんだ。」
「当たり前だろ。」
一年生たちは立ち上がる。
練習した立ち位置へ向かう足取りは、どこかぎこちない。
「白石さん。」
「ん?」
「緊張してる?」
女子の一人が聞いた。
「少し。」
「白石さんでも?」
「するよ。」
「でも白石さん上手いから大丈夫!」
「ありがとう。」
眼鏡の奥の目が、少しだけ柔らかくなる。
「間違えたらどうしよう。」
「みんな間違えるって!」
「そうだよ!」
「楽しもう!」
「……うん。」
白石は小さく頷いた。
◇
一方。
「神崎。」
「何。」
「逃げるなら今だぞ。」
「逃げない。」
「意外。」
「やるならやる。」
「神崎って、こういう時だけ変な真面目さ発揮するよな。」
「失敗したまま終わるのは気持ち悪い。」
「負けず嫌い。」
「違う。」
「いや絶対そう。」
男子たちが笑う。
「緊張してる?」
「別に。」
「本当に?」
「振り付けは覚えた。」
「問題はそこじゃない。」
「じゃあ何だ。」
「人前。」
「……。」
「図星?」
「知らん。」
◇
音楽が流れ始めた。
最初の数秒。
一年生全体が固まった。
観客席。
保護者。
二、三年生。
想像していたよりも、ずっと多くの視線。
「やば。」
「見られてる。」
「無理。」
「落ち着け。」
誰かの声。
そして。
一人の三年生が笑った。
「大丈夫!」
「間違えても、それも思い出だ!」
「楽しめー!」
その声に。
少しだけ肩の力が抜けた。
◇
音楽に合わせて、一歩。
また一歩。
手を伸ばす。
ターンする。
白石は息を整えながら踊った。
自然と身体が動く。
練習の時よりも、風が気持ちいい。
太陽の光が眩しい。
隣では友達が少し遅れて。
後ろでは誰かが笑って。
前では三年生がリズムを取っている。
(楽しい。)
心の中で、そう思った。
「白石さん、すご……。」
「本番でも全然崩れない。」
「やっぱり上手い。」
近くの女子が驚く。
白石は気づかない。
ただ、音楽に身を任せていただけだった。
◇
「……。」
神崎は真剣な顔をしていた。
手を上げる。
一拍遅れる。
「神崎、逆!」
男子の小声。
「分かってる。」
「分かってない!」
それでも。
練習よりはずっと良かった。
覚えた通りに動く。
周囲と合わせる。
できないならできるまでやる。
それが神崎だった。
ふと。
視界の端に白石が映る。
眼鏡をかけたまま。
真剣な顔で。
でも、どこか楽しそうに踊っていた。
(……本当に上手いな。)
ダンスが得意。
歓迎遠足では少し落ち込んでいた。
困った顔をする。
よく笑う。
そして今。
誰よりも自然に踊っている。
神崎は視線を戻した。
それ以上、特別な感情はない。
ただ。
知っていることが、少しずつ増えていくだけだった。
◇
音楽が終わった。
一瞬の静寂。
そして。
拍手。
「お疲れー!」
「終わったぁ!」
「間違えた!」
「でも楽しかった!」
あちこちで笑い声が上がる。
「白石さん!」
「すごかった!」
「ありがとう。」
「本当に上手だった!」
「そんなことないよ。」
「いや、ある!」
女子たちが盛り上がる。
白石は困ったように笑った。
◇
「神崎!」
「生きてるか!」
「……たぶん。」
「お前途中、真顔すぎて笑った。」
「余裕なかった。」
「珍しい!」
「ダンス苦手なんだな。」
「認める。」
「潔っ!」
男子たちが吹き出す。
その時。
「神崎くん!」
「ん?」
クラスの女子が笑いながら声をかけた。
「意外とちゃんと踊れてたじゃん!」
「そうか?」
「練習の時より全然良かった!」
「ありがとう!」
「来年はもっと頑張ってね!」
「一年後の話するな。」
「気が早いって!」
周囲に笑いが広がる。
神崎も少しだけ口元を緩めた。
それを。
少し離れた場所で見ていた白石は、無意識に視線を止めた。
「……。」
楽しそうだった。
男子とも。
女子とも。
神崎は、ちゃんと笑っていた。
別に珍しいことじゃない。
同じクラスだ。
話すのは普通だ。
分かっている。
分かっているのに。
(……なんでだろ。)
胸の奥が、少しだけざわつく。
言葉にできない違和感。
小さな棘みたいなもの。
(なんか……。)
「白石さん?」
「え?」
「どうしたの?」
「ううん。」
白石は慌てて首を振った。
「なんでもない。」
「ぼーっとしてたよ?」
「ちょっと疲れちゃったのかも。」
「お疲れ様!」
「ありがとう。」
笑って返す。
だけど。
さっき見た神崎の横顔が、頭から離れなかった。
◇
次の競技の準備が始まる。
放送が流れる。
歓声が上がる。
グラウンドには次の主役たちが並び始めていた。
体育祭はまだ続く。
賑やかな声の中。
白石はそっと胸元に手を当てた。
鼓動は少しだけ速かった。




