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君を好きになるのは、一週間だけのはずだった。  作者: 松茸の香料
第一章 青に染まるまで

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8/21

熱狂のリズム

 開会式が終わったグラウンドは、朝とはまた違う熱気に包まれていた。


「次、何だっけ?」


「一年のダンス!」


「えぇ、もう!?」


「緊張する!」


「まだ心の準備できてない!」


 あちこちから悲鳴にも似た声が上がる。


 体育祭は始まったばかりなのに、既に汗ばんだ額をタオルで拭う生徒もいる。


 応援席からは他学年の歓声。


 放送席から流れる軽快なBGM。


 グラウンドの土の匂いと、少し強くなった日差し。


 特別な一日は、容赦なく進んでいく。



「一年生、ダンスの準備お願いしまーす!」


 三年生の実行委員の声が響いた。


「うわ……。」


「来た。」


「本当にやるんだ。」


「当たり前だろ。」


 一年生たちは立ち上がる。


 練習した立ち位置へ向かう足取りは、どこかぎこちない。


「白石さん。」


「ん?」


「緊張してる?」


 女子の一人が聞いた。


「少し。」


「白石さんでも?」


「するよ。」


「でも白石さん上手いから大丈夫!」


「ありがとう。」


 眼鏡の奥の目が、少しだけ柔らかくなる。


「間違えたらどうしよう。」


「みんな間違えるって!」


「そうだよ!」


「楽しもう!」


「……うん。」


 白石は小さく頷いた。



 一方。


「神崎。」


「何。」


「逃げるなら今だぞ。」


「逃げない。」


「意外。」


「やるならやる。」


「神崎って、こういう時だけ変な真面目さ発揮するよな。」


「失敗したまま終わるのは気持ち悪い。」


「負けず嫌い。」


「違う。」


「いや絶対そう。」


 男子たちが笑う。


「緊張してる?」


「別に。」


「本当に?」


「振り付けは覚えた。」


「問題はそこじゃない。」


「じゃあ何だ。」


「人前。」


「……。」


「図星?」


「知らん。」



 音楽が流れ始めた。


 最初の数秒。


 一年生全体が固まった。


 観客席。


 保護者。


 二、三年生。


 想像していたよりも、ずっと多くの視線。


「やば。」


「見られてる。」


「無理。」


「落ち着け。」


 誰かの声。


 そして。


 一人の三年生が笑った。


「大丈夫!」


「間違えても、それも思い出だ!」


「楽しめー!」


 その声に。


 少しだけ肩の力が抜けた。



 音楽に合わせて、一歩。


 また一歩。


 手を伸ばす。


 ターンする。


 白石は息を整えながら踊った。


 自然と身体が動く。


 練習の時よりも、風が気持ちいい。


 太陽の光が眩しい。


 隣では友達が少し遅れて。


 後ろでは誰かが笑って。


 前では三年生がリズムを取っている。


(楽しい。)


 心の中で、そう思った。


「白石さん、すご……。」


「本番でも全然崩れない。」


「やっぱり上手い。」


 近くの女子が驚く。


 白石は気づかない。


 ただ、音楽に身を任せていただけだった。



「……。」


 神崎は真剣な顔をしていた。


 手を上げる。


 一拍遅れる。


「神崎、逆!」


 男子の小声。


「分かってる。」


「分かってない!」


 それでも。


 練習よりはずっと良かった。


 覚えた通りに動く。


 周囲と合わせる。


 できないならできるまでやる。


 それが神崎だった。


 ふと。


 視界の端に白石が映る。


 眼鏡をかけたまま。


 真剣な顔で。


 でも、どこか楽しそうに踊っていた。


(……本当に上手いな。)


 ダンスが得意。


 歓迎遠足では少し落ち込んでいた。


 困った顔をする。


 よく笑う。


 そして今。


 誰よりも自然に踊っている。


 神崎は視線を戻した。


 それ以上、特別な感情はない。


 ただ。


 知っていることが、少しずつ増えていくだけだった。



 音楽が終わった。


 一瞬の静寂。


 そして。


 拍手。


「お疲れー!」


「終わったぁ!」


「間違えた!」


「でも楽しかった!」


 あちこちで笑い声が上がる。


「白石さん!」


「すごかった!」


「ありがとう。」


「本当に上手だった!」


「そんなことないよ。」


「いや、ある!」


 女子たちが盛り上がる。


 白石は困ったように笑った。



「神崎!」


「生きてるか!」


「……たぶん。」


「お前途中、真顔すぎて笑った。」


「余裕なかった。」


「珍しい!」


「ダンス苦手なんだな。」


「認める。」


「潔っ!」


 男子たちが吹き出す。


 その時。


「神崎くん!」


「ん?」


 クラスの女子が笑いながら声をかけた。


「意外とちゃんと踊れてたじゃん!」


「そうか?」


「練習の時より全然良かった!」


「ありがとう!」


「来年はもっと頑張ってね!」


「一年後の話するな。」


「気が早いって!」


 周囲に笑いが広がる。


 神崎も少しだけ口元を緩めた。


 それを。


 少し離れた場所で見ていた白石は、無意識に視線を止めた。


「……。」


 楽しそうだった。


 男子とも。


 女子とも。


 神崎は、ちゃんと笑っていた。


 別に珍しいことじゃない。


 同じクラスだ。


 話すのは普通だ。


 分かっている。


 分かっているのに。


(……なんでだろ。)


 胸の奥が、少しだけざわつく。


 言葉にできない違和感。


 小さな棘みたいなもの。


(なんか……。)


「白石さん?」


「え?」


「どうしたの?」


「ううん。」


 白石は慌てて首を振った。


「なんでもない。」


「ぼーっとしてたよ?」


「ちょっと疲れちゃったのかも。」


「お疲れ様!」


「ありがとう。」


 笑って返す。


 だけど。


 さっき見た神崎の横顔が、頭から離れなかった。



 次の競技の準備が始まる。


 放送が流れる。


 歓声が上がる。


 グラウンドには次の主役たちが並び始めていた。


 体育祭はまだ続く。


 賑やかな声の中。


 白石はそっと胸元に手を当てた。


 鼓動は少しだけ速かった。

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