姉にしか話せないこと
報告回です。まだ第二部は終わりません。
夕焼けに染まる帰り道。
白石美月は、どこか足取りが軽かった。
ダンス練習。
神崎に教えたこと。
「ありがとう」と言ってもらえたこと。
思い返すたびに、自然と口元が緩んでしまう。
「……だめだ。」
一人で笑ってしまいそうになり、慌てて首を振る。
そんな自分が少し恥ずかしかった。
◇
「ただいま。」
玄関の扉を開けると、リビングから春乃の声が聞こえた。
「おかえりー。」
「今日は遅かったね。」
「文化祭準備。」
「ダンス?」
「うん。」
制服のままリビングへ入ると、春乃がじっとこちらを見つめていた。
「……なに?」
「いや?」
「今日も何かあった顔してる。」
「えっ?」
思わず自分の頬を触る。
「そんな分かる?」
「分かる。」
春乃は笑いながら立ち上がった。
「妹歴十六年だから。」
二人は思わず笑い合う。
◇
夕食を終え、二人は白石の部屋へ。
ベッドに腰掛けた春乃が、にやりと笑う。
「さあ、聞こうか。」
「今日の青春。」
「青春って……。」
白石は照れながら机の椅子へ座った。
「今日はダンス練習だったの。」
「うんうん。」
「神崎くん、まだ少し振り付けが苦手で。」
「教えたの?」
「うん。」
「横で一緒に踊って。」
白石はその時のことを思い出す。
「途中でね。」
「腕が当たっちゃって。」
「へぇ?」
春乃の目が少し大きくなる。
「で?」
「謝った。」
「神崎くんは?」
「『大丈夫。』って。」
「……以上。」
「神崎くんらしい。」
二人はまた笑った。
◇
「あとね。」
白石は少しためらう。
「肩に力入りすぎてたから。」
「うん。」
「ちょっとだけ。」
「肩、触っちゃった。」
一瞬の静寂。
「……え?」
「え?」
「肩!?」
「う、うん。」
「美月から?」
「そう。」
「勇気出したねぇ!」
春乃は思わず拍手した。
「でも。」
「神崎くん全然気にしてなかった。」
「でしょうね。」
その返事に、二人とも吹き出した。
「でもね。」
白石は小さく笑う。
「ちゃんと踊れるようになって。」
「帰りに。」
少しだけ俯く。
「『ありがとう。』って。」
「『分かりやすかった。』って言ってくれた。」
春乃は妹の表情を見つめる。
嬉しさを隠そうとしている。
でも隠しきれていない。
そんな笑顔だった。
「嬉しかった?」
「……うん。」
「すごく。」
その返事に迷いはなかった。
◇
少しして。
春乃が真面目な表情になる。
「ねぇ、美月。」
「ん?」
「最近変わったね。」
「私?」
「前は。」
「神崎くんと話せた。」
「それだけで喜んでた。」
「……。」
「でも今は。」
「神崎くんの役に立てたことを、一番嬉しそうに話してる。」
白石は少し考えた。
そして、小さく笑う。
「そうかも。」
「近づきたいだけじゃなくて。」
「力になりたい。」
その言葉を聞いて、春乃は優しく頷いた。
「いい恋してるね。」
◇
窓から夜風が入る。
カーテンがゆっくり揺れた。
「でもね。」
白石が静かに口を開く。
「神崎くんは。」
「私のこと。」
「恋愛とかじゃなくて。」
「努力する人って思ってるだけなんだろうな。」
春乃はすぐには答えなかった。
神崎を何度か見たことがある。
真面目で、不器用で、優しい。
だからこそ、今の白石の言葉はきっと正しい。
「……それでも。」
春乃は穏やかに微笑む。
「努力する人って思われるのって、すごく素敵なことだよ。」
「うん。」
「神崎くんは、ちゃんと美月を見てる。」
「恋かどうかは分からない。」
「でも、人として信頼してる。」
「それだけでも、十分すごいこと。」
白石はゆっくり頷いた。
「……うん。」
◇
部屋を出ようとした春乃が、ドアの前で振り返る。
「そういえば。」
「文化祭まであと少しだね。」
「うん。」
「楽しみ?」
白石は少し笑って答えた。
「楽しみ。」
「神崎くんと一緒に成功させたい。」
「それだけ。」
春乃は小さく笑う。
「美月らしい。」
部屋の電気が消える。
静かな夜。
白石はベッドに横になり、天井を見つめた。
文化祭まで、あと少し。
今はまだ、それだけで十分幸せだった。
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