57,夏の夜に 〜花火編〜
花火編です。今日は二つエピソードを投稿しているので、浴衣編を読んでいない人はそちらから。
「すごい人……。」
花火の打ち上げが近づくにつれ、川沿いの遊歩道は人で埋め尽くされていた。
「はぐれないようにね!」
生田が振り返る。
「うん。」
「朝比奈も!」
「分かってるって。」
三人は人の流れに合わせて歩き、ようやく花火が見えそうな場所を見つけた。
ちょうどその頃――。
「藤原、そっちじゃない。」
「分かってるって!」
神崎たち卓球部の数人も、祭りの会場を歩いていた。
藤原は焼きそばを片手に笑っている。
「神崎、何食べる?」
「まだいい。」
「遠慮するなよ。」
「遠慮じゃない。」
「相変わらずだな。」
部員たちは笑いながら歩いていく。
神崎もその輪に加わりながら、夏祭り独特の賑わいを眺めていた。
提灯の灯り。
屋台から漂う香り。
浴衣姿の人々。
どこを見ても、夏だった。
午後八時。
会場の照明が少し落とされる。
静かな期待があたりを包んだ。
――ヒュゥゥ……
夜空へ一本の光が昇っていく。
次の瞬間。
ドォン!!
大輪の花が夜空いっぱいに咲いた。
「きれい……。」
白石は思わず息を呑む。
青。
赤。
金。
次々と咲いては消えていく花火。
その光が、川面を揺らしていた。
「美月!」
生田が花火を指差す。
「見て、あれ!」
「ほんとだ……。」
そのときだった。
白石の視界の端に、一人の男子が映る。
少し離れた場所。
人混みの向こう側。
見慣れた横顔。
(……え。)
胸が高鳴る。
(神崎くん……?)
見間違えるはずがない。
制服ではない。
私服姿。
それでも分かった。
本当に来ていた。
神崎は卓球部の友人たちと笑いながら花火を見ている。
その横顔を見つめているだけで、胸が少し温かくなる。
(いたんだ。)
ほんの少し。
話せたらいいな。
そんな気持ちが芽生えた。
白石は人の隙間を縫うように、一歩踏み出す。
もう少し。
もう少し近づけば。
「神崎く――」
ドォォォン!!
特大の花火が夜空いっぱいに広がった。
音が空気を震わせる。
白石の声は、その音に完全に飲み込まれた。
さらに大きな拍手。
「すごーい!」
歓声。
人が一斉に前へ動く。
「きゃっ!」
白石は人の波に押され、思わず足を止めた。
「美月!」
生田が腕をつかむ。
「大丈夫?」
「う、うん。」
もう一度、神崎がいた場所を見る。
けれど。
「あ……。」
人の流れに隠れて、姿は見えなくなっていた。
一方その頃。
神崎は花火を見上げていた。
すると、視界の端に見覚えのある浴衣姿が映る。
(水色……?)
どこかで見たことがある。
ふと視線を向ける。
(あれ……。)
白石に、似ている。
そう思った瞬間。
「神崎!」
藤原が肩を叩く。
「次、ナイアガラ始まるぞ!」
「ああ。」
一瞬目を離した。
もう一度見る。
そこには、さっきの浴衣姿はなかった。
(……気のせいか。)
神崎はそう思い、再び花火へ目を向けた。
花火が終わる。
観客が一斉に帰り始める。
「楽しかったね!」
朝比奈が笑う。
「また来年も来たい!」
生田も頷く。
白石も笑顔で頷いた。
「うん。」
楽しかった。
本当に楽しかった。
でも。
(少しだけ……。)
心のどこかに、小さな心残りが残っていた。
帰宅後。
白石は浴衣を脱ぎ、丁寧に畳む。
鏡の前で髪飾りを外し、小さく息をついた。
(話したかったな。)
「夏祭り来てたんだね。」
その一言だけでよかった。
でも、その一言は届かなかった。
白石は窓を開ける。
遠くで最後の花火が小さく光り、夜空へ消えていった。
一方、神崎も自宅へ帰っていた。
祭りでもらった団扇を机の横に置き、椅子へ腰を下ろす。
ふと、今日のことを思い返す。
(水色の浴衣……。)
見間違いだったのだろうか。
いや。
(白石、だったのかな。)
確信はない。
けれど、もし本当にそうだったなら。
「……今度聞いてみるか。」
誰に聞かせるでもない小さな独り言。
窓の外では、祭りの余韻を残すように蝉が鳴いていた。
同じ夏の夜。
二人は同じ花火を見上げ、同じ相手のことを少しだけ思い出していた。
そのことを、お互いに知ることはまだなかった。
夏休み、どう終わらせたらいいんだ。
ちなみに、ナイアガラっていうのは仕掛け花火の種類のことです。
気になったら調べてみてください。




