55,お誘い
夏休みも半ばに差しかかったある日。
午前中の部活を終えた白石は、自宅の自室で机に向かっていた。
窓の外では蝉が元気よく鳴いている。
エアコンの風に揺れるカーテンの向こうには、青い空と大きな入道雲。
いかにも夏休みらしい景色だった。
しかし机の上に広がっているのは、補習でもらった数学の課題。
「……あと一問。」
白石はシャープペンを持ち直した。
問題を眺める。
以前なら、ここで手が止まっていた。
けれど今は違う。
(まず条件を書き出して……。)
神崎に教えてもらった解き方を思い出しながら、一つずつ整理する。
図を書き、式を立てる。
「……できた。」
答えが合ったことを確認すると、小さく笑みがこぼれた。
(神崎くん、教えるの上手だったな。)
あの日、放課後の教室で一緒に問題を解いた時間が頭に浮かぶ。
「公式を覚えるより、どう考えるかが大事。」
そう言っていた神崎の声まで思い出せる気がした。
「……何思い出してるんだろ。」
白石は一人で苦笑した。
そのときだった。
「美月ー。」
階下から姉の声が聞こえてくる。
「はーい。」
課題を閉じ、リビングへ降りていった。
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リビングでは姉が冷たい麦茶を飲んでいた。
「お疲れ。」
「ただいま。」
「部活?」
「うん。」
「補習の課題まであるなんて大変だね。」
「でも、前よりはできるようになってきたよ。」
そう答えると、姉は少し驚いた顔をした。
「へぇ。努力の成果?」
「……多分。」
白石は照れくさそうに笑う。
「ちょっと教えてもらったりもしたし。」
「教えてもらった?」
「クラスの子に。」
姉はその言葉を聞いて、意味ありげに口元を緩めた。
「クラスの子、ねぇ。」
「何その反応。」
「別に?」
絶対に何か考えている。
白石はそう思ったが、あえて聞かないことにした。
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昼食を食べ終えたあと、姉が買い物へ行こうと言い出した。
「アイスなくなったし、スーパー行こ。」
「いいよ。」
二人で並んで歩く。
強い日差しに照らされた住宅街は静かで、聞こえてくるのは蝉の声だけだった。
「高校はどう?」
姉が聞く。
「楽しい?」
「うん。」
「友達もできた?」
「生田ちゃんとか朝比奈ちゃんとか。」
「よかった。」
姉は安心したように笑う。
「部活も楽しい?」
「暑いけどね。」
「それはどこも同じか。」
二人は顔を見合わせて笑った。
スーパーで買い物を済ませ、アイスを片手に帰り道を歩く。
その途中だった。
「あ、そうだ。」
姉が思い出したように言う。
「今年の夏祭り、行く?」
「夏祭り?」
「駅前の。」
「ああ。」
毎年行われる地域の夏祭り。
屋台が並び、夜には花火も上がる。
「今年は花火が増えるらしいよ。」
「そうなんだ。」
「友達と行けば?」
白石は少しだけ考えた。
「まだ何も決まってない。」
「じゃあ誘えばいいじゃん。」
「生田ちゃんとか朝比奈ちゃんとか。」
「……そうだね。」
姉は少し歩いてから、いたずらっぽく笑った。
「それとも。」
「?」
「神崎くん。」
白石の足が止まる。
「えっ!?」
「そんなに驚く?」
「な、なんでそこで神崎くんが出てくるの!?」
「この前話してたじゃない。」
「それは……。」
「最近よく名前聞くし。」
「そ、それはクラスメイトだから!」
「ふーん。」
姉は面白そうに笑う。
「じゃあ、誘わないの?」
その一言に、白石は何も答えられなかった。
誘いたいか、誘いたくないか。
そう聞かれたら、答えは決まっている。
(……行けたら楽しそうだな。)
そう思ってしまった。
でも。
「……無理だよ。」
「え?」
「だって。」
白石は少し寂しそうに笑う。
「神崎くん、スマホ持ってないから。」
姉は少し驚いたように目を丸くした。
「え、本当に?」
「うん。」
「珍しいね。」
「学校では話せるけど……夏休みは補習の日しか会わないし。」
姉は少し考えてから言った。
「じゃあ補習の日に聞けば?」
白石は首を横に振る。
「急にそんなこと言えないよ。」
「そういうもの?」
「そういうもの。」
姉は笑いながら肩をすくめた。
「青春だねぇ。」
「違うって。」
白石は顔を赤くして歩き出す。
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家へ帰ると、白石は自室へ戻った。
机の上にはスマートフォン。
何気なく手に取り、連絡先を開く。
生田。
朝比奈。
クラスのみんな。
そこに神崎の名前はなかった。
「……そうだよね。」
分かっていたことなのに、少しだけ寂しい。
学校では普通に話せる。
でも、学校の外では何もできない。
『今度の夏祭り、一緒に行かない?』
そんな一言さえ送れない。
白石はスマートフォンを閉じ、窓の外を眺めた。
遠くの商店街には、夏祭りのポスターが貼られている。
(もし、連絡できたら。)
そんな「もし」を考えてしまう。
けれど、その願いを叶える方法は、今の二人にはまだなかった。
白石は小さく息をつき、再び机へ向かった。
夏休みの終わりは、まだ少し先だった。
誘いたいのに誘えない。一番悲しいやつですね。1番かは分かりませんが。
でも、次回夏祭り回です。どうなるか予想つきそうですねw
(悪巧みをする松茸)




