51,帰り道の約束
突然こんな事があっていいものか。
何度も言っているようですが、これは実話、僕の体験談です。
このとき結構ビビった。
「今日はここまで。」
先生の声とともに、教室の空気が少し緩んだ。
午前中だけとはいえ、集中し続けた補習は思っていた以上に疲れる。
「ありがとうございました。」
生徒たちは一斉に立ち上がり、帰り支度を始めた。
中山は教科書を抱えると、そのまま教壇へ向かう。
「先生、この問題なんですけど……。」
さっそく質問だ。
(さすがだな。)
神崎は苦笑しながらプリントを鞄へしまう。
ふと見ると、白石は机の上を整理していた。
ノートの端を丁寧に揃え、ルーズリーフをファイルへ挟んでいる。
いつも通り、几帳面だ。
神崎は席を立ち、提出するプリントを職員室前の回収箱へ入れに行く。
教室へ戻るころには、ほとんどの生徒はいなくなっていた。
「あ。」
白石がちょうど鞄を持ち上げたところだった。
「まだいたんだ。」
「プリント出してきた。」
「そっか。」
二人は自然と教室を出る。
廊下には、夏の日差しが白く差し込んでいた。
下駄箱へ向かう足音だけが静かに響く。
「……暑いね。」
白石がぽつりと言う。
「朝より暑い。」
「帰るだけで汗かきそう。」
二人は笑い合った。
靴を履き替え、校門を出る。
周りには部活動へ向かう生徒や、補習を終えた生徒がちらほら見える。
同じ方向へ歩き始めたところで、白石が少し遠慮がちに口を開いた。
「あの……。」
「ん?」
「途中まで、一緒でもいい?」
神崎は少しだけ驚いたが、すぐに頷く。
「もちろん。」
その一言に、白石はほっとしたように微笑んだ。
二人は肩を並べて歩き始める。
どちらからともなく話し始めるには、少しだけ時間が必要だった。
学校を出て少し歩いたところにある自動販売機。
「ちょっと飲み物買ってもいい?」
「いいよ。」
神崎は財布を取り出す。
白石はスポーツドリンクを一本。
神崎も同じものを選んだ。
「同じだ。」
白石が少し笑う。
「なんとなく。」
「私も。」
ベンチに座ることはせず、そのまま歩きながらキャップを開ける。
冷たい飲み物が喉を通る。
「生き返る。」
神崎の一言に、白石は思わず吹き出した。
「そんなに?」
「卓球部の体育館、暑すぎる。」
「弓道場も暑いよ。」
「クーラーないし。」
「うん。」
お互い苦労していることが分かると、自然と笑みがこぼれる。
「そういえば。」
神崎が口を開く。
「部活、毎日?」
「ほとんど。」
「大会近い?」
「まだ少し先かな。」
「そっか。」
今度は白石が聞く。
「卓球部は?」
「ほぼ毎日。」
「大変そう。」
「もう慣れた。」
短い会話なのに、不思議と沈黙が苦にならない。
むしろ、久しぶりにこうして話せる時間が心地よかった。
「理系部もあるんだよね?」
「ああ。」
神崎は頷く。
「来週、研修に行く。」
「研修?」
「大学の研究室見学。」
「すごい。」
「文化祭の参考にもなるらしい。」
「楽しそう。」
「まあ、勉強だけど。」
白石は小さく笑う。
「神崎くんらしい。」
「そう?」
「うん。」
その言葉に、神崎も少しだけ笑った。
やがて、見慣れた交差点が近づく。
二人が別れる場所だ。
「あ……。」
白石が少し残念そうな声を漏らす。
「ここだね。」
「うん。」
少しだけ沈黙が流れる。
けれど、今度はどちらも焦らなかった。
「また明日。」
白石が先に言う。
「ああ。また明日。」
神崎は軽く手を上げる。
白石も笑顔で手を振り返した。
背中を向けて歩き出してからも、白石の口元には小さな笑みが残っていた。
(明日も会える。)
その事実だけで、夏休みが少しだけ短く感じられる気がした。
一方の神崎も、自転車を押しながらふと思う。
(……なんか、普通に話せるようになったな。)
特別な約束をしたわけでもない。
恋人でもない。
それでも、「また明日」と言える相手がいることを、どこか嬉しく感じていた。
蝉の鳴き声が響く夏空の下、二人はそれぞれの帰り道を歩いていった。
青春。この頃から神崎は察し始めます。(遅いよ〜)




