バトンにこもっていた思い
予定通りリレーです。今日は今まで書きだめしていた文を放出しているので、かなり投稿数が多いと思います。
今日の投稿はこの次までにします。
体育祭編、半分まで行きます。
体育祭まで、あと十日。
4月の終わりが近づくにつれて、青峰高校の空気は少しずつ浮き足立っていた。
朝の教室。
「ねえ、聞いた?」
「何が?」
「今年の全員リレー、アンカー長距離なんだって。」
「えぇぇぇ!?」
「待って、全員リレーって全員走るの?」
「去年もそうだったらしいよ。」
「嘘でしょ!?」
一年一組は朝から騒がしかった。
入学して一か月。
最初は「おはよう」すらぎこちなかったクラスも、今では誰かが話し始めれば自然と輪が広がるようになっていた。
「ホームルーム始めるぞー。」
担任が教室に入ってくる。
「今日は午後から全員リレーの練習だ。走順も決めるから、ちゃんと話し合えよ。」
「先生、全員って本当に全員ですか?」
「全員だ。」
「運動苦手な人は?」
「頑張れ。」
「ひどっ!」
教室中に笑いが広がった。
「三年生が言ってたけど、全員リレーが一番盛り上がるらしいぞ。」
「本当かなぁ。」
「いや、絶対盛り上がるでしょ。」
「私は走りたくない!」
悲鳴混じりの声。
そんな中。
「神崎、足速い?」
男子の一人が振り返った。
「普通。」
「その普通、信用できないんだけど。」
「中学でリレー走ってたって聞いた。」
「マジ?」
「へぇ。」
少しだけ視線が集まる。
「白石さんは?」
「え?」
「走るの得意?」
突然話を振られた白石美月は、眼鏡の奥で目をぱちぱちさせた。
「得意ではないかな。」
「ダンス上手かったのに?」
「ダンスと走るのは違うよ。」
「確かに。」
女子たちが笑う。
白石もつられて笑った。
教室の前方。
神崎は特に興味もなさそうに窓の外を見ていた。
◇
昼休みを終え、一年生たちはグラウンドへ移動した。
五月の陽射しは強い。
土の匂い。
白線の引かれたトラック。
グラウンドの隅では野球部が声を出していた。
「一年生はこっちに集まってくださーい!」
腕章をつけた三年生が声を張る。
「まずはバトンパスの練習からやります!」
「全員リレーって本当に全員なんですね……。」
「うちの学校の伝統だからね。」
三年生が笑った。
「速い人だけじゃなくて、みんなで繋ぐのが大事なんだよ。」
その言葉に、少しだけざわめきが落ち着く。
「じゃあ、一組は走順確認!」
「うわぁ……。」
「緊張する。」
クラスごとに集まる。
「誰が最初?」
「アンカー誰?」
「神崎、速いんだろ?」
「だから普通だって。」
「絶対嘘。」
男子たちが騒ぐ。
◇
「そういえばさ。」
「ん?」
「一年三組に、めちゃくちゃ速い人いるらしいよ。」
「え?」
「中学の県大会優勝したとか。」
「マジで?」
そんな噂が聞こえ始めた頃だった。
「一年三組、バトンパス確認するよー!」
三年生の声。
すると。
一人の男子が軽く手を挙げた。
「はいはい。」
背は高め。
短く切った黒髪。
日に焼けた肌。
どこか気の抜けたような笑み。
「桐生、お前ちょっと見本やって。」
「えぇ、俺?」
「頼む!」
「はいはい。」
男子はスタート位置へ向かった。
「誰?」
「知らない。」
「一年三組の桐生蓮。」
「桐生?」
次の瞬間。
パンッ。
軽く地面を蹴っただけだった。
「……え?」
「速っ。」
「嘘。」
一年生たちの視線が、一斉に集まる。
フォームが綺麗だった。
無駄がない。
風を切るように走る。
みるみる距離が開いていく。
軽く流しているようにしか見えないのに。
「すご……。」
「なにあれ。」
「速すぎる。」
ゴールした桐生は振り返り、困ったように笑った。
「そんな見るなって。」
「いや見るだろ!」
「普通じゃない!」
「普通だって。」
「その普通、絶対違う!」
どっと笑いが起きた。
◇
「神崎くん。」
「ん?」
休憩中。
少し離れた場所から白石が声をかけてきた。
「さっきの人、すごかったね。」
「ああ。」
「びっくりした。」
「速かったな。」
「神崎くんも走るんだよね?」
「まあ。」
「意外。」
「お前も。」
「え?」
「ダンス。」
白石は一瞬止まった。
「……見てたの?」
「見えるだろ。」
「そっか。」
少しだけ照れくさそうに笑う。
「ありがとう。」
「褒めてない。」
「でも、上手いって思ったんでしょ?」
「……事実だ。」
「それなら十分。」
白石は嬉しそうに笑った。
「神崎くんって、不思議だね。」
「どこが。」
「ちゃんと見てるのに、褒めてる自覚ないところ。」
「そんなつもりない。」
「ふふ。」
その時。
「白石さーん!」
「こっち来て!」
女子たちの声。
「あ、ごめん。」
「行ってこい。」
「うん。」
白石は小さく手を振って駆けていった。
「またね。」
「ああ。」
◇
「神崎ー!」
「何。」
「お前、女子と話してたな。」
「たまたまだ。」
「珍しい。」
「そうか?」
「白石さんだろ?」
「……たぶん。」
「名前覚えてるじゃん。」
「同じクラスだし。」
「へぇ。」
男子たちが意味ありげに笑う。
「違う。」
「まだ何も言ってない。」
「そういうところだぞ。」
「意味が分からん。」
神崎はため息をついた。
◇
練習の終わり。
クラスごとに円になって座る。
「全員リレーって、速い人だけじゃ駄目なんだね。」
「そりゃ全員だし。」
「バトン落としたら怖いな。」
「大丈夫、大丈夫!」
笑い声。
誰かの励まし。
まだぎこちない連帯感。
でも。
最初の頃より、確かにクラスになっていた。
神崎は遠くを見る。
一年三組。
桐生蓮が誰かと笑っていた。
誰とでも話せるような空気。
周りを自然と明るくするような雰囲気。
(……変なやつだな。)
そう思った。
その一方で。
「白石さん、またダンス教えて!」
「私も!」
「えぇ?」
「お願い!」
「わ、分かった。」
困ったように笑う白石の姿も視界に入った。
歓迎遠足。
ダンス練習。
そして今日。
少しずつ。
本当に少しずつ。
クラスメイトたちの輪郭がはっきりしていく。
まだ、特別じゃない。
まだ、ただの同級生。
でも。
体育祭という行事は、確実に一年一組の距離を縮めていた。
四月の空は高く青い。
体育祭まで、あと十日。
まだ誰も知らない。
この賑やかな日々の中で。
誰かの恋が、静かに形を変え始めていることを。
体育祭の花形、全員参加リレーです。リレーの時にめっちゃ活躍する人っていましたよね。
当時はそんな人のことを少し憎らしく思っていたんですけど、流石にそれを書くのは趣旨が違うと思い、やめておきました。




