37,愛合傘
待望の相合傘です。やった〜
「……傘、入るか。」
神崎の一言に、白石は目を丸くした。
「え……?」
「駅までだろ。」
「あ、うん……。」
「だったら。」
まるで、「一緒に帰る?」くらいの軽さだった。
特別な意味なんてない。
そんな言い方だった。
それでも白石の心臓は、一気に速くなる。
(相合傘……。)
頭の中でその言葉が浮かんだ瞬間、自分で恥ずかしくなる。
「でも……。」
「嫌なら別にいい。」
神崎はそう言って傘を開こうとする。
「ち、違う!」
思わず少し大きな声が出た。
神崎がきょとんとした顔で振り向く。
「嫌じゃなくて……。」
白石は俯きながら、小さく言った。
「その……お願い。」
「じゃあ行くか。」
神崎は何事もなかったように傘を開いた。
ぱちん、と雨音に混じって小さな音が響く。
昇降口を出る。
雨は朝とは違い、本降りになっていた。
神崎は自然と歩き出す。
白石も少し遅れて隣へ並ぶ。
(近い……。)
傘は大人一人なら余裕がある大きさ。
二人だと、少しだけ狭い。
制服の袖が触れそうになるたび、白石はそっと距離を取る。
けれど離れすぎると雨に濡れる。
(どうしよう……。)
歩幅まで分からなくなってくる。
神崎はそんな白石を横目で見た。
(歩きづらそうだな。)
少しだけ歩く速度を落とす。
白石もそれに気付いて、小さく歩幅を合わせた。
言葉はない。
それでも、不思議と気まずくはなかった。
雨音だけが続く。
住宅街を抜ける道。
水たまりを避けながら歩いていると、白石が小さく笑った。
「どうした。」
「ううん。」
少しだけ首を振る。
「昨日も雨だったなって。」
「ああ。」
「二日続けてだね。」
「そうだな。」
短い会話。
でも、それだけで十分だった。
しばらく歩くと、風が吹いた。
雨粒が横から流れ込み、白石の肩に当たる。
神崎はそれに気付く。
(濡れてる。)
何も考えず、傘を白石側へ寄せた。
その瞬間、自分の左肩が雨にさらされる。
冷たい。
でも、気にならない。
「神崎くん。」
「ん?」
「肩……。」
神崎は自分の肩を見る。
「ああ。」
濡れていた。
「平気。」
「でも。」
「制服なんて乾くし。」
本当にそう思っている。
だから、それ以上何も言わなかった。
(この人は……。)
白石は胸の奥が締め付けられる。
きっと神崎は気付いていない。
こういう何気ない優しさが、人を好きにさせることを。
駅前が近付いてきた。
人通りも少し増える。
ふと、神崎が口を開いた。
「そういえば。」
「?」
「また忘れるなよ。」
「え?」
「傘。」
一瞬だけ間があって。
白石は顔を赤くした。
「わ、忘れないもん……!」
「どうだか。」
「今日はたまたまだもん。」
「昨日もだったけど。」
「それは……。」
言い返せない。
悔しそうに唇を尖らせる白石を見て、神崎は少しだけ笑った。
「……気を付けろ。」
その笑顔は一瞬だった。
すぐにいつもの無表情へ戻る。
でも、確かに笑った。
(今……。)
白石の胸が高鳴る。
笑った。
私に向かって。
それだけで、今日一日が特別になってしまう。
駅に着く。
「じゃ。」
神崎が傘を閉じる。
「今日はありがとう。」
「別に。」
また、その一言。
だけど今は、その言葉の意味が少し分かる気がした。
照れくさいだけなんだ。
本当に優しい人ほど、自分の優しさを大げさにしない。
改札へ向かう途中、白石は一度だけ振り返る。
神崎は反対方向へ歩いていく。
肩は少しだけ濡れたままだった。
(……今度は、私がお返ししなきゃ。)
そんなことを考えながら、白石は小さく微笑んだ。
きゃー青春!
まぁ体験談だけど。




