28,まだ、分からない
本日二話目。いつも通りの更新時間ですが、この前に一話公開しているのでそちらを先に読んでください。
昨日返ってきた三枚の答案を、白石美月は何度目か分からないくらい見返していた。
国語、七十八点。
数学Ⅰ、七十二点。
英語コミュニケーション、八十二点。
悪くない。
むしろ、かなり良かった。
だからこそ、怖い。
(期待しちゃダメ。)
そう思うほど、頭の中には別の言葉が浮かんでしまう。
二十位台。
テスト前に立てた、小さな目標。
届くはずがないと思っていた数字。
でも、今なら。
「今日も返却だよね?」
「うわぁ……。」
「まだ七教科もあるの?」
「十教科って多くない?」
「誰だよ決めたの。」
教室のあちこちで悲鳴が上がる。
白石はクリアファイルを閉じた。
(……まだ分からない。)
◇◇◇
一時間目、現代社会。
「はい、返すぞ。」
答案が配られていく。
「白石。」
「はい。」
受け取って、裏返す。
七十五点。
(よかった……!)
飛び抜けてはいない。
でも、安定している。
大きく崩れていない。
それだけで、少し肩の力が抜けた。
◇◇◇
二時間目、数学A。
教室の空気が重い。
「今回、難しかったからな。」
先生の言葉に、あちこちからため息が漏れる。
白石は答案を受け取った。
裏返す。
六十八点。
「……。」
一瞬、視界が止まった。
(あ。)
現社で上がった気持ちが、少しだけ沈む。
苦手な単元。
時間が足りなかった問題。
思い当たることはいくらでもあった。
(もしかして……。)
二十位台。
その数字が、少し遠ざかった気がした。
「どうだった?」
「六十八。」
「うわ、惜しい。」
「でも赤点じゃないし。」
「そうだね。」
白石は頷いた。
そう。
以前なら、この点数でもっと落ち込んでいたはずだ。
でも今は違う。
(まだ終わってない。)
◇◇◇
休み時間。
「神崎。」
「ん。」
「数学A。」
中山が答案を振った。
「九十六。」
「九十四。」
「そうか。」
「昨日はそっちだったのに。」
「まだ途中だろ。」
「分かってる。」
中山は少し悔しそうに笑った。
「でも二点。」
「二点だな。」
「悔しい。」
「昨日は俺が勝った。」
「だから今日は私。」
「まだ化学ある。」
「覚えてる。」
白石は思わず、そのやり取りを見つめた。
九十四点で悔しそうな顔をする中山。
九十六点でも特に喜ばない神崎。
(すごいな。)
自分とは違う世界。
でも、二人とも楽しそうだった。
◇◇◇
三時間目、論理表現。
白石は答案を受け取る。
そして。
八十四点。
「え……?」
思わず見直した。
仮定法。
書き換え。
英作文。
ペアワークで扱った例文。
あの時、「もし私が鳥だったら」なんて例文を真面目に考えた時間。
全部が繋がっていた。
「白石さん、どうだった?」
「八十四。」
「えっ!?」
「すご!」
「英語強くない?」
「いや……。」
否定しようとして、できなかった。
嬉しかった。
(まだ、ある。)
少し前まで沈んでいた希望が、また顔を出した。
◇◇◇
昼休み。
返ってきた答案を並べる。
国語 七十八点。
数学Ⅰ 七十二点。
英コミュ 八十二点。
現代社会 七十五点。
数学A 六十八点。
論理表現 八十四点。
(分からない。)
(でも……。)
手応えはあった。
◇◇◇
五時間目、生物基礎。
七十六点。
安定。
悪くない。
六時間目、化学基礎。
答案を裏返した瞬間。
六十四点。
「……。」
今回、一番低かった。
(終わったかも。)
そんな言葉が頭をよぎる。
化学は苦手だった。
分からなかった問題も覚えている。
二十位台。
やっぱり無理だったのかもしれない。
◇◇◇
放課後前。
「神崎。」
「ん。」
「化学。」
「九十五。」
「九十三。」
「そうか。」
「また二点。」
「今日はずっと二点だな。」
「嫌になる。」
「ならないだろ。」
「なる。」
「嘘つけ。」
中山は吹き出した。
「でも、次は負けない。」
「おう。」
その声には、悔しさと楽しさが混ざっていた。
◇◇◇
七時間目、情報。
答案を受け取る。
白石は半分諦めながら裏返した。
八十点。
「……え?」
思わず声が漏れた。
希望が戻ってくる。
落ち込んで。
喜んで。
また落ち込んで。
その繰り返しだった。
そして。
最後の体育の筆記。
「白石。」
「はい。」
裏返す。
七十九点。
静かに息を吐いた。
◇◇◇
放課後。
白石は十枚の答案を机に並べた。
国語 七十八点
数学Ⅰ 七十二点
英コミュ 八十二点
現代社会 七十五点
数学A 六十八点
論理表現 八十四点
生物基礎 七十六点
化学基礎 六十四点
情報 八十点
体育筆記 七十九点
指先で、合計を計算する。
七百五十八点。
「……。」
高いのか。
低いのか。
分からない。
でも。
(頑張った。)
図書館へ行った日。
眠気と戦った夜。
何度も問題を解き直した時間。
全部が、この数字になっていた。
「白石さん、どうだった?」
「七百五十八。」
「えっ?」
「すごくない?」
「二十位台あるんじゃない?」
「……。」
心臓が跳ねる。
二十位台。
目標だった順位。
届くはずのなかった数字。
(いける?)
(いや、分からない。)
(でも……。)
教室の後ろの掲示板には、新しい紙が貼られていた。
『学年順位発表 明日』
白石は、その文字を見つめる。
期待してしまう。
怖くなるくらいに。
そして、静かに願った。
(お願い。)
その小さな願いは、夕暮れの教室に溶けていった。
次は少し時間が空いて20:00です。




