25,考査1日目
六月の朝は、思っていたよりも普通だった。
いつも通りの目覚まし。
いつも通りの朝食。
いつも通りに制服へ袖を通す。
なのに、胸の奥だけが落ち着かなかった。
白石美月は、食卓に置かれた味噌汁を見つめながら箸を動かした。
「緊張してる?」
向かいに座る姉が聞いた。
「……ちょっと。」
「珍しい。」
「だから、それひどいって。」
「だって、美月がテストでそんな顔するの初めて見たし。」
「……。」
否定できなかった。
去年までなら、「まあ何とかなる」で済ませていた。
けれど今回は違う。
頑張ったからこそ、不安だった。
「大丈夫だよ。」
姉は笑った。
「頑張ったんでしょ?」
「……うん。」
「じゃあ、行ってきな。」
「うん。」
白石は小さく頷き、鞄を手にした。
◇◇◇
教室に入ると、そこには独特の空気があった。
「やばい、心臓痛い。」
「理科の年号って出ると思う?」
「年号は社会だろ。」
「もうダメだ。」
「始まる前から諦めるなって。」
笑い声もある。
でも、その裏にある緊張は隠しきれていない。
いつもより机に向かう人が多かった。
最後の確認。
英単語。
公式。
年表。
誰もが「あと少し」を積み重ねている。
白石も英単語帳を開いた。
知っている単語を指でなぞる。
昨日まで何度も見たページ。
それなのに、急に自信がなくなる。
(forget……忘れる。)
(despite……〜にもかかわらず。)
(if……。)
ページをめくる指先に、少し汗が滲んでいた。
ふと、隣を見る。
神崎は席に座り、範囲表を眺めていた。
問題集も単語帳もない。
ただ、目を閉じる。
数秒後。
静かに範囲表を鞄へしまった。
(もう見ないんだ。)
その横顔には焦りも余裕もなかった。
ただ、いつも通りだった。
◇◇◇
一時間目。
国語。
「では、問題用紙を配ります。」
紙の擦れる音。
「まだ裏返さないでください。」
教室の空気が張り詰める。
問題用紙が目の前に置かれた。
答案用紙。
名前を書く欄。
白石はシャープペンシルを握る。
「始め。」
一斉に紙がめくられた。
カリカリ、と。
教室中でペンが走り始める。
(大丈夫。)
一問目。
読める。
二問目。
授業でやったところ。
三問目。
(あ……。)
一瞬、止まる。
頭が真っ白になる。
呼吸が浅くなる。
(落ち着いて。)
ノートを何度も見返した。
家で解いた。
大丈夫。
問題文をもう一度読む。
少しずつ思い出していく。
(そうだ。)
シャープペンシルが再び動いた。
◇◇◇
「終了。」
国語が終わった瞬間。
「終わったぁ……。」
「いや、始まったばっかだから。」
教室のあちこちで声が上がる。
「古文やばかった。」
「最後の問題、何書いた?」
「聞くな。」
そんな会話が飛び交う。
白石は答え合わせには加わらなかった。
怖かった。
間違っていたら、次の教科に引きずりそうだった。
だから。
(切り替えよう。)
英単語帳を開く。
◇◇◇
二時間目、英語。
三時間目、数学。
時間が進むたびに、頭は疲れていく。
数学の途中。
(これ、解いたことある。)
そう思った瞬間があった。
図書館で解いた問題。
昼休みに分からなかった公式。
家で何度もやり直した類題。
それらが少しずつ繋がっていく。
(できる。)
完璧じゃない。
でも。
(前より、できる。)
最後の問題を解き終えた時。
白石は小さく息を吐いた。
◇◇◇
「今日はここまで。」
チャイムが鳴る。
初日の試験が終わった。
教室には安堵と疲労が混ざった空気が流れる。
「数学、難しくなかった?」
「最後の問題、無理。」
「英語の長文長すぎ。」
「帰って勉強するか……。」
誰かがそう言う。
誰かがため息をつく。
そして、また明日の科目の話を始める。
白石は鞄に筆箱をしまった。
ふと、前を見る。
中山は静かにノートを閉じていた。
特に表情は変わらない。
その少し後ろ。
神崎は範囲表に小さく印をつけていた。
終わった教科。
明日の教科。
もう次へ進んでいる。
(すごいな。)
学年一位を争う人たち。
追いつきたい人。
でも。
今日だけは。
(私も頑張った。)
そう思えた。
教室を出る生徒たちの声が廊下に響く。
答案用紙の向こう側にあったのは、才能だけではなかった。
積み重ねた時間。
眠い夜。
図書館の静けさ。
何度も書き直したノート。
その全部だった。
六月の空は高かった。
まだ試験は終わっていない。
けれど、白石美月は少しだけ顔を上げる。
あの日、「二十位台」と書いた小さな目標。
それに向かって進んでいる実感が、確かにそこにはあった。
中間考査は、まだ続く。
考査って何日に分けられてましたか?
ここの中では内容の都合上3日しかいれることができないです。
違和感しかないと思います。




