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君を好きになるのは、一週間だけのはずだった。  作者: 松茸の香料
第一章 青に染まるまで

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20/33

20,静かな図書館

個人的神回。少し長いですね。


「……白石?」






 聞き覚えのある声。


 白石は反射的に振り返る。


「え?」


 参考書を片手に持ったまま立っていたのは。


「……神崎くん?」


 神崎悠真だった。


 いつもの制服姿。


 いつもの無表情。


 でも、学校ではない場所。


 白石の頭は一瞬、真っ白になった。


「何してるんだ。」


「えっと……勉強。」


「……そうか。」


 数秒の沈黙。


(え?)


(なんで?)


(なんで神崎くんが図書館にいるの!?)


 心臓がどくん、と鳴る。


 一方で神崎は、特に驚いた様子もなく、勉強スペースの方へ視線を向けた。


「席、あっち空いてる。」


「あ……。」


「うん。」


 白石は小さく頷くことしかできなかった。


 図書館の静かな空気の中。


 いつもは学校でしか会わないはずのクラスメイトと、放課後に偶然出会った。


 それはきっと。


 ほんの少しだけ、特別な出来事だった。


 図書館の空気は、学校とは違った。


 ページをめくる音。


 シャープペンシルの先が紙を走る音。


 受付で交わされる小さな声。


 誰も騒がない静けさが、館内を包んでいた。


「席、あっち空いてる。」


 神崎が視線だけで示した先には、長机の端の席が二つ並んでいた。


「あ、ありがとう。」


「ん。」


 それだけ言って、神崎は先に歩いていく。


 白石は数歩遅れて後をついていった。


(なんでこんなに緊張してるんだろ……。)


 学校では隣の席だ。


 英語のペアワークもした。


 「おはよう」と「また明日」だって言う。


 なのに。


 学校の外で会っただけで、どうしてこんなに落ち着かないのか、自分でも分からなかった。


 席に座る。


 神崎は迷いなく参考書を机に置いた。


 数学の問題集。


 英単語帳。


 理科のまとめノート。


 付箋が何枚も貼られている。


(……本当に勉強するんだ。)


 そんな当たり前のことに、少し驚いた。


 神崎は問題集を開くと、すぐにシャープペンシルを動かし始めた。


 迷いなく。


 無駄なく。


 時折、眉をひそめて考え込むことはあっても、手は止まらない。


 白石も慌ててノートを広げた。


 国語。


 英語。


 数学。


 やらなきゃいけないことはたくさんある。


(集中、集中……。)


 そう思って英単語帳を開いた。


 三分後。


(……気になる。)


 ちらり。


 横を見る。


 神崎は数学を解いていた。


 五分後。


(何の問題やってるんだろ。)


 ちらり。


 数列ではない。


 まだ一学期だから、式の展開あたりだろうか。


 七分後。


(だめだ。)


 白石は小さく首を振った。


(ちゃんと勉強しないと。)


 せっかく図書館に来たのだから。


 神崎が頑張っているのだから。


 自分も頑張ろう。


 そう思い直して、再びノートに向かった。


◇◇◇


 一時間ほど経った頃。


 白石は小さく息を吐いた。


 英語の長文問題。


 どうしても一つの文の意味が分からない。


(ここ、なんだろう……。)


 辞書を引く。


 単語の意味を確認する。


 でも、しっくりこない。


「……。」


 隣を見る。


 神崎はまだ勉強している。


 話しかけるべきか。


 いや、図書館だし。


 迷っていると。


「どうした。」


「え?」


「さっきから止まってる。」


 思わず目を見開いた。


「分からないところでもあるのか。」


「……あ。」


 そんなに見られていたのだろうか。


「えっと……。」


 白石はプリントを少しだけ神崎の方へ向けた。


「ここ。」


 神崎は問題文に目を落とした。


「……。」


 数秒。


「この単語。」


「うん。」


「前に授業でやったやつ。」


「え?」


「『~にもかかわらず』。」


「あ……!」


 思い出した。


「despite……?」


「たぶん。」


「そっか。」


 白石はもう一度文を読んだ。


 さっきまで意味が分からなかった文章が、少しずつ形になっていく。


「できそうか。」


「うん。」


「じゃあいい。」


 神崎はそれだけ言って、自分の問題集に戻った。


 答えを全部教えるわけじゃない。


 でも、ちゃんと自分で考えられるようにヒントをくれる。


 そんなところが、なんだか神崎らしい気がした。


「……ありがとう。」


「別に。」


 返事も、やっぱり神崎らしかった。


◇◇◇


 気づけば、窓の外は少しずつ赤く染まり始めていた。


 閉館を知らせる館内放送が流れる。


『まもなく閉館時間となります。ご利用ありがとうございました。』


「あ。」


「もうこんな時間か。」


 神崎は参考書を閉じた。


 白石も慌てて荷物をまとめる。


「神崎くん。」


「ん?」


「いつも、こんな感じなの?」


「何が。」


「勉強。」


 神崎は少しだけ考えた。


「テスト前は。」


「へぇ。」


「やった分しか点にならないし。」


「……。」


 その言葉は、妙に神崎らしかった。


 才能があるからじゃない。


 努力しているからこそ、あの順位にいる。


 そう思った。


「白石も。」


「え?」


「頑張ってるじゃん。」


「……。」


「勉強。」


「そんなこと……。」


「図書館まで来てるし。」


 白石は返事に困った。


 でも。


「……頑張る。」


「おう。」


「少しでも、いい点取れるように。」


「そうだな。」


 神崎は立ち上がった。


「じゃ。」


「あ。」


 やっぱり、一緒には帰らない。


 学校でもそうだった。


 図書館でも同じだ。


「また明日。」


「うん。」


「また明日。」


 図書館の前で別々の方向へ歩き出す。


 夕暮れの空の下。


 白石は一度だけ振り返った。


 神崎の背中はもう少し遠くにあった。


(……頑張ろう。)


 好きだから。


 近づきたいから。


 そんな単純な理由かもしれない。


 それでも。


 神崎悠真が見えないところで努力していることを知った今日。


 白石美月は、少しだけ本気になろうと思った。


 あの人に追いつける日なんて、きっとまだ遠い。


 それでも。


 いつか。


 ほんの少しでも近づけるように。


 六月の夕暮れ。


 静かな図書館で過ごした放課後は、白石の中に小さな決意を残していった。


白石も頑張ることを決意するけど,こっからで間に合うのか,,,?


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