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君を好きになるのは、一週間だけのはずだった。  作者: 松茸の香料
第一章 青に染まるまで

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夕焼けのグラウンド

体育祭編ラストです。

 体育祭が終わった。


 閉会式の校長先生の話が何だったのか、たぶんちゃんと覚えている人はいない。


 表彰があって、歓声が上がって、優勝クラスが喜んで、悔しそうな声も聞こえて。それでも、さっきまでの熱気は少しずつ落ち着いていった。


「それじゃあ、一年一組はテントの片付けな。終わったら教室戻って解散だ。」


 担任の声に、「はーい」と返事が返る。


「疲れたぁ……。」


「足痛い。」


「でも楽しかった!」


「それな。」


 つい数時間前まで本気で順位を競っていたとは思えないほど、クラスには穏やかな空気が流れていた。


 グラウンドでは、実行委員が放送機材を片付けている。応援席の椅子は運ばれ、白線はところどころ靴底に踏まれて薄くなっていた。


 終わるんだな、と白石は思った。


 朝から続いていた特別な時間が、夕焼けの中に溶けていく。


「白石さん、その段ボール持てる?」


「あ、うん。」


「ありがとう!」


「こっち、テントの支柱お願い!」


「了解!」


 慌ただしい声が飛び交う。


 制服ではなく体操服のまま、みんなで力を合わせてテントを畳む。


「うわ、重っ。」


「神崎、そっち持って。」


「分かった。」


 神崎は何も言わずに支柱を受け取った。


「助かったー。」


「別に。」


「今日、それ何回目?」


「知らん。」


 男子たちの笑い声が響く。


「でも、神崎速かったよな。」


「惜しかったなー。」


「二位って悔しい。」


「優勝したかった。」


「……まあ。」


 神崎は支柱を肩に担ぎながら答えた。


「楽しかったならいいんじゃないか。」


 一瞬、周りが静かになった。


「え?」


「神崎が?」


「楽しかったって言った?」


「言ったな。」


「お前、熱でもある?」


「失礼だな。」


 どっと笑いが起きる。


 神崎は少しだけ眉をひそめた。


「そんなに変か。」


「変。」


「めちゃくちゃ変。」


「でも、ちょっと嬉しい。」


「……そうか。」


 そう返した神崎の横顔は、少しだけ柔らかかった。


 白石はそのやり取りを見ながら、小さく笑った。


 たぶん、本人は気づいていない。


 でも、最初の頃よりずっと変わった。


 入学したばかりの頃は、誰かと積極的に話すこともなかった。


 歓迎遠足の日、雨に降られて落ち込んでいた自分を見ていたことも知らない。


 ダンスの練習で、上手いと言ってくれたこと。


 リレーで本気で走っていた姿。


 全部が少しずつ積み重なって、今の神崎悠真がいる。


「白石さん?」


「え?」


「ぼーっとしてる。」


「あ、ごめん。」


「疲れた?」


「ちょっとだけ。」


「今日は頑張ったもんね。」


「うん。」


 本当は、疲れた理由はそれだけじゃなかった。


 昼休みに気づいてしまったこと。


 何気ない一言に嬉しくなってしまうこと。


 他の女子と話している姿に、少しだけ胸がざわついたこと。


 全部ひっくるめて。


 疲れていた。


 でも。


 嫌じゃなかった。


 テントを片付け終えた頃には、グラウンドはすっかり夕焼け色に染まっていた。


 オレンジ色の空。


 長く伸びた影。


 風に揺れる木々の音。


「終わっちゃったね。」


 誰かがぽつりと呟いた。


「なんか寂しい。」


「分かる。」


「明日から普通に授業とか信じられない。」


「現実だなぁ。」


「嫌すぎる。」


 笑い声が上がる。


 その時だった。


「白石。」


「え?」


 振り返ると、神崎が立っていた。


「これ。」


 差し出されたのは、片付けで使っていた軍手だった。


「お前の。」


「あ。」


「ありがとう。」


「……お疲れ。」


 短い言葉。


 それだけだった。


「神崎くんも。」


「ん?」


「お疲れ様。」


「……ああ。」


 少しだけ沈黙が落ちる。


 遠くでは、まだ実行委員の声が聞こえていた。


 夕焼けに染まったグラウンドの上で、二人はほんの少しだけ立ち止まる。


「リレー。」


「うん。」


「惜しかったな。」


「悔しかった?」


「まあ。」


「でも、楽しかった。」


「……そうだな。」


 神崎が頷いた。


 その一言だけで、白石の胸は少しだけ温かくなった。


「じゃあ、戻るか。」


「うん。」


 二人は並ぶでもなく、少し距離を空けて歩き出した。


 教室へ向かう廊下には、まだ体育祭の余韻が残っている。


 誰かの笑い声。


 今日撮った写真を見せ合う声。


 疲れたとぼやく声。


 全部が愛おしく思えた。


 高校生活最初の体育祭は終わった。


 きっと来年も、再来年も体育祭はある。


 でも、今日という日は一度しかない。


 そして。


 白石美月は静かに認める。


 神崎悠真のことが好きだ。


 勉強ができるところも。


 少し不器用なところも。


 真面目なところも。


 たまに見せる優しさも。


 全部ひっくるめて。


 好きになってしまったのだ。


 夕焼けに染まる窓の外を見ながら、白石はそっと笑った。


 この気持ちが届く日は、まだ遠い。


 それでもいいと思えた。


 だって今はまだ、高校一年生の四月。


 恋は始まったばかりなのだから。


体育祭のあとって何がありましたっけ・・・

席替えとか?

部活動のことに触れてなかったですね、いままで。

一回目の考査も近づいてきているので、神崎が活躍する日も遠くはありません。


とりあえず次は学校生活を描いた話を挟みます。

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