夕焼けのグラウンド
体育祭編ラストです。
体育祭が終わった。
閉会式の校長先生の話が何だったのか、たぶんちゃんと覚えている人はいない。
表彰があって、歓声が上がって、優勝クラスが喜んで、悔しそうな声も聞こえて。それでも、さっきまでの熱気は少しずつ落ち着いていった。
「それじゃあ、一年一組はテントの片付けな。終わったら教室戻って解散だ。」
担任の声に、「はーい」と返事が返る。
「疲れたぁ……。」
「足痛い。」
「でも楽しかった!」
「それな。」
つい数時間前まで本気で順位を競っていたとは思えないほど、クラスには穏やかな空気が流れていた。
グラウンドでは、実行委員が放送機材を片付けている。応援席の椅子は運ばれ、白線はところどころ靴底に踏まれて薄くなっていた。
終わるんだな、と白石は思った。
朝から続いていた特別な時間が、夕焼けの中に溶けていく。
「白石さん、その段ボール持てる?」
「あ、うん。」
「ありがとう!」
「こっち、テントの支柱お願い!」
「了解!」
慌ただしい声が飛び交う。
制服ではなく体操服のまま、みんなで力を合わせてテントを畳む。
「うわ、重っ。」
「神崎、そっち持って。」
「分かった。」
神崎は何も言わずに支柱を受け取った。
「助かったー。」
「別に。」
「今日、それ何回目?」
「知らん。」
男子たちの笑い声が響く。
「でも、神崎速かったよな。」
「惜しかったなー。」
「二位って悔しい。」
「優勝したかった。」
「……まあ。」
神崎は支柱を肩に担ぎながら答えた。
「楽しかったならいいんじゃないか。」
一瞬、周りが静かになった。
「え?」
「神崎が?」
「楽しかったって言った?」
「言ったな。」
「お前、熱でもある?」
「失礼だな。」
どっと笑いが起きる。
神崎は少しだけ眉をひそめた。
「そんなに変か。」
「変。」
「めちゃくちゃ変。」
「でも、ちょっと嬉しい。」
「……そうか。」
そう返した神崎の横顔は、少しだけ柔らかかった。
白石はそのやり取りを見ながら、小さく笑った。
たぶん、本人は気づいていない。
でも、最初の頃よりずっと変わった。
入学したばかりの頃は、誰かと積極的に話すこともなかった。
歓迎遠足の日、雨に降られて落ち込んでいた自分を見ていたことも知らない。
ダンスの練習で、上手いと言ってくれたこと。
リレーで本気で走っていた姿。
全部が少しずつ積み重なって、今の神崎悠真がいる。
「白石さん?」
「え?」
「ぼーっとしてる。」
「あ、ごめん。」
「疲れた?」
「ちょっとだけ。」
「今日は頑張ったもんね。」
「うん。」
本当は、疲れた理由はそれだけじゃなかった。
昼休みに気づいてしまったこと。
何気ない一言に嬉しくなってしまうこと。
他の女子と話している姿に、少しだけ胸がざわついたこと。
全部ひっくるめて。
疲れていた。
でも。
嫌じゃなかった。
テントを片付け終えた頃には、グラウンドはすっかり夕焼け色に染まっていた。
オレンジ色の空。
長く伸びた影。
風に揺れる木々の音。
「終わっちゃったね。」
誰かがぽつりと呟いた。
「なんか寂しい。」
「分かる。」
「明日から普通に授業とか信じられない。」
「現実だなぁ。」
「嫌すぎる。」
笑い声が上がる。
その時だった。
「白石。」
「え?」
振り返ると、神崎が立っていた。
「これ。」
差し出されたのは、片付けで使っていた軍手だった。
「お前の。」
「あ。」
「ありがとう。」
「……お疲れ。」
短い言葉。
それだけだった。
「神崎くんも。」
「ん?」
「お疲れ様。」
「……ああ。」
少しだけ沈黙が落ちる。
遠くでは、まだ実行委員の声が聞こえていた。
夕焼けに染まったグラウンドの上で、二人はほんの少しだけ立ち止まる。
「リレー。」
「うん。」
「惜しかったな。」
「悔しかった?」
「まあ。」
「でも、楽しかった。」
「……そうだな。」
神崎が頷いた。
その一言だけで、白石の胸は少しだけ温かくなった。
「じゃあ、戻るか。」
「うん。」
二人は並ぶでもなく、少し距離を空けて歩き出した。
教室へ向かう廊下には、まだ体育祭の余韻が残っている。
誰かの笑い声。
今日撮った写真を見せ合う声。
疲れたとぼやく声。
全部が愛おしく思えた。
高校生活最初の体育祭は終わった。
きっと来年も、再来年も体育祭はある。
でも、今日という日は一度しかない。
そして。
白石美月は静かに認める。
神崎悠真のことが好きだ。
勉強ができるところも。
少し不器用なところも。
真面目なところも。
たまに見せる優しさも。
全部ひっくるめて。
好きになってしまったのだ。
夕焼けに染まる窓の外を見ながら、白石はそっと笑った。
この気持ちが届く日は、まだ遠い。
それでもいいと思えた。
だって今はまだ、高校一年生の四月。
恋は始まったばかりなのだから。
体育祭のあとって何がありましたっけ・・・
席替えとか?
部活動のことに触れてなかったですね、いままで。
一回目の考査も近づいてきているので、神崎が活躍する日も遠くはありません。
とりあえず次は学校生活を描いた話を挟みます。




