09 たくらみ
雌のマナウルフは巣穴を変えたかった。
今の横穴は仔が歩き出すと手狭である。
暮らしていた高山に比べればこの島は暖かいが、風が強く、冷たい。
それに雪の量も多そうだ。
初めて越冬する地である。不安はある。
――あの木組みの入口の大きな穴が欲しい。
雌のマナウルフはニンゲンの住む山小屋をじっと見つめた。
あの巣穴が欲しい。
ニンゲンを殺すか?
いや、ニンゲンには報復する習性がある。
恐ろしいのはその個体が所属する群れに限らず、他の群れからも増援が来ることだ。
そして執念深い。どこまでも追ってくる。
ついでに数も多い。一対一ならマナウルフの敵ではないが、群れで襲ってくるのだ。
ニンゲンが連れている犬や馬、獣を襲っても同じことが起こる。
実にやっかいな相手なのだ。
殺すのは悪手か……
どのみち番の雄が「盟約の供物」を受け取ってしまっている。
勝手にしたことではあるが、家族を思えばこそなので許した。
ふぅむ、と雌は考えた。
ニンゲンには二種類いる。
マナウルフに限らずオオカミ達の皮を剥ぐ異常者と、撫でまわす異常者だ。
何かを擦り付けられているのかと思うが、そうではないらしい。
撫でるのはニンゲンの幼体に多い。あと雌。
あのニンゲンは雄のようだが、未発達なようにも感じる。
まだ幼体かもしれない。
雌のマナウルフはそれから「膜」を調べ始めた。
マナの膜だということは判る。あのニンゲンの臭いがするので、固有の能力なのだろう。
最初は膜に弾かれていた雌だったが、どうやら条件があることが判った。
マナウルフの仔らは膜を通り過ぎるのだ。
仔と自分の違いを考え、雌ウルフはあれこれ試した。
棲み処の問題なので真剣だ。それに元々マナウルフは知能が高い。
その間、雄ウルフはせっせと狩りをし、走り回って島にマナを振りまいていた。
そして、ひとつ条件を発見した。
食事だ。
マナウルフの成体は肉食だが、仔のうちは草や果実も食う。
成体も食えるといえば食えるが、好まない。
そこで雌ウルフはそこら辺の草を食い、それから膜に足の爪を突き刺した。
入った。
雌は満足そうにブフッと息を漏らした。
――さらに言えば、この頃のマナウルフはキアル(とダリアン)に危害を加えるつもりはなかったので、その意味でも結界の条件を突破していたのだった。
◇ ◇ ◇
雄のマナウルフは無心で草を食んでいた。
薬食いとして稀に薬草を食うことがあるが、成体になると肉しか食わない。
だが雌の指示なので従う。
マナウルフは基本的に長く生きる個体ほど体内マナが強くなり、群れの中での存在感が増す。
厳密な階級などはないが、意思決定の場においては若輩は従うものである。
この繁殖ペアは雌の方が年長だった。
つまりこの家族の群れは雌がリーダーとなる。
草を無理やり飲み込むと、雄ウルフは雌を上目遣いにうかがった。
人間で例えれば「ご勘弁ください」という顔になるだろう。
だが雌は容赦なく鼻先をしゃくった。
――行け。
雄ウルフは重い足取りでマナの膜へ向かうと鼻先を当てる。何の抵抗もなく通った。
通ってしまった。
雌に逆らえず、雄ウルフはしぶしぶニンゲンに近づいた。
無防備な背を蹴り飛ばしてやりたい。
しかし背後から雌ウルフの厳しい視線が突き刺さる。
雄ウルフは心を殺して犬のように体を擦り付けた。もうやけっぱちだ。
半ば体当たりのようにしてくっつき、ゴリゴリと力強く擦り付け、ニンゲンを押していく。
ニンゲンが警戒を解き、背を撫で始めたのでミッションは成功である。
だよな?! と悲しげに振り向くと、雌ウルフと仔達が可愛らしさを装いながら近付いて、尾を振ってみせていた。よほど割り切っている。
雌のマナウルフはちら、と丘の上空を見た。
マナの膜の上に今日も古代鳥・グレスアウルがいる。
形だけならフクロウに似ているが全然違う。
おそらくマナに惹かれてやってきたのだろう。雄ウルフが張り切って走り回っていたから、この島はかなりマナが満ちている。
北の暗い空を旅するグレスアウルには島が光って見えたに違いない。
雌はブフッと鼻を鳴らした。
グレスアウルは昔は太陽鳥と呼ばれていた。マナを放出する点においてマナウルフと似ているが、グレスアウルはそのマナに熱を伴う。
焼けるような高温ではないが、その熱は冷めにくい。
暑がりなので北の寒冷地に生息するが、グレスアウルが長く留まる場所は徐々に暖かくなっていくので、気候に影響が出てしまう。場所によっては害鳥として追われ、今はもっぱら北の海を渡り、小島や岩礁で羽を休め、魚や海の魔物を食う。
グレスアウルは声真似を得意とする。知能も高く、その声真似で他種族とも意思疎通ができる。
つまり、ニンゲンとも会話ができる。
雌ウルフはグレスアウルより先に島のニンゲンとよしみを通じておきたかった。
こういう「順番」は後々効いてくる。
まずは我ら家族が第一の隣人として存在感を出す。
そして巣穴の一番いいところを確保するのだ。
賢く狡猾な雌ウルフの視線の先では、番の雄がせっせとニンゲンを毛皮で篭絡していた。
まんざらでもなさそうな顔になっているのが若干不安になった。
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