08 フクロウ
初雪が降った。
いよいよ覚悟をしなければならない。
ベッドに森で集めた木の葉を敷きつめ、山小屋に残っていたシーツを被せると、なかなか良さそうな寝床になった。なにより森のいい匂いがする。予備も刈り取って干してあるので、交換していくつもりだ。
雪は昼前には止んだ。日向は解け、日陰の灌木の下などに少し残っている。
まだ森には入れそうだと判断し、キアルは準備をして山小屋を出た。
通りすがりに見るとマナウルフの仔が巣穴の周りでよたよたとうごめいていた。
(無事生まれたんだ!)
ころころした仔犬は灰色でずんぐりとしていて、とても可愛い。
和んで眺めていたら、雌のマナウルフにじっと見つめられたので、慌てて歩き出した。
母親になった獣は怖い。
森でベリーを採取した。
もっと早く見つけていれば多く採れたと思うが、見つけるのが遅かったため、森の獣や鳥に先を越されてしまった。
残った実をせっせと集める。ベリーの品種は判らないが、赤くて薄い皮をぷちんと割ると、果肉はみっちりと詰まって柔らかく、甘酸っぱくて美味しかった。
籠をいっぱいにしてキアルが山小屋に戻ると、空に黒いシミがあった。
(えっ? ……なんだ?)
立ち止まり、じっと目を凝らす。
それは、空中に浮かぶフクロウだった。
まるで見えない枝に止まっているかのように空中で翼を閉じ、じっとしている。
(は? フクロウ? 浮いてる?? ……ん?)
キアルは驚いたが、よくよく見ればフクロウはキアルが張った結界の上に乗っているのだった。
(き、器用だな……って、えっ、俺の結界って上に乗れるの?!)
しばらく呆然として眺めていたが、そういえば、とキアルは思い出した。
この山小屋周辺に張った結界には「肉食動物を通さない」という気持を込めていたのだった。
マナウルフを発見してから、念のため後付けしたのだ。
フクロウも肉食動物だから通れない、ということらしい。
それにしても結界に止まっているのはよく判らないが……
(フクロウって近くで見たらこんなに大きいんだな……)
結界があるのでキアルはフクロウの真下近くまで行ってみた。
のんびりと羽繕いをしているフクロウはキアルの胴体部分ぐらいありそうだ。
(なんかあったかい)
フクロウの体温が伝わってくるはずもないが、フクロウの方から温かい空気が流れてくる、気がする。
眺めているうちに日が陰ってきたので、キアルは山小屋に戻った。
極寒の不毛の島みたいに聞いていたのに、ちゃんと動物もいるし森の恵みもある。
過去ここに流された貴族達も案外のんびり暮らしたのかも。
いやでも、好きで来たならともかく刑罰のように連れてこられたのなら、やはり辛かっただろうか。
山小屋の中の探検でそのあたりの様子が判るかもしれない。
未来に楽しみなことがあれば生きていける。
キアルは森の木の葉のベッドで眠った。
爽やかではあったが、暖かくはなかった。
◇ ◇ ◇
朝から薪割りをし、ベンチ代わりの丸太に腰かけて休んでいると、背後からどん、と押されてキアルは驚愕した。
横目で確認すれば、ダリアンは丘の上にいる。
(では何だ?! 結界を越えられた?!)
キアルは泡を食って飛び上がり、転がり這うようにして退くと、振り返った。
そこには雄の、銀のマナウルフが立っていた。
慌てて結界を張ろうとして、ハッとする。
キアルの結界は二重にできない。
今、キアルの前に結界を張ると、山小屋と丘を含んでいる結界が消えてしまう。
丘にいるダリアンが剝き出しになってしまう!
キアルの一瞬の硬直に、マナウルフは反応しなかった。
格好の襲撃タイミングだったのに、だ。
マナウルフは丸太の向こうで大人しく立っていた。
心なしか耳が下がり、尾も丸まっているような気がする。
そう思って見れば、顔もなんだかしょぼくれているような気さえした。
(……どういうことだ?)
結界を突破したということは、キアルとダリアンに害意はないということになる。
(あれっ、マナウルフは肉食じゃなかったっけ?)
雑食だったのなら、キアルの条件付けはそもそも失敗していたということだ。
なんだかしょんぼりとした風情のマナウルフはゆっくりと近づいてきた。
キアルは自分の結界を信じればいいのかどうか迷っていたが、その間にも距離を詰められ――マナウルフはキアルに体を擦り付けてきた。
キアルは混乱して、固まってしまった。
(は? なんだこれ。マナウルフの知られざる習性? それとも獲物のマーキング? 今からお前を食う的な?)
大混乱のキアルをよそに、マナウルフは体を擦り付けてくる。猫毛のような柔らかさはないが、さらさらと滑りのよい毛の感触が気持ちいい。
「ふ、ふあ……」
あまりの触り心地に、キアルは無意識に手が伸びていた。
手のひら全体でふわりと触れると、張りのあるトップコートの下にやわらかい毛が密集し、全体としてクッション性がある豪華な毛皮だ。さすが、これなら寒くはないだろう。
キアルはすっかり地面に転がされ、マナウルフにじゃれつかれていた。
毛皮に埋もれながら山小屋の方を見ると、雌の白いマナウルフと仔ウルフがこちらを見ている。ふさふさとした大きな尾を振っていた。
(も、もしかして……懐いて……くれた、の、かな……?)
理由は判らないが、少なくとも敵ではないと判ってくれたのかもしれない。
仔を連れた母獣がこんな近くで落ち着いているのだから、キアルの結界は正しく機能している、つまり害意はないのだと思う。
この島で越冬するための一時的な協力関係でもいい。
――こうして、キアルの島暮らしにマナウルフの家族が加わった。




