07 盟約の供物
マナウルフはキアルを見送ると巣穴に戻った。
巣では無事生まれた仔らが寄り添って眠っている。
たっぷりと乳を飲んでころころとしていた。
横になっていた番の雌が首を起こし、様子をうかがう。
二頭とも毛艶を取り戻し、それに伴ってマナを纏う本来の状態に戻った。
ニンゲンのいない北の高山で生きていたマナウルフ達だったが、天敵であるニンゲンはついに群れの生息地まで至った。
散り散りに逃げ、走りに走り、ついに陸の果てまで来てしまった。
先には海しかない。
だが後方にはニンゲン達が迫っている。その能力は判らないが、追跡してきていることは確かだ。
追い詰められた番の二頭は、波間に現れた海の道を走り、島に逃げ込んだ。
行き止まりとは判っていても他に選べなかった。
島に入った時、不思議なマナの膜を通った気がした。
膜を通り過ぎると途端、後方のニンゲン達の気配が消えた。
驚いて立ち止まったが、理由は判らない。
マナの膜からは別のニンゲンの臭いがした。島の奥からも微かに感じる。
だが一体分の臭いしかしない。
この島はこのニンゲンの縄張りだろうか。
ニンゲンは通常、大きな群れを作る生物だが、稀に少数ではぐれて生きるものもいる。
そういうニンゲンは群れとは習性がやや異なる場合がある。
二頭は注意深く島の奥へと進んでいった。
◇ ◇ ◇
ニンゲンが肉を投げてきたので驚いた。
鼻を寄せて探ったが毒餌ではなさそうだ。
マナウルフの世界では獲物を与えるのは上位者の義務であり権利である。
迷ったが命を削りつつある空腹に耐えきれず、ひとまず受け取った。
肉は血もマナも抜けていたが、久しぶりに満足のいくものを腹に入れて、二頭は少し緊張がほどけた。
森から様子をうかがっていると、ニンゲンは穴を掘り始めた。
夜に調べてみると巣穴にちょうどよい。
ウサギから剥いだ皮が入っていたので、貯蔵庫なのかもしれない。
ニンゲンは他の動物の皮を剥いで飾ったり身に着けたりする習性がある。
昼間見た限りではこの島のニンゲンは弱そうだった。マナウルフの里を襲ったニンゲン達と全く違う。
マナウルフの雄は、あれなら戦いになっても勝てる、と見込んだ。
ので、ウサギ皮の貯蔵庫を横取りすることにした。
なかなか暖かくてよい。
番の雌も落ち着いて仔が産めそうな場所に巣を得ることができ、安堵した。
巣の入口で見張りをしていると、ニンゲンがまた肉を投げてきたので、反射的に取ってしまった。
それが何度か繰り返されたある日、ニンゲンは仕留めたシカモドキの一部を先に取り、残りを置いて去った。
マナウルフはそれを見て思い出していた。
これは「隣りあう挨拶」だ。
隣り合う縄張りの群れ同士が、むやみに争わない意志を示すしきたりだ。
今ではそのしきたりを知る古代の獣も減り、マナウルフもかろうじて思い出したぐらいであったが。
遠い遠いはるか昔、マナウルフ達はこうしてニンゲンから「捧げ物」を受け取っていたことも思い出した。その場合は「盟約の供物」という。
マナウルフはしばらく考えた後、その「盟約の供物」を受け取ることにした。
ニンゲンは警戒しなければならない。
だが、仔を一人前に育てるまでは、この島のニンゲンとは共存することにした。
月の夜、マナウルフは被毛を震わせて小屋の周辺を掛け回った。
被毛からマナが周囲へ広がっていく。
濃いマナが満ちた状態がマナウルフにとって心地よい環境である。
居心地よくするため、マナウルフはせっせとマナを広げていった。
純度の高いマナを日々浴びて、森の木々や下草は葉を揺らした。
――ゆっくりと島の環境は変化していた。




