05 マナウルフ
あれからよく考えたら、別にキアルが餌をやらなくてもオオカミ達は自力で狩りをするだろう。
だが、あの痩せて傷だらけの姿を見たせいで気になってしまう。
彼らが最低限回復するまで、と決めて、毎日キアルはオオカミに肉を分けてやった。
横穴の近くに肉を投げるとシュッと灰色の影が横切って肉が消える、というだけだが。
だんだん面白くなってしまった。
数日後、シカのようなものがまた罠にかかった。なぜウサギ罠にかかるのか判らない。
森の端まで引きずってきて、後ろ足を自分用に一本いただくと、残りは放置しておいた。
一応、村の狩人のまじないを真似てみたかたちだ。
だがオオカミへの援助はこれで終わりだ。
(多少は恩義を感じて俺とダリアンを襲わないでいてくれたらいいな)
まあ、いざとなればこの丘全体を結界で覆って追い出せばいい。
キアルは冬支度を続けながら自身の固有魔法である【結界】の鍛錬もすることにした。
学院で知ったことだが、キアルの結界はキアルの認識にかなり左右される。
キアルが通したくないと思う対象を明確にイメージできた方がよい。
貴族達の陣地を守っていた時は「目に見えない毒」と「人が歩く速さより速い物体」を指示された。
ガス状の毒と地竜が弾き飛ばす礫の想定だ。なるほどなあと思った。
キアルが想像しやすいものに置き換えればいいのだ。
シカのようなもの(の遺骸)は、毎日少しづつ、嵩を減らしながら山小屋に近づいていた。
キアルは笑えばいいのか薄気味悪く思えばいいのか判らなかった。
◇ ◇ ◇
キアルはダリアンに乗って島を見て回った。道があるところだけだが。
道は山小屋のある丘の周辺にしかなかったが、波打ち際まで下りていけそうな階段を見つけた。
きちんと木や岩で段をつけていて、なかなか立派なものである。
(もしかしたら、この下に船着き場があったのかも?)
気にはなったが荒れた波を見て下りるのは断念した。
下がどうなっているのか判らない。
(春になったら探検しよう)
他には、道の行き止まりに朽ちた物置や壊れたバロウ(手押し車)があった。
手押し車は直せばまだ使えそうだ。雪が降ったら橇を作って拾いにくるのもいいかもしれない。
そうだ、雪が積もる前に橇を作らないと。
キアルは慌てて山小屋へ戻った。
山小屋の作業室に釘はあった。というか、工具も一通りあった。
使用人用だと思っていたが、妙に品質がいい。もしかしたら過去ここに流された貴族が持ち込んだのかもしれなかった。
そうなるとあちこち置かれている木箱やチェストの中も気になる。だが今は冬支度が優先だ。
山小屋の中の探検は雪に閉ざされてからのお楽しみだ。
橇っぽいものを作り、出入口のポーチに立てかける。
ひと息つくともう夕暮れで、今日はここまでのようだ。
水汲みだけやろうと思い、何気なく小屋の裏手へ登ろうとして、足を止めた。
オオカミがいる。
餌をやらなくなってしばらく経つが、そういえばずっと見かけなかった。
薄汚れて傷だらけだった灰色のオオカミはすっかり毛艶を取り戻し、体に肉もついて堂々たる風格があった。
被毛は銀色に輝いていた。光る粉が舞ってるようにさえ見える。
キアルはポカンとしてしばし見惚れた。
「へえ……すごいな……あれ?」
オオカミは確かに被毛の一本一本がきらきらと瞬いているように見える。
この特徴に記憶が刺激された。
学院で見た図鑑にあった。
きれいな絵がふんだんに添えられた図鑑は村では見たことがなく、学院を卒業したらもう見る機会もないと思って何度も何度も眺めたものだ。
そこに目の前のオオカミも描かれていた。
「――マナウルフ!」
毛と毛が触れあったその摩擦からマナを熾す、と伝えられている希少獣だ。
キアルのような魔力持ちは自身の体内でマナを作り出しそれを魔法に変えるが、自然の中にもマナは存在している。
そのマナは世界のさまざまな場所で発生しているそうだが、まれに動物や植物の中には生成したマナを放出する種がいる。
マナウルフはそのうちのひとつで、放出したマナで周辺を探査して獲物や敵を見つける。輝く毛皮を狙って乱獲され、今ではほとんど見かけなくなったとも書いてあった。
(人間に追われてボロボロになってたのか……?)
群れから追い出されたのかと思っていたが、群れるほど生き残っていたと考えるより、狩人や冒険者に追われて逃げてきたと考える方が納得できた。
「そっか……」
居場所を無くした者同士、仲良くやろうじゃないか。
キアルは肩をすくめ、そのまま通り過ぎた。勿論トンネル状に設置した結界の中を。
マナウルフは視線だけでキアルを見送った。




