04 オオカミ
バチン! と間近で大きな音がして、キアルはハッとした。
目の前でオオカミが唸っている。
どうやら襲撃されたらしい。だが弾かれた。
「あっ、そうか結界」
山小屋の出入口付近と地表部を覆うように、結界を設置していたことをキアルは思い出した。
とりあえずざっくりと自分とダリアンにとって危険な生き物は通さないように、と思って設置したので、オオカミは弾かれたのだろう。
だからダリアンは山小屋の側まで来ていたのか。きっちり結界の中だ。かしこい。
オオカミもかしこい。一度弾かれて、何かがあると察してもう襲ってこない。
警戒してキアルに狙いを定め、唸っていた。
結界の効果が発揮されていることが判ったので、キアルは落ち着いて観察した。
巨大なオオカミだった。討伐戦で見た大きな兵士ぐらいある。
オオカミは二頭いた。
手前で唸っている大きなオオカミと、少し小柄なオオカミ。
二頭とも薄汚れ、毛には乾いた血のようなものも付いている。灰色の被毛も艶が無く、体も骨張って痩せていた。
野生なのだから飼い犬のようにツヤツヤまるまるしていない、といえばそうかもしれないが、それにしてもボロボロだ。
(飢えたはぐれオオカミか……? 厄介だな。あれ、でも二頭?)
二頭ではぐれたのか? キアルは更によく目を凝らした。
どうやらもう一頭は雌のようだ。それに……
(腹が大きいような……もしかして仔がいるのかも)
そう思って見れば、手前のオオカミはもう一頭を庇うように位置取っている。
雌のオオカミも警戒しているが、かなり弱っている気がした。
「お前達も……群れから追い出されたのか?」
オオカミの事情なんて判らない。
だがキアルはこのボロボロの二頭がどこからか、何かから逃げてきたのだろうなと感じた。
勝手な想像かもしれない。
ここで退治しておくのが正しい判断だろう。
ウサギの奪い合いになっても困るし、森に入るのに危険が増す。
だがキアルはどうしても殺すという判断ができなかった。
安っぽい感傷? 同情? ……判らない。
オオカミの瞳に利口な犬を思わせる光を見たからかもしれない。
勝手な思い込みかもしれない。
でも腹に仔がいる雌を殺す気になれない。
「あー、もう、いいや!」
キアルは結局思い煩うのが面倒くさくなって、放り投げた。
せめてしばらく様子を見ようじゃないか。
キアルは軒先に吊してあった肉をいくつか取り、オオカミの方へ放った。
オオカミが素早く飛び退く。
見守っていると、オオカミは恐る恐る鼻面を肉へ寄せ、そっと咥えた。
よっぽど腹を減らしていたのだろう。雌も近寄ってきて肉を咥える。
二頭はそのまま森の茂みの奥へと走り去った。
餌付けは危険な行為だが、キアルはもう色々めんどくさかった。
キアルの故郷の近くにあった森にもオオカミはいた。森に狩りに入って大きな獲物を得た時は、欲しい部位だけ取って残りはオオカミに残した。「獲物を渡すから、俺達は襲わないでくれ」という狩人のまじないだ。
本当か嘘か知らないが、一応、狩人がオオカミに襲われたという話は村では聞いたことがない。
それに、犬が居てくれればなあ……と少し思ったこともある。
仔が生まれたら一匹くれないだろうか。
キアルは小屋の裏手に周り、暖炉の煙突近くに横穴を掘った。少しは暖かいだろう。
穴の中には毛皮を敷いてやった。少しもったいない気もしたが、捌く時に失敗した切れ端なのでいいことにする。
穴の出入口に丸太を置いて、雪避けと風避けにする。
結界を調節して、作った横穴を結界の外に出し、オオカミが入れるようにした。
そんな簡単にオオカミが住みつくとは思えないし、上手く共存できるかは判らないが、キアルは今そうしたかったので、そうすることにした。
どうせ来ないだろうなと思っていた。
翌朝、寝藁の問題を解決しようと再度キアルは支度をして山小屋を出た。
ダリアンは小屋の前の丘で草を食んでいた。
昨日、丘の一部も結界で覆ったのだ。
キアルは森の方へ注意深く歩き、結界の端で更に結界を継ぎ足す。
【障壁】と違って【結界】の使いにくいところは位置を変えられないことだ。
【障壁】は術者と共に移動するが、【結界】は設置した場所から動かない。
そこが良い時もあるが、こうして移動時に身を守ろうと思うとやりづらい。
【結界】は設置してしまえば周囲のマナを吸収して維持されるが、その強度は術者のレベルによる。
設置した瞬間が一番強く、そこから徐々に弱くなっていく。
だから結局、定期的に設置し直すことになるのだった。
キアルは森まで細くトンネルのように結界を置くと、その中を歩いた。
森で落ちている葉は枯れていたので、キアルは樹木から切り落とした。
細い葉は尖った先はちくちくするが、平らに並べて敷けばなかなか良さそうである。良い匂いもした。
葉をたくさん担いで戻りがてら、昨日穴を掘った小屋の裏手を見たが、変わりなかった。
キアルは山小屋の軒下に葉を干し、それから肉をまたいくつか取って小屋の裏手に投げてみた。
丸太の影からサッと灰色の影が動いて、肉が消えた。
(……いるんだ……)
キアルは急いで罠を持つと、また森へ戻っていった。




