03 山小屋
思っていたより大きな島だった。
海の道に着いた時、向こうに見えたのは霧にうっすらと浮かぶ巨大な山だった。
島というからもっと、あまねく全て見渡せるぐらいの大きさを想像していたが、ここが島だという知識がなければ普通にどこかの森だと思うほどだ。
振り返れば海の道に荒々しく波が打ち寄せ、海中へと没していく。
向こう岸の大陸は霧の向こうへと消えた。
道の先は島の中央部へと続いていた。
なだらかな丘があり、その上に小屋らしき影が見える。
道なりに近付いていくと、随分と立派なつくりの山小屋だった。
とはいえ長く使われていなかったようで、草が絡み土埃で汚れている。
キアルは馬を荷馬車から外して草地に繋いだ。
そういえばこの馬も一緒に島流しされたことになる。申し訳なく思った。
せめて大切にしようと思った。
山小屋を検めて驚いた。
見た目はほどほどの大きさなのだが、奥が丘の斜面の地中にもぐり込んでいて、地上で見るよりずっと中は広々としていた。
地下室もあり、食料の備蓄に使えそうだ。
この島に食料があるのかどうかまだ判らないが。
他に馬小屋やなんと井戸もあり、近くに小さな泉や、畑の痕跡すらあった。
薪割り斧や木こり斧、山刀などもあり、砥石まである。
貴族の流刑地に使われていたそうだから、一通りの設備があるのだろうか。
なんにせよ水があるのは助かった。
これで食料さえ何とかできれば生きていけそうな気がする。
ここにきてキアルはやっと人心地ついた気がした。
◇ ◇ ◇
それからキアルは黙々と働いた。
荷馬車に積まれていた少しの食料で保存できるものは保存し、長く保たないものはちびちびと食べた。
山小屋を掃除し、裏の森に入って薪を作った。
島は朝陽が昇るごとに寒く冷たくなっていく。
おそらく雪も降るだろう。
今のうちに冬支度をしなければ死んでしまう。
森でウサギを見かけたので罠をしかけた。
キアルの故郷の村は田舎にあったので、子供はみんな一通りのことは仕込まれる。
それが今、キアルを生かしている。
村で仕込まれた経験が生きる時、喪われた家族や親しかった人々を思って涙が出た。
どうせ誰もいないのだからキアルは悲しい気持を止めなかった。泣きながら木を伐り、薪を割り、土を掘り起こした。
そうして悲しみを馴染ませていった。
ウサギは首尾良く罠にかかっていた。
ウサギ以外にネズミのようなものもかかった。
シカのようなものもかかった。
かかり過ぎだ。
キアルは穴を掘って獲物の血を抜き、臓物をとって埋めた。
本当は臓物も処理して食べたいが今は時間がない。
肉は切り分けて吊しておくと夜の間に寒風と冷気で凍り付く。しばらく干して、乾いて凍った肉を地下室に保存していった。
毛皮も当座の処理だけして置いておく。冬の間にゆっくり鞣そうと思っている。
森は木の実やキノコも豊富に採れた。
こんな北の凍った地にあるわりには植物も動物も逞しく生きている。
キアルはこの島で生きていけそうな気がした。
だが人を襲う獣にまだ遭遇していない。
勿論、いなければいい。
だが油断はならない。
キアル自身もそうだが、結果的に巻き込んでしまった馬だって可哀想だ。
ちなみに馬小屋は真っ先に整備した。
馬(ダリアンと名付けた)はすぐに馴染んで、丘で走り回り、草を食べ、キアルが呼べば寄ってきて、夜は馬小屋に戻ってくる。もう繋いではいない。
伐採した木を森から運ぶ時に少し力を借りる程度で、今は特に仕事もないから好きにさせている。
馴染んではいるがキアルよりよほど警戒心があるので、丘の小屋周辺からは離れない。
◇ ◇ ◇
突き動かされるように働いて、慌てて整えた冬支度はそれなりにできた、と思う。
とりあえず明日急に吹雪いて閉じ込められたとしても、なんとかなる程度には整った。
やっと安心できた。
キアルは少し緩めようと思った。
生きるのに最低限必要な準備が揃ったら、次はそれをより快適にしていきたい。
真っ先に思ったのはベッドに敷く為の寝藁が欲しかった。
山小屋に残されていた藁はもう崩れていたので、今は持ち込んだ古毛布を巻き付けて暖炉の傍で寝ている。
田舎の農村の暮らしなんてそんなものだが、学院で町の暮らしを知ってしまったキアルにはつらかった。
木々の葉を集めて乾かせば使えるかもしれない。
キアルは森に行こうとして山小屋を出た。
が、小屋の出入り口のすぐ側に馬のダリアンがいることに気付いた。
ひどく緊張していることが伝わってくる。
キアルは腰の山刀を抜いて、ダリアンが集中している方を見た。
そのまま、ゆっくりと歩いて行く。
これからこの島で暮らしていく以上、危険があるなら早く把握しなければならない。
(熊だったらどうしよう)
キアルは警戒しながらゆっくりと進んだ。
すると前方からなんとなく、不思議な感覚が流れてきた。
熱い教室で窓を開けた時、隙間から流れ込んでくる涼風のような。
玄関扉を開けた時、台所から香ってくるシチューの匂いのような。
匂い、そうかもしれない。それに近い。
だが鼻で感じる匂いはしなかった。
感覚的なものだ。
その感覚を追うように小屋の裏手へ登ると、見慣れないものが見えた。
目が合う。
オオカミだった。




