02 島流し
キアルは当初、本当に動けなかった。
召使いらしい女性達に世話をされながら、意識も朦朧としていた。
時々マチルダがいたような気がした。
実際、キアルの治療の為にいたのだと思う。
ジョスラン達はうまくやった。
地竜はジョスランとマチルダが倒したことになっていた。
キアルはそこに自分の名がないことを残念には思ったが、恨めしくは思わなかった。
二人は貴族で自分は平民。
どのみちそういう話にされるだろうと思ったからだ。
それでも自分が一人地竜に向かった時に、どんな思惑があったにせよ、あの二人は一緒に来てくれた。それだけでいいと思っていた。
地下室に押し込められてから数日して体も回復し、そろそろ説明して欲しいと申し出たキアルに、ある夜、ジョスランが訪ねてきた。
ジョスランは気まずそうだった。
討伐の名誉については納得していたのだが、それをキアルから言い出すのもおかしな気がして黙っていた。
やがてジョスランは言った。
「キアル。お前には北のピラフィロ島へ行ってもらう」
ピラフィロ島はこの国の最北の地にある無人島だ。
実際には陸繋砂州で、引き潮の時だけ海の道があらわれ、徒歩で渡ることができる。
もっとも、渡ったところで何もない。細く尖った葉の堅い樹木と凍った地面、吹き付ける冷たい風、そして一年の大半が雪に覆われる。周りの潮も荒く、船も寄せ付けない。
地図に名があるだけの島だった。
「は? え? なぜ?」
「それは……」
ジョスランは目を逸らした。逸らしたまま、ボソボソと何事か呟き、そして急に顔を上げてキアルに叫んだ。
「お前の為なんだ! キアル!」
「は?」
ジョスランはキアルの両肩に手を置き、必死に訴えかけた。
「勝手に地竜を討伐しただろう? それで高位貴族達が怒っている。俺達は曲がりなりにも貴族だから何とでも言い抜けられる。だがキアルは違うだろ?」
「……ああ」
「だからピラフィロ島へ逃げるんだ!」
「……何故ピラフィロ島なんだ?」
「そ、それは……あの島は……その、……だから」
「だから?」
「あの島が一番追われにくいんだ!」
後日、ピラフィロ島へと運ばれる荷馬車の上で、貴族の中では密かにその島が「流刑地」として扱われていることを知った。
公的に処刑するには障りがあるが、生きていて欲しくはない相手を捨てる場所。
揺れる荷台の上でキアルは自嘲したものである。
ジョスランの説明はあやふやではあったが、大筋では判るような気がした。
高位貴族達にとって地竜が討伐されたことより、面子を潰されたことが重要なのだ。
それもそうだ、最後の最後にちょんと突いて、楽に竜殺しの栄誉を受け取るはずだったのに、ぽっと出の平民に倒されましたで終われるはずもない。
ジョスラン達ならまだしもお仲間であるから許せても、平民のキアルは許せない。
「だからお前は今、命を狙われている」
「……えっ…」
「ここで匿うのもそろそろ限界だ。俺はお前に死んで欲しくない。だから逃げてくれ」
そうして、キアルは密かにピラフィロ島へと逃亡する為に準備をし、その出発を待っていた。
本当なら二日前に出発しているはずだった。
だが用意されていた荷馬車が運悪く故障し、その修理で出発が遅れてしまった。
だから聞いてしまった。
「勇者」ジョスランと「聖女」マチルダの凱旋パレードの声を。
ジョスランの言う、高位貴族達の怒りは嘘ではないと思う。
だが、それが全てではないと、なんとなく察した。
――『どこかで賭けに出なきゃならなかった』
ジョスラン達の言葉が脳裏にこだまする。
彼らは賭けに出て、勝ったのだろう。
そして自分があの場で地竜と共に殺されなかったことが二人の最後の友情で、今もまだ殺されずに追放だけで済むのもそのつもりなのだろうとキアルは思った。
二人に会うこともなく荷馬車に乗せられ、キアルは一路北へと向かった。
その道中で御者から色々と話を聞いた。
御者は人をいたぶるのが好きな手合いで、キアルの心を傷付ける為に様々な話をした。
御者は最終的にキアルを殺して仕事を切り上げ、ちょっとした小遣いを得ようと襲いかかってきた。
だが、キアルの【結界】の前にどうすることも出来なかった。
キアルもその頃にはすっかり何もかもが嫌になっていたので、御者を弾き飛ばして気絶させると、自分で荷馬車の手綱を取って島へ向かった。
馬鹿正直に島へ向かう必要もなかった、とは後で思ったことである。
さりとて故郷はなく、学院にも帰れない。
友と思っていた人はおそらくもう友ではない。
どこにも行く宛がない。
だったらどこでもいい。
キアルは引き潮で現れた海の道を渡り、島へと入った。
島の入口に【結界】を設置した。
動物まで閉め出すつもりはなかったので、人間だけ通さないようにした。
本当にそんな効果が出るかどうか判らなかったが、そういう風に気持を込めた。
高位貴族なら暗殺者を送ったりするのかもしれない。
たかが平民一人にそこまで? とも思ったが、不安材料は減らしたい。
島には奥へと続く細い道があり、ぎりぎり荷馬車も通れそうだった。
流刑地ならば収容施設のようなものがあるのかもしれない。
夏の終わりだというのにもう風は冷たい。
キアルはマントを体に巻き付け、慎重に馬車を進めていった。




