39.光秀、公方様の懐に飛び込む。
(天文22年 (1553年)6月24日)
慕谷川に沿って鯖街道を歩き、関所を通って朽木に入った。
北川に合流した辺りから河川が一気に広がって景色が変わった。
街道の脇が一段高くなり、曲輪を造って備えている。
後方の西山城と連携して動くのであろう。
そこを抜けると朽木陣屋のある町に出た。
非常に活気に沸いた魔都のようだった。
「十兵衛様、先に行って段取りを付けてきます」
「よろしく頼む」
利三には先に秀隣寺(興聖寺)に向かって貰い、兄の養父である石谷-頼辰に会って、公方様との面会を仲立って貰う。
利三は勢いよく走って行く。
十兵衛はのんびりと朽木を回る事にした。
安曇川が見えてくると見慣れた風景が目に入る。
作業員が河川の両脇では木杭を打って護岸工事に精が出ている。
目一杯まで川幅を取り、両岸に土手を造り、湿地帯や荒地に土を盛って農地にするのが、美濃と尾張に共通する農地拡大の方法だ。
その時、可能ならば水路を引き、無理な場合は水車を設置した引き込み池を造る。
(斎藤)利政が考案したと思っていたが、実は魯坊丸の案であった。
美濃と尾張の治水のやり方が似ている訳だ。
二枚の木杭の間には砂利を詰め、内側に土を盛り、川側に石を積んでゆく。
この石垣には織田家の新漆喰工法を使っていない。
斎藤家にも秘匿している工法なので、利政から命じられて十兵衛が美濃式を考えて出した。
だが、織田の石垣には及ばない。
斎藤家にも教えない物を朽木家に教えるつもりはないようだ。
「普通の石垣でも十分に軍事機密なのだ。織田家は気前がいい」
「全くですな」
「五郎左衛門もそう思うか?」
「思いますぞ」
「そうか」
「織田は祝いの品など気前良く贈り、機嫌ばかり取る馬鹿な連中と思っております」
「そう見えるか」
十兵衛達が五郎左衛門を見て少し笑う。
織田家の恐ろしい所がそんな馬鹿な所だ。
贅沢を覚えると人はその贅沢を止められない。
酒、醤油、油、塩など必需品から、スコップ、鍬、つるはし、のこぎりなどの農機具。
布団、水筒、やかん、手鏡、石鹸、髪艶出し(リンス)などの便利な道具を尾張から買い続ける事になる。
美濃は豊かになってきているが懐は潤っていない。
今年も新しく出た三種の焼酎を美濃の者が織田家から買い漁っている。
そのキッカケを五郎左衛門は馬鹿な行為と言っている。
馬鹿はどっちだ?
十兵衛は信勝を評価していないが、信勝の『質素倹約令』のみ支持していた。
過度に贅沢にならないように家中に目を光らせていた。
北川と安曇川が合流する辺りに新しい田畑が生まれていた。
河川は木の柵で覆っただけで完成していないが、簡単に土を盛っただけの畑が生まれている。
「他家を強くして何の意味がある」
五郎左衛門がそう呟く。
確かに正論だ。
だが、スコップやつるはしの威力を他家に見せ付けるには丁度いいのだ。
小さな丘や山から木を切り出し、土を削って住居とする土地を作る。
削り出した土は湿地帯か、荒地の上に土を盛って畑にする。
これは織田家が最も得意な工法だ。
「しかし、石垣の土手が完成するまでに河川が氾濫すれば、全て流されるな」
「そうなのか?」
「織田家の力を見せ付ける為に畑を優先したようです」
土手も高く盛り土された訳ではない。
だが、河川が曲がっている辺りだけはきっちりと石垣を造っている。
かなり割り切った造り方であった。
中々に小憎らしい事をすると十兵衛は思った。
秀隣寺(興聖寺)を横目に安曇川の上流に遡ると大彦谷川と合流する。
その向こう側の丘が削られて家が建っていた。
更に上流には白い煙が立ち上っている。
そこに新しい家が建ち、商家や宿などが並んでいた。
廣田神社の門前町にようになっていた。
その上に行商が言っていた『並び窯』が並び、煙突からモクモクと黒い煙を上げていた。
本当に水路に沿って窯が横に並んでいるだけだ。
窯が半地下になっており、窯の上に水路が走っていると言っても良い。
風呂窯で陶器や煉瓦を造っていると言った方が正しいのだろう。
いずれにしろ、水路から白い煙が立ち上がり、そこから河川敷に流れ落ちて露店風呂に流れ込んでいた。
風呂のついでに焼物を焼いているのか?
焼物の余熱で風呂の湯を沸かしているのか?
どちらなのだろう。
陶器より煉瓦を多く作っているらしい。
その並びに水車が建っていた。
その周りに空き地が残されており、後からもう10個程の水車を増やす事ができそうだった。
黒鍬衆の10人が指揮を取っていると言う。
まるで魯坊丸がもう一人、ここにいるかのような錯覚を十兵衛は覚えた。
水路は桑野の渡しから引いてあった。
その辺りは特に重要に石垣を組んであり、小さな集落を守っている。
水路はその村の前をすっと通ってゆく。
かなり上流から水路を引くのも魯坊丸のやり方だ。
しかも素早く終わらせる為に地形を巧く利用している。
本当に誰だ?
更に上流に上る。
村井村の少し先の辺りで河川が狭くなっているのを利用して、両岸の山に砦を築いている。
その砦は棚林谷から合流する川を水掘に見立てて、また、対岸の砦は横谷と猪谷で囲まれた城のように造られている。
両岸から弓や鉄砲で狙い撃てば、どんな大軍も堪ったものでない。
だが、砦の完成は程遠い。
取り敢えず、鯖街道の両岸に石垣で組んだ物見台を造って兵を配置していた。
「この砦が完成すれば、こちら側から攻めようという気は無くなるでしょうな」
「鯖街道は狭い。元々、大軍の利が生かせん」
「いやいや、中々の物だ。公方様も熱を上げられる訳だ」
五郎左衛門は完成した砦を思い浮かべて嬉しそうな笑みを浮かべる。
まるで玩具を手に入れて、それに夢中になっている子供のような目をしていた。
公方様も同じようなモノかもしれない。
十兵衛はあちらこちらで公方様の話を聞いた。
砦の作業に現れて、公方様自ら陣頭指揮を取る事もあるらしい。
また、もう1つの進路に当たる西近江路にも砦を造らせている。
船木湊は六角が整備しており、ここで三好を呼び込んで撃退する気のように思えた。
織田の者と山中に狩りに行く事も多い。
中々に充実した日々を送っているようだ。
その日は帰って宿を取り、翌日に(石谷)頼辰と面談した。
◇◇◇
(石谷)頼辰は奉公衆として朽木に従って付いて来た。
到着した当初は酷かったらしい。
部屋に余裕が無く、皆と共同で雑魚寝をする有様だった。
今では寺の外に借家を持ち、仕事場も出来た。
そこで京から来る手紙の処理などをしている。
十兵衛は改めて公方様の事を詳しく聞いた。
「で、公方様はいつ京にお帰りになる予定でございますか?」
「先月まで三好を挑発して、ここに呼び込むかを議論していたが、三好は畿内で忙しく、朽木に遠征する気が無いらしい」
当然だった。
京で大敗した三好は摂津、河内、和泉の引き締めに忙しい。
それに加えて、丹波と大和の攻略を進めている。
朽木に割ける兵など無い。
「朝廷から戻って来るように言われている。公方様はそろそろ観念して戻られるようだ」
「そうでございますか」
「だが、武闘派の者が拘っておる」
「なるほど」
公方様は京を後にして三好-長慶との決戦を避けた。
魯坊丸は先に尾張に戻ってしまった。
長慶が朝廷と幕府に詫びを入れた事で既に終わっていたのだが、喜び勇んで京に戻る事を渋ったのだ。
少し渋っている間に朽木が変わってゆく。
知恩院もそうであったが、織田家の土木技術は素晴らしい。
朽木に三好を誘い込めば大勝できると欲が出た。
武闘派は勇んで三好を挑発した。
だが、公方様の挑発に長慶は乗らなかったのだ。
こうして2ヶ月も朽木に滞在する事になり、今度はおめおめと京に戻るのが恥ずかしくなっていたのだ。
魯坊丸ならば、詫びを貰った時点で「さっさと帰れよ」と怒鳴り付けただろう。
十兵衛はその話を聞いてにんまりと笑った。
その日の公方様は上杉の使者などとの面会があった。
謁見の間に移動する公方様の前に(石谷)頼辰が頭を下げて待っていた。
十兵衛は廊下の下、庭で膝をついている。
「頼辰、何か用か?」
公方様は察して声を掛けた。
「美濃斎藤家に仕える者でございます」
「美濃からの使者か?」
「いいえ、正式な使者ではございません。しかし、申し上げたい議があると言うので連れて来ました」
「そうか。正式な使者ではないのだな。だが、今日は気分が良い」
「ありがとうございます」
「但し、条件がある。(細川)藤孝も退屈をしておる。一刻ほど相手をしろ。上杉との話が終わるまで持っておれば、話を聞いてやろう」
「ありがとうございます」
馬鹿でかい藤孝が庭に降りてきた。
急な稽古に十兵衛も戸惑ったが、武闘派の公方様らしいと言えば、公方様らしい。
ただ、思った以上に藤孝が強かった。
何でもそつなくこなす十兵衛であったが、強いかと言えばそうでもない。
適度に攻撃を行い、適度に躱す。
そう思っていたが、藤孝の激しい剣術に圧倒される。
「ははは、中々にやるな」
「少し苦しゅうございます」
「もう少し本気を出してみよう」
殺されぬようにするだけで精一杯であり、反撃する余裕も無くなってゆく。
体力も尽き、最早これまでと思った所で公方様が戻ってきた。
「よくぞ耐えた。後で時間を作ってやろう」
十兵衛は礼を言う。
既に汗だく。あちらこちらに打ち身を負っており、立っているのも苦しかった。
一度宿に戻った。
そこで汗を拭って、身なりを整え直してから秀隣寺に戻った。
そして、待たされた。
十兵衛が再び呼ばれたのは夜も更けた頃になっていた。
◇◇◇
煌々と揺れる蝋燭の火に照らされて十兵衛が公方様の前に平伏する。
あくまで私的な会見だ。
公方様の横に、藤孝と(石谷)頼辰しかいない。
「美濃では知恵者で通っているらしいな」
「我が知恵など、大した事ではございません」
「謙遜するな」
まずは美濃や尾張の話を公方様から聞いてきた。
敢えて魯坊丸の名を出さない。
藤孝は魯坊丸が嫌いらしいと(石谷)頼辰から助言を貰っていたからだ。
公方様は織田家の内情に詳しい。
知る為に朽木 輝孝と和田 惟政を送っている。
しかし、二人の手紙には軍政や町人の暮らしなどの話は聞こえて来ない。
十兵衛の視点は公方様の興味をそそった。
「雑談はこの程度でよろしいでしょうか?」
「ふふふ、よいであろう。聞くべきは聞けた。で、何の用事でここに来た」
「公方様にお伺いしたき儀があったからです」
「何だ?」
「公方様は何故に朽木に逃げておられるのですか?」
次の瞬間、十兵衛の首元に冷たいものが走った。
後ろで持っていたはずの刀が公方様の手にあり、その刃が首元に触れていた。
十兵衛は身動き1つ取れない。
信じられない動きに驚いた。
だが、そのような動揺を表情に出す十兵衛ではない。
「公方様は武家の棟梁でございます。こんな所でこそこそと敵を迎え撃つ準備など愚の骨頂でございます」
「言いたい事はそれだけか?」
「世は乱れ、強き者が好き勝手をして徘徊しております。乱れた秩序を取り戻す為には、我らは何を為せば良いのでしょうか?」
「何が言いたい?」
「守護が争乱を起こし、守護代やその下々の者が下剋上に明け暮れております。我らの主である公方様が何を為されているのか、お聞き致したい」
「何もしていないと思っているのか?」
「いいえ。何もしていないなどと思いません。ですが、結果が伴わなければ、何かしたとも言えません」
公方様の刀先から十兵衛の首元から少し切れた血が流れ、床にポタリと落ちた。
十兵衛は公方様と目を合わせたままで動かない。
「武家の棟梁である公方様が我らに道を示して頂かねば、我らは動けません」
「余を頼ると申すのか?」
「如何にも。我ら武士は全て公方様の家来でございます」
「余の為に動くと申すか」
「それが武士の習わしと考えます」
公方様が刀を後に投げ捨てた。
小姓が慌てて拾って、付いた血を拭いてゆく。
十兵衛はまだ動かずに公方様を見ている。
「余にどう動いて欲しいと思うのだ」
「それをお聞きしたところ。三好長慶を朽木まで詫びに来させたいと思っておられるようですが、長慶は動きますまい」
藤孝が(石谷)頼辰を睨み付ける。
そのような重大な事を美濃の者に教えた事を怒っているのだ。
十兵衛は恩を笠に無理矢理に聞いたと擁護する。
「公方様、このまま帰っては京の笑い者になってしまいます」
「回りくどい事はもう良い。はっきりと申せ」
「三好方に付く逆賊の浅井家を、六角家、斎藤家、織田家の三ヶ国連合にて討ち果たし、その兵を連れて京に凱旋されるのがよろしいと思われます」
ははは、公方様が笑った。
悪くない。
そんな顔だった。
「だが、十兵衛。六角と浅井は講和交渉中だぞ」
「既に仕掛けは準備済みでございます。後は公方様が交渉を引き延ばす浅井を叱って頂くだけでございます」
「どんな罪だ?」
「京に戻るべき公方様を朽木に引き止めて、公方様が京に戻られぬようにした罪でございます。更に、浅井は公方様が三好を恐れて京に戻れぬとの、あらぬ噂を流した罪もございます」
ははは、公方様が膝を叩き大声で笑った。
(浅井)久政が織田家に嫁を送った。
そこで織田家は六角家と浅井家の講和交渉を公方様に頼み、朽木から動けなくなった。
その裏で(浅井)久政は三好と組んで、公方様が「三好を恐れて京に戻らない」という噂を流している。
十兵衛は嫁を送った事から全てが陰謀だと言ったのだった。
「次に、織田家のお市姫を嫁に欲しいなどと時間を稼ぐ事でしょう」
「そうなのか?」
「ほぼ、間違いなく」
「浅井は余を謀るのであるな」
「はい」
次は条件付きで六角家に降っても良いと言う話になる。
浅井家は無為に交渉を引き延ばそうとしている。
完全な難癖であった。
「六角家に密かに7月中旬以降に出陣できるように根回しされるのがよろしいと思います」
「斎藤家はお主から伝えよ」
「承知致しました。間違いなく。出陣できる段取りをさせて頂きます」
「すると、残りは織田か?」
「織田家から多くの兵は必要ございません」
「なるほど。魯坊丸を呼び出せと言うのだな」
「三好にとって鬼門。いるだけで、嫌な相手でございましょう」
藤孝が嫌な顔をしたので、咄嗟に十兵衛が言葉を足した。
「藤孝様、お気持ちはお察し致しますが、『清濁併せ呑む』と申します。勝つ為に利用できる者は利用致しましょう。まずは幕府の力を取り戻す事こそ、行うべき事でございます。秩序を取り戻さなければなりません」
「うむ…………確かにそうだ」
「ご安心下さい。好き勝手にさせません。お任せ下さい」
「相判った。そなたの進言を聞き入れよう」
「たとえ、相手方の政策であっても、良き物を取り入れれば、足利幕府の力を取り戻す糧となります」
「皆まで言うな。幕府を立て直す事のみ考えるようにする」
「よう申した。藤孝」
この日、朝廷を通じて魯坊丸を朽木に召喚し、公方様と魯坊丸で浅井家を討伐する事が密かに決まった。
残念ながら公方様の近辺に忍びを配する事は魯坊丸でもできません。
◇◇◇
安曇川と書いているのはワザとです。
正式名称は安曇川で間違いありませんが、阿曇氏から安曇と書く所があり、最初は安曇氏が住んでいたのでないかと推測し、この当時は『あずみがわ』で間違っていないのではないかとして、ワザと書いてあります。




