閑話.光秀の御成敗。 〔長浜大通寺の焼き討ち〕
十兵衛達は今須宿を出ると東山街道を進み、近淡海(琵琶湖)まで出ると、今度は北国街道を北上して小谷城を目指した。
飯屋や酒場、宿に泊まる利三が同じ質問を繰り返し、十兵衛が同じ答えを何度も喋った。
そのせいか坂田郡の南部からお市輿入れの話が湧き出したのである。
米原湊から今浜(長浜)湊へ向かう途中。
十兵衛達は湖畔に面したぽつんと立つ一軒のお茶屋を見つけた。
「十兵衛様、奇妙な所にお茶屋がありますが、少し休憩いたしましょうか?」
「うん、そうしよう。五郎左衛門殿もよろしいか」
「かまわん」
五郎左衛門(日根野-弘就)は十兵衛達の猿芝居にうんざりしていた。
だが、口で十兵衛に敵う訳もない。
『利政(後の道三)様の御命令ですぞ』
などと言われれば、流石に言い返す事ができない。
高政の意志に反していると思うが、十兵衛には十兵衛として辛い立場にあると嘯くのであった。
茶屋に到着すると、利三が「茶と菓子をくれ」と中に声を掛けた。
「はいよ」
中から女の声が聞こえた。
年は15から16くらいの娘がお茶と草団子を三人分持って来た。
十兵衛は「頂こう」と言ってお茶を飲んでから草団子を齧った。
お茶は普通の茶色の白湯のような物だったが、草団子は非常に甘く美味しい。
「おぉ、場違いな茶屋にして美味いではないか?」
利三が思った事を口にする。
そんな事を言われて茶屋の娘が御冠だ。
「場違いな茶屋とはナンだい。お侍さんでも失礼だよ」
「本当の事だ」
「本当でも失礼さ」
「連れが失礼した」
「そっちのお侍さんはいいよ。思っていても飲み込んでくれていたからね」
「ははは、お見通しか」
「顔を見りゃ分かるさ」
「近くに村も無さそうだ。このような辺鄙な所では不便ではないのか?」
「その心配は無いのさ」
「どうして?」
「答える必要を感じない」
悪戯っぽい目をして、娘がこざっぱりした口を利く。
名を『お花』と名乗った。
年頃であり、どこかに嫁に行ってもいい感じだ。
決して不細工ではなく、体はすらりとしており、化粧をすれば、美人の部類に入るのではないのだろうか?
そんな娘が一人で茶屋をやっていると言う。
不思議な話だ。
「お侍さん。どうだい、熱田で有名な『うどん』を食べてみないかい」
「近淡海で熱田のうどんか?」
「嫌かい」
「頂こう」
熱田のうどんは麦団子を細長く切った麺と呼ばれる食べ物だ。
醤油と昆布など出汁の中に入れる。
出て来たうどんには、少し梅干しの香りがする出汁であった。
「おぉぉぉ、美味いじゃないか?」
「美味だ」
「うぅぅぅ」
「揚げが入るときつねうどんと呼ぶらしい。何故、その名になったのか、実に不思議な話なのさ」
「そうなのか?」
「そうさ」
「不味かったか?」
「美味い」
無口な五郎左衛門まで、ずるずるとうどんを飲み干してから「うぅぅぅ」と唸っている。
余程美味く感じたのであろう。
十兵衛も嘘偽り無く美味いと褒めた。
「どうやらお侍さんらは良い人らしい。どうだい、少し手を貸してくれないか?」
「残念だが先を急ぐ」
「そんなに手間は掛けさせない。まずは川向こうで襲われている男と娘を助けてほしい」
お花がそう言うと川向こうを指差した。
男と娘が多くの僧侶に襲われている。
娘がこけた所を僧侶が取り押さえ、着物を破って逃げられないようにする。
「おとっさん」
娘が叫んだ。
男の足が止まると、すぐに僧侶達に取り囲まれてゆく。
「今浜の総会所の連中さ。人を騙して、銭を貸して阿漕に銭を稼いでいる。ロクでもない連中さ」
「話は後で聞く」
利三が一気に走り、五郎左衛門も追い駆けて走った。
「おやまぁ、短気なお方達だね」
「利三は強い。五郎左衛門もいるので大丈夫だ」
「お侍さんは手伝ってくれないのかい?」
「その必要もないだろうが、行ってみるか」
十兵衛が言った通り、利三は刀を抜くと袈裟切りで坊主共を滅多切りにする。
坊主を切ると地獄に落ちると言われるので普通は容赦する。
だから、五郎左衛門は素手で相手をしている。
利三が実に楽しそうだ。
十兵衛が着いた頃には20人程の僧侶が転がっていた。
娘に近付く利三の前にお花が立った。
利三を見て、首を横に振る。
なるほど、十兵衛が得心する。
「利三、そこの川で体を洗って来い」
「ははは、申し訳ございません。張り切ってしまいました」
「刀は無事か?」
「少し刃こぼれしたようでございます」
「無茶をする。仕方ない。次の町で新しい刀に買い替えるとするか」
「手間を掛けます」
男と娘が震えている。
突然、殺人鬼が割り込んで来たのだ。
怯えるのも当たり前だ。
「縮緬を作っている職人だよね」
「はい、そうでございます」
お花がしゃがみ込み、にっこり笑い掛けて話し掛ける。
確かに利三に話し掛けさせないで正解だ。
男はお花でも少し警戒している。
「新しい縮み縮緬を作ろうとして銭を借りた」
「その通りでございます」
「新しい縮緬が出来た所で銭を返せと追い立てられた。そんな所かい」
「その通りでございます。途轍もない額になっており、とても返せる額ではないのです」
「そうだろう。そうだろう。坊主達は新しい縮緬が欲しいのさ。あんたがその技術を手に入れるまで待っていたのさ」
「なるほど、確かにあくどいな」
「お侍さん、この親子を助けてくれないかい」
「多少の持ち合わせはあるが、おそらく足りんであろう」
「いやいやいや、坊主に一文もやる必要もない。この二人をお侍さんの領地で匿って欲しい。損はしないぜ。この親父は新しい縮緬の技術を持っている」
「悪くない」
十兵衛は一通の手紙を認めた。
路銀を渡すと親娘はそれを持って十兵衛達とは反対の方に歩いてゆく。
坊主に一泡吹かせて、利三は大満足である。
五郎左衛門は坊主と揉めるのは遠慮したいと困り顔だ。
「じゃぁ、次は今浜に行こうか」
「終わりではないのか?」
「今浜の寺を燃やして追い出してくれないと終わらないよ」
「寺を燃やすのか?」
「嫌かい?」
「…………」
「望む所だ」
「いやぁ~、話が早くでいいね」
十兵衛も乗り気ではない。
だが、利三は一人でもやる気だ。
五郎左衛門は嫌がった。
嫌がったが口で十兵衛に敵う訳もなかった。
十兵衛は寺を燃やして向こうが混乱している間に逃げた方がいいと五郎左衛門を説得する。
拠点があってはどこまでも追ってくるぞと脅す。
それに既に僧侶を切ってしまった後だ。
もうどうしようもないと諦めさせた。
さて、今浜に入ると宿を取り、利三の替え刀を買いに行く。
日が暮れると、総会所に向かった。
だが、僧侶が一人もいない。
利三が残念そうだ。
「さぁ、さっさと火を掛けてしまうぞ」
十兵衛が買っておいた油を撒くと、最後に火を放った。
後は宿に帰って素知らぬ顔で出て行く。
しかし、今浜の町を出た所で多くの僧侶が待ち受けていた。
流石に数が多すぎる。
だが、十兵衛達が進むと、僧侶達は道を開けてくれる。
最後に高僧が残っており、頭を下げた。
「この度はありがとうございました」
「何の事だい。あたいは知らないね」
「では、他人の空似でございましょう」
「うん、うん、空似だ」
高僧は言う。
昨日、托鉢に出た者が霧に迷い、そこで二人の暴漢に襲われたらしい。
酷い切り傷、殴られた跡があったが、命に別状はないらしい。
「そんな事はない!」
利三が思わず叫んでしまったので、俄かに後の僧侶達に殺気が沸いた。
やはり、殺り合う事になるのかと思ったが…………。
『お止めなさい』
高僧が止めた。
高僧は夢枕でお花に出会ったらしい。
そして、暴漢に襲われる予言をして、寺の僧侶が総出で向かわないと大変な事になると言った。
だから、総出で襲われた場所に向かったらしい。
すると、寺が焼けて綺麗さっぱり無くなってしまった。
「夢で御使い様はこうおっしゃりました。そこを出て行き、祠を立てねば、何度でも出火する」
「それは災難ですな」
「いいえ、そうでもありません。既に手狭になっており、移転するか、しないかで揉めておりました。寺が二つに割れて抗争になったかもしれません。『万事塞翁が馬』、これで移転反対派の者も黙ってくれるでしょう。血を流さずにすみました」
「知らないね。あたいらは先を急ぐのさ」
「これは申し訳ない」
そう言うと高僧が道を開けてくれた。
利三は納得いかないと言う顔をしている。
「どういう事だ」
「あははは、少し騙させて貰った。一度で済んで助かった。お礼をしたいが、あたいは銭を持っていない。うどんの代金が礼と思ってくれ」
「納得できるか!」
利三がお花を掴もうとすると、どろんとお花が消えた。
利三の手に何も残っていない。
「十兵衛殿」
五郎左衛門の目が草原の方を向いている。
草原に白い狐がいずこに去っていった。
「ははは、化かされたか?」
「十兵衛様、笑い事ではございません」
「なんと言っても抗争にならなくて助かりました」
「斬ったハズだ」
「酷い刀傷と言っておったから、斬ったのは間違いないのであろう」
「納得いきません」
「利三、一度に欲をかくな」
「しかし」
「良いではないか、いずれはまた火を掛ければよい」
「いつか、必ずでございますぞ」
十兵衛は思う。
利三が納得いかないと言っても今浜に斬りに戻る訳にもいかない。
それこそ、命がいくつあって足りない。
寺を好き放題に燃やしたのは事実なのだ。
それで納得しよう。
十兵衛はそのまま小谷城を目指した。
地元の者に聞くと、米原湊から今浜湊の間にお茶屋はないと言う。
十兵衛もそんな気がしていた。
利三はやはり納得できない。
五郎左衛門は考えるのは諦めている。
用事を全て終えて明智庄に戻ると、十兵衛が書いた手紙を持った者がやって来た事を知った。
さっそく、十兵衛と利三は会いに行った。
間違いなく助けた親子だ。
しかし、親子には十兵衛らに助けられたと言う記憶は無く、困っている所に娘が家を訪ねて来て、手紙と路銀を渡してくれたらしい。
狐につままれたような気分であったらしいが、藁にも縋る思いで逃げ出したらしい。
十兵衛は思った。
この世には不思議な事があるらしい。
因みに、利三は毎朝毎晩のように熱田に向かって手を叩くようになった。
十兵衛は思う。
あの狐は熱田とは関係ないのであろうと。
お茶飲み話です。
長浜別院大通寺に伝わる狐の話をアレンジしてみました。
なお、この話はもしかすると光秀が捏造したデマかもしれません。
偶々、十兵衛を見張っていたお花が縮緬の親子を助けて十兵衛に書いて貰った。
偶々、十兵衛が長浜で宿を取っている時に寺から出火が起こった。
暴漢に襲われたと言う記録もなく、十兵衛が他の宿で法螺を吹いただけかもしれません




