閑話.信光の姦計。 〔品野城の開城〕
応仁の乱も末期になると美濃を平定した守護代の斎藤-妙春は、西軍の六角高頼を援護する為に東軍の京極政経を攻めた。
妙春は文明元年 (1469年)夏、関ヶ原を越えて近江に入った。
「斎藤妙春が襲って来ております」
「耐えろ。政経様が援軍に来られる」
こうして、敢え無く今須城の長江高景のその一族は滅んだ。
だが、その孫の利景は何とか生き残り、尾張春日井郡の落合城の近くに身を隠した。
その後、利景は美濃国主斉藤家の武将となり、桑下城を築くと、勢力を拡大して阿弥陀ヶ峰城も築いた。
阿弥陀ヶ峰城は水野川を下った扇状地であり、当然のように春日井郡を支配していた清洲の織田大和守の目に止まった。
そして、文明14年 (1482年)に大和守配下の今村城の松原広長と戦いに勝って、瀬戸一帯を手中にした。
品野長江氏の始まりであった。
「御爺様、何故、美濃を裏切って、織田家に仕えるのですか?」
「織田信秀の勢いが凄いからだ」
「御爺様もお強いと思います」
「我ら小領主は大きな者を頼らねば生きていけぬ」
「斎藤家ではいけませんか?」
「我らが大きくなり過ぎたのだ。今の斎藤家の援軍を待つ間に我らは信秀に滅ぼされてしまう。今ならば、高く売り付けられる」
「今ならば?」
「時節を見極めろ」
「はい」
美濃は在京守護であった土岐成頼が足利義視・義材父子を連れて美濃に下国したことで荒れていた。そして、土岐家の分裂から斎藤-利政(後の道三)がのし上がってくると、尾張で頭角を現してきた信秀に利景は鞍替えしたのである。
利景は家督を譲り、景則の代となった。
信秀は品野城の首をすげ替えて家臣の坂井秀忠を入れた。
しかし、三河の松平清康に品野城は攻められ、松平信定が入った。
景則は信定に従う事にした。
しかし、縁とは不思議な物だ。
(松平)信定は清康が亡くなった後に信秀を頼り、景則は家老として織田家の取次役をする事になった。
信秀の家臣の家老であった者が、今度は桜井松平家の家老として織田家と対する。
景則は信定が亡くなると、子の家重、そして、孫の家次に仕えた。
信秀の力に陰りが見えて来ると、今度は三河に今川家が台頭して来た。
(松平)家次は戦に敗れて、その命と引き換えに品野城を酒井忠尚に奪われた。
家老の長江家もそれに従った。
そして、酒井忠尚は矢作川の西側の上野城に拠点を移すと、その家臣に品野城を預けていた。
長江家も景則から景隆の代に移っていた。
天文22年 (1553年)4月18日夕刻。
阿弥陀ヶ峰城に兵を集めていた景隆の元に物見の報告が戻ってきた。
「岩崎方面の今川方、松井宗信様、壊滅」
「まさか、宗信様が負けたと言うのか?」
「伝令。守山方面の朝比奈本隊、蛇池にて決戦を行い敗退致しました」
「こちらもか?」
景隆には次々と今川家の敗退の報がやってきた。
そして、翌日。
今川本隊の太原-雪斎が破れた事を聞くと景隆は決断した。
「半之丞、留守は任せる」
「父上」
「よいか、父は織田家に寝返る事にした。品野城の代官がそれを知れば、襲ってくるやもしれん」
「酒井様を裏切るのですか?」
「ここを見誤れば、長江家は滅ぶ」
「ならば、情勢が判るまでお待ちした方が良いのではありませんか?」
「それでは遅い。戦が終わる前に寝返らねば意味が無くなる。儂は織田家に賭ける事にした」
「留守をお預かり致します」
「任せた」
景隆は供を10人のみ連れて最も縁が深かった信光を頼って守山城に向かった。
信光はまだ清洲から戻っていないと言う事で景隆は清州に向かった。
清洲に到着すると織田家に靡く者が多くやって来ていた。
既に戦は終わっていたのだ。
出遅れた。
何故か、景隆は武衛様(斯波-義統)に拝謁する事になる。
「此度の御復帰。おめでとうございます」
「よう駆けつけてくれた」
「お健やかであられ、安堵致しました」
「今川家に属しておったそうだな」
「面目次第もございません」
「構わぬ。品野と言えば、三河に接しておる。従わねば、滅ぼされたであろう」
「おっしゃる通りでございます」
「帰順を許す」
「ありがたき幸せ」
部屋を出ると景隆は緊張から体が震え、大きく息を吸い直した。
何故自分が武衛様に会されたのか?
そんな事を考えていると信光が入ってきた。
「久しいな」
「お久ぶりでございます」
「何年以来か?」
「安祥城が陥落した後以来でございます」
「信広が捕まったのは、天文18年だったか?」
「はい」
「4年ぶりか」
「その節はお世話になりました」
品野城の城主である(松平)家次の家老であった景隆は父の織田家取次役の代理として、信光と何度も協議を重ねた仲であった。
「力が足らず、辛い思いをさせた。だが、長江家の身の代わり早さは相変わらず、素晴らしいな」
「ただ、必死なだけでございます」
「武衛様が帰順をお許しになった。織田家でそなたを責める者はもうおらん」
はっとした。
武衛様との面会を用意してくれたのは信光であった。
流石、信秀を影で支えていた名軍師だ。
「信光様がお望みであれば、直ちに品野城を襲い、織田家に献上致します」
「それはまだ早い。そなたなら三河の者に顔が利くであろう。酒井忠尚を始め、三河の衆を織田方に寝返らせろ」
「承知致しました。直ちに城に戻り、三河に入ります」
「そうしてくれ。ところで蛇池の戦いはもう聞いたか?」
「はい、待っている間に色々とお聞き致しました」
「そうか、ならば熱田と平針に回って、戦の全貌をその目で見て、その耳で聞いてから城に戻れ。その後は休む暇も無いぞ」
「此度のご恩。必ずやお返しいたします」
「期待している」
信光は帰順の確約を先に与え、景隆に恩を売ったのだ。
景隆は三河を駆け回って、織田家の侵攻と同時に西三河の半数以上が寝返る確約を取る事に成功した。
だが、今川家との交渉の結果、侵攻そのものが一年以上も延期になった。
「申し訳ございません。はっきりと寝返らせておくべきでした」
「儂の誤算だ。気にするな」
「信光様」
「紙屑になったが確約が無くなった訳ではない。使い道はある。引き続き、桜井松平家に帰順するように働き掛けろ」
「承知しました」
清洲会議と今川家との交渉が行われている裏で隠遁していた(松平)家次が決起して、織田方を表明していた者を吸収して今川方を襲っていた。
しかし、織田方に寝返ると確約した領主を襲う事を禁止されると言う条件付きだ。
兵も200人に満たないので苦労していた。
景隆もその影で、元当主の家次を支援していた。
そして、5月18日に今川家と双方の三河への介入を禁止する和議がなった。
「信光様」
「まだ、何かあるのか?」
「はい、信勝様に浅井家から人質が送られてきました」
「ははは、あれは一本取られた。まさか、浅井家が講和を望むとは思っていなかった」
「織田家を味方にしたいだけと思われました」
「だろうな」
「つきましては、我が次女は浅井家の御嫡男と同い年でございます。どうでしょうか? 信勝様の養女として浅井家の御嫡男の妻に出してはいかがでしょうか?」
景隆の話に信光が眼光を鋭くした。
長江家は世渡りが上手だ。
何が狙いか?
景隆の心の中を探るような眼差しだ。
「我が長江家は不破の関に近い今須領を治めてきた一族であります。今須城は斎藤方の手にあります。長江家の姫を正室とすれば、今須領を攻める口実になります」
「今の浅井家がそれを望むか?」
「今は必要ありませんが、織田家との絆となり、更に手札ともなる姫でございます。少しは利用価値があると存じ上げます」
「なるほど。で、何が望みか?」
「信勝様のお側の世話役に長女を、三男を信長様の小姓に御推挙いただきとうございます」
「魯坊丸には送らぬのか?」
「魯坊丸様はそういった話がお嫌いのようですので、お気持ちが代わっておられれば、三女を侍女としてお召し抱え頂けますと嬉しく存じ上げます」
「相判った。浅井家との講和はなれば考えてみよう」
「ありがとうございます」
景隆は媚びる事に何の躊躇いも持たない。
末森に行く度に次女を養女にしないかと話した。
媚びの景隆と陰口が叩かれるくらいだ。
だが、祖父の教えを守って大きい物に寄り掛かった。
6月15日、末森の評定で信勝と魯坊丸が対立した。
信じられない物を見た。
織田一番の功労者である魯坊丸を足蹴にした信勝にも驚かされたが、魯坊丸の忍びが信勝を拘束したのもびっくりだった。
一歩でも動けば、本当に刺すのではないか、そんな殺気だった。
「あの忍びらはどういう事だ?」
「あの者は知っておる。この末森も守っておる者らだ」
「では、何故?」
評定が終わっても、控えの間ではしばらく騒然としていた。
景隆はここに来て信勝に擦り寄る危うさを覚えた。
失敗したと後悔する。
城に戻ると、半之丞が駆け寄って来た。
「父上、魯坊丸様が駿河の手の者に傷つけられたと聞きました。御容態は大丈夫なのでしょうか?」
「何の事だ?」
「沓掛城より早馬が届き、駿河の今川勢が約定を破った。いつでも出陣できるように整えておくように、との事です」
「どういう事だ?」
景隆はその目で信勝が魯坊丸を蹴ったのを見た。
しかし、駿河の忍びが信勝を襲い、それを助けようとした魯坊丸が負傷した事になっている。
意味が判らない。
意味が判らないままで、翌日に信光の那古野に呼ばれた。
「既に聞いておるだろうが、今川が約定を破った。これがどういう意味か判るな」
信光も昨日の評定におり、信勝に蟄居を言い渡した張本人である。
その信光が「今川が約定を破った」と言う。
景隆ははっとする。
腹黒い。
信光がにやりと笑って指示を出した。
景隆は城に戻ると陣触れを出し、品野城を囲む。
そして、城に乗り込むと品野城代官が叫ぶ。
「景隆殿、これはどういう事か?」
「信光様からのご命令です。今川が刺客を送った疑いがある。明らかになり次第、織田家は攻勢を掛けます」
「なんと!」
「尽きましては、先発として松平-忠吉殿を安祥城に送ります。酒井忠尚様に置かれましては忠吉殿と合流されるか、品野城のみ寝返るか、品野城を明け渡すか、あるいは、敵として攻めさせて頂くかの選択をお願い致します」
「時間を頂きたい」
「いいえ、期日は18日の正午までとします」
「1日しかないでないか?」
「今日を含めれば、丸2日もあります。酒井忠尚様に確認されるのには十分な時間でございましょう」
酒井忠尚は品野城を明け渡す選択を取った。
だが、景隆はここからが本番である。
三河に入った場所に砦を造り、そこで兵を100人程置いて、奥三河の攻略を命じられた。
品野城から酒井勢を追い出したのは、その動きを悟らせない為であった。
景隆も100人程で奥三河の中条家、鈴木家、奥平家の攻略は無茶だと思う。
「何の為に、東美濃の遠山家と縁を結んでいると思う」
「つまり、遠山家を使えと」
「足らぬ兵は美濃より調達しろ。それでも足らぬ分は奥平に出させろ。信勝に妻を出すなど言うならば、手伝えと言え。手伝わぬならば、口だけの男かと脅してやれ」
「それを私一人でしろと」
「儂が動いては目立ち過ぎるからな。その点、お前は三河勢に数えられている。手柄の立て放題だ」
奥三河の中条家、鈴木家、奥平家は織田家の勝利を祝っていた。
形だけは臣従の意志を示していた。
それを確実にしろと言うのだ。
これこそ約定を破る行為ではないだろうか?
「魯坊丸は熱田明神でなければならんが、儂は別にその必要もない。従属したからと言って豊かさを保証するつもりもない」
「では?」
「逆らうならば、滅ぼして構わん。儂は夜叉にでもなれる」
どうやら信光は調略に時間が掛かる奥三河を先に終わらせるつもりのようだった。
それに選ばれた長江景隆は幸運だったのだろうか?
それとも被害者だったのだろうか?
「信光叔父上、余り派手に動かないで下さいよ」
「安心しろ。加減はしている」
信光は楽しそうに謀略を進めていた。
第2章36話で視点が変わって読み難いと言う意見があります。
書いている私もそう思っていました。
そこで思い切って2話に分けました。
信光さんは戦国時代を楽しんでいる人ですね。
藤吉郎の安祥城のサイドストーリーの1つ『品野城』編です。
光秀の今須宿とリンクしていたので後に回しましたが、巧く繋げる事ができませんでした。
難しいです。




