20-2話
穏やかな微笑みの後、密緋は見開いた眼孔に捉える衆治に再びムカデ人間の連撃を浴びせた。衆治は又もやシザーハンズで弾き続けるが、ムカデの速度は先程以上に増していた。
衆 (……速い!)
密「これが今の俺の本気だ。俺だってあの頃から何も進歩してない訳じゃない。お前同様俺も腕を上げてきたんだよ」
しなやかにうねりながら凄まじい速さとパワーで押し迫るムカデに衆治はたじろいでいた。
衆 (確かに速い。だが、捌き切れない程じゃ……)
その時、シザーハンズは突如切り裂く様な攻撃を喰らった。それは衆治の予期しない攻撃であった。
衆「なっ……!なんでだ?今のは……?」
密「忘れてないだろうなあ、ムカデ人間の能力を?二匹のムカデに関しちゃその姿を完全に不可視に出来る。これだけでお前には大凡の検討はつくだろ?」
衆「…………大体な」
密「所謂目の錯覚だ。幾らシザーハンズの能力で注意深く見据えたってムカデ人間の本気のスピードは目で捉えるのに精一杯の筈だ。目にも止まらぬ攻撃の中、急にムカデの姿が見えなくなってもお前はそれに気付けない。観察して見抜くお前の常套手段は簡単に潰せんだよ」
衆「成る程、工夫されてるな」
衆治は傷付いたシザーハンズを立て直すと、ハサミを構えた。
密 (そこそこ深く抉ったつもりだが、神経毒の効果もあまり見られない。メディエイターの特性だな)
次の瞬間、衆治はシザーハンズを密緋に向けて突撃させた。そのスピードは凄まじく、ムカデ人間の攻撃と競る程だった。
密「へっ、んなもん……!」
密緋はシザーハンズに向けて牙を開いたムカデを伸ばし飛ばすが、シザーハンズはこれを紙一重で躱すと真っ直ぐにムカデ人間本体に急接近した。
密「ん!?」
勢いよく振り下ろされたハサミをムカデ人間は自身をムカデで覆い防御した。しかし、尚も纏ったムカデの鎧を破壊せんとハサミの連撃を浴びせるシザーハンズとムカデ人間の形成は先程と真逆に一変した。
衆 (ムカデの姿を見えなくさせる。その能力は離れた距離から攻めに徹する事で真価を発揮する。逆に近距離で相手の攻撃を受け続ける場合はその機能も無意味。どれだけ頑丈な甲殻でもシザーハンズの攻撃を受け続ければいずれ……)
その時、衆治は自身の左足に起きた突然の切り傷に衝撃が走った。
衆 (なっ……!?)
訳も分からないまま衆治は痛みに地に膝を着いた。
衆「……っ痛え」
密「お前の考えは大方予想がつく。何せ俺がお前に戦い方を教えたんだからなあ。お前はムカデ人間の攻撃の特性を考え理解し、近接戦闘の択を選んだ。その考え自体は良い、ただ俺がその裏を突いた結果が現状だ」
衆「……俺の裏だと?」
密「さっきの様な攻撃を可能にさせない為にお前はシザーハンズでの猛攻をムカデ人間に浴びせ掛ける事に執着した。そのせいでお前は自分自身の身の回りの注意を散漫にした。教えた筈だぞ、アンノウンの戦いで持ち主を叩くのが確実だと」
衆治の足元にはムカデ人間本体から伸ばされた、衆治の血が滴った牙をギラつかせたムカデが徐々にその姿を現していった。衆治は痛みを堪え咄嗟にジャンプしその場を離れると、シザーハンズを呼び戻しそのムカデにハサミを振りかざした。しかしムカデは即座に本体の元に体を縮ませて戻った。
密「戦略を一つ思い浮かべるとその実現にのみ固執し、他を疎かにしちまうのが昔からのお前の欠点だ」
衆「密緋…………。!?」
その時、密緋を睨み付ける衆治の視界が急に霞み、体勢が覚束ない感覚に襲われた。衆治は立ち上がる事が出来なかった。
密「体がふらつくだろ?メディエイターの力で強化されたシザーハンズにムカデ人間の毒はあまり効力が出ない。だが、メディエイターであっても持ち主自身の力は何も変わらない以上、ムカデ人間の神経毒はお前にもバッチリ作用する。そういやお前自身がムカデ人間の毒を喰らうのは初めてか?ま、俺も無いけどな」
霞む目を凝らし、気力だけで衆治はなんとか立ち上がった。
密「無駄な事を。言ったよな、お前が俺に敵う道理は無いと。フラフラなその体で何か出来るか?ええ、衆治さんよお?」
衆「………………お前は、誰なら良かったんだ?」
満身創痍で立ち尽くす衆治を密緋は嘲る様に茶化した。それに返答する衆治の声はとても静かで落ち着いていた。
密「あ?何がだよ?」
衆「……誰だったら、お前は納得したんだ?」
密「……だから何がだよ?」
意図の見えない質問に密緋は苛立ちを覚えた。
衆「お前は俺が今も生き続けている事に疑問を持ったな、何故未だのうのうと生きてるのかと」
密「ああ」
衆「革新機関の崩壊があってから、俺は自分の命を大切にして生きる事を学んだからだ。それを教えてくれた人がいた」
機関崩壊直後、身も心も傷だらけの体を引きづりワンテーブルホームの扉を叩いた十三歳の衆治が久しぶりに目にした心壱の顔が今の衆治の頭には浮かんでいた。
密「……お前の居たって言う孤児院の奴か?」
衆「その人は自分の身勝手で出て行った俺を怒る事も蔑む事もしなかった。末由子さんと同じ様な優しい笑顔で言ってくれた、おかえりと」
密「…………」
衆「その人や孤児院の仲間達から学んだ事だ。誰かを想う前に自分を大切にする、でないと誰にも手を差し伸べられないと」
密「……それがお前が生き続けてる理由ってか?」
衆治の言葉を聞いた密緋の表情は少し不機嫌だった。
密「で、それがお前の質問と関係あるのか?自分を真っ当な考えに導いてくれた人みたいなのが俺にはいなかったのかってか?生憎と俺にはそういった人間との接点も無けりゃ欲しいと願った事も無い。いつだって孤独なのが俺なんだよ」
衆「じゃあどうして俺に声をかけた?」
その問いに密緋は思わず言葉を失った。
衆「孤児院から出て一人でいた俺にどうしてお前は喋りかけた?誰か自分を理解してくれる存在が欲しかったからじゃないのか?」
密「…………んな事」
衆「お前には自分を大切に思ってくれる人がいなかった。誰とも繋がりがない孤独が嫌だった。だからあの時、お前は俺に声をかけた。機関で自分と同じ仲間が出来た。それを失いたくなかったからお前は俺の邪魔をした。そして今も晴斗に付きながら俺を引き込もうとした。自分でも分かってない人恋しさからの行動がお前を作り上げたんだ」
言葉が出ない密緋の表情に感情は一切見られなかった。が、次の瞬間から一転し、高く上がった口角と共に密緋は狂った様な笑い声を上げた。
密「……くく……くひひ…………くははははははっ!その台詞、今までお前の口から聞いてきた言葉の中で最高に不愉快だ!虫酸が走ったぞ!」
笑いと狂気に満ちた密緋のその表情は衆治が初めて見る密緋の顔であった。
続く




